第243話 司令官

 ユウキと船長が入った部屋は、元の拡張空間の牢内だった。ユウキはスマホを操作し、指揮官の部屋の扉に重ねて拡張空間の扉を設置していたのだ。

 元の部屋に戻されてしまった船長は激怒した。そして目の前のユウキに掴み掛った。


 「このや…… あいてててててて!!」

 「懲りないなぁ」


大人と子供程も体格差のあるか弱そうな少女なんて簡単に捻り潰せると思ったのだろうが、ちょっと前にユウキにコテンパンに叩きのめされてここへ放り込まれたのを忘れたのだろうか、やはり頭の方はあまり良くない様だ。ユウキに簡単に腕を捻り上げられ、膝を着いてしまった。


 「何の情報も持っていないし、船室のドアも開けられないあなたにはもう用はありません」

 「ちくしょう! バカにしやがって!」


 ユウキは船長を横へ放り投げ、奥の壁で腕を組んで目を閉じている男の元へツカツカと歩み寄った。


 「俺にはガキの色仕掛けなんて通用しないぞ」

 「そんな事は分かってるよ。あんたの部屋の鍵を渡してくれない?」

 「大人しく渡すとでも?」

 「それならあんたを動けなくして体を探させて貰っても良いし、部屋のドアを破壊しても良いんだけど?」

 「それは困ったな、あそこには貴重な研究資料が仕舞ってあるんだ。壊わすのは勘弁してくれ」

 「じゃあ鍵を渡しなさいよ」

 「それは無理な相談だ。私は鍵を持っていない」

 「何処かに隠してあるの? 場所を教えなさい」

 「隠すも何も、私自身が鍵なのだ」


 道理で余裕な訳だ。自分自身が鍵ならば、騒がなくても黙って待っていれば自動的に外に出られるという寸法だったのだから。

 それにしても生体認証なんて、なかなか高度な魔法ではないか。地球側では指紋、掌紋、静脈パターン、虹彩、声紋、顔認識等色々な認証方式があるが、魔法では個人の何を参照しているのだろうか?

 こんな事ならユウキはあんな臭い男に色仕掛けなんかするんじゃなかったと激しく後悔した。まさか船長が自分の船の船室の鍵を持っていないとは思っていなかったのだ。ユウキは溜息をいた。


 「はぁ、じゃ、付いて来て」

 「大人しく従うとでも?」

 「痛いのが嫌いならば」


 司令官の男は、ちょっと肩をすくめて見せ、大人しく優輝の後ろを追った。


 「あ、そうそう、そのベルトの隠しナイフで刺そうと思っても私の身体に刃物は効かないから」


 司令官は、ベルトの所へ伸ばした右手を下ろした。

 ユウキが司令官を連れて皆の所へ戻ると、サマンサとアリエルが扉を調べている所だった。


 「あ、おかえり。やっぱり最初からそいつを連れてくれば早かったのにね」

 「面目ない……」


 スーザンの指摘にユウキはしょげた。


 「その扉、この男の生態認証キーで開くみたいよ」

 「やっぱりね、何重にも複雑な防御魔法が掛けられているのよ。さっきアキラが破壊しようとしたのだけど、船ごと木っ端微塵にしてもこの部屋だけは残る位には強力なバリアみたい」

 「そうなの? 私がもう一度ぶん殴ってみようか?」


 サマンサとアリエルが扉の前からどいて、ユウキが空手の正拳突きの様に気合と共に拳を扉の中央へ叩き込んだ。今度はさっきと違って本気の力一杯だ。


 ガイーンンン・・・ィィィィン


 扉の前の空間に波紋の様な揺らめきが現れ、まるで大きな分厚い金属の塊を巨大なハンマーで殴ったかの様な大きな音が響いた。魔法バリアの範囲外、つまり部屋のサイズの境目にある外側の木材にヒビが入った様だ。部屋全体が一つの四角い躯体として保護されているのだ。


