第226話 vsアメノハバキリの剣

 「あの結界は解除または破壊可能なのか」

 「俺がバリアの反射率10万%でもう一回叩いてみようか?」

 「だから!」


 デクスターが私の話を聞いていなかったのかと優輝に猛抗議した。


 「あなたの絶対障壁バリアを破った時と違ってあの結界は巨大だから、発生する音の振動数は低音域に振れると思うのよね。さっき叩いた時は、地鳴りみたいな音がしたでしょう? 多分衝撃波の発生は無いんじゃないかなと思うんだけど」

 「でも、音が鳴ってしまうのは事実よね? 私達はこっそりと調べたいのではなかったの?」

 「そう言えばそうね…… 確かに騒動を起こしたいわけでは無いのだわ。第二案で行きましょう」

 「よし、それで行こう!」

 「その第二案を説明しなさいよ!」


 確かにその通りだ。あきらは、皆が当然分かっているものと思い込んで話を進めようとしてしまった。デクスターに言われて気が付いたのだが、何も言わなくてもツーカーで通じるのは、魂の半分が融合している優輝とロデム、そしてその子供達だけの間での話なのだ。あきらはそういう生活に慣れてしまっていたので、他の人間には言葉できちんと論理立てて説明してあげないと何も通じない事に今更ながら気が付いたのだった。


 「私がね、やります」

 「だから何を、よ」

 「うーんと、バリアのエネルギーの流れを中和する…… 的な?」

 「的な? って、具体的にどうやるのよ」

 「えっと、じっと見て、そっと触って、えいっやっ! って感じ?」


 あきらは、身振り手振りを交えながら、感覚的に説明をし出した。聞いている相手は全くちんぷんかんぷんだ。

 まるで天才バッターにホームランのコツを聞いたみたいになってしまった。所謂天才というか、感覚的に出来てしまう人にやり方のコツを聞いても全く参考には成らないのだ。

 芸術系の先生、特に絵画の先生なんかに指導を受けていると、『線をスッスッと小気味良く引いてモチーフの回り込みを意識して、ザクザクとした表面の質感とシュッとした情景が……』みたいな説明をされる事がよくある。 ……効果音で説明されて何かを感じ取れと言われても、何を言っているのか全く分かりません。感覚人間(天才様)に教えを乞うのは時間の無駄なのです。(キッパリ)


 「えーっと、いいんじゃない? それでいきましょう!」


 デクスターは、理解しようとするのを諦めた。もうそういうものだと思うしかない。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 一行は、深夜になるのを待ってから再び一ノ鳥居である大鳥居の前までやって来た。

 二ノ鳥居、三ノ鳥居が無いのだから、一ノ鳥居なんて呼ばなきゃ良いのにと優輝はちょっと思ったのは内緒だ。


 「こんな時間にうろついていたら警備員がすっ飛んで来ないかしら?」

 「その点ならご心配無く。警報装置、防犯カメラの類は全部作動を止めたわ」

 「えっ? ……あぁ、そうなのね。そんな事も出来ちゃうんだ」


 デクスターはもうツッコむのをやめた。いちいち驚いてリアクションをいては身が持たない。今更だがこの二人に関しては、全てに於いてそういうものだと思う事にしておくしかない。『私はコメディアンでもリアクション芸人でも、ましてやツッコミ担当でもないのだから』と自分に言い聞かせた。


 「まあね、学生時代はアパートに毎日5~6個は盗聴器やカメラを仕掛けられてたから」

 「ふ、ふぅん、それって日本では平均的な学生生活なのかしら?」

 「ふふっ、内調時代にもあきら様のそれには随分と悩まされました」


 あきらは、学生時代からそういった盗聴盗撮機器の存在には敏感になっていて、今でも町中で監視カメラとかを見つけると反射的に止めてしまいそうになる事がある。実際には止めはしないけれども、日常でも仕掛けてある場所は直ぐに分かってしまうので気になって仕方が無い様だ。

 今回は極秘で行動しているので、ここに来る道中でも自分達が画角フレームに入る前にカメラを止めて、出たら戻すという事をごく普通にやってのけている。


 「さあ、やってみるわよ」


 あきらは大鳥居の前に立ち、結界表面に両掌を付けて確かめた。ここの結界は、あきらや優輝の様な巨大なエネルギー体に反応して、自動的に反発する様にその正面のエネルギー密度を高めて押し返して来る仕組みの様だ。デクスターは自分達が歯牙にもかけられていない事に少し傷ついた。


