第219話 玲の実家

 「当時は珍しい異人さんでしたからなぁ、幾つか記録は残っておりますよ」


 住職はそう言うと、持って来た家系図と過去帳を広げて見せてくれた。系図を辿ると優輝から数えて12代前に神田たえという名前の記載がある。当時から姓を持っていたとすると、御先祖はさぞ立派な地位に居た一族だったのかも知れない。


 過去帳のページをめくると、生前の名前の他に戒名が書いて有る筈なのだが、それが見当たらない。代わりに余白の部分に文字が書いてある。しかし、優輝にはそれが達筆過ぎて読む事が出来ない。優輝はスマホを取り出し、その文字をカメラの画角に収めると、文字が自動的に現代の活字に翻訳されて表示された。


 「凄いなそれ」

 「はは、光学文字認識OCRアプリですよ」


 優輝のスマホの画面を覗き込んだ道隆おじさんが昔の人の書いた毛筆のミミズののたくった様な、現代とは言い回しから何から違う、変体仮名すら含む難解な文章が、綺麗に翻訳されているのを見て仰天していた。


 『神田たえ』なる人物は当時の神田家の当主の嫁だったので、夫のページの次に欄が用意してあっただけで、亡くなった時に改めて戒名を書き加える予定だったのが、何らかの理由で書かれなかった様だ。

 翻訳された文字を読んだ情報と住職の話と総合すると、結婚後間も無く夫が流行病で亡くなり、未亡人となってしまったのだが、生まれた子供も未だ幼かったので、当主代行をしていた為に生前から名前の記載があった様だ。ところが、子供が成人して家督を譲ると、神田たえはお暇を貰い実家へ帰えされてしまったと言う。その為に戒名の欄は空白となっているそうだ。


 神田たえは、一男一女の子を儲けたそうだ。成人後、男の子は神田家の当主となった。女の子は、色の白いそれはそれは美しい娘に育ったのだが、それが災いだった。つまり、美し過ぎたのだ。日本人離れしたその美しさは、当時の日本人には気味悪がられたのだ。嫁の貰い手が全く無かった訳では無いが、嫁いでも暫くすると返されてしまう。

 二度三度とその様な事が続き、たえは遂に娘を嫁がせる事を諦めた。娘が返されてしまう理由は、容姿の理由だけでは無かった。何か不思議な事を口走るのだと言う。例えば、神社の前でお稲荷さんを見たとか……


 「えっ! それって、優輝と同じ?」

 「そうなのよ、あたしはその話を聞いて知っていたからびっくりしたわ、当のあたしも子供の頃見た気がしていたから」


 あきらは、優輝の子供の頃の話と同じエピソードが出て来た事に驚いた。

 きくえお婆さんが、優輝が子供の頃に見たと言うお稲荷さんの話を唯一人信じてくれた理由は、それだったのだ。


 「それで、御先祖さんは、その娘さんに婿養子を取る事にして、今のうちの屋敷と畑を分け与えたんよ」

 「お稲荷さんを見たとか幽霊を見たとか言い出すのは決まって女のお子さんで、それを不憫に思った代々の御当主が婿を取らせて家を継がせてきたのが、うちの家系なんだわ」

 「ふうん、俺は男なのに同じ能力が遺伝したのか」

 「不思議よねぇ」

 「まあ、気味悪がられるだけで何の役にも立ちゃあしない能力だけどねぇ」

 「そうですね、あははは」


 優輝は笑って受け流したが、実はそれはとんでもない能力だったわけだ。代々の女性達は、一生涯異世界へ移動するゲートを開く切っ掛けが得られなかっただけなのだろう。


 「たえさんのその後の消息というのは分からないんですか?」


 優輝の能力の方に話題が傾きかけたので、あきらは話題を変える様に口を開いた。


 「記録によると、たえさんは九州の実家へ帰ったとあります。九州の久堂家だそうです」

 「「久堂!!?」」


 優輝とあきらが同時に吃驚びっくりした声を上げた。


 「いや、クドウなんて苗字はありふれて……」

 「この字でクドウと読む家ってそんなに無くない?」


 確かにそうだ。しかも九州では特に珍しい。あきらの家で間違いは無いだろうと思われる。


 「それにしても驚いたわ。あなた達遠い親戚だったのね」

 「親戚と言っても、先祖をずーっと遡れば日本人は皆どっかしらで繋がっている様な気がするよ」


 デクスターの言葉に優輝がそう答えた。

 当たり前だが一人の人間には二人の親がいる。念の為、遺伝的にはという話だとお断りしておく。

 その親には更に二人ずつ親が居て、更にその親にも二人ずつ親がいる…… と考えると1世代遡る毎に2の2乗人ずつ先祖が増えていく計算になる。でもそのまま計算すると、27代より前になると、現在の日本の人口を完全に突破してしまう。つまり何が言いたいかというと、かなりの部分で人が重複しているのだ。

 その重複した人間から以降を親戚と捉えるなら、日本人全員が親戚であってもおかしくはない。いや寧ろ、旧石器時代から現在まで全く完全にただの一人も共通しない先祖を持つ日本人が、居るのだろうか? まあ、居ないとは言い切れないが、人の行き来がかなり頻繁で流動的な大陸と違って、日本は島国だという特性を考えると、そんなに突拍子もない話ではないのではないかと思われる。縄文時代の日本の人口は、ピークで約26万人だそうで、その子孫達が現代までの時間の中で一度も出会っていないとは言い切れない気がするのだが、どうだろうか。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 長野の優輝の母の実家とその本家、そしてお世話になった寺の住職にお礼を言って別れた後、次にやって来たのは熊本にある久堂玲くどうあきらの実家だ。

 当然ここまでの移動には空間通路を使用しているので移動時間は一瞬だった。


 「お父さんお母さーん、ただいまー、あきらだよー!」


 あきらは先に立って門を開け、母屋の方へ向かって大きな声で呼んだ。優輝はあきらの実家へ来るのは実は初めてなのだった。かなり大きな屋敷なので驚いている。

 先程門と言った物も、数寄屋門と呼ばれる形の物で、和風の屋根の付いた時代劇にでも出て来そうな大きな門だった。そして、門から母屋までの距離もなんと50m程もある。そして、門から玄関に掛けて白い玉砂利が敷かれ、大きな鉄平石の飛び石が置かれている。両側には大きな松の木と、これまた大きな庭石の置かれた、純和風庭園だった。あきらの実家は、古武術の道場をやっているとは聞いていたが、かなり歴史も有りそうな雰囲気だ。


 「あらお嬢様、いつお帰りに?」

 「お、お嬢様!?」


 あきらは顔を少し赤くして視線を逸らし、優輝の方へ向けてイヤイヤという風に手を振った。

 玄関から顔を出した女性を見た優輝は最初、『あれ? お母さんの顔ってこんな感じだったっけ』と一瞬思ったのだが、どうやら違った様だ。


 「奥様―、奥様―、お嬢様がお帰りになられましたよ」

 「えっ? まああきら、帰って来るなら前もって連絡頂戴よ」

 「お母さん達だって連絡も無しにいきