第242話 船長
「何でお前だけこんな所に閉じ込められていたんだ?」
「ああ、船に乗りきらなかったので置いてかれた」
「ぷっ!」
「チクショー! 笑うな!」
「だってさ、モブ中のモブ、キングオブ雑魚の扱いじゃないか」
アレクサンダーはユウキの辛辣なツッコミにしょんぼりとしてしまった。言い返す気力も無い様だ。
ユウキは五人の男達の中の誰だったかを思い出そうとしているのだが全く思い出せない。ただ、リーダーだと言っていた男はちょっとアクが強かったので、そいつじゃない事は確かだ。残りの四人の内の誰かなのだろうが、そもそも覚えて置こうと思う程の人間ではないので、最初から脳のメモリーに保存はされていなかったのだ。
「なあ、一つ聞いていいか? 何でお前らは慌てて逃げてるんだ?」
「そりゃあおめぇ…… 争っても勝ち目の無い相手に出くわしたら普通逃げるだろうよ」
「そんなすごい奴が居たのか? 災難だったな」
そんな事を言うユウキを全員が呆れたという眼差しで見つめた。
「銃も砲も効かない、空を飛んでくる、砦を一瞬で全壊させる謎の攻撃、人とは思えない怪力…… 逃げるだろ普通に。新大陸に渡る時に、そういう相手に遭遇したら速やかに撤退するようにと厳命されていたんだ」
こちらの異世界側で、人類の発祥が南北アメリカ大陸側であるとするならば、旧大陸はアメリカ大陸で新大陸はヨーロッパやアフリカという事になるのだろう。
「それにしたって過剰反応過ぎない?」
「俺ら下っ端は信じちゃいなかったんだが、司令官以上の人間は半狂乱だったらしいぞ。連中、何かを隠してやがる」
「想像だけど、既にそういう存在が居るのを知っているのかもね」
「ふうん、私達の他にも居るってことなのか…… 会ってみたいな」
ユウキ達は、前進基地の砦を破壊した後は追うのを一旦中止して他の所へ行ってしまった。ユウキに拡張空間の牢へ放り込まれず、運よく逃げることが出来た数名は、港の町まで逃れたがその後何故か追ってこない事を不審に思い、調査の為に砦に戻って色々と調べたのだろう。襲って来た者の戦力や武器、攻撃方法等を調べた筈だ。
そして、最も懸念された最悪の事態だという事に気が付き、慌てて撤収を始めた。ここに残っていた兵士達は、暫くの間この拠点を守りながら引き払う時期を伺っていたのだろう。そして、そろそろ脱出しようとしていたところにユウキ達がやって来てしまったという事の様だ。という事は、何か有用な情報がこの船の中に残されている可能性がある。次へ行く前にこの船を調べてからでも遅くは無いだろう。
「あれ? じゃあこの船の船長とか指令官も居たのかも。手当たり次第に拡張空間へ放り込んじゃったから分からなかった」
「まったく、大雑把なんだから」
「服装とか違ってたんじゃない?」
「そうかも」
ユウキは、船倉内にドアを作ると、開けて中に入っている捕虜の品定めを始めた。捕虜を閉じ込めている拡張空間内は、時間を止めているので人間はまるでマネキン人形の様に微動だにしない。だからじっくりと探すのには便利なのだが、なにせ前進基地の捕虜とここの要塞で捕まえた捕虜を同じ所へ放り込んでしまったものだから、人数は五十人を超えてしまっている。
ユウキはしまったなぁと思った。後から放り込んだ人間を選別する羽目になるとは思ってもみなかったのだから。整理整頓は苦手なたちなのだ。
横から覗き込んでいるアキラやスーザン達も、あいつじゃないかこいつじゃないかと指差しながら言っている。というのも、どれが上官の服装なのか良く分からないのだ。何人かは下級兵士とは明らかに違う豪華そうな服を着ている者が居るが、ある程度以上の階級に成るとどっちが上なのか良く分からない。ましてや異世界の軍隊の服装なら尚更だ。
「アレキサンダー大王くん、どいつが司令官なんだい?」
「なんだよ、何でいきなり大王とか呼ぶんだ? 何を企んでいやがる」
ユウキはいつもこういうとぼけた感じなのだが、どうもアレクサンダーは疑心暗鬼になっている様だ。
ユウキのふざけた問い掛けに文句を言いつつも、アレクサンダーは一番奥の壁に腕組みをしてもたれかかっている20代中頃位の男を指差した。そいつは確かに上官らしい仕立ての立派な服装をしているが、もっと派手な装飾の服を着た50代位の男も他に居るので、やはり姿を見ただけでは良く分からない。
