第239話 ロミリオン
「エスピーダースーツがこんな簡単に切り裂かれるとは思いませんでしたわ」
「いやもぅね、アリエルの方が切られなくて良かったよ、ほんと」
ユウキとアキラは身の危険が生じると、体を覆う形の次元境界面バリアが自動で発動するのだが、アリエルにはそれが無い。
スーザン(デクスター)の持っていた、絶対障壁という魔法バリアはアプリとしてリストウォッチにインストールされてはいるのだが、飛行中に何らかの事故で墜落した時の様に身の危険が生じた時にAIが心拍数や発汗、脳波の乱れ等のモニター値から判断して自動で展開してはくれるのだが、体を球形に包む形なので少々使い勝手が悪い。球形ゆえに、爆発などで弾き飛ばされた際に、何かにぶつかって止まるまで何処までも転がって行ってしまうのだ。
また、今回の襲撃の様に賊に体を密着させられて切りつけられた場合も、バリアが展開されても内部に入られてしまえば効果は無い。
現在ラボのスーパーコンピューターを使って魔法式の文法を解析中で、現在の進捗状況は約85%程度といったところだ。もしそれが100%成功すれば、体に纏う形のバリアが完成するのだろう。だが未だそれは完成していないので、現状ではアリエルの方が攻撃されていなくて良かったとユウキは安堵したのだった。
しかし、まさか
ユウキは襲撃して来た賊の方を注視した。
「あれ? あんたどっかで…… あっ! そのナイフ!」
「おーいユウキー。どうしたー?」
ユウキは、その男に見覚えがあった。そして、そいつが手に持っているナイフを見て
「あなた、ダークエルフの牢番をしていた人ね」
ユウキは服を普段着にチェンジした。頭を覆っていたシェルが無くなり、その顔を見た男が吃驚してユウキの前へ跪き、土下座をして額を地面の石畳へ打ち付け始めた。
「そ、それはもういいから! やめろー!」
男はピタッと動きを止め、土下座の姿勢のまま頭を上げて情けない顔でユウキの方を見た。
ダークエルフ式の謝罪のお作法であるこの土下座は、額を勢いよく地面へ叩き付け、額が割れ、出欠量が多い程、心からの謝意が込められていると認識されるのだそうだが、流血沙汰を見たくないユウキに当然の様に止められてしまった。男にとっては、勘違いとはいえ神と崇めたユウキを襲撃してしまったわけで、止められたという事は、謝罪を受け入れてもらえなかったという気持ちなのだろう。
「ほら、何とも無かったんだからさ、男がそんな泣きそうな顔をするな」
「何と謝罪したら良いのか分からない。なら代わりに罰を与えてください!」
「要らん要らん! それより何であなたがここに居たの?」
男はユウキに促されて立ち上がり、意気消沈して項垂れてしまっている。そして、ぽつぽつと事情を説明し出した。
それによると、案の定ユウキ達が懸念していた通り、音沙汰が全く無いので後を追って来てしまった様だった。しかし海を渡る手段が無かったため、この町を隅々まで調べていたとの事。もしかしたら攫われた女達がどこかに閉じ込められているかもしれないと、少ない可能性を信じての事だった。
男の名はロミリオンと言うそうだ。ユウキに与えられた神剣『通販で買った安物のククリナイフ』をひっさげ、仲間の戦士11人と共に森の猛獣をバッタバッタと切り倒し、ぐんぐんと腕を上げて行った。今では実力はダークエルフの戦闘部隊中の精鋭達と比べてもその更にその上を行ってしまっている。たった二か月ちょっとでロミリオンは、ダークエルフ最強の戦士にまで昇りつめてしまったらしい。
ユウキから神剣を授けられる前は、魔法の適正も無く牢屋の見張り番をしているしかなかった貧弱な体のボクでしたが、この神剣を手に入れてからは筋骨隆々となり、彼女も出来て人生バラ色です、との事。
その神剣は、ミスリルの武器を凌駕する程の異常な切れ味を誇り、それを扱うロミリオンの体にも変化を与えて行ったという。
