第224話 石上神宮

 「それで? その会社だか寄合だかギルドだか知らないけど、それはどこにあるの?」

 「日本の場合は特殊でな、役割毎に細分化して散ってしまった様だ。保存管理機関は神道という形に変わって天皇家が代々管理をしている」

 「はーん、神道か…… 確かに保存装置としてはこれ以上無い仕組みね。で? 技術の方は?」

 「分散していると言っただろう。旧財閥系のあそこやあそこ、重工業だったり自動車メーカーだったり家電メーカーだったり、無限電源装置インフィニティ・リアクターの装置部分を作ってくれたあそこもそうだし、政府の研究機関、理研やNIMSニムス、そう、お前の所属しているフューマスもその一つだ」

 「大正デモクラシーってやつか!」

 「優輝さん? それを言うなら『灯台下暗しとうだいもとくらし』でしょっ」


 優輝のつまらないボケに冷静につっこむあきらだった。


 「でもさ、おかしくない? どこも魔法っぽい事は研究していない様な」

 「お前の言う魔法っぽい部分は、全部神道が吸収してしまっているな。技術部分は、物質物性物理だったり材料科学だったり冶金工学だったりで、今では民間に還元されて皆当たり前の様に使われているぞ」

 「保存機関に吸収されたら研究が止まっちゃうじゃない!」

 「そうだ、だから止まっている」


 日本では魔法等の超常科学部分は、宗教儀式に分類されて神道に統合されてしまっている。そうなると祭祀として保存はされるが、今後研究開発されて発展する可能性は永久に無くなってしまっているのが現状だ。


 「他の国も大体日本と似た様な現状で、多くの国では失われてしまっている所が多い分、日本の方がまだマシなのかもな。寧ろアメリカみたいに会社として発展して現存している事の方が珍しいんだ」

 「あそこはシェスティン本人がつい最近まで直接経営していたみたいだしね。地球の科学技術が貧弱過ぎて、魔法は未だに再現出来ていなかったけど」

 「世界中から学者やら技術者やらを引っ張って来ているのにな」

 「それで思い出したけど、なんで戦後にGHQは日本のアーティファクトを接収しなかったのかしら?」

 「確か聞いたところによると、しなかったのではなくて出来なかったとか」

 「そうなの?」

 「らしいぞ。天皇家を解体しなかった事も関係あるのかもな」

 「石上神宮いそのかみじんぐうに何か秘密があるのかしら?」

 「直接その目で見てきたらいい」


 麻野の直接見て来いという言葉により、日本のアーティファクトへの介入許可という言質を得たあきらと優輝は、神管の野木の監督の元にデクスターも呼んで石上神宮いそのかみじんぐうの調査へと向かう事と成った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「……野木さん、ペットを太らせるのも虐待なのよ?」

