第228話 デウス・エクス・マキナ

 あきらと優輝は、二人でありったけの力を合わせ、全天を覆い尽くす程の数の光球をなんとか消しさる事に成功した。

 しかし、消えた光球の更にその外側に、更に多くの光球が待ち受けていた。


 「もう空すら見えないじゃん。空が0光球が10だ」


 それを見た二人は、ヤレヤレといった表情でお互いを見つめ、肩をすくめた。如何にこちらが高性能な防御手段を持っていようと、相手がその処理能力を上回る数の攻撃手段を持っていてはジリ貧なのだ。数の暴力には到底太刀打ち出来ない。


 少し前の海外のニュースで、一本600万円の迎撃ミサイルを持つ国に対して一本10万円のロケット弾を大量に打ち込まれるという動画を見たが、高性能だろうが高価な迎撃ミサイルでは安価なロケット弾に対抗するには分が悪い戦いだった。相手のロケット弾は、相手陣地のどこでも構わないから落ちれば被害を与えられるが、迎撃ミサイルの方は正確に一本一本のロケット弾を撃ち落とさなければならない。600万円vs10万円の戦いでは、コスパが最悪過ぎて防衛側が気の毒に思える程だった。

 最近の戦争では、安価な大量のドローンの飽和攻撃が有効だとバレてしまった。高価な迎撃ミサイルが撃ち落とすのは、相手も高価なミサイルでなければ成り立たなかったのだ。


 優輝は考えていた。自分達に注意を引き付けている間に、防御の手段を持たない四人は逃がした。次はあきらをどうやって守ろうか、自分のこのカーボンマテリアルの身体を盾にすればあきらだけは何とか守れないだろうかと。

 あきらは、優輝がそんな事を考えている事は分かっていた。攻撃の瞬間に、優輝の背後に扉を立てて優輝だけでもその中へ押し込めないだろうかと考えていた。しかし、拡張空間とバリアは同種の技術の応用だ。バリアを貫通するなら拡張空間内だろうと安全とは言い切れない。一か八かの賭けだ。


 二人共、自分を捨ててでもなんとかお互いを守ろうと考えていた。


 優輝もあきらも、生への執着は希薄な方だった。

 ロデムと出会って、その人間の本質は魂に有ると知ったその時から、肉体の喪失にはあまり気に掛けなくなってきていた。何故なら、魂さえ無事なら肉体は幾らでも再生可能と知ってしまったから。

 異世界へ渡る時でさえ、一旦肉体の組成原子はエネルギーへ戻され、異世界側で再構築されている。


 記憶も思考も同じでも、肉体が一旦死んで再構築されるというのを嫌悪する人は居るだろう。

 ちょっと前に転送装置のパラドックスというものが話題になった事がある。送信側で肉体は分解処分され、受信側で新たに別の元素素材を使って肉体を再構築され、記憶はコピーされる。そんな装置は是か非か、転送された人間は、本人なのかどうかという問題提起を読んだ事が有る。思考も記憶も遺伝子も同じなら本人である。いや、コピーされただけだからオリジナルでは無い。もし、そんな技術があれば、複製人間を幾らでも量産出来てしまう。なら、その中のオリジナルはどれなのだ?


 それを嫌な人は嫌だと思うだろうし、何とも思わない人は何を嫌がっているのか分からないだろう。


 テセウスのパラドックスというものがあるが、まさにそれなのだ。船が古くなり、朽ちた部品を交換して行き、やがて全てのパーツが交換されて元の部分が完全に無くなってしまったなら、その船は元の船なのか否か、という命題だ。

 魂を持たない物体である船の場合は議論の余地は有るのだろうが、不変の魂を持つ生物の場合は、魂の付属物に過ぎない肉体は、幾らでも交換可能だと優輝とあきらは考えている。

 ただ、太古から連綿と受け継がれてきた遺伝子は失われてしまうなぁと、ぼんやりと思っていたのだが、子を成した今となってはそれも意味の無い事に思えた。DNAのバトンは次の世代へ受け渡した後なのだから。


 全天を覆いつくす無数の光球から、優輝達のバリアをも貫通するビームが数百数千と発射され迫りくる中、優輝とあきらは、お互いの顔を見つめあい、手を取り合い、抱き合った。