 「皆、結界とか障壁バリアっていうと何か見えない中空のガラスの玉みたいなものをイメージをしているでしょう?」

 「違うの?」

 「実は、エネルギー的には中もぎっしり詰まっている卵みたいな感じなのよね」


 あきらや優輝の目には、エネルギーがそのまま見える。強烈な光の様に認識されているのだ。もし二人が宇宙に出たならば、二人のその目にはまるでナイアガラの大瀑布を真下から見上げている様なものに見えるだろう。とても目を開けて見ていられる様な代物では無い。

 物質もエネルギーのとる1形態ではあるが、しかしそれはエネルギーの大河の隅で淀んで留まった小さな渦の様な状態で、二人の今のレベルでも、とても目を凝らさなければ視認できない程に穏やかな状態と成っている。幸いな事に物質の塊である地球という星の上に居る分には、動かないエネルギーの中で動いているエネルギーを見分けるのは容易い。電気信号や魔法、そして魂の様に、アクティブなエネルギーは良く見えるのだ。


 「向こうの方向にエネルギーの中心地があるわ」


 あきらは、本殿の在る方向を指差した。


 「わかったわ、私達は先にそちらへ向かう」


 デクスターと野木、サムエルとアリエスの四人は、あきらの指し示した方向へ駆けた。あきらは、四人の姿が見えなくなるのを見計らって優輝の方へ向き直った。


 「さあ、この結界を破るわよ」

 「了解」


 あきらは、結界の境界を両手で押し始めた。はたから見ると、まるでパントマイムでもしている様にしか見えないのだが、優輝の目からは目の前で圧縮されたエネルギーを押し合っている様子が見えている。

 結界の中心から境界まで、均等に分布していたエネルギーの密度が、大鳥居の位置にある結界の境界面と言われる位置で超圧縮され、物凄い光量の光を放っているのだ。あきらはそれにカウンターを当てる様に逆方向の流れを作り、エネルギーを相殺しようとしている。

 それに対し結界の方は、何が何でも通すものか、穴を開けられてたまるかとでもいう様に、他の場所へ振り分けられていたエネルギーを大鳥居の位置へ移動させ抵抗して来る。それはまるで子供が嫌がって何もかも拒絶している様な動きだった。


 暫く攻防が続いたのだが、あきらは徐々に結界の境界面を押し込み始めた。

 魔法の様にワンクッション置いて術を発動するアーティファクト達とは違って、あきらのソレは、直接操作なだけあってかなりの分が有る様だ。変な例えだが、メーカーから小売りまでの間に幾つもの中間業者が入っている通常の販売ルートと、メーカー直売みたいな違いと言ったら良いだろうか。または、コンセントから遠い距離まで電源タップをいくつも繋いでコードを伸ばしたものと、元電源から専用ケーブルを引っ張った場合の電気抵抗やエネルギー損失の違いとか、安全性の違いみたいなものと言ったら良いだろうか、兎に角効率が段違いなのだ。あきらの方が術のパワーも発動速度もエネルギーの効率も全てが上なのだった。


 しかし、敵もそのまま黙って通す積りは無いらしい。正面の参道の地面から5m位の位置にエネルギーが集中し始めた。そして、その位置に光の玉が現れたと思ったら、あきらの方向へ高エネルギーのビームが発射された。

 あきらは慌てた。何故ならば今、結界の中和作業で手が離せないからだ。まあ、当たった所であきらのバリアで防げるだろうとは思うが……


 ビームが直撃する直前、それはあきらの目の前でフッと消えた。

 横を見ると、優輝が人差し指を前方へ突き出して立っていた。優輝がビームを搔き消したのだ。


 「流石は私の愛する夫ね」

 「俺も多少は活躍しないとね。可愛い妻には指一本触れさせないさ」


 防御は優輝に任せて、あきらは結界の中和作業へ集中した。

 すると、今度は前方に二つの光球が現れた。しかしこれも優輝が一瞬で掻き消した。それは容易い作業だった。何故なら、魔法で術を発動している関係上、そのプロセスの何処かをほんのちょっと邪魔してやれば術は不発に終わってしまうのだから。

 しかし、次の瞬間には光球が四つ出現し、これを優輝が消すと、光球は八つに増え、これも消すと次には十六個に増え……


 「キリが無いんだけど!」


 光球の数は倍々と増えて行き、優輝は段々と焦りを感じ始めていた。

 あきらは結界の中和に掛かり切りだし、防御は信頼して任された優輝が何とかしなければならない。

 しかし、攻撃の数が多すぎる。戦争は兵器の性能では無く物量だと言うが、倍々と増えて来る攻撃は、それを迎撃する優輝の処理能力を徐々に超え始めたのだ。


 「あっつ!」


 驚いた事に、アメノハバキリの放つビームの一本が、優輝のバリアを貫通して優輝の左肘あたりを焼いた。

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