第240話 次のポイントへ

 ロミリオンは空を飛ぶ手段が無いので、サマンサが降りて代わりにマークⅡの助手席に乗る事になった。

 スーザンは、汚れた体のダークエルフが自分の愛車に乗る事にちょっと眉をしかめた。というのも、彼がマークⅡの車体に触った部分にくっきりと手形が付いたのだ。

 ダークエルフは皮膚の保護の為に茶色い樹液だか草の汁だかを獣の脂に混ぜた液体を体に塗る習慣があるのだが、そのままシートへ座られたらと考えると、せっかく綺麗にしていたおよそ1億円の新車の車内が茶色い油汚れで台無しになるだろうという事は容易に想像が付く。

 スーザンは、終始にこやかな顔だが右眉のあたりがピクピクしている。しかし、大金持ちの癖にそんな事を気にするのは小さいと言われると思ったのか、諦めて助手席のドアを開けてあげようとして、ピタリと動きが止まった。そして何かを思いついたのか、助手席のグローブボックスを開けて中からリストウォッチを一つ取り出し、それをロミリオンへ手渡した。


 「これをあげるわ。左腕に巻いてみなさい」

 「これは?」


 スーザンは、自分の着けているリストウォッチを見せて、こういう風に装着するのだと説明した。


 「それ、あげちゃうの?」

 「ま、良いでしょ。こっちの世界の人間には作れない代物だし。 ……車を汚されるよりは……」

 「そりゃあ、ライセンス侵害される心配は無いだろうけど」

 「巻きましたけど……」

 「画面をタッチして指紋認証、カメラが起動して自分の顔が映ったら顔認証と目を近づけて虹彩認証、リストウォッチに向かって『GO TO EXTRAVERSEゴー トゥー エクストラバース』と喋ると声紋認証が完了する。やってみて」


 ロミリオンはそれが何の事やらチンプンカンプンといった表情だ。しかし、ユウキの方を見ると頷かれたので、言われた通りに左腕に装着して、しきりに首をかしげながらも言われた通りにやってみた。

 しかし、声紋認証まで行った所でリストウォッチの画面は消えて黒くなってしまった。


 「これで、どうすれば良いのですか?」

 「エスピーダーと……」

 「あ、まって! その前に服を全部脱いで!」


 ユウキの唐突な発言にロミリオンは動揺した。こんな皆の注目を浴びている状況で、何故そんな事を言うのだろうと、訝し気にユウキの方を見た。


 「主よなぜそのような辱めをお与えになるのですか?」

 「あ、ごめん、そうじゃなくて、今着ている服が入れ替わるから、最初は何も身に着けていない方が良いの」

 「そう、ですか…… 仰せのままに」


 ロミリオンは体に巻いていた布や衣服や民族的な意味があるのか身に着けていたアクセサリーを全て取り外した。

 ユウキはすっぽんぽんになったロミリオンの体の頭のてっぺんから徐々に視線を下げて行って、ある地点で視線が止まった。


 「うわぁーお? あっ、何をす……」


 アキラが後ろからユウキの両眼を塞いだ。


 「『エスピーダー』と叫んで!」

 「え、えすぴぃだぁ…… ?」


 アキラがロミリオンへ向かって大声で叫んだ。ロミリオンは怒られたのかと思いびっくりして、そのまま言う通りにしてしまった。すると、体に光のベールが纏いエスピーダースーツ・マークⅠへと変化した。


 「うをっ! これはっ」

 「イー・エス・ピーダー、エスピーダー!」


 ユウキもエスピーダースーツへ着替えてジャンプした。


 「ジャンプしてみて。そのまま飛べるから」

 「は、はいっ!」


 ロミリオンが軽くジャンプすると、そのままスーッと上昇していく。


 「うわっ、わあっ! これはどうすれば止まるんですか!?」

 「慌てないで。リストウォッチにコントローラーが表示されるから、それを操作してみて。あとは体重移動とか空中のバランスは実際に体で覚えて」


 ユウキがロミリオンに手取り足取り優しく教えている様子を、地上で見ていたアキラは面白く無かったのか、自分もエスピーダースーツへ着替えてユウキの所まで昇って行った。


 「ユウキ! お、俺にも指導して!」

 「お、おう」


 アキラにいきなり後ろから左手を掴まれてユウキは吃驚した。やきもちが高所恐怖症に打ち勝ったのだろうか。かなりの高度、と言っても地上25m程度なのだが、アキラは一人でこの高さまでユウキ達を追って飛んで来たのだ。