 「四角いバリアあるんだ。私達はまだ球形で足踏み状態なのに」

 「つまり、私達よりも魔法に関しては進んでいる可能性がある?」

 「どうも文明の進み具合と比べてアンバランス感が否めないんだよなぁ」

 「あの!」


 などと今は関係無い技術的な部分で話し込んでいると、何だか蚊帳の外感がハンパナイのか司令官の男が会話に割って入って来た。


 「何ですか?」

 「『何ですか?』じゃないよ! 私を連れて来た意味! もうなんかあなた達、傍観者と言うか遊んでいるというか、何かこう目の前にいる人間とか今起こっている現実に全く関心が無いと言うか、真剣味が足りないな!」


 なんかしらんが捕虜に怒られてしまった。

 言われて今気が付いたのだが、強力な攻撃力と何者にも破られないであろう完璧な防御力が担保されている身にとって、この世界で起こる事象全ては、完全に安全な所から見ている傍観者というか、映画や演劇でも見ている様というか、事象にある程度介入出来る所などはロールプレイングゲームRPGでも遊んでいる感じになってしまっていた様だ。


 「悪かったよ、はい、開けて」

 「だから…… もういいよ!」


 司令官の男は、もう何か言い返すのも面倒になってしまった様だった。指図されるまでもなく自ら扉の前へ行き、掌を扉の中央へ当てた。すると、扉の正面に魔法陣が浮かび上がり、光の壁が左右に割れて扉の幅だけ開いた様に見えた。

 多分、魔法陣や光の壁が見えたのは、アキラとユウキだけだったと思う。他の人達は、何が起こったの? という様な顔をしていた。アキラはもちろんその様子をすかさず動画で撮影したのは言うまでもない。

 司令官の男は扉を開け、振り返った。そしてスマホを構えて動画を撮影していたアキラを見て驚いた表情を浮かべた。


 「ちょっと待て! 何でそれをお前が持っている!?」


 周りを見回し、足早に部屋の中へ入ると、自分の机の上に置いてあった道具を取り、『ある……』と小さな声で呟くと、それを皆の前へ突き出して見せた。


 「お前達はこれが何の道具なのか分かるのか!?」

 

 男が手に持っていたのはスマートフォンだったのだ。

 それは、ラボに侵入していたスパイによって国外へ持ち出されてしまった、あのスマートフォンだったのだ。10年前というと、少し微妙かも知れない。スマホは既に存在していたが、普通の携帯電話の割合もかなり高かった時代だ。貧民街で持っている人間が居たのかどうか、彼は存在こそ知っていたが現物を見た事は無かったのだろう。


 「ちょっと、何でそれがここに在るの?」

 「やはり……」


 今まであまり発言をしなかったマサキ(野木)が口を開いた。


 「あのスマホはここへ持ち込まれた物で間違いありません。正確には地球側のこの場所、モロッコのタンジェです」

 「どういう事? あのスマホには異世界行きゲートを開く能力なんて無いのよ!?」


 神管では、ラボから持ち出されたスマートフォンの位置情報は常に把握していた。盗み出された事が発覚した後も直ぐに取り返しに行かず、何処へ運び込まれるのかをずっと監視していたのだ。スマートフォンは豪華客船に乗せられ、ゆっくりと太平洋からインド洋へ入り、ドバイへ入港した。そこが目的地かと思われたのだが、数日滞在の後船は出航し、スマートフォンの軌跡も移動を始めてしまった。そのまま監視を続けると、紅海からスエズ運河を通り、エジプトやギリシャやフランス等の観光地を転々としてついに動きを止めた。その最終目的地と思しき場所が、モロッコのタンジェという港町だったのだ。客船はカナダからアメリカ東海岸へと進んでいる事が分かっているので、スマートフォンは地中海の何処か、おそらくフランス辺りで船を降り、タンジェへと運び込まれたと見て間違いない。


 「でもどうやって地球側からこちらへやって来たのかしら?」


 アリエルの疑問は尤もだ。これは司令官の男を締め上げるしかない。


 「さあ、知っている事を吐きなさい!」

 「ま、まて、言うよ、言うから手荒な事はしないでくれ! 俺は痛いのは大嫌いなんだ」


 何だかこの男も本気なんだかふざけているのか良く分からない。というか、本当に軍人なのだろうか? 国に対する忠誠心の様なものを全く感じない。


 「これをここへ持って来たのは、奇妙な感じの婆さんと真っ黒な服を着た白人の少女なんだ。そして俺も地球出身なんだ」

 「ええっ!? なんだってー!?」


 男はとんでもない事を話し始めた。

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