第237話 真名とかいう設定

 「ところでさぁ、この略奪跡を見て思ったんだけど、この辺りってダークエルフ以外の集落はあるのかなぁ?」

 「どうなんだろうね、もしあるならあんな上流のレマン湖まで遡る必要は無かったかもね。その前に下流の何処かで目撃されて騒ぎになっただろうし」

 「じゃあこれ、ダークエルフ達が襲撃したと思う?」

 「その可能性はあるかもね」

 「いつまで待っても戻ってこない私達に痺れを切らして後を追って来てても不思議じゃない」

 「攫われた女達を取り戻したいと思っているだろうからね」


 ユウキ達がわざと逃がした奴隷商人達を追いかけて出て行ってから既に二か月以上は経ってしまっている。いい加減のんびりし過ぎだろうとは思う。

 里で知らせを待ちわびているダークエルフ達にとっては、痺れを切らして後を追ったとしても不思議ではない。そんな彼らの心情を知りながら、まるっと忘れていたとは罪深過ぎる。

 敢えて弁護するならば、予想外の人体実験に使われそうになっていた子供達を保護して、その身の振り方を考えたり、御崎桜の結婚式をプロデュースしたり、アメノハバキリの剣の調査に行ったり、エスピーダースーツを開発したりと、忙しさにかまけて忘れていたとしても仕方がないと言えば言えなくもない…… わけないか。


 「とはいえ本気で忘れていた訳じゃないんでしょう?」

 「連中の陸上の拠点間移動速度、この時代の船の性能から考えられる海上移動速度等を鑑みて、本拠地の位置を割り出したかったんだよね」

 「連中が本拠地まで戻って行く時間を考慮して泳がせておいたって事か」

 「そ、そうなんだよ! 本気で忘れていた訳じゃないんだよ!」


 皆のユウキを見る目が冷たい。


 「そ、その証拠に、本拠地の場所はこれ、この通り!」


 ユウキは連中の手荷物に忍ばせて置いたGPSタグの移動軌跡を表示させて、皆の方へスマホの画面を向けた。


 「「「ええっ!? これは!」」」


 画面を見たアキラ、スーザン、野木が声をそろえて叫んだ。

 そう言えば野木の異世界側での名前を考えていなかったのをユウキは思い出した。


 「野木さんのこっちでの呼び名を考えるのを忘れてた。カタカナで『マサキ』でいいか」

 「えっ、野木さんの名前ってマサキだったの?」

 「はい、漢字で『雅姫』と書きます。お恥ずかしい」

 「いやいや、良い名前ですよ。男の時に呼んでも違和感無いし」

 「恐縮です」

 「真名まなを知られるとまずいとかで偽名を考えてたんじゃなかったの? 今更だけど何であなた達は音は同じでも良いわけ?」

 「真名は、その名に込められた意味を知られるとまずいわけであって、我々日本人は、名前を書く漢字に意味を込めている。音だけだとその意味まで知られる事はないの。『マサキ』だけだと、『正樹』なのか『真咲』なのか『将暉』なのか分からないからね」

 「ちくしょー! 漢字文化圏、ずるいだろー!」

 「漢字文化圏と言っても一つの漢字に音読みと訓読みで何種類もの読み方があるのが日本語の特徴だ。そのおかげで外国人には日本語の習得は難易度悪魔レベルだと言われているけれど、それが皮肉にもこうやって役に立ってしまっている」

 「ちなみに表音文字と表意文字を組み合わせて使うのは、地球上で日本語の他はマヤ文明のマヤ語だけだそうよ」

 「なんなの? 日本人って……」


 一つの漢字に幾つもの音読みと訓読みが存在しているおかげで、外国人にとっては初見で読みを一発で当てるのを困難にしている。

 『卵、玉子』の様に一つの単語に複数の漢字を当てていたり、または一つの意味に複数の呼び方がある『同義語』が有るかと思えば逆に同じ読みなのに意味の違う『同音異義語』が無数に存在したり、地名によくある漢字本来の読みではない字を当てる『難読漢字』、外来語等によくある漢字の音だけを当てている『当て字』、『斎』の字の様に何十種類もの『異体字』が存在していたり、埼玉の『埼』や岐阜の『阜』の字の様に他の使用例が極めて稀な文字の存在等、日本語を更に複雑にしている。


 「それはそうと、異世界で真名まなを知られてマズイ状況って今まで存在したの?」

 「えっ?」

 「えっ? ……」

 「 …… 」

 「あなた達完全にそういう設定で遊んでいるだけでしょう?」

 「さ、さあ…… まだこの世界を全部見たわけじゃないしー」


 ユウキとアキラは視線を逸らした。ぶっちゃけると、最初に異世界へ来た当初はマンガや小説を読み過ぎて、よくある設定に警戒し過ぎていたきらいもあると思う。

 しかし、何回も通う内に異世界でも精神や魂に干渉して来る様な魔法や敵に出くわした事は無い。オロの様に魄に干渉して来る敵が居たのだから、魂に干渉してくる敵が全く居ないとは言い切れないが、オロは虫だし捕食や繁殖の本能に従って行動しているに過ぎなかっただけだ。人間の様にある程度の知能を持って、悪意で精神支配をしようとする存在には未だかつて遭遇はしていない。遭遇はしていないが、可能性はゼロではないので警戒し過ぎて不都合は生じないだろう。

