第227話 禁足地

 その頃、先に走ったデクスター、野木、アリエス、サムエルの四人は、拝殿の裏、本殿の前までやって来た。

 しかしそこで野木は、何を思ったのか本殿の方へは向かわず、その前を通り過ぎて駆けて行く。


 「ちょっと! どこへ行くの?」

 「目的地は本殿では無いわ。禁足地と呼ばれるあそこ!」

 「禁足地?」


 石上神宮いそのかみじんぐうには、禁足地と呼ばれる場所がある。つまり立入禁止区域である。

 石垣に囲まれた、44.5m × 29.5mの区域なのだが、古くはその南側の半分、約18m四方程度の領域だけだった様だ。

 石上神宮いそのかみじんぐうには元来、本殿は存在しなかった。現在禁足地と呼ばれるこの場所へ神剣を埋め盛り土をして、それを御神体として信仰していたと考えられている。この聖域は、石上布留高庭いそのかみふるのたかにわとも呼ばれる。つまり、本来の本殿に相当する場所がここなのだ。


 「言い伝えでは、御神体を埋めて祀った場所と言われているのだけど、本当は、アーティファクトの発掘された場所なのよ」

 「じゃあ、既に発掘されて本殿の方に安置されているのではないの?」

 「いえ、発掘はされたけど、移動は出来なかったの」

 「さわれなかったって事か。なるほどね」

 「掘り返せないかしら?」

 「ああ、日本人の私としては、そういう行為には物凄い忌避感があるわー」


 日本人の野木にとっては、聖域に立ち入ってしまった事もそうなのだが、デクスターの掘り返そうという言葉にも強い禁忌を感じている様だ。


 「どの位下に埋まっているのか分からないのよ、どうやって掘り返す?」

 「シャベル無いかしら? 重機でも無いと無理か」

 「そんなの、土を吹き飛ばせば良いじゃない」

 「そんな乱暴な」

 「ここに埋まっているヤツは、それ位で壊れるようなタマじゃないさ」


 サムエルはそう言うと、行き成りマジックミサイルを地面に打ち込んだ。

 爆音と共に土砂が飛び散ったが、地面は直径2m、深さ数十センチ程度しか抉れていない。


 「ちょっといきなり!……」

 「でもこれしか方法は無さそうよ。全員で同じ場所へ撃ち込んでみましょう」


 盛土の大きさを考えると、少なくとも2m以上は掘らなければならないだろうと思われる。四人は、少し離れた位置まで下がって呪文を詠唱しはじめた。

 デクスターはピアスの魔法を封じられているので、スマホを取り出してアプリのマジックミサイルをタップした。思った通りスマホの魔法は使える様だ。恐らく想像だが、同じ魔法でも動力源が違うので発動出来るのかもしれない。


 「「「マジックミサーイル!!!」」」

 「いやもう、人が来るから大声出さないで」


 デクスターは素で魔法が使える三人に苦言を呈した。散々爆音を鳴らしておいて今更感は否めないが。

 四人の魔法は先程サムエルが作ったクレーターの底へ吸い込まれていった。

 次の瞬間、轟音と共に地面が膨らみ、大量の土砂が舞い上がった。


 「けほっ、けほっ! 見て、何かがあるわ!」


 土煙が舞い上がり視界を遮っていたものが徐々に薄れて来ると、すり鉢状に抉れた穴の底に何か一本の光る棒状の物が在るのが確認出来た。

 棒状の物から発せられる光は、オーロラが揺らめく様に波打ちながらエネルギーを放射している様だ。特に大鳥居の在る方へ向けて強い光を発している。


 「間違いないわね。これがアメノハバキリの剣……」

 「封じましょう」

 「どうやって?」

 「私に考えがあるの」


 デクスターはそう言うと、カーゴプレートを取り出した。日本での商品名は、携帯コンテナだ。デクスターは穴の底へ降り、カーゴプレートを立てて手に持ったまま声で命令した。


 「Lift up the Cargo compartment !」(貨物室を上げて!)

