第225話 一時退却

 「どうなってるのかしら? 私達だけが入れないなんて」


 優輝とあきらは、鳥居の前でまるでパントマイムみたいに見えない壁を触ったり叩いたりしている仕草をしている。


 「俺が強く叩いてみようか」


 優輝はそう言うと、拳を握り、思いっきり振りかぶって渾身の力を込めて目の前の空間を殴りつけた。


 ゴオン……ブオオォォォォン……ンンン


 何だか遠くから聞こえる除夜の鐘とか、何か大きな獣の唸り声とか低周波振動音みたいな音が放射状に広がり、徐々に遠くの方へ移動して消えて行った。

 神宮の森がざわめき、鳥達が慌てて飛び立ってゆく。


 「なんだこれ?」


 優輝はもう一度殴ってみた。


 ボォン……ボォワワン……ワンワン……


 大きな銅鑼でも叩いたかの様な音が反響しながら遠くへ消えて行った。

 結界の境界面は、優輝とあきらだけを拒んでいる様で、飛んで行く鳥や一般人達は何とも無く通り抜けて行ける様だ。


 「神宮全体を包む、巨大な障壁バリアーね」

 「そのようだね」


 その様子を見ていたデクスターは、外部からの攻撃を受けたのかと慌てた。直ぐに動き易く防御力も高いバトルスーツへ服を変更する為に、ピアスへ衣装変更の命令をした。


 「変身術、バトルスーツへ変更!」

 【Rogerロジャー 変身術起動…… 出来ません】

 「なんですって!?」


 なんと、ピアスは変身術の起動が出来ないとリプライを返した。デクスターは焦った、ここでは魔法が使えない。大きな結界の内部で何かの力により、強制的に魔法道具の機能が制限されてしまっている様だ。

 『何かの力』というのは、勿論この神宮の御神体である布都斯魂剣ふつしみたまのつるぎ、神話の時代にスサノオノミコトが持っていたといわれる天十握剣あめのとつかのつるぎという神剣の事である。スサノオノミコトが八岐大蛇やまたのおろちを退治後に天羽々斬剣あめのはばきりのつるぎとも呼ばれる様になった。


 「アメノハバキリは、我々の調査でも世界最大最強の魔法のアーティファクトと知られている」

 「私達はそれに嫌われちゃってるのかなー?」

 「もしかしたら、単なる道具ではなくて自我を持っているのかもしれない」

 「アメリカはこれの存在を認識していたにもかかわらず、何故戦後に接収しなかったのかしら?」

 「しなかったんじゃなくて、出来なかったと言うのは本当なのでしょう。他者の魔法を無効化し、これだけ巨大なバリアを張れる存在なのだから」

 「だな、出来るなら喜んで鹵獲していたはずさ。それが出来ないから管理はそのまま日本に任せて、他の国に取られない様に見張る事にしたんだ。 ……だろ?」


 優輝はデクスターをじろりと見た。デクスターはハッとした顔をして視線を逸らせたが、それが逆に優輝の発言を肯定してしまう事に成った。

 デクスターは元々マギアテクニカ社の人間では無く、政府の依頼を受けてそこを調べていた側の人間だった。つまり、政府側の意向も知っているのだ。優輝がデクスターに同意を求めたのは、責める意味合いではなく、それを知った上で『俺の考えは当たっているんだろう?』という確認をしただけだったのだが、デクスターはいきなり敵認定されたような気になり、気まずかったのだ。もちろん、それを察した優輝は、その誤解を解いておいたのは言うまでもない。


 「マジックミサーイル!」


 ドーン音が鳴り響き、サムエルが上空へ向けて魔法を撃ち上げた。


 「ちょっと、行き成り何をしているの!?」

 「異世界の魔法なら使えるのかなーと思って」


 空気の読めないサムエルが魔法を撃った事で、気まずい雰囲気は有耶無耶になってしまった。サムエルGJである。

 サムエルの撃った魔法は、バリアに当たる事も無く境界を貫通し、弧を描いて鳥居の外の高い杉の木の梢に命中して弾けた。杉の木の先端は、メキメキと音を立てて折れ、森の中へ落下していった。

 近くに居た観光客が、『何か光った』とか『落雷か?』とか騒ぎ出したので、優輝達は一旦退散する事にした。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「俺達が中に入れないんじゃ意味無いなぁ」

 「一旦状況を整理してみましょう」


 近場にあるカフェレストランへ入り、今現在で分かった事を整理してみる事にした。


 ・ 一ノ鳥居の位置に張られた結界バリアーによって、優輝とあきらのみ中へ入る事が出来ない。

 ・ 結界内では、デクスターの魔法、おそらくはシェスティンの作った魔法道具は使用不能になる。

 ・ 異世界の魔法は使える。

 ・ スマホの魔法は使えるのか(未検証)

