第238話 高速飛行強化服

 「へえ、これがマークⅡかぁ! すげーカッコイイ!」

 「アキラはこれに乗りなさい。飛行機みたいに周囲が囲われていれば大丈夫なんでしょう?」

 「そ、そうね。乗らせて頂きます」

 「では私もアキラ様の秘書として一緒に乗ります」

 「あとは…… アリエル」


 名前を呼ばれてアリエルはビクッとした。


 「わ、わたくしは、マークⅠの操縦を覚えたいので単独で飛びますわ」

 「なんだ、アリエルが乗らないならマサキの妻の私が乗らせてもらおうかな?」

 「どうぞどうぞ」

 「さ、サマンサ!」

 「え? 何?」

 「い、いいえ、何でもありませんわ」


 スーザンは満面の笑みで助手席のドアを開けてサマンサを乗せた。それを見てアリエルは止めようとしたのだが、妥当な理由が思い浮かばなかったのか諦めてしまった。皆様のご無事を祈るばかりである。


 「じゃあ、単独飛行するのは、私とアリエルだけだね。行くよ! イー・エス・ピーダー! エスピーダー!」


 ユウキの服が高速飛行強化服エスピーダースーツへ変更され、そのまま上空へ飛び上がって行った。それを見上げたアリエルは、マークⅡの運転席側ドアの横に立つスーザンに尋ねた。


 「……あの掛け声は必要なんですの?」

 「『エスピーダー』だけで大丈夫だよ。AIはそのエスピーダーという音声キーに反応するだけだから」

 「ホッとしましたわ。エスピーダー!」


 アリエルの服もマークⅠへ変わり、ユウキの後を追う。


 「あら? ユウキの強化服はデザインが違うのね」

 「プロトタイプだよ。カッコイイでしょー」


 ユウキの高速飛行強化服エスピーダースーツは、試験場で披露された物の色を変更した物だ。ボディの基本色は一緒の青だが、手足と頭の赤かった部分と、胸の黄色だった部分は白色に変更されている。僅かにヘルメットのバイザーの上の部分に赤、両側のアンテナ部分が黄色になっているだけだ。


 「カラーリングで随分スマートな印象に変わりますのね」

 「漫画版だよ」

 「まんがばん? それは何ですの?」


 アリエルの素朴な疑問をスルーしてユウキは川の下流方向、南へ向けて加速をし始めた。それに置いて行かれない様にアリエルも追い掛けるのだが、速度の差が僅かにあるのか徐々に距離が開いて行く。その後ろをスーザンの操縦するマークⅡが追従して飛んでいるのだが、こちらも車体の重量分加速が遅く、あっという間にユウキとアリエルが豆粒程のサイズに成ってしまった。


 ユウキの高速飛行強化服エスピーダースーツは、プロトタイプだから速いのか? 確かにプロトタイプという言葉の響きは、何か特別感がある。昔のロボットアニメや仮面ライダーの様な、一番最初に作られたプロトタイプが無双する子供番組を見ていると、プロトタイプこそが最高性能だと刷り込まれてしまいそうだが、実際の工業製品だとプロトタイプ版パイロット版アルファ版ベータ版は思わぬバグが見つかったりするし、いや寧ろバグの洗い出しの為の物だったりするし、どう考えても正式版の最新型より性能が良いとはならないだろうと思われる。

 しかし、ユウキの高速飛行強化服エスピーダースーツはプロトタイプなのに製品化版であるマークⅠよりも速度が速い。これはどういった理由なのだろうか? 実はプロトタイプは技術者エンジニアがセッティングした物であるのに対して、マークⅠは旧マギアテクニカ社のマーケティング部門が見た目重視でデザインした物であるため、微妙に性能のバランスが崩れてしまっていたのだ。とはいえ、マークⅠやマークⅡも初期型には違いない訳で、これから製品としてのブラッシュアップが進めばプロトタイプを超えるポテンシャルを秘めている可能性は高い。


 「くっそー! 追い付けない、くやしー!」

 「まさにバイクと車みたいな関係だね。最高速度ではこちらの方が速いはずなんだけど、軽い分加速は向こうの方が速いや。目的地は分かっているのだから、こちらは安全運転で行きましょう…… って、運転しているのはスーザンか」

