第232話 エスピーダー

 お偉いさん達が帰ってしまった少し後に、会場全体からワッという歓声が沸き起こった。

 モックアップだと思われていた車体が浮かび上がったのだ。それも音も無く、砂塵を巻き上げる事も無く、まるで子供の持つガス風船の様に重さを感じさせない動きでふわりと浮かび上がったのだった。


 その車体が地上に在った時も実は地面から10cm程浮いていたのだが、VIP用の観覧席からは距離が有り、上から見下ろす角度だった為に誰も気が付かなかったのだろう。


 これにはNASAや航空宇宙関連会社の技術者達が目を丸くした。すわ半重力か、浮上原理は何なのだとメタワイズの社員に詰め寄り、質問攻めにしている。しかし、今ここには技術者は来ていないと一切の質問には答えないのであった。ただ一つ確かなのは、魔法領域の技術であり日本の技術者の手により製品化に漕ぎ着けたもので、製品発売時には幾つか条件はあるが基本的に特許料は無料で公開されるという事であった。技術を普及させるためにこういった形態を取る事はよくあるのだそうだ。


 飛行車は、音も無く20m程の高さをゆっくりと8の字を描いて飛び、元の場所へ着陸した。レーザーのポインティングとカメラの画像解析技術、AIのコントロールにより正確に発着位置を測定し、人や障害物を避け、垂直離着陸と飛行高度の維持を行っている。そして、中から出て来た運転手パイロットらしき女性は、観客の方へ手を振ると片手で軽く車を押し、格納庫の中へ消えて行った。


 「未だ飛行速度の部分は解決出来ていないままなのだけれど、良い目くらましには成ったかしら」

 「コンセプトモデル同様、製品化までには時間が掛かるという事で、こちらへ注意を引き付けて置いて本命の方へ行きましょう」


 デクスター達は、後片付けを自社のスタッフへ任せて本命だという方へ空間通路を使って移動した。そこは国際ラボラトリーの中へ増設された第二演習場だった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 デクスターが入場すると、そこには白衣を着たあきらが待ち構えていた。

 戻って来たデクスターの姿を確認するとあきらは軽く頷き、マイクを取って100m程離れた位置に立っている人物へ話しかけた。


 『これよりエスピーダースーツの飛行実験を開始します』


 拡声器からあきらの声が流れた。その人物は、首から下を覆うウェットスーツの様な体にぴったりとした、墨の様に真っ黒な衣装を身に着けている優輝だった。優輝はあきらの方へ頷くと、気を付けの姿勢で正面を向いた。

 その衣装は、足のつま先から手の指の先まで継ぎ目が無く覆われている。これで頭まで黒ければまるで影か某子供探偵の漫画に出て来る悪役の様な見た目だったろう。その衣装にはチャックやボタンの様な物は全く見当たらず、どうやって着たのか不明であった。


 『優輝いい? エスピーダー、フライング開始』

 『了解、エスピーダー、フライング開始します』


 優輝の方から無線で応答があった。どうやら服の何処かに無線機が仕込まれている様だ。


 『イー!エス!PEEDERピーダー!


 優輝は何故かドアを開ける様なジェスチャーをした後、4歩駆けて5歩目で両足を揃えてジャンプすると、着ていた黒い衣装は頭まで覆う形状に変わり、服の色は青に変わり、肩から胸にかけて逆三角形の黄色い模様、手と足は赤い手袋とブーツ、頭は全体が赤いたまご型のシェルに覆われ、やや尖った方を前にしてその下半分が透明に変わった。両耳のあたりが丸く出っ張っていて、そこから後頭部の方向へ角というかアンテナの様な物が伸びている。

 そしてそのまま上空へぐんぐんと昇って行った。


 「ねえ、あの変なジェスチャーと掛け声は必要なの?」

 「ううん、ただの優輝の趣味」


 デクスターの質問に、あきらは首を横に振った。服の名称は、『EX・SPEEDER』なのでエクス・スピーダーなのだが、優輝がどうしてもエスピーダーにしたかったらしい。どうせアニメか特撮から考えたのだろうとあきらは思った。


 「あの配色は何か意味があるの?」

 「日本の子供番組は、赤青白黄の原色の配色が割と定番なのよ。某ロボットアニメしかり、某魔女っ子しかりってね」


 デクスターはアメリカ国旗が頭に浮かんだが、黄色は含まれていないので口には出さなかった。


 『優輝、水平飛行に移って』

 『了解!』


 優輝は10m程の上空でホバリングすると身体を水平に倒し、シューッと音を立てながら徐々に加速して行った。それは、飛行術アプリを使って飛んだ時よりも明らかに速かった。飛行術のみの場合、地面を押して浮かんだり進んだりしている性質上、浮上高度は250mから300m程度、水平飛行速度は60km/h程度しか出ていなかったのだが、何らかの工夫によりそれを解決したらしい。


『バババババビューン!』


優輝があきらとデクスターの頭上を通過して行った。


 「今の口で言った?」

 「言ったわね」

 「楽しそうね」

 「そうね……」

 「ところで、推進の方はどう解決したの?」

 「水平飛行の場合、空中では壁の様に固い『押せる何か』が無いので、他の方法を工夫するしかないの。多くの航空機や鳥や虫もそうなんだけど、『空気』を後ろに押し退けてその反作用で前進しているわけ」

 「確かに空中では手掛かり足掛かりに出来る物って言ったら空気しか無いわね」

 「一応、電場、磁場、重力場も候補には上がったけれど、推進力に使うにはパワーが弱すぎたわ」

 「結局空気を使う事にしたのね。でも、翼もプロペラも無いみたいだけど」

 「私達には膨大な電力を賄える装置がある。それを使うのよ」


 具体的には強化服エスピーダースーツにはリフター、日本で言うイオンクラフトと呼ばれる装置の強力版を備えている。

 頭側のカソード(マイナス極)の超高電圧電極針が展開するマイナスの極大電場でイオン化された空気分子は、足側に展開されたアノード(プラス極)フィールドへ引き寄せられ、周囲の空気を巻き込みながら高速で流れる。そして、後方へジェットの様に噴射される。


 「最高速度時速328km、巡航速度310kmを達成したわ」

 『ひかり(新幹線)よりー、速いのさー♪』


 飛行中の優輝が何か歌っている。それが無線機から聞こえてくるが、デクスターはそれを無視してあきらと会話を続けた。


 「うーん、そこそこ微妙な速度帯」

 「そこが良いのよ、大体一般的なヘリコプター位の速度だわ。飛行機よりは遅いけれど、地上を走るどんな乗り物よりも速い。つまり、既存の交通インフラに干渉しない、個人で所有出来る最高速の乗り物よ」

 「成る程成る程ー。面白い所を狙うわね」

 「この実験に成功すれば、あなたのとこの飛行車にも搭載出来るわ」


 こちらの強化服エスピーダースーツは個人での移動手段、デクスターの飛行車フライングカーは家族での移動手段として棲み分けるつもりなのだ。つまり、バイクと自家用車みたいな関係を想定している。


 早くまたは遠方まで行きたい人は、飛行機なり電車なり船舶なりの既存の交通手段を使えば良い。

 これは、マイカーのちょっと上位程度の立ち位置なのだ。わざとその辺りの隙間を狙っている。時速300km台の速度で移動出来る個人所有のコンパクトな移動手段コミューターとして売り出すつもりなのだ。


 『どう? いけそう?』


 優輝が飛行試験を終え、デクスターとあきらの近くへ着陸した。低高度の低速飛行はセンサーの働きによりAIが自動で判断し浮上術に切り替わるため、発着時の様子は非常に静粛だ。


 地上に降り立つと、優輝の服は液体の様に流れて普通のTシャツとGパン姿に変化した。これはデクスターの使っている変身術魔法を製品化したものだ。

 最後まで解決出来なかった、自分の体のサイズに合わせるという問題が残っていたのだが、最近ちょっとしたアイデアで乗り越える事が出来た。あきらがコンビニの入り口に設置してあったAEDを見て、ハッと閃いたのだ。

 それは、体表面の電位差を計測して仮想空間に3Dモデルを計算し、それに合わせて服のサイズを割り出すと言う方法だった。


 飛行服の素材は、ラボのスーパーコンピューターを使って優輝のDNA情報から解析したカーボンマテリアル素材を使用している。

 普段は皮膚の様に柔軟でありながら、急な衝撃に対してはダイラタンシー効果によりダイヤモンドの硬さとカーボンナノチューブの強靭さを発揮する。高空の寒さに耐え、バードストライク等の衝撃にも耐え、万が一飛行中に何らかの不具合が発生して墜落したとしても、身体を保護をするためである。もちろん、アンチマテリアルライフルの弾丸であろうと貫通はさせない。


 そして、この変身術のアプリ化は、もう一つの商品を生み出す事になった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 【異世界堂本舗ショッピング。ファッションは今、データで買う時代!】

 そんなタイトルの動画がアップロードされた。


 「異世界堂本舗ショッピングへようこそ! 今回は皆様の日頃のご愛顧に感謝して、とっておきの商品をご用意しました!」

 「それは何かなー?」

 「それは、これ!」


 ユウキは、1つのリストウォッチを取り出し、カメラに近づけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る