第230話 神話の解釈

 後日……


 「剣の分析結果が出たそうよ。見に行きましょう」


 アメノハバキリのつるぎの分析結果は、驚くべきものだった。

 まず、剣の素材なのだが、当時の物とは思えない材質が使われていた。


 「オスミリジウムが使われています。えーと、ミスリル、でしたっけ?」


 そう、異世界ではミスリルと呼ばれている合金なのだ。その金属はこちらの世界にも存在していた。オスミウムとイリジウムの合金なのだが、この二つの産出場所が近く、天然合金として存在している事がある。

 こちらの世界では、硬く摩耗に強い為に万年筆の先端に使われている場合が多い。ただ、伝説とは異なりとても重い金属なのだが、異世界での使われ方を見て合点がいった。メッキに使われていたのだ。その為に魔力を良く通す軽い金属と認識されていた様だ。


 「そのミスリルなのですが、芯として使われている様です。両側のブレードの身幅の約三分の一位の位置、それぞれ外側から1cm位の位置に、糸の様に極細のミスリルの芯が入っているのが確認出来ます」

 「ふうん? 外側にメッキではなく、内部に極細芯を埋め込んでいるわけか」

 「多分メッキだと使っている内に徐々に摩耗して来るから、その対策なんじゃないかしら?」

 「魔力を通す目的なら、外側でも内側でも構わないわけか」

 「欠点が改良されているのね」


 魔力を通し、魔力の刃を形成する目的でミスリルが使われているのなら、貴重なミスリル部分を保護する為に外側にメッキや貼り付けるよりも、中に埋め込んでしまった方が安全だ。


 「もしその推測が正しければ、異世界側よりももっと進んだ世界…… 科学も魔法も進んだ世界から来た物って事にならない?」


 確かにあきらの言う通りだ。しかし、金属の中に別の金属の糸を埋め込む事など可能なのだろうか?


 「例えば、鋼板に細い溝を掘ってそこにミスリル糸を置き、もう一枚の鋼板で挟んで圧着鍛造するとか?」

 「ああ、現代の日本刀みたいにか? 確か、鋼に軟鋼を挟み込んでたよな?」

 「いや、金属を貼り合わせた跡は無いらしい」


 張り合わせたのでなければ、どうやって金属の中に糸を通したというのだろうか? 全く謎の技術である。日本刀の鎌倉期あたりの古刀も同様にその製法は不明で、完全にロストテクノロジーなのだそうだ。


 「ただしこの場合は、喪失した技術ロスト・テクノロジーではなく、当時ではあり得ない、場違いな人工物オーパーツな訳ですが……」

 「どう言う事?」

 「粉末冶金パウダーメタルです」


 パウダーメタルというのは、鋳造、鍛造に次ぐ第三の冶金方法と言われる。

 かなり広義に解釈すれば、パウダーメタル、パウダースチールの類は、起源は5000年程も遡る事が出来るらしい。砕いた金属を型にはめて高温で焼結させたものだからだ。ただし、それで言うと砂鉄から作られる玉鋼もパウダーメタルに分類されるらしい。


 ここで言う粉末冶金パウダーメタルとは、金属粉末微粒子鋼ナノパウダーメタルの事を言っている。金属の微粉末を型に入れ、高圧でプレスした後にその金属の融点以下の温度で焼結させた物の事だ。製法的にはセラミックスに近いだろう。だから、内部にミスリルの細線を仕込む事が可能だったのだ。

 鋳造の様に冷え固まる時に比重によるムラは発生せず、鍛造の様に熱して叩いて粒子を整えたり、刃物を作る時に鋼と軟鉄を貼り合わせる必要も無く、微粉末の配合を変えてやれば自在に高強度の合金アロイが作れるし、部分によって配合を変えて性質を変えてやる事も可能だ。一から金属の性質をデザインする事が可能なのだ。