 ・ 結界は破壊可能か(未検証)


 「取り敢えずこんな所かな。優輝の力で殴った位では壊れなかった。デクスターのバリアを破った時みたいにバリアの反射率を上げてぶつけてみたら案外いけるかも?」

 「ちょっと待って、あの時の周囲の被害を思い出して!」


 あきらが真顔で言う冗談ともつかないセリフに、デクスターは慌てて反論した。多分本当に冗談なのだろうが、意識空間が広く成り過ぎて、少々の周囲の被害程度は些末な事の様に感じてしまっているのではと思わされる。

 例えるなら、スーパーで千円の買い物の時の百円の差は大きいが、家を買う時の様な数千万円の買い物の時の百万円は誤差に感じる、みたいな感じかもしれない。

 芸能人が売れていない間は十円百円の有り難みを分かっていたのに、売れて大金を稼ぐ様になると金に無頓着な贅沢三昧をし始めてしまう様な、金をドブに捨てる様なギャンブルにハマってしまう様な、政治家が、選挙期間中は庶民の生活に身近な税金や環境問題を声高に叫んでいても、いざ当選して日本全体や世界の事まで考えなければならなくなると、途端に庶民感覚とはズレた事を言い出すみたいな事かも知れない。

 意識する集合範囲が広く大きくなれば、それに比例して気を使う範囲も大きくなってしまい、隅々まで気が回らなくなってしまう事は往々にしてある事だと思う。


 あきらも優輝も、今では人間を超越した地球規模の視点でこの星の事を考える様になってきているのだろう。周囲に人間目線で意見の出来るアドバイザーを置くべき時期に来ているのかもしれない。

 デクスターは『それ、私がやらなければならないのかな』と、ちょっと考えたのだが、横を見たら適任者が居た。


 「野木さん、あなた、あきらの秘書兼アドバイザーにおなりなさい」

 「えー…… え? ええっ!? 何ですかいきなり! 私があきら様の秘書に?」

 「そうよ、あの子には人間レベルの感覚で意見を言える側近が必要なの。私がやっても良いのだけど、そうなると、メタワイズ社を人に譲って、マギアテクニカ社の方を異世界堂本舗に合併させようかしら? 子会社になるのも良いかもね。そうなればあの子達と遊びたい放題だわ。ふふふ」

 「あきら様と遊び放題……」


 野木は考え込んでしまった。給料は多分今より上がる。だけど今まで積み上げてきたキャリアを全部捨てる事になってしまう。でも、敬愛するあきらの側近として働けるのは、この上ない喜びだ。でも、田舎の両親は、せっかくのエリート街道を捨ててしまうのを何て言うだろう。ああ、でもその仕事は凄く魅力的だ、是非やりたい。でも…… 頭の中で自問自答がぐるぐるループ回転してしまった。

 デクスターは、フリーズしている野木を放って、あきらへそっと耳打ちをした。


 「えっ? 野木さんを? ええ、野木さんさえ良ければ是非にもお願いしたいわ。異世界堂本舗にも新しくブレーンを追加する時期なんじゃないかなと思っていたところなの。今のお給料の二倍いや三倍出すわよ?」

 「ほ、本当ですかっ!?」

 「勿論、野木さんなら大歓迎よ」

 「一旦神管で上長と相談してみます……」


 デクスターは、落ちたなと確信した。

 まあ、そっちの話はともかく、合併の話だ。今の提携状態でも良いのだが、デクスターの会社を異世界堂本舗と合併させるとか子会社化するという話は、あながち冗談でも無かった。実はデクスターは前々からこの構想は考えていたのだ。

 何故ならば、今自社で開発している商品の最大の売れ筋は、どれも異世界堂本舗の技術有りきなのだから。

 異世界堂本舗の方を買収するという手も無くは無いのだが、あそこは半分国営みたいなものなので、おいそれと手は出し難い。というか、株式会社でもないし経営に困っている訳でもないので、実質買収する手立てが無いのだ。そんな強引な真似をするリスクを考えたら、対等合併でもした方がまだ現実味がある。一つの会社若くは系列会社に成ってしまえば、異世界堂本舗の技術を使って商品開発し放題なのだから。デクスターの頭の中には、新商品のアイデアが溢れ出していた。


 それに本音を言えば、CEOの肩書が重いのだ。あきら達と冒険していた方が何倍も楽しい。この生活は、既にデクスターにとって手放せないものになっていたのだった。


 「話を神宮の結界に戻すわ」


 あきらは盛大に横道へ逸れた話を元に戻した。

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