 「スーザンの暴走運転も、地上と違って比較物の無い空の上なら平気みたいじゃない」

 「アキラ様、高さも車内なら大丈夫そうですね」

 「うん、真下が見えなければ結構大丈夫みたい」

 「そんなもんなんですね」


 確かに旅客機の様に回りに壁があって、敢えて窓から覗いたりしなければ下を見なくても済む乗り物なら、地上1万メートルを時速800kmで飛行していたとしても、高いとも速いとも感じられない。高所恐怖症でも乗る事が出来るのだ。


 川の真上を飛んで下って行くと、渓谷の切れ目から海が見え始めた。人工物の無い大自然の中から見る、人間による汚染が全く無い海は、一際綺麗にコバルトブルーに光っている。山岳地帯を抜け、平野部に出ると、右手に湿地帯が出現し、大きな湖が見えた。


 「見て見て―! 湖が見えるよ!」

 「本当。良い景色ですわ」


実は地球側ではカマルグ自然公園内にあるヴァカレ池という名の巨大な池なのだが、その時ユウキは湖だと思ったそうだ。その付近には、モンロ池、ガラベール池の他、大小いくつもの池が存在している。

 湖と池の区別は、面積では無く水深らしいと言うのは北海道のエルフ王国に行った時に知ったのだが、上からぱっと見た感じで水深までは分からないのでこれは仕方ないと思う。

 河口近くまで行くと、左手側に湾があり、その内側へ港と町が建設されているのが見えた。石を積み上げて造られた、堅牢な城壁が途切れ途切れに建てられている。おそらく建造途中なのかも知れない。

 ユウキは、その中の一つの中央辺りにある一際高い城壁の上へ着地した。続いてアリエルもその横へ降りて来た。

 城壁の上から町と港を見回しても、人の気配が感じられなかった。


 「どういう事でしょう? 建設途中で放棄したのでしょうか?」

 「そうだね。ここが地元の人達の町ではなく、あの侵略者達の橋頭保だと考えれば、バレた時点でここを放棄して慌てて逃げ帰ったのかも知れない」

 「銃を持ってるのに?」

 「銃程度では太刀打ち出来ない程の脅威にさらされたとか?」


 その線も考えられる。例えば豪角熊並みの野生動物が居たならば、あの連中の持っていたマスケット銃程度では全く歯が立たないだろうと思える。もしもドラゴン並みの生物が居たならば、現代地球のライフル銃があったとしても勝ち目は無いだろう。


 「ここにも一つ、銃程度では太刀打ち出来ない脅威が居ますわ」

 「それって私の事? うーん、否定はしない」


 二人は城壁の上から飛び降り、ふわりと地上へ降り立った。少し歩いて街並みを見てみようと考えたのだ。居住区らしきものはそれなりに出来てはいる。普通に考えたら入植直後はまず先に住む家を作るだろう。家の中を覗いてみても、人が生活していた様な跡が見受けられる。しかし、そこに住んで居たであろう人間は、人っ子一人居ないのだ。

 メインストリートを突っ切って、港の方へ行ってみる。やはり誰も居ないが、荷下ろしをした跡と倉庫があり、倉庫の中を覗くと石材や木材が積まれているだけで、武器や火薬類は全く無い。というか、金属類が全く無く、食料も無い。それもそのはず、港には船が一隻も停泊していないのだ。逃げる際に全ての食料と水、武器類は持ち去ったのだろう。

 ユウキとアリエルは、何も収穫が得られなかった事に少しがっかりして、倉庫から出て来た。


 その時、物陰から何かが飛び出し、ユウキの左の二の腕辺りから胸にかけて衝撃が走った。

 見ると、高速飛行強化服エスピーダースーツが切り裂かれ、ユウキの左胸があらわになってしまっていた。


 「いやーん、まいっちんぐ」

 「なんですの、それ?」


 ユウキが変な声を上げて変なポーズをしたのでアリエルが普通に聞いて来た。武器を持った暴漢が近くに居るというのに、二人共全く意に介さない様子だ。


 「女!?」


 ユウキを切りつけた何者かは驚いた様な声を上げた。

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