 【Certification completed. Cargo compartment - Lift up】(認証完了、貨物室を上げます)

 「おお、英語喋った。何かかわいい声」

 「あ、これ私の声を加工して使ってるの」

 「うっは、最高」


 デクスターが手に持ったカーゴプレートから、赤い魔法陣が描かれ、円筒が横向きに飛び出した。円筒が実空間へ飛び出すと、その重量が手に伝わり、デクスターは片手で重さを支えきれずにカーゴプレートを手放してしまった。


 「Open the door !」(扉を開いて)

 【I will open the door. ……complete】(扉を開きます。完了しました)


 円筒形の下半分が開き、貨物室部分がアメノハバキリの上へ覆い被さる様に落下した。


 「Close the door! and Lift down !」(扉を閉めて! 下げて!)

 【Close and Lift down. ……complete】(閉めて下げます。完了しました)


 デクスターの命令と共に円筒形の貨物室はアメノハバキリを内部に入れたまま扉が閉まり、拡張空間内に沈んで行った。

 完全に貨物室の姿が消えると、カーゴプレートはカランと音を立てて地面へ落ちた。


 「どや! 頭脳の勝利!」

 「凄いわね。流石に破壊不可能な拡張空間内に閉じ込めてしまえば封じる事は可能だわ」


 皆、安堵したのかその場へへたり込んでしまった。

 デクスターはゆっくりとカーゴプレートを拾い上げ、土汚れを払った。


 「後はこれをラボへ運び込んで調べてみましょう。徹底的にね、ふふふ……」

 「悪い顔してるなー」


 そこへ優輝とあきらが走って来た。


 「急に結界も攻撃も消えたんだけど、どうやら上手く行ったようだね」

 「この通りよ、アメノハバキリはこの中へ閉じ込めたわ」


 デクスターは手に持ったカーゴプレートをひらひらとさせて見せた。


 「では、人が集まってくる前に撤収しましょう」


 あきらはそう言った。デクスターもそのつもりでカーゴプレートをバッグへ仕舞おうとしたのだが、カーゴプレートが小刻みに振動している事に気が付いた。しかもその振動は徐々に大きく成って来ている様だ。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 振動は更に大きく成り、デクスターは思わず手を放してしまった。

 地面に落下したカーゴプレートは、カランと軽い音を立て、何もしていないのに液晶画面に赤い魔法陣が浮かび上がった。


 「これは……」


 魔法陣の中心から放射状にひび割れの様な模様が浮かび上がり、強い光が立ち上がる。

 そして、命令をしていないのに円筒形の貨物室が勢い良く飛び出してきて、爆発四散した。

 爆音に混じって天をも劈く様な、大勢の子供の悲鳴の様な音が響き渡る。

 その場に居た全員が耳を塞ぎ、爆発の衝撃波と爆炎によって視界を奪われたが、中心で光る剣の存在感は、圧倒的圧力としてその身に感じられている。

 

 視界が晴れて来るにしたがって、剣はその姿を露にした。空中の1m位の高さに縦に浮いて、オーロラの様な光を放射しながら、赤紫から赤、黄色、銀、金色と目まぐるしく色が変化して行く。それはまるで、怒った野生動物の様だった。

 その荒々しいエネルギーの奔流に、優輝とあきら以外の全員が直立している事が出来ずに地面に膝を着いてしまっていた。


 「なんてこと…… 拡張空間の次元境界面を破るなんて」

 「エルフ王アリオンも破ったからね、その位はやってのけるでしょう」

 「ここに居ては危ないわ。ドアを作るからあなた達は先に退避して」

 「あきら様はどうするのですか!?」

 「この子怒ってるから、何とか宥めてみるわ」

 「分かりました。どうぞ無理はなさらないで下さい。さあ、私達が居ては足手纏いになるわ、退避しましょう!」


 皆が退避し、その場にはあきらと優輝のみが残った。


 「さて、あきら、何か手だてはあるのかい?」

 「ノープランよ」


 アメノハバキリは更に激しく輝き、全天を覆い尽くす程の数の光球が出現した。優輝は自分の身体を張ってでもあきらを守る決意をした。あきらもまた、自分の命に代えても優輝を守る決意をしていた。

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