世界間を行き来すると、魂を持つ生命は強化されて行く傾向に有るのだが、物質もまた徐々に性質が変化して行き、エネルギーを蓄えて行く様なのだ。以前にアキラの持っていた
その当時持っていたユウキのククリナイフは、後にミスリルマチェットを手に入れた事によりストレージ内へ死蔵されてしまい、全く気にも留められていなかったのだが、ダークエルフの村でロミリオンの忠誠心に感銘を受けたユウキが、何か褒美になる物は無いかとストレージを漁った所、偶々再発掘されたこのククリナイフを与えたのだった。
渡航回数に応じて物質にもエネルギーが蓄積するのだとしたら、そのククリナイフには一体どれ程のエネルギーが蓄えられていたのか最早想像する事さえ恐ろしい。それを受け取った生身のロミリオンの体に何らかの変化をもたらしたとしても不思議ではないのかも知れない。
そんなこんなでダークエルフいちの猛者となったロミリオンは、11名からなる戦闘部隊を編成し、出て行ったきり全く音沙汰の無いユウキ達の後を追ったという訳だ。
辿り着いた前進基地では既に戦闘があった様で、砦の一抱えもある太い木杭や見張り台、石積みの小屋等が破壊され散乱していた。しかし戦闘による血痕も死体もどこにも無く、人っ子一人いない状態だったそうだ。それもそのはず、砦に居た敵の人間は、全員ユウキが出口の無い拡張空間の牢に放り込んで閉じ込めた居たのだから。
鉄砲や火薬類はユウキ達が全て回収した後なのだが、普通の刀剣類や道具は残したままだったので、鉄製の武器や道具はダークエルフ達の半分の4人が村へ持ち帰り、残りの7人で川の下流方向へ探索に向かい、この建設途中の港町へはユウキ達より早く数日前にやって来たばかりなのだそうだ。
「それで? ここに居た敵とは戦ったの?」
「それが、俺達が来た頃にはもぬけの殻でした。手分けして建物を調べていた所に異形の者を見つけて神様とは知らずに、つい……」
「あーなるほど、それはこっちが悪かったね。何とも無かったからもういいよ、次からは相手を確かめようね」
これだけの町と港を建設するには、相当な資金が必要で、相当数の人員も居たはずだと思うのだが、前進基地を破壊した位で全てを投げ出して逃げて行ってしまったというのはどうも腑に落ちない。投入した渡航費用、それに掛かった時間、町や港の建設資材や労力の投入コストと、持ち帰った物資や奴隷数名のリターンでは、全く釣り合っていないと思われるのだから。所謂コスパ最悪状態なのだ。これが調査目的であるならば、帰還した者達の報告後に侵略の為に大部隊を派遣してくる可能性も無くは無いが、見た所ダークエルフの集落程度しか見当たらないのでは、その線も薄いだろう。地下資源目的というのは、この世界の文明レベルでは考え難い。
「もしかして、こちらの世界ではアメリカ大陸が文明の発祥の地になっていて、人口爆発して新天地を探し求めていたとか?」
「植民地というか移民先を狙っていた?」
「うーん、その線は無いかなー」
「どうしてそう思う?」
「だって、オロを散布して汚染した土地に住みたいと思う?」
「たし蟹、たかあし蟹」
「まあ、ここであれこれ想像していても始まらない。連中の補給拠点を調べながら先に進んでみましょう」
「それしか…… 無いか」
「ちょっと待ってくれ! 俺も連れて行ってくれ!」
連中の行動が謎過ぎるので、現状得られる情報だけでいくらプロファイリングしてみた所で手がかりが少な過ぎる。実際に足跡を辿って自分の目で確かめて行くしかない。
ユウキ達はそういう結論に至って、次の補給地点を目指すことにした。しかしその時、ロミリオンが声を上げた。自分も一緒に連れて行って欲しいと言うのだ。
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