第223話 思惑

 おそらくだが、シェスティンなる人物は時代を行き来する能力を持っているのだろう。そして地球を使った何か壮大な実験をしていると考えられる。


 過去には世界各地に魔法を使う事の出来る道具を残し、人間が自らそれを研究して取り入れる事を望んでいた。彼女はこの世界の文明を加速度的にブーストアップしようとしているのだと推測出来る。


 しかし、その成果は遅々として進んでいない様だ。何故なら、アーティファクトを見つけた人間は、それを研究するよりも、秘匿し独占してしまおうと考えるから。

 個人が独占し、時の権力者が独占し、現代では国家が独占しようとしている。


 ならばとシェスティンは道具を残した地へ、現地人自らがそれを研究開発する為の機関を置き、現地人を使って自ら研究させるように仕向けているのだ。まさに手取り足取りの過保護っぷりだ。彼女は何故そこまでしてくれるのだろう?


 「ちょっと待って、その話が確かなら、アーティファクトが存在する国にはシェスティンの会社が在るって事にならない?」

 「そうね」

 「その会社は日本にも存在すると?」

 「おそらく在るわね。超常現象系複合現象案件パラノーマル・コンプレックス・フェノメナなんて用語が有った位なんだから、高確率で在るんじゃないかしら?」

 「何で今まで気が付かなかったのかしら……」

 「多分、誰もが知っている老舗メーカーに擬態しているか、あるいはある分野では業界トップだけど一般にはマイナー過ぎて誰も知らないとか、そういう会社なのかも」


 実際、会社の求人やアルバイトの面接に行くと、『うちはこの業界で世界シェアトップなんだ』とか面接官に自慢される事が良くある。実際ニッチ過ぎて他ではやってないだけかもしれないが、とんでもない技術を保有していたりするから侮れない。


 「後で麻野さんを小一時間問い質さなければならないわ」


 なんとまあ、シェスティンの足跡を追っていると、子供に宿題を出したはいいが遅々として捗らない事に業を煮やして、数式の組み立て方、解答までの流れ、最終的には答え迄、解き方を全部教えてしまいそうな勢いだ。まるでGoogleレンズの『宿題』みたいな事に成っている。シェスティンは一体何を焦っているのだろうとさえ思える行動だ。


 「多分本当に焦っているのよ。このままの進み方では彼女の望む未来に辿り着けないと考えて」

 「それで、人間自体も改造しようとしているのか? 俺やあきらの先祖にも介入して?」

 「介入しているのはあなた達二人だけではないわ。世界中の国で行われているのよ。私の知る限りでは、イギリスから少女を一人ピックアップして魔法の道具を与えていた。彼女を見て、『揃ってきている』と言っていたわ」