 「大丈夫なの? その…… 高いよ?」

 「言わないで! 高さを意識から排除しようとしてるんだから!」

 「うん、まあ、なるべく下を見ないようにね」

 「わかってる!!」


 アキラの気迫が物凄い。

 ユウキは水泳のレッスンでもする様に二人の手を取りながら説明を続ける。体を倒して水平飛行に移る際には、リストウォッチの画面に表示されるコントローラーを操作するか、AIのチカに音声で指示を出す事も出来る事を伝える。

 10分程練習をして、三人は地上へ降りて来た。10分程度の練習で大丈夫なのかどうかは置いておくとして、こちらの世界では万が一墜落したとしても民家や他人に被害を及ぼす確率は低い。後は実践で習得してもらうしかないだろう。


 地上へ戻るとロミリオンはリストウォッチに向かって『さっき着ていた服』と言った。AIのチカは、最初に着ていた元の服を『さっき着ていた服』というワードで記憶していて、元の服やアクセサリー類も全く同じに複製した新しい服へと形を変えた。ただ残念なのは、汚れやほつれ、穴等も完璧に再現してしまった事だ。どうせなら新品状態を再現すれば良いのにとユウキは思ったのだが、AIにとってはそれが汚れなのかそういう柄なのか、ほつれなのかそういうデザインなのかの判断が出来ないのだろう。リストウォッチ装着時に身に着けていた物をスキャンして、それとそっくり同じ物を複製してしまったのだ。だから、腰に下げていたククリナイフも見た目そっくり同じ物を再現していた。ロミリオンは神剣が二本になって喜んでいたが、複製された方はただのナイフの様だったので、少しガッカリしている様子だった。

 元の服は、さっき脱いだ場所へ脱ぎ散らかされているのを見つけた。ロミリオンは同じ服が二着分手に入った事に喜んでいたが、古い方は多分もう着ないだろう。元の服は、胸のあたりに付けられている、拡張空間ポケットへ押し込んで収納した。


 ロミリオンはユウキに貰った神剣『通販で買った安物のククリナイフ』の本物の方を腰に装着すると、指笛を吹いて仲間を呼んだ。

 そして、一緒にこの町へ来ていた四人と合流すると、ロミリオンはユウキ達と海を渡って敵を追う事を伝えた。仲間達には海の向こうは危険だとか村の守りはどうするのだとか、しきりに引き止められていたが、連れ去られた仲間を探すと言う強い決意に仲間達は渋々引き下がったのだった。そして、ユウキ達にロミリオンを宜しくお願いしますと、一人一人と硬く手を握って来た。何故かスーザンだけは握られた後の手の汚れが気になって仕方がない様子だった。


 実はスーザンは知っていたのだ。見てしまったのだ。ダークエルフ達が体に塗っている油に混ぜられている物を。

 ダークエルフの習慣で、狩りに行く前や戦いの前等に体にその油を塗るのだが、もちろん、皮膚の保護という意味も有るのだが、ある種の戦意高揚のためのおまじないとか、装飾的な意味合いも持っている様なのだ。その際に油に混ぜるのは、彼等が戦ってきた、彼等にとって強い敵の血だった。

 彼らは長い間オロと戦ってきた。つまり、そういう事なのだ。オロの血を採取する方法は割愛しよう。ただ、偶々スーザンは、アキラが女達を治療している時に暇だったので、村の中を散策していてその時に偶然見てしまったのだった。


 ロミリオンは、仲間達に村に残っている家族や恋人への伝言をことづけて、その場で別れる事にした。


 「さあ、次のポイントへ移動しよう」

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