「あっちの派手な服装の奴は?」
「あいつはこの船の船長だ。いけ好かないヤローだ。俺をここに閉じ込めたのはあいつだ」
「司令官と船長はどっちが上なの?」
「ユウキ、あのね、船長はこの船だけのトップだけど、司令官はこの港町全体のトップなんじゃないかな。もっとも、海の上ではどっちが上かは分からないけどね」
アキラがそう説明した。
「ふうん?」
ユウキは、ちょっと考えるふりをしてニヤリと笑うと、スマホで空間内の時間を動かし、扉の中へ入って行った。
閉じ込められている者達は、出口が無いと思っていた空間に急に入って来た人物にぎょっとした。それもそのはず、自分達をここへ閉じ込めた張本人だったからだ。全員がユウキを注目した。
「はーい! ここで一番偉い人、出してあげるからこっちへ来て!」
ユウキはパンパンと手を叩いて大きな声で呼んだ。
壁にもたれ掛かっていた、アレクサンダーに司令官だと指を指された男は、腕組みを解きユウキの方へ歩み出そうとしたのだが、それよりも先に行動を起こした者が居た。
「俺だ! 俺がここで一番偉い!」
自分が一番偉いと主張したのは、アレクサンダーに船長だと言われた髭面の大柄な男で、粗野な感じがユウキはあまり好きなタイプではなかった。その男は、出してあげると言う声を聴いて、我先にとユウキの方へ駆けよって来たのだ。罠だとは思わなかったのだろうか、この船長だと名乗る男は頭はあまり良い方ではなさそうだ。司令官の方をちらっと見ると、再び壁の方に戻ってもたれ掛かり、目を閉じて腕組みをしている。あの若さで司令官の地位を獲得したとしたら相当頭は切れるのかもしれない。利用するならこっちの船長の方が御し易そうだ。
「立派な身なりをしているだけはあるね、他の人とは貫禄が違う。今外に出すから付いて来て」
船長は、ホイホイとユウキの後を何の疑いも無くついて来る。ユウキが扉を抜けると、船長も一緒に出て来た。近くに居た何人かの下級兵士だろうか、ついでに一緒に出られるかも知れないと突進して来た者がいたが、ユウキが入出権限を与えていない者は当然通過出来ない。皆見えない壁にぶつかって、カエルが潰れたみたいな変な声を出してのびていた。
「やったぞ! ついに脱出した! わははは!」
中はそんなに辛かったのだろうか、時間は止めていたので滞在時間的にはそれ程でもないと思うのだが、出口も窓も何も無い真っ白な空間に閉じ込められるだけで精神的には結構きつかったのかも知れない。
「ねえ、素敵なお髭のオジサマ。このお船の中に司令官のお部屋はあるのかしら?」
「お、おう、あるぞ! ついてこい!」
ユウキは船長の胸元に寄って『の』の字を書きながら、上目遣いにそう言った。内心、こんな女の子っぽい喋り方も、こんな臭い男に寄り掛かるのも吐き気がするのだが、情報を引き出すためと割り切って我慢して演技をしたのだ。
アキラはそれが演技だと分かっていてもイラっとして全身からどす黒いオーラを出してしまっていたのだが、笑いを堪えたスーザンに止められていた。
「おら、ここが奴の私室だ」
「あれ? 鍵が掛かっているよ。合鍵かマスターキーは無いの?」
「ねえ。奴以外入れねえからな」
「あら、ここで一番偉いオジサマも入れないの?」
「一応肩書だけは上官だからな。奴以外部屋の中を覗いた者も居ねぇよ」
『なんだ使えない奴だな』とユウキは思ったが、そんな事は表情には一切出さずにいきなり扉を殴りつけてみた。
ガイーンと反響する様な音が鳴り、扉はユウキの拳を跳ね返した。これにはユウキばかりかアキラやスーザンも驚いた。ただの木製の扉に見えるのだが、音が木を叩いた音では無かったからだ。しかも鉄もひしゃげるユウキの拳を弾くとは。
ユウキは扉の前で何やらスマホを操作し、徐に扉を開けた。
「なんだ、鍵掛かって無かったよー」
「えっ? そんなはずは……」
ユウキが扉の中へ入って行ったので、船長もつられて一緒に中へ入ってしまった。
「あっ! 畜生! 騙しやがったな!!」
部屋へ入った船長は叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます