第231話 合併

 「ま、ぜーんぶ私の妄想なんだけどね!」

 「妄想かーい!」


 でも優輝は知っている。あきらはアカシックレコードにほんの僅かだけアクセスして読んでいる事を。多分それはあきら自身もはっきりとは自覚していない。妄想だとかちょっとした閃きだとか自分で思っている事のいくつかには、アカシックレコードから読み込んだ事実が含まれているのだ。

 やけに予感が当たるとか、正夢まさゆめを見るとか言う人の何割かはそれではないのかと優輝は思っている。


 アメノハバキリの剣に関しては、あきらとしては人工魂に非常に興味がある。あれを解析できれば、莫大なエネルギー資源を手に入れたも同義なのだ。永久電池など玩具に等しいエネルギー供給源に成り得ると思っている。アメノハバキリの剣を埋め戻す際に、その穴の底の地面の所にこっそりと不可視の拡張空間の扉を設置していたのは内緒だ。きっとまたそのうち持ち出すつもりなのだろう。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 午後になってデクスターは野木と一緒に優輝とあきらの家を訪ねて来た。


 「あら、珍しい組み合わせじゃない?」

 「ちょっと神管と打ち合わせがあったのよ」

 「打ち合わせ?」

 「ほら、野木さんをあなたの秘書兼アドバイザーにするって話と、うちの会社との合併がっぺい話」

 「えーっ!? 野木さんの話は兎も角、合併って何よ!?」

 「あれ? 言ってなかったんだっけ?」

 「いや聞いたけども、冗談かと思ってたわよ」

 「私は冗談は言わないの」


 異世界堂本舗の方は、あきらと優輝と花子お婆ちゃんの3人で話し合って決めれば良いだけなのだが、デクスターの会社は株式会社だ。CEOが勝手にそんな事を言っても株主達が納得する筈がない。

 しかも、軍需産業だったりもするものだから、それをアメリカが手放すとも思えない。それは異世界堂本舗の方もその事情は同じで、本拠地をどちらにするかでかなり揉めそうな予感はする。


 「それって、今みたいな合弁ごうべんじゃ駄目な話なの?」

 「製品単価を下げるには、お互いの特許を自由に使えた方が有利でしょ」

 「それはまあ、そうなんだけどー」

 「どちらかがどちらかを吸収合併するって話じゃないのよ。両方の国に資産を置いたまま、多国籍企業って事にすればいいのだわ」

 「多国籍企業化かー……」

 「丁度国際ラボラトリーが多国籍化しているから、研究成果を迅速に製品化出来るし、フィードバックでラボの運営資金的にも貢献出来るわ。更にラボへ貢献出来てなおかつ出資出来る国を取り込んで行けば多国籍企業化は容易だわ」

 「出資と貢献のそのどちらかの条件に満たない国はどうするの?」

 「特許料は当然貢献比率に応じて支払われるけれど、製品化の時には蚊帳の外ね」

 「まあ、そうなっちゃうか」

 「技術を盗む目的で入って来る不遜な国を排除するのにも好都合よ」


 神管の方も、ラボにスパイが入り込んでいた事実もあり、ラボが巨大化して隅々まで目が届き難くなって来ていたと感じていた所なので、その管理をどうするかを考えていた最中だったのだ。このデクスターの提案は、タイミング良く渡りに船だった様だ。


 「でもさ、それやるとウチも株式会社って事になっちゃわない?」

 「株式会社だと何か困る事でもあるの?」

 「異世界物販が公になりそうだし、製品開発に外部の余計な雑音入れたくないんだよね」

 「まあそこはいくらでもやりようはあるわ。あなたの所を親会社にしてもいいし、上にもう一個独立した持株会社を作ってもいいし。何か不測の事態になった場合に簡単に切り離しパージ出来る様にしておけばよいわ」

 「うちとしてはあなたの所の開発力や宣伝力は魅力的だから構わないけれど、野木さんどう思う?」

 「神管の方でも精査した結果、悪くない話だとの結論が出ました。裏は無いようですし、ラボの運用費を捻出する目的も達成出来ます」

 「ふぅん、私疑われてたんだ。前にも言ったけど、地球の文明の底上げという理念に関しては共通しているはずよ。まあ、うちは多少利益優先気味ではあるけれど」


 デクスターは野木の発言の『裏』という部分が引っかかって、ちょっと不機嫌そうな顔をした。尤も、そういう疑いは最初期の頃で既に解消済みな訳だが。野木が裏と言ったのは、政府や軍からのちょっかいが無いのかという部分でちょっと調べたという意味らしい。


 「あなたの所の株主は怒らない?」

 「大丈夫、全株式の80%は私が持ってるから」

 「そ、そうなの…… (それって、株式会社にしておく意味あるのかしら?)」

 「あきら様は会社経営や事務手続きの方はあまりお得意ではない様ですので、そのあたりは神管が当たらせていただきます。新会社設立の際には、神管からも数名が役員として名を連ねる事に合意しております」

 「既に私達抜きで話が進んじゃってるんじゃない」

 「未だ正式には決まっておりませんので、今までの話で苦情、不満、ここが気に入らない等のご意見が御座いましたら遠慮無く仰って頂いて結構ですよ。あきら様の一言でこの合併話を御破算にする事も可能です」

 「うーん、特に悪い話ではなさそうなのよねー…… 優輝はどう思う?」

 「俺は今までの仕事をやらせてもらえるなら構わないよ。花子お婆ちゃんの許可も必要だから、ちょっと聞いて来るね」


 優輝はドアを出て、1分足らずで戻って来た。


 「『あたしゃ今まで通り農業やらせてくれるなら構わないよ』だって」

 「だそうよ」

 「OKこれで合意は取れた訳ね。契約書の作成はうちと神管の方で詰めるわ」

 「畏まりました」


 デクスターと野木はそう答えると部屋を出て行った。

 部屋を出る前にドアの所で野木は振り返り、笑顔であきらへ話しかけた。


 「私、あきら様の秘書兼アドバイザーのお役、正式に決まりました。これからどうぞよろしくお願い致します」

 「あ、うん! こちらこそよろしく」


 野木は帰って行った。


 「神管に何もかもお任せだったとは言え、色々と急展開に決まって行っちゃうわね……」


 そうあきらは呟いた。

 最終的には、両社で同比率出資した持株会社、『EXウィザーズ・ホールディングス』という名称の新会社が設立され、神管とメタワイズ社、マギアテクニカ社の役員から数名ずつ出して貰って経営に当たる事となった。また、神管と米政府からも数人の出向役員を迎える事にも合意を取り付けた。

 デクスターの保有する会社の幾つかは経営統合され、異世界堂本舗と共にEXウィザーズ・ホールディングスの下にぶら下がる形で、系列会社として対等な立場でありながら独立した形で運営される事となった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 

 アメリカのラスベガスから200kmの位置に在る、エリア51と呼ばれる空軍基地。ここは昔から航空機のテストを行うのに使われている。

 UFOとかグレイと呼ばれる宇宙人を匿っているとか噂されているが、空軍基地なので地図上で空白になっているのが色々と憶測を呼び、都市伝説を産むのだろう。というのも、空軍の基地なので一般の立ち入りが禁止されているのは当然だが、大勢の職員は普通に他所からバスで通勤していたりするし、普通に搬入業者のトラック等も出入りもしているのだから。


 今、ここは国内外の会社が研究している空飛ぶ車のデモンストレーション会場となっているのだ。メタワイズ社からは優輝のアイデアを元にした飛行車の試作機がエントリーしている。


 「次は、メタワイズ社による飛行自動車フライングカーのデモンストレーションです」

 「メタワイズだと? ふん、あの詐欺師の会社か」


 スピーカーから案内の音声が流れると、見学に来ていた若い政府関係者や空軍のお偉いさん達が怪訝な顔をした。


 「政府が補助金を出しているらしいが、大した成果も上げていないそうじゃないか」

 「ええ、なのに最近外国企業に買収されたとか」

 「やれやれだな。衰退した企業の製品など見るだけ時間の無駄か」


 多くのメーカーから出品されている飛行車は、概ねマルチコプターのドローンをそのまま大きくした様な外観をしている。飛ぶ時には当然だが激しく砂塵を巻き上げている。現代の技術の延長で考えられる形としては、そうならざるを得ないのかも知れない。

 車体の周囲に取り付けられている小型のローターの形状は各社色々と工夫をしている様だが、どれも原理的には一緒で、空気を下に押しやるための装置なので、周囲に暴風を発生させてしまう事には違いは無い。

 優輝はこれが嫌なのだ。車体から大きく外側へ張り出した複数のローター部分。そして凶器としか思えない高速回転するプロペラ。チェーンソーとか電鋸の刃を向けられる様な怖さがある。


 しかし、メタワイズ社の作った飛行車は、その様な推進装置らしき物はどこにも見当たらない。銀色のつるんとした外観で、突起物は殆ど見当たらないのだ。近い形で言うと、メルセデスベンツのビジョンAVTRというコンセプトカーのタイヤを無くした様な形をしている。どことなくSFチックな、宇宙船の様にも見える。

 一番最後にエントリーしていたこの車は、その外観から単なるモックアップだと思われた様で、若い政府関係者も空軍のお偉いさん達も腕時計にチラッと目を遣り、観覧席の窓から背を向け、帰り始めてしまったのだった。

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