 よく考えたら異世界側出身のアリエルとサマンサはこちらでは本名のままだった。ユウキとアキラの思い付き設定は結構ザルだった様だ。


 話が脱線したが、GPSの移動軌跡を見た三人が驚いたのは、その現在位置だった。

 なんと、アメリカ大陸まで到達しているのだ。地球の位置で言うと、現在はカナダのケベック州辺りを移動中の様だ。

 二か月以上も経っているというのにまだそんな所に居るのかと思われるかもしれないが、この世界の船は動力が無く、手漕ぎか帆船なのだ。しかも、大西洋を真っ直ぐに突っ切る様な航路は取れない。大海のど真ん中で水や食料が無くなって全滅するのが関の山なのだから。この海の向こう側に陸地が存在していると確信が持てなければ、誰も怖くて進む事は出来ないだろう。なので、陸地の見える位置を時々補給のために接岸しながら点々と移動して行くしかないのだ。まるでRPGのマッピングでもする様にのろのろと、今居る場所から確実に行って帰れる距離を確保しながら到達距離を伸ばして行くしかない。そういった地道な努力の末に新しい版図を手に入れて来たのだろう。方向は我々の地球とは逆に、アメリカ大陸側からヨーロッパへ向けてだが。


 彼等の帰還ルートは、地球側の地図でいう所のジブラルタル海峡を出て直ぐに北上し、ポルトガル、スペイン、フランスと来て、大ブリテン島へ渡り…… と、ここまでは陸地が目視出来るルートなのだが、島の北端からメインランド島、そこからフェロー諸島、そしてアイスランド島、グリーンランド島、アメリカ大陸と、水平線の彼方に陸地が有るのを確信していないととても船を進められない個所があり、そこをどうやって渡って来たのかが不明なのだ。もしかして、どこからか精巧な海図やコンパスを入手しているのだろうか? 全く謎だ。

 彼らは今、奇しくもバイキングが通ったであろうルートを辿ってアメリカ大陸へ到達している。これだけでも結構な日数を要しているのが分かる。


 「奴等の国は、アメリカ大陸のどの辺りにあるのかな? まだ移動中って事は、まだまだかかりそうなんだけど」

 「都市は大体は大河か湖の周辺で真水の確保できる場所、または交易の為に河口付近の入り江の内側なんかに出来るわね。波が穏やかで港を作るのに都合が良い湾とかラグーンの中とか、海沿いで発達する事が多いのだけど、何故か内陸に向って進んでいるわね」

 「目的地が大陸横断して西海岸沿いだと最悪なんだけど」


 ルートからすると五大湖近くの何処かの可能性が高いのだろうけど、アメリカ大陸を横断して反対側の西海岸まで行く可能性も微レ存だ。兎に角、敵さんの本拠地を突き止めない訳にはいかないので、今この段階で手を出す事が出来ないのがもどかしい。


 「ロデムがさぁ、異世界側のアメリカ大陸へ行くのは止めてたじゃない? 何があるのかな?」

 「止めたという事は、私達にとっても危険が有るって事なんじゃないかな?」

 「今の私達でも?」

 「そう。だって、アメノハバキリにだって負けそうだったじゃない」

 「たし蟹」


 そう、今のユウキ達は普通の人間から見たら異常な能力と強さを持っているかもしれない、だけどそれでも無敵とは言い難いのだ。偶々未だユウキ達と同等の能力を持った存在に遭遇していないだけなのだから。


 「まあ今の所は敵さんの作った補給拠点を順番に潰しながら後を追いかけましょう」

 「そうだね」

 「じゃあ、ここからは高速飛行強化服エスピーダースーツで飛んで行こう」

 「えっ……」


 アキラは未だに空を飛ぶのが怖いらしい。もっとも、恐怖症がそんなに簡単に治る訳はない訳だが。


 「仕方ないなー。じゃあこれに乗せて行ってやるよ」


 スーザンは服のポケットからカーゴプレートを取り出すと、それを地面へ置いた。


 「Lift up the second container.」(二号コンテナを持ち上げなさい)

 【Roger that. I lift container number two.】(了解。二号コンテナを持ち上げます)


 ひと際大きな魔法陣が投影され、中からガコンと何か機械が作動する様な音がした。そして、横3m、縦2.5m、奥行き6mの真っ黒な四角い箱がせり上がって来た。販売されているカーゴプレートは、直径1.2mの円筒形のコンテナの筈なのだが、これは一体何なのだろうか。


 「えっ? こんなサイズのコンテナが入っているなんて知らなかったんだけど?」

 「製作者の特別仕様よ。やっぱり車を運べないと不便でしょ」


 ユウキはこの仕様は知らなかったらしい。しかしデクスターは自慢げだ。


 「アキラ知ってたの?」

 「もちろん。だって俺が拡張空間のサイズを決めてるんだからね」

 「兵器の運搬は出来ない様にって約束なのに!」

 「そこは心配しないで。日本の小さな10ヒトマル式戦車も入らないサイズなんだから」

 「もうっ、こういう事する時はちゃんと言ってよね!」


 デクスターはユウキをビックリさせようと思ったらしいのだが、意に反してユウキは怒ってしまった。というのも、兵器は運べないサイズまでという約束だったのに、ユウキの知らない間にこんな物が作られてしまっていたのだから。


 「ごめんなさい。次からは気を付けるよ」

 「ほらっ、もう喧嘩しないの。僕が無理やりアキラに頼んだんだから。ちょっと驚かせようと思ったんだけどな。失敗したよ、謝る」

 「次からは勝手な事はしないでよ。約束だよ!」

 「ごめんなさい。サプライズしようとして失敗したよ。本当はこの中身を見せたかったんだ。驚くよ。Open the door !」

 【Roger. I open the door】


 コンテナのドアが開くと、そこには真新しいピカピカに光るエスピーダー・マークⅡが格納されていた。

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