第241話 モブにだって名前はあるんです
「見えて来た。あのあたりだよ。あ、ほらあそこ、港に船が停泊している。城壁みたいなのも見える」
「やっとか、遠かったー」
「いくら直線で飛んでこれると言っても、1,200kmの距離はあったからね。単純計算しても4時間だ」
「まさか時速300kmがこんなに遅く感じるとは思わなかったわ」
「改良の余地はあるな」
次の目的地、GPSの軌跡で見ると連中が数日留まった形跡のある場所は、地中海の出口であるジブラルタル海峡のアフリカ側の突起にある小さな湾内に造られた港町だった。地球側で言うと、モロッコのタンジェという港町がある位置だ。
「あれっ? あの場所は確か……」
「どうしたの? マサキさん」
「あ、いえ、多分気のせいというか偶然? かな……」
マサキは何かが気になったらしいが、すぐに自分の気のせいだと思った様だ。アキラもその時はそれほど気にも留めなかった。
そんな雑談をしながら飛んで港の上空まで差し掛かった所でユウキの頭の横をヒュンッと何かが高速で通過して行った。
「うわっ、デジャブ!」
そう、こんな集団で呑気に飛んで来たものだから、当然の様に発見されてしまっていたのだ。港の要塞から砲撃を受けていた。下の方から幾つもの発射音と煙が上がり、弾丸が撃ち上がって来る。しかし、上へ向けて撃つと重力の影響で思った程高空までは届かない。ユウキ達は高度およそ200m位の高さを飛んで来たのだが、その高さまで砲弾を届かせたのはなかなかのものだ。とはいえ、砲弾の速度は目視出来る程に遅くなり、もしかしたらキャッチできるのではと思ったユウキは、自身の近くに飛んで来た砲弾に手を伸ばして捕球してしまった。
「ちょっとユウキ! 榴弾だったらどうするんだ!」
榴弾というのは炸裂弾の事だ。内部に火薬が仕込まれていて、着弾と同時に破裂して破片を撒き散らし、広範囲に被害をもたらす。そんな物をキャッチして目の前で炸裂でもしたら、スーツは大丈夫でもコントロールを失って墜落の可能性も無くは無い。
「大丈夫だよ。ただの鉄の玉なのが見えたから。未だそれ程の技術は無いみたいだね」
「見えたって? 飛んで来る砲丸の種類が見えたの?」
ユウキの動体視力は一体どうなっているのだろう? 飛んで来る弾丸を認識は出来てもその形状や種類まで分かるものなのだろうか? ユウキの体の変化は五感まで変質させているのだろうか?
ユウキは、手に持った直径10cm程の鉄の玉を軽いモーションで飛んで来た方向へ投げ返した。1~2秒後に城壁の一部に当たったらしく、轟音と爆発の様な土煙を巻き上げて激しく倒壊していった。
「ちょっと! ただの鉄の玉だって言ってたじゃない!」
「あれー? おかしいな?」
「あれは火薬の爆発じゃないよ。ユウキが馬鹿力なんだ」
スーザンの冷静なツッコミが入る。投げ下ろしたので重力による加速が加わっていたとはいえ、破壊規模がでかい。ユウキはその後も近くに飛んで来た弾をキャッチし、投げ返していた。
敵の要塞に据え付けられていた砲台の幾つかは、崩れた土台によって傾いたり落ちたりしてしまい、使い物にならなくなってしまった様だ。下からの砲撃は
「ちょっと先に降りて大砲を潰して来る」
ユウキはそう言うと、飛行システムを切り、自由落下で下りて行った。そして、遥か下方で着地したらしき砂煙が上がるのが見えた。
「わ、我々も行かなければ!」
ロミリオンは戦士として自分も行かなければならないと感じたのだろうが、ユウキの様に弾丸の様な速度で下りて行く方法が分からなかった様だ。
「私達の着ているマークⅠは、超安全設計になっているので、空中で飛行システムを切る事は出来ないんだよ。ゆるりと参るとしましょう」
ロミリオン達マークⅠを着ているメンツは、AIによる自動制御で東京スカイツリーのエレベーター位の速度でゆっくりと降りて行く。皆が下に降りた頃にはユウキが全ての砲台を制圧して無力化してしまっていた。勝手に自分はユウキの騎士なんだと張り切っていたロミリオンは、せっかくの見せ場が全く無くて落ち込んでしまっていた。
