第236話 秘密の扉の中身
「あのさ、何か大事な事を忘れてる気がするんだけど……」
「う~ん、私もちょっと、なーんか忘れている様な気がしてモヤモヤしてるのよね?」
「あ……」
「あっ!」
二人同時に思い出した様だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フランスのローヌ川の畔に優輝と
二人が来ると、その秘書である野木も付いて来る。野木が来るならその伴侶であるサムエルも付いて来る。
フランスへは異世界側を通って来ても良かったのだが、なるべく優輝の負担を減らすために自家用ジェットで地球側を移動してやって来たのだ。
ここで一つメタな話で恐縮だが、表現上のルールを決めておきたいと思う。というのは、異世界側も『地球』である事には違いは無いので、ただ地球と言ってもどちらの世界に居るのか、どちらの世界の事を言っているのかが分かり難い。『あっちの世界、こっちの世界』という言い方も、どちら側に居るかによって相対的に変わってきてしまう。『日本側』と言ってみたり『元居た世界』と言ってみたり、その表記にブレが生じてしまっているのだ。結局、『地球側、異世界側』という言い方で区別する事にする。
閑話休題、話を戻そう。
この地点には、異世界側には拡張空間通路の扉は設置してあるのだが、地球側にはうっかり設置するのを忘れていたのだ。いつもは、地球側と異世界側でセットで設置する様にしているのだが、この場所はただの通過点のつもりだったので、うっかりというか『まあここはいいかな……』と軽い気持ちで省いたら、再び来る必要が出来てしまってこの始末である。
以前に優輝のゲート能力での世界間移動は、大人数だったり短時間に何回も繰り返したりすると、優輝の脳に多大な負荷が掛かってしまう事が判明し、なるべく避ける様にと
自家用ジェットを使うとなると、優輝達は持っていないのでデクスターに頼る事になる。そうすると、その伴侶であるアリエスも付いて来るという訳で、総勢6人パーティで毎回移動する事になってしまうのだった。
この
「ドラクエか!」
「ドラクエは馬車引っ張って移動してたから人数は多かったけど、外に出て戦闘するのは3人じゃなかったっけ?」
「やった事は無いんだけど、最大12人パーティなんてゲームがあったらしいわ」
「そういう事を言いたい訳じゃ無かったのに……」
優輝は大人数で移動する事をRPGゲームの超有名タイトルのドラクエに例えただけで、
「この辺りだよね。それじゃゲート開くから皆手を繋いで」
スマホのマップで位置を確認してゲートを開く準備をする。優輝の開くゲートは他の人には見えていない様なので、人数が多い場合は手を繋いで、優輝を先頭に並んで順番に潜る必要があるのだ。
野木は、異世界へ移動するのは今回で二回目なので結構ワクワクしている様だ。
「個人的には三浦も誘いたかったな。彼の諜報の技術は絶対役立つと思うんだけどな」
「それに女になった三浦は意外と美人だったよね。スタイルも良かったし」
「あれは意外でしたね」
「おまえら! そういう目で見てたの? 全く男は!」
異世界側で男性同士のちょっとした軽口の様な事を喋るアキラに、ユウキはちょっとむっとした。男の時にはそんな事を友人と話す事はあったし、寧ろ女性に対する誉め言葉位に思っていたのに、いざ女になると連れ合いのそんなちょっとした一言がひどく気になる。ユウキはそんな自分にちょっと驚いてしまった。やっぱり感情は肉体に引っ張られるのだろう。
この場所は、異世界側でオロを持ち込んだ侵略者が前進基地としていた砦の在った場所だ。なぜこの場所に再び来る必要が有ったのだろうか?