 お互いがお互いを守ろうと考えている思考は、二人共手に取る様に分かっていた。どうせ最後なら、二人抱き合ったままがいいという結論に達していた。


 「あーあ、ちょっと太古のアーティファクトに好奇心を持ったばかりに、とんだ目に会っちゃったわ」

 「アメノハバキリも、ちょっと怒りっぽ過ぎるよな」

 「魔法のアーティファクトの中には、魔法を使う妖精が入っているそうなのだけど、妖精一匹に付き魔法を一つ使う事が出来るのですって、デクスターが言っていたわ」

 「じゃあ、アメノハバキリの中には何百いや何千もの妖精が棲んでいるって事か?」

 「もしかしたら、何万なのかも」

 「じゃあ、しかたないな。俺達の負けって事で」

 「そうね、愛してるわ、優輝」

 「俺もだよ、あきら


 ビームが今まさに到達しようとしたその時だった。



 「「めっ!!」」



 その声にびっくりした様に、ビームと全天を覆いつくした光球が一瞬で搔き消えた。


 ガッシャ―ン!!!


 次の瞬間、目の前の空間が、まるでガラスが割れる様に砕け散り、そこへ二人の幼児を抱いたロデムが現れた。


 「「へっ!?」」


 優輝とあきらは、目が点になった。

 その声は、ロデムのものではなく、二人の我が子のものだったのだから。


 「ちょっ、未来みらい永遠とわ?」


 優輝は何が起こったのか理解できずに慌てた。

 ロデムに抱きかかえられた未来みらい永遠とわは、ロデムの腕から離れ、フヨフヨと空中をゆっくり浮遊しながらアメノハバキリのつるぎの元へ飛んで行った。

 アメノハバキリのつるぎは、先程まで発していた赤から黄色の光が、青から紫色に変化し、光り方も弱弱しくなっている。心なしか、ガタガタと震えている様にも見える。


 「めっ! でしょ!」

 「パパとママにおいたしたらゆるちまちぇんよ!」


 アメノハバキリのつるぎは、何百何千もの子供の泣き声とも悲鳴ともつかぬ様な音を発し、光を失いガランと音を立てて地面へ落下した。人間に例えるなら、恐怖のあまり失神した様に見えた。

 地面に落ちたその剣を永遠とわは拾い上げ、ブンブンと振り回し、ガンガンと地面を叩いた。


 「と、永遠とわちゃん、やめたげて。かわいそうよ」

 「かわいそうって、ただの道具でちゅよ!」

 「そ、それはそうなんだけど…… ほら、何か感情みたいなものがあるっぽいじゃない?」

 『感情…… ではないね。かなりそれっぽい反応をするみたいだけど。人工魂だよ』


 なんと、魔法の道具の中に入っている『妖精』と呼ばれるものは、ロデムによると人工魂なのだそうだ。体を持たないから魄は無く魂だけの存在で、生物の持つ魂よりも簡略化され、自我は無く、転生する事も無い。体を持たないが故にどんな物質の中にでも封入する事が出来る。特定の人物の命令だけを聞く様に、または自動で決まった魔法を発動する様に高度にプログラムされた人工魂は、物語の中に出て来る器物に憑くという、魔法の精霊のジンまたはイフリートの様な存在なのだろう。


 人工魂は、一つ一つが強大なエネルギーの塊であり、それは魔法を起動するための動力源であり、魔法発動の為のプラットフォームなのだ。そして、『妖精』が道具の中に幾つ入っているかは製作者次第なのだろう。

 デクスターの持つ魔法の道具であるピアスは、片方に二つ、合計四つの魔法を同時に発動可能らしい。そこから考えると、アメノハバキリのつるぎの中には、あきらの言った通り、数万の人工魂が入っていると予想される。


 昨今のAI技術の進歩は目を見張るものがあるが、中にはかなり人間っぽい挙動をするものがある。某ペット型ロボットとか、またはスマホのバーチャルアシスタントなんかも感情が有るんじゃないかと思わせる返事を返してきたりして驚かされる事があるが、それもプログラムされた通りに動いているに過ぎない。恐らく、アメノハバキリの中の『妖精』つまり人工魂もそう設定されているだけなのかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る