「ここもこの規模の町にしては人が少ないんだよなー」
「うん、防衛のために最低限の兵隊だけを残しておいたって感じだよね」
「ちょっと町と船の中を調べてみましょう」
「捕まえた兵隊達は、また拡張空間の牢に閉じ込めておくか」
「今度は忘れるなよ?」
「だ、大丈夫! 中の時間は止めてあるから、何年だって保存出来るよ!」
「保存て…… 鮮度そのままですかそうですか」
拡張空間牢を作って捕虜を閉じ込めたのはユウキだが、その時一緒に居たアキラやスーザンだって忘れていた訳で、彼等に責められる謂れは無い様に思うのだが…… 何か納得出来ないユウキなのだった。
地上に降りた面々は、町の中の建物を手分けして調べて行ったのだが、城壁近くの兵舎には交代要員が若干名残っていたものの、他には人は残っていない様だった。
町の機能を維持するのに必要な生産や販売といった物流関係と思しき建物にも、居住区と思われる建物にも誰も人は居なかった。いや、居た痕跡はあるのだが乱雑に散らばった生活用品などを見る限り、慌てて荷物をまとめて逃げ出した様子が伺える。
次に港に停泊していた船の中を調べてみる事にした。中くらいの戦闘用の帆船で、残った兵士達の脱出用に残されていた船の様だった。船内は二層に分かれ、側面に砲を突き出すための小窓が幾つも開いている。最下層には略奪した物品を入れて置く船倉や捕虜や奴隷を閉じ込めておく牢などがあった。
最下層に下りたアキラやユウキ以外のメンツは顔をしかめた。臭いがきついのだ。獣と排泄物の悪臭が入り混じった、手入れされていない厩舎の中の様な臭いが充満している。ユウキとアキラは、ドラゴンズピーを作った時にバリアが悪臭を通さない様に設定されたので平気だったのだが、スーザンやエルフ達には耐え難い臭いだった。
通路から並んでいる牢の中を順に見て行くと、薄暗い房の一つで隅の方で動く影があった。
「あっ! おまえはっ!」
人が歩く物音に気が付いたのか、奥の壁際に寝ていた薄汚い男が飛び起きた。ユウキ達の方から見ると暗がりでよく見えなかったのだが、男の方からは幾らか明るい通路に立っているユウキの姿がはっきりと分かった様だった。
自分を知っている様な口ぶりの男にユウキは目を凝らして良く見て見ると、男はボロボロの服を身に纏い、無精ひげと汚物がこびり付いた様な伸びた、ドレッドヘアーの様に固まった汚い髪の毛を垂らしている姿が見えた。しかしユウキにはその顔に覚えが無い。ユウキは首をひねりながら男を見つめて突っ立っていると、痺れを切らせたのか男の方から再び口を開いた。
「俺だよ俺! 忘れたのかよ! 俺を拷問しただろうが!」
ユウキはやっと思い出したかのようにポンと手を叩いた。そういえば奴隷商の男達を捕まえて拷問した覚えがある。
「ああ、思い出した! お前はあの時の…… 忘れようとしても思い出せない誰かさん!」
そうだ、そんな事があったと思い出しはしたのだが、どうやらユウキは顔までは覚えていなかったのだ。まして名前なんか全然覚えていない、というか多分聞いて無い。しかも五人いた内のどいつだったかさえも思い出せない。
「ちくしょー! あんな惨い拷問をしたくせに覚えていないだなんて、お前はどんだけ酷い奴なんだー!」
「えー? いやまー、悪かったよ。泣くなよ。大の男がさ」
敵のモブ悪役の名前なんていちいち覚えていないというか、そもそも名前なんて付けられても居ない木っ端なんじゃないのか? と、メタい事を考えているとロミリオンがそいつの事を覚えていた様だった。
牢番をしていた時に牢内の五人と時々会話する事もあり、その時に名前を聞いていた様なのだ。ユウキだったらそんな一時的な関りしかない人間の名前なんて右の耳から左の耳なのだが、ロミリオンは記憶力が良いのか、五人の名前を憶えていたらしい。
「お前はアレクサンダー!」
「何だよ雑魚モブのくせにカッコイイ名前だな!」
ユウキは思わずツッコんでしまった。
「悪かったなチクショー!!」
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