 「何が揃ってきているの?」

 「さあ、そこまでは…… あ、でも私の顔を見た時も似た様な事を言われたわ『もう少し』ってね」


 シェステインが『揃っている』と言っていたのは、遺伝子の中の何かの因子の事だった。

 遠い昔にその因子をばら撒いて、何世代もの後に自然と組みあがるのを待っていたのだ。

 イギリスもまた、日本と同じ島国であるから、同様に因子の濃縮化が進んだ可能性がある。


 「バビル2世的な?」

 「まあ、今の所の情報で推測出来るのはここまでね」

 「だな、どっちみちシェスティン本人に会わない事にはどれも想像の域を出ないしね」

 「まるでラスボスみたいだわ」

 「話は終わった? げぇっぷ」


 今持っている情報での擦り合わせが済んだ所で、アリエスのげっぷが聞こえた。お姫様なのにお下品なのではないでしょうか。


 「あーっ! ちくわサラダ、私達の分も全部食べちゃったの!?」

 「だって話が長いんだもん。お腹いっぱい、御馳走様」

 「なぁんだ、これからみんなで美味しい物を食べに行こうと思ってたんだけどなー。アリエスはもう入らなそうね」

 「えっー? そんなぁ」

 「冗談よ。少し時間をずらして食事に行きましょう」

 「やったー!」

 「アリエスはこっちに来てから結構成長したものね。特に横方向に」

 「ちょっと、なんて事言うの!?」

 「まあ、私達の基準から言えば痩せ過ぎてたから、やっと普通になったって感じだけどね。そういえば、アリエスより食い意地の張ってるエルフがもう一人いたっけ」


 丁度その頃、野木の自宅マンションでテレビを観ながらカウチに寝転がってポテトを食べている、ぐーたらエルフがくしゃみをしていた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「ちょっと麻野さん! どういう事?」

 「何だよいきなり!」


 神管のオフィスに現れるなり、あきらに食って掛かられて、麻野は何の事だか分からない様子だった。あきらは、事の経緯を説明した。


 「やっとかよ! あ、いや、ごほん。前にそっちの件には触るなよと言った筈だが?」

 「手遅れよ。それに触るなと言ったのは、石上神宮いそのかみじんぐうのアレの事でしょう? 私達はデクスターの会社の前CEOについて調べていただけだもん。偶然繋がっちゃったけど」

 「偶然繋がっちゃったじゃねーよ、もう! 大体、御神体の事をアレとか言うな」


 これに関してはあきらの口が悪かった。日本最古級の神宮の主祭神に対してアレ呼ばわりは無いだろうと思う。しかし、一般の日本人から見ればそれは神話の時代から存在する『神』であっても、経緯を知ってしまったあきらにとっては、それはシェスティンの作った古い人工物アーティファクトであり、魔法の道具でしかないのだ。


 「魔法のアーティファクトがある地には、それを研究する為の何らかの組織か施設が在った筈なのだけど?」

 「ああ、アメリカさんのメタワイズ社やマギアテクニカ社みたいなものの事か? 日本の場合はそのままの形では残ってないな」

 「一体何をどこまで知っているの? 私をデクスターに引き会わせたのも偶然じゃないわね? その件には触るなじゃなくて、本当の意図は逆ね?」

 「ふっ……」


 麻野はテーブルの上で両手を組み、不敵に笑って見せた。心なしか何故だか楽しそうに見える。


 「まあな、『押すなよ押すなよ』的な?」

 「ダチョウ倶楽部か!」


 あきらは、心底面倒臭いなと思った。遠回しにしか言えない大人の事情なのは分かる。だけど面倒臭い。

 麻野にしても、現在の神道の天辺てっぺんは天皇家なのだ。一般人がその神聖な領域に無暗に触れてはいけないのは何となく分かる、が…… シェスティンの大元の考えとしては、どんどん触れて欲しいに違いない。隅々まで研究し尽くしてその技術を民間へ開放し、地球の文明を押し上げて欲しい。そう願っているはずだ。決して有難く神のごとく奉って、何人なんぴとも触れること能わず、ただ拝んでくれとは望んでいなかったはずなのだ。麻野達、国の上層部のほんの一握りの人間は、多分それを知っているのだろう。


 だから、あきらや優輝の出現は千載一遇のチャンスだったと思われる。彼らの存在を神としてしまえば、神が神に触れる事に何の問題も無いのだから。

 あきらが科学者だったのも幸運だった。麻野はきっとあきらなら興味を示すに違いないと踏んでいたのだ。ところが当時のあきらは素直過ぎた。 ……いや、外敵と認識していた当時の内調に関してはかなりの悪知恵が回ったのだが、一旦味方だと認識すれば寛容なのだ。寛容で無防備過ぎるのだ。その味方である目上の麻野が駄目だと言うのだから駄目なのだろうと素直に聞き分けてしまっていたのだ。遠回しな意図などに忖度する事は出来なかったのだ。

 つまり、麻野の当初の目論見は外れていたのだった。それがどういう訳か、明後日の方向へ放たれた矢が、どういう経緯を辿ったのか何所をどう跳ね返って来たのか、意図せずに目的のまとに命中してしまった様だった。

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