第229話 蜜柑のみ

 「でも、悲鳴上げて無かった?」

 「悲鳴っぽく聞こえただけなんじゃない?」

 「永遠とわちゃん、それ危ないからこっちに渡してくれないかな?」


 古くてボロボロだとは言え、アメノハバキリは祭具ではなく本物の剣なのだ。それを幼児が振り回していたら危ない。それにしても、金属製のそれなりの重さのある剣を、軽々と振り回す幼児もどうかと思う。

 優輝は、それを取り上げたいのだが、永遠とわはイヤイヤしてどうしても手放してくれない。仕方が無いので、優輝が永遠とわごと抱き抱えて、拡張空間から神管のオフィスへ帰る事にした。


 翌日の地方紙には、『終末を告げる音? アポカリプティックサウンド』という見出しで三面に記事が掲載されていた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「ちょっ、おまっ、持って来ちゃったのかよ!」

 「しょうがないじゃない。永遠とわが離さないんだもの」


 あきらの後ろで剣を振り回す幼児を抱いた優輝を見て、麻野の最初の一言がそれだった。

 アメノハバキリのつるぎの取り扱いに困り、麻野に見せに来たのだった。


 あきらは事の経緯を説明した。

 最初は普通に神宮へ調査のお願いをして見せてもらう予定だったのだ。しかし、アメノハバキリのつるぎの思わぬ抵抗にあって、社務所まで辿り着けなかった。仕方無しに深夜にこっそり見に行こうとしたら、こんな事になってしまったのだという事を説明した。説明というより、ほぼ弁解だ。神宮の御神体を、許可を得ずに勝手に持ち出してしまった事には違いが無いのだから。


 つるぎを取り上げようとすると永遠とわが泣くし、手を放させれば今度はつるぎが暴れ出す。二進にっち三進さっちも行かない。


 「うちの子達が調伏してしまったので、うちの子が持っている間は大人しいんですけどね、私や優輝が近くに居ると暴れ出すのよね」

 「またあの禁足地に埋め戻せば大人しくなりますかね」

 「お前らが近くに居ると駄目なんだろう? どうするんだよ」

 「ちょっと考えてみます」


 とは言え良い考えがあるわけでもない。幼児達だけで元の場所に埋めて来てと言うのもどうかと思う。未来みらい永遠とわも普通の幼児ではないので、お願いすればやってくれるだろうが、保護者として一緒に行くべきなんじゃないか、しかし我が子を盾にするというのもみっともない話だと、優輝もあきらもモヤっている最中なのだ。


 「あ、ちょっと待ってくれ」


 何とも煮え切らない表情で帰ろうとする優輝達を麻野が呼び止めた。


 「どうせ持って来てしまったんだ、ラボの連中にデータ取りだけさせてやってもらえないか?」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 優輝が永遠とわを抱っこしてラボへ向かうと、研究員達が待ち構えていた。手に手に何だか見た事も無い測定器を持っている。

 まず先に、永遠とわが手を離すと暴れ出すかもしれないと断りを入れたら、研究員達は一瞬固まったのだが、何も気にしないという風にX線撮像機の所へ連れて行かれた。

 アーティファクトは世界各地で出土しては居るが、それぞれの国が厳重に管理していて、真面に研究出来る機会なんて殆ど無い。生のアーティファクト、それも世界最大級の遺物に触れられるなんて、こんなチャンスは二度と無いに違いない。多少の危険なんて気にならない程に魅力的なのだ。研究者冥利に尽きるのだろう。


 機械の撮影台の上へアメノハバキリのつるぎを置き、永遠とわが手を放して、優輝が子供を抱いたまま一歩二歩と下がって行く。取り敢えずは何も起こらない様だ。

 つるぎを近くで観察してみると、錆びてボロボロの様に見える。

 伝説では、ヤマタノオロチを退治した時に尻尾のあたりに入っていた天叢雲剣あめのむらくものつるぎ(別名、草那藝之大刀クサナギノタチ)に当たって切っ先が欠けたと言われているが、その言い伝え通りに切っ先が折れた様に平らになっている。

 ガードと呼ばれる部分、刀でいう鍔に相当する位置にある物は、朽ちて失せてしまったのか何も無い。ただ真っすぐな剣本体、錆びた平たい鉄の棒の様な刀身のみとなってしまっている。

 今、ガードと言ったが、日本の古代の剣や刀の様な形では無く、真っ直ぐで両刃の西洋の中世位の時代の剣に形が似ているのだった。


 優輝は永遠とわを抱いたまま放射線シールドされた部屋を出て、隣の操作室へ入って行っても剣は暴れ出す気配は無かったので、優輝とあきらは安堵した。もうこのまま大人しくしていてくれるのかなと思い、永遠とわを椅子に座らせようと部屋の反対側の壁際まで歩いて行ったら、急に警報がけたたましく鳴り出した。