 そんな技術が何千年も前に有ったとは考えられない。


 「元素分析では、鉄、タングステン、バナジウム、希土類等が含まれており、現代でいうハイスピード鋼に近い組成です」

 「ハイス鋼って、金属加工なんかに使われるやつでしょう? それの粉末金属合金パウダーメタルアロイってヤバくない?」

 「まさに当時としては神剣と呼ぶにふさわしい代物ね」

 「それを折った天叢雲剣あめのむらくものつるぎって、相当ヤバくない?」

 「うーん、そのあたりの逸話は、神剣に神秘性を持たせるための創作の可能性も有るのよね。八岐大蛇ヤマタノオロチが本当に実在していたら面白いのだけど……」


 中に入っているという妖精…… 研究員達はエネルギー体である人工魂の解析をしたがり、なかなか手放してくれなかったのだが、これを元の石上神宮いそのかみじんぐうの禁足地へ戻さなければ神道界から大目玉を食らうばかりか敵認定されかねないので、研究者達から強引に奪い返して先の顛末となった次第である。この一件では野木ばかりか麻野も各方面と相当遣り合ったらしい。

 あきらは、神管で関わった人や宮内庁の関係部署へ頭を下げて回った様だ。


 「こうなると、天叢雲剣あめのむらくものつるぎも見てみたいなー!」


 優輝は目をらんらんと光らせて、興味津々の表情だ。


 「皇居に有るのはレプリカ(形代かたしろ)で、本体は熱田神宮に安置されているそうなのだけど、実は本物は壇ノ浦に沈んでいて、そのどちらもレプリカという噂もあるわね」


 実は壇ノ浦の戦いの時点で天叢雲剣あめのむらくものつるぎには形代かたしろと呼ばれるレプリカが存在していて、平家に奪われたのは形代かたしろ方で、海に沈んだのはそちらだという噂もある。はたして海に消えたのは本物だったのかレプリカだったのか、真相は藪の中だ。


 「私の推測で悪いのだけど、それらの話は全部フェイクだと思っているわ」

 「何故?」

 「本当の神剣は天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎ一本だけ、神代三剣かみよさんけんと呼ばれるものの内、二本はフェイクね。影武者よ」


 神代三剣かみよさんけんとは、天叢雲剣あめのむらくものつるぎこと草薙剣くさなぎのつるぎ布都御魂剣ふつみたまのつるぎ布都斯魂剣ふつしみたまのつるぎこと天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎの三本の事である。


 あきらが最も有名な天叢雲剣あめのむらくものつるぎをもフェイクだと言い切る理由はこうだ。

 天叢雲剣あめのむらくものつるぎは、天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎを折った剣だという事で、それ以上の凄い剣だという印象操作が行われている。つまり、天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎから目を逸らすための影武者だと言いたい様だ。


 「天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎを切った物凄い神剣があると噂すれば、衆人の注目はそちらへ移るでしょう?」

 「注目を集めたくなければ、二番か三番辺りに居たほうが安全というわけか」

 「そもそも、石上神宮いそのかみじんぐうの主祭神である布都御魂剣ふつみたまのつるぎの方もどうなのかしら? 天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎはその陰に隠れている。まるで目立ちたくないとでも言う様に」

 「神剣界の陰キャですか?」

 「剣の意思というよりも、その剣の秘密を知った時の権力者が、世間の目から隠し独占するためにでっち上げたサイドストーリーって感じがするわ。何故なら、他の2本は大蛇の尻尾から出て来たとか、謎の爺さんが持って来たとか、出所不明な話ばかりなんだもの」

 「天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎの方は出所確かなの?」

 「確かとは言い難いけれど、神話で最初の所有者は国生み神話の男神、伊邪那岐命いざなぎのみことみたいね。そしてどういった経路をたどったかスサノオの手に渡った。天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎと呼ばれる前は、天十握剣あめのとつかのつるぎと呼ばれていたの」

 「同じ剣なのかな?」

 「多分ね。天十握剣あめのとつかのつるぎの『握』というのは長さの単位の事で、拳の横の長さ、大体8cm位の長さね。十握だから、およそ80cm位の剣の事を指す一般名称よ」

 「『ロングソード』みたいな事か。じゃあ尚更同じ剣とは限らないんじゃないのか?」

 「十握剣とつかのつるぎは、オリジナルの他に何本ものレプリカが作られたのだわ。そしてその一本一本にも物語が作られた。だけど本物は一本だけ、と私は考えている」

 「十握剣、十束剣、十拳剣、十掬剣と表記に揺れは有るけれどどれも同じ1本の剣を指しているのではないか。ちなみに、タケミカヅチの持っていた十掬剣は、布都御魂剣ふつのみたまのつるぎの事よ」

 「布都御魂剣ふつみたまのつるぎイコール布都斯魂剣ふつしみたまのつるぎ天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎ)説かー……」

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