第222話 デクスターの過去

 テレーサさんの写真をスマホカメラで写させてもらい、一行はお礼を言って久堂家を後にした。帰り際にお土産と言ってちくわサラダを貰った。


 「何これ?」

 「熊本名物よ」

 「へえ」


 どうせ熊本へ来たのだからと、皆でちくわサラダを食べながら阿蘇山の火口を見学する事にした。

 優輝はデクスターのスマホに入っていたシェスティンさんの写真を転送してもらい、顔認証アプリでテレーサさんの顔と比較してみた。


 「99.9%の確率で本人だって」

 「やっぱり」

 「この歳を取った姿だって本当の姿じゃないのでしょう? だって、200年以上同じ年恰好で居たのに、ここ100年程度でいきなりこんなに老ける訳ないもの」

 「そうよね、やっぱり…… きっと魔法で姿を変えているんだわ」

 「変身術ってやつ? 服を着替えるだけの魔法かと思ってたわ」


 そう、確かにデクスターはバトルスーツや普段着に着替える魔法を変身術と呼んでいた。しかし、シェスティン婆さんが容姿を変えるのに使っている魔法も変身術なのだろうか。


 「んーっとね、私の使っている着替える魔法の名前は本当は変身術じゃないの。確か、塑性何とかって言う堅苦しい名前の魔法で、通称『ねんど』。通称の名前もかっこ悪いので、私が勝手に変身術って呼んでるのよ。実は私、本当の変身術は使えないのよね。本当の変身術は肉体の形を変える魔法、私の言う変身術は服とかの物の形を変える魔法の事なの」

 「魔法名は他と被ってても問題無いんだ?」

 「全く問題無いわよ。そのあたりは自由にカスタマイズ出来るから」


 きっと任意のキーワードで特定の魔法を起動させる様に紐付け出来るのだろう。電話の短縮ダイヤルみたいな機能だ。


 「その魔法は骨格までは変わらないという事なのかな?」

 「どうなんだろう…… 意外とわざとだったりして」

 「つまり、私達がここまで辿り着く事を見越してヒントを残していた? 100年以上も前に?」

 「あの人ならあり得るんだわ」

 「マジか」


 あきらは100年以上前と言ったが、たえさんの時代から考えれば360年前、いや、もしかしたらもっと前から計画されていたのかも知れない。

 この人は何者で、一体何をしようとしているのだろう?


 「ところでディディー、あなた道場で何か言いかけたでしょう? 何を知っているの?」

 「 ……そうね、あなた達には話しておきましょう。私は以前、民間の信用調査会社で働いていたの」


 デクスターの話し始めた内容によると、彼女は元々からマギアテクニカ社に勤めていた訳では無く、昔は民間会社で信用調査を行うエージェントをやっていて、政府の依頼を受けてシェスティンの会社とシェスティン本人の調査をしていたというのだ。


 「とにかく謎の多い会社でね、昔からそこに在って、みんなが当然の様に知っている会社なのに、いつからそこに在って、創業者が何処の誰かも誰も知らなかったの」

 「えっ、そんな事ってある? アメリカには会社の登記簿みたいな物は無いの? 戸籍は…… 無いんだっけ? でもそれに代わる社会保障番号とかは有るんでしょう?」

 「それが、州の台帳にも古い図書館にも、更には公文書館に保存されているどの記録を調べても全く何の痕跡も無いの。設立年も創設者も、その創設者の経歴も一切不明。まるでアメリカ建国のずっと前、はじめからそこに在ったとしか思えないのよ」

 「そんな馬鹿な。昔の手書き時代のお役所仕事の怠慢で、記録ミスって事は?」

 「無いわね、役所だけならまだしも、あれだけの大きな会社を税務署が見逃すはずないもの。その税務署の記録ですら、きちんと納税されている記録はあるものの、いつからという情報が全く分からないの」


 合衆国政府としても、既に現実に存在しているモノの存在を否定する事なんて出来やしない。在る物は在るのだ。知覚認識する以前からそこに存在した物は、自然物同様に自国の領土内に在る限り自国の物だ、という認識で決着した様だ。

 その会社は、昔から『魔法』を研究しているらしいというかなり怪しい会社なのだが、以前にも説明した様に『アーティファクトの魔法は戦争での使用は許さないが、それと同等の現象を再現する同等の技術を自ら開発したのならば、それの使途には関与しない』という、何だか学校の先生が夏休みのドリルの答えを見て答えるのは駄目、みたいな、我々人間の成長を手助けしているとしか思えない様な戒律ルールの元に、有用な商品を開発しその研究成果を軍や一般社会に還元してくれている。