「奴等がまた戻って来て、砦を再建していないか気になってはいたのだけど…… その心配は無さそうね」
人が居なくなって時間が経っているらしく、雑草が生い茂り木材の切断部にも苔が生えてきている。残してあった武器以外の金属製の道具類は、略奪されたのか侵略者がもう一度来て持ち去ったのかは分からないが、綺麗さっぱりと無くなっている。
「それともう一つ気がかりな事があるんだけど」
「何が気になるの?」
ユウキが言い難そうにしているのに気が付いたデクスターが聞いてきた」
「あのね、前にここで捕まえた捕虜を拡張空間の牢屋へ閉じ込めてたんだけど……」
「ちょっと! あれからどんだけ日数が経ってると思ってるの!?」
「開けるのが怖い……」
「無責任すぎるでしょ!」
確かにここで捕まえた兵士やら指揮官やら科学者達を取り敢えず出口の無い拡張空間部屋に放り込んでいたのだ。ユウキはその事をすっかり忘れていて、デクスターに怒られてしまった。
ここで戦闘行為をしたのは、既に2か月以上前の話で、ここで保護した奴隷の子供達の面倒を見たり、御崎桜の結婚式を上げたり、エスピーダースーツの開発を手掛けたり忙しくしている内に、すっかり忘れていたのだった。
人間は、水が無ければ3日、水だけなら2~3週間だと言われているが、それでも大幅に超過してしまっている。流石に無責任過ぎるだろう、悪人とはいえ人の命なのだから。ユウキはこの件に関しては弁明の余地は無い。
「あ、あのさ……」
「絶対にやだ!!」
「まだ何も言ってないのに」
「代わりに見て来てって言うんでしょう? お断りだっ!」
「ふえぇぇぇん……」
「う、ウソ泣きなんかに騙されないんだからね!」
「男は女の涙に弱いはずじゃなかったのか?」
「夫婦間でそれが通じると思ったら甘ちゃんだぞ」
物理的にツーカーなユウキとアキラの間では、小芝居も嘘も通じやしないのだ。捕虜を閉じ込めた拡張空間の中は、今どうなっているのかを想像するのもおぞましい、超閲覧注意状態に成っているに違いないからだ。
ユウキは渋々と扉の前に行くが、その他の人は扉から中が見えない角度の位置までそろそろと移動していった。ユウキはそれに気が付いて更に情けない顔になった。
「……じゃあ、開けるよ」
「ちょっと待った! いきなり開けないで、扉を透過させて中を確認した方がいい!」
アキラは、臭いが漏れたら大惨事不可避だと言いたい様だ。
「そ、それもそうだね……」
ユウキの顔から血の気が完全に失せて真っ青を通り越して真っ白である。
少しの間の後、ユウキは意を決してスマホを取り出し、拡張空間オプションの扉の透過を押した。
「 …… 」
「 …… 」
「 ……? 」
皆の注目の中、少しの沈黙の跡、ユウキは盛大に吐いた。
「ゲヴォ、ボロゲロロロロロロ!」
「うわ」
「そんなか」
「見なくてよかった」
涙を流しながらひとしきりキラキラとした物を吐いた後、ユウキはスマホで何かを操作し始めた。
「時間を戻しているの?」
「そう…… ウゴボッ、ゲボロロロロ」
もう吐く物も無いのに、透明の胃液を吐き出している。ユウキの顔面は、涙と鼻水と嘔吐物で見るも無残な状況だ。
「大丈夫か? ユウキ」
「だって、真っ黒な液体にまで溶けた肉体と、溶けて頭蓋骨から流れ出した脳や目玉が、茶色く変色した骨を這い登りながら体が復元して行く様子が……」
「いい! いい! 実況しなくていいから!!」
変色した溶けた死体ならオロの騒動で何回か目撃はしていたものの、自分がしでかした結果となるとやはり精神的に来るダメージは相当な物なのだろう。
「どの位まで時間を戻せばいいのかなー……」
「閉じ込めた直後で良いんじゃない?」
「それだと二か月…… 三か月は経ってないよな…… はーあ、憂鬱」
「直後だと処罰の効果は無くなるんじゃない?」
「この際それは諦めよう」
という事で、捕虜は捕らえた直後の時間まで巻き戻して、また腐らない様に中の時間は止めておく事になった。
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