 「誰がペットだー!」


 サムエルとアリエスの二人を見比べながら、あきらは皮肉を言った。

 野木は、デクスターに付いてアリエスも来ると聞いたので、サムエルも連れて来たのだ。


 「御免なさい、魔法を教えてもらう代わりに好きなだけ食べさせるって約束だったから、つい……」

 「ペットの部分を否定しなさいよ!」


 お昼近かったので、街道沿いのファミレスへ入って昼食を摂る事にしたのだが、相変わらずエルフ組は注文する量が半端ないので、あきらが思わずつっこんでしまったのだった。


 「失礼ね! 僕らは人間の様には太らない体質なので大丈夫なのです!」

 「憎たらしい」

 「サムも一日中テレビ観ながらお菓子を食べているけれど、それ以上は太らないみたい」

 「不思議過ぎる」

 「優輝様だって注文する量が物凄いんですけど」

 「俺の体は炭素が大量に必要なんだ」


 優輝の体はカーボンマテリアル化が更に進んで、皮膚の表面ばかりでは無く、筋肉から骨や内臓に至るまでカーボンに置き換わろうとしている。もしかしたら神経系も置き換わって、化学反応駆動から電気信号で動く様に変わって行くのかも知れない。それはもう生物ではなく機械に近いのではなかろうか。そのせいで優輝の身体は今大量の炭素を必要とし、本能が炭水化物の摂取を求めている。先の検査の結果でも呼気にも二酸化炭素はあまり含まれていない事が判明している。優輝の身体はこの先どう成って行ってしまうのだろうか。外見的見た目の変化が無いのが幸いだが、優輝自身としては既に人間の域を大きく逸脱してしまっている訳なのだが、本人はあまり気にも留めていないというか、寧ろ楽しんでいる風にも見える。


 エルフ達に話を戻すと、栄養が満足に取れていたかどうか怪しい異世界から、食料が豊富なこちらの世界へやって来て、好きなだけ食べて運動もしなければ若干太るのは当たり前だとは思うのだが、人間の様に無制限に膨張はして行く様子は無いし、筋力が衰えてきた様子も無く、上を脱げば腹筋はシックスパックだし、脂肪太りと言うよりは筋肉量が増えて太っている様に見えるのだ。まあ、人間とは違う生物なので、きっと何かあるのだろう。


 聞くところによると、エルフは運動をしなくても筋力はあまり衰えないらしい。というか、犬猫など人間以外の動物も、食糧事情により太ったり痩せたりは勿論するが、特にネコ科の動物は一日中寝て過ごしているにも関わらず、筋肉は左程衰えたりはしないのだという。

 つまり、運動不足ですぐに筋力が衰えるのは人間特有の性質らしいのだ。太古の人間は、飢餓を何度も潜り抜けるうちに、食料のあるうちに全力で蓄え、いざ食糧不足に陥った時にはエネルギー消費を抑えるためにじっとしながらその蓄えを消費し、それが尽きても筋肉さえも分解して使用する事によって、食料の乏しい氷河期を生き抜き、命を永らえる様に体の仕組みを変えて行ったといわれている。つまり、食料が有れば在るだけ無制限に太るし、いざ食料が無く成ればあまり使わない筋肉は分解してエネルギーへ変えてしまうのだ。そのせいですぐに筋力が衰えてしまう。運動不足で体がなまるというのは、こういう人間特有の性質のせいらしいのだ。

 ところが、食料が豊富にあり飢餓状態に成る事が滅多に無い現代においては、太り易く運動しないと筋力が衰えてしまうという弊害の方が目立つようになってしまった。全く、人間というものは今や不要と成ったレガシーな仕様が多くて困る。


 ファミレスで腹を満たした一行いっこうは、徒歩で石上神宮いそのかみじんぐうの一ノ鳥居の所までやって来た。デクスター、サムエル、アリエスの三人は、スタスタと鳥居のど真ん中を通って行ってしまったのだが、日本人の野木、あきら、優輝の三人は、鳥居の端に寄り一礼をしてから鳥居をくぐろうとした。

 その様子を先に歩いていたデクスター達三人が振り返り、不思議そうに眺めている。


 「何をやっているの?」

 「鳥居は俗界と神域の境界だから、一礼をして道の真ん中である正中せいちゅうは避けて通るのが礼儀なのよ」

 「Oh! 知りませんでした。やり直しますー!」


 デクスターとエルフの二人は戻って来て、見様見真似で同じ様に端に寄り、一礼をして鳥居を潜って行った。


 「さあ、私達も行きましょうか」


 野木もその後を追うのだが、優輝とあきらが鳥居の前から動こうとしない。


 「どうしたのかしら?」

 「どうしたのですかー?」

 「 …… 」

 「んー…… 入れない」


 デクスターと野木が不思議がるのも無理は無い。二人とエルフの二人も普通に通ったのだから。しかし、優輝とあきらの二人だけが鳥居から中へ入る事が出来ない様だった。

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