 一体シェスティンに何の得が有ってそんな事をしているのか良く分からないのだが、我々人間はそれをただ黙って受け入れるしかない状況にさせられて今日に至る。

 人間側にとってもどう考えても損は無い得しかない状況だ。何よりきちんと税金が支払われているのだから、国としても敢えて取り締まる必要性もない。いや寧ろ、莫大な税金収入源と成っているのだから保護する方向なのだ。下手につついて国外へ撤退でもされたら損失の方が大きい、という事で歴代政権でも何と無くふわっと見逃されている様なのだ。


 その点に関しては、日本の異世界堂本舗も全く同じ様な立場だ。ただ、異世界堂本舗と違うのは、このシェスティンの会社が世界各国に存在している事が判明していて、各国がそれぞれがその国独自の解釈で保護しているというところだろうか。そのせいで各国とも自国から撤退されるのを恐れている。

 19世紀位の時期にシェスティンの会社が存在する国の間で密約が成され、というか裏国際条約が取り交わされ、魔法に関する兵器利用、そして取扱いのコンセンサスが取られたのだった。


 世界各地の遺跡で魔法のアーティファクトが発見されている事は、各国の政府により隠匿されている。この道具を使えば、誰でも魔法を行使出来るのだ。その形状は様々であり、一見ただの青銅製の祭祀具だったり、骨や牙で作られたアクセサリーだったり、ただの生活道具だったりしている。年代もバラバラで、古い物は紀元前数千年から、新しい物は数百年前の物だったりしている。デクスターのピアスの様につい最近作られたと見られる物も幾つか確認されている。

 デクスターのピアスを作ったのがシェスティンであるのならば、その古代遺物アーティファクトを作ったのもまた……


 「じゃあ、その遺跡から発見されたアーティファクトもシェスティンさんが作ったって事?」

 「多分…… 同じ能力を持った人が過去にも居たのかは分からないけれど、十中八九あの方が制作した物と見て間違いは無いと思う」

 「何がしたいんだ? その人」

 「何も分からない。私はそれを確かめるために、メタワイズ社のインターンシップ・プログラムに参加して会社内に潜り込む、潜入捜査をする事にしたの」

 「インターンシップ・プログラムって何?」

 「アメリカの就活よ。大体ただ働きの場合が多いけど、その会社に人脈が出来たり仕事を覚えたりと色々メリットも有る訳」

 「すげーな、まるでスパイ映画みたいだ」

 「ま、速バレした訳だけどね」

 「バレたのかよ!」

 「それがねー、不思議な人だったわ。インターンシップで宛がわれた部署に偶然…… じゃないわね、確信を持ってシェスティン様が来てね、私の顔を見るなり『私の秘書におなり』って言うのよ」

 「研ナ〇コ方式かっ」

 「ストーカーを付き人にしちゃったとかいう話? 外に野放しにするより身内に引き入れちゃった方が安全だとか言って」

 「何だかそういう理由というよりも、初めから全てお見通しって感じだったなー。それで数年後に会社の全てを私に譲って何処かへ行っちゃったのよね」

 「そんな無責任な」

 「まあ、雇われた時からそういう約束だったしね。でも居なくなる時は唐突だったので驚いたわ」

 「それで、CEO引き継いでからシェスティンの事について何か分かったの?」

 「それが全然。社内の資料室からコンピューターの中から外部のクラウド内まで全部調べたけど、何にも無かったわ。笑っちゃうでしょ」


 デクスターは、シェスティンの保有していたメタワイズ社とマギアテクニカ社の両方の株式を全部と、両社のCEOの地位を手に入れ、最上級権限を使って隠しファイルやデータが無いか、社内外の隅々まで調べたのだそうだ。しかし、成果は全く無かったのだという。

 ウィッチクラフト社をはじめ数社の子会社は、デクスターの代に成ってから彼女が設立したものなのだそうだ。


 「地球の文明レベルを底上げしたいという理念が真実ならば、全て現地人に任せて身を引くのは納得出来る話ね」


 アリエスはビックリする位蚊帳の外だったので、一人で火口を眺めながらモクモクとちくわサラダを食べていた。






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