 ビックリして振り返り、X線室を覗く窓の方へ踏み出したら警報音が止まった。

 あれ? と思い、その場から一歩下がると警報が鳴る。一歩前へ出ると止まる。


 「ははあん、アメノハバキリを大人しくさせられる永遠とわとの距離は、およそ10mってとこか」

 「子供達が居ない場合、私達が近付けるのは140mね」

 「そうなの?」

 「禁足地から大鳥居までの距離が、140m位なのよ」

 「成る程ねー。昔の人はそれが分かっててその位置に大鳥居を建てたって事か」


 X線撮影では、案の定デクスターのピアス同様に真っ白に映って何も分からなかったらしい。

 その後、超音波を当ててみたり、磁気共鳴画像診断装置MRIにかけてみたり、表面を少し削ってみたり、放射線を当ててみたり、電子顕微鏡で観察したり、元素分析機にかけられたりと、考えられるありとあらゆる検査をされていた。

 優輝とあきらは、自分達がされた精密検査を思い出し、アメノハバキリをちょっと気の毒に思った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 二日間に渡る検査の後、結果が出るまでの間に優輝達はアメノハバキリのつるぎを元の禁足地へ埋め戻すために石上神宮いそのかみじんぐうへと戻った。

 神宮の宮司には勝手に持ち出した事を謝罪し、清め封印の儀式を執り行われ、元の場所へと再び埋め戻された。儀式が終わった後に、宮司は振り返り、優輝とあきらへ怒りの表情を浮かべ、『二度とこんな事はなさらないで下さい。警察沙汰に……』と言い掛けたところで、二人と宮司の間へ野木が割って入った。

 野木は、懐から名刺を一枚取り出し、宮司へ差し出した。


 「宮内庁外局神祇保護管理室の野木と申します」

 「く、宮内庁!?」


 宮司は急に思いもよらなかった名前を出され驚いた。確かに神道のてっぺんは天皇陛下だ。そして宮内庁といえば、その皇室関係の国家事務、国事行為全般を所管する内閣府の機関なのだ。

 しかし、神祇保護管理室? 外局? そんなものは初めて聞く。


 「その様な部署は聞いた事がありませんが?」

 「ええ、現人神あらひとがみが降臨されましたゆえ、急遽新設されました」

 「現人神あらひとがみですと? 陛下を愚弄なさるおつもりか!?」


 現人神あらひとがみまたは現御神あきつみかみとは、『この世に人間の姿をして現れた神の意』であり、主に第二次世界大戦終結後に天皇陛下が人間宣言されるまで天皇を指す呼称だった。宮司はその事を言っているのだ。現人神あらひとがみは、天皇陛下ただお一人だと言いたいのである。彼は、陛下のみならず神道全部を侮辱されたと感じた様だった。


 勿論、野木にはそんな意図は無い。事実を言っただけなのだから。

 優輝達の事は、スパイやテロから保護する為にあまり公にはしない方針で、広報もしていないし、マスコミなどに公表もしていなかったのだから。

 とはいえ、内閣府及び政府機関周辺の関係者は大体知っている訳で、当然神宮や寺社にも知れ渡っているはずだと野木は思い込んでいたのだった。

 野木は、ふと思い当たる事があった。そういえば、神管設立時に宮内庁のある男と麻野がちょっと一悶着あったらしいと小耳に挟んでいた。


 「ああ、嫌がらせされたのね……」


 それは嫌がらせと言うには些細な、伝えるべき事を伝えないという様な、『忙しくてうっかりしていました』と言われてしまえば其れ迄、程度の事だった。

 ちょっとした相手のプライドを傷付けたとか、嫉妬心を煽ってしまった、という様な些細な事で、こんなつまらない目にあってしまう。人間関係とは、本当に面倒臭い。


 「ヤレヤレだわ」


 まあ、逆もまたしかりで、毎日挨拶を欠かさなかったり人にいつも優しくしていれば、ちょっと困ったりした時に助けてくれたり親切にしてもらえたりするわけだ。

 挨拶は大事ですよ。実践してみればその効果の程に驚く事請け合いです。

 野木は、麻野もいい歳なんだから、全方位に喧嘩売る様な真似はやめてよね、と本気で思った。


 優輝達も優輝達で、普通に人間目線で叱られても全く気にはしていない様子どころか、自分達が神だという自覚は全く無い様だった。

 野木は、この時デクスターの言っていた秘書兼アドバイザーの話を真剣に考え始めたのだった。


 後日この宮司様は神管の方から遺憾の意を表されてしまった様だ。


 「麻野さん、おまいう」

 「あの人はアレで良いんじゃないかしら」

 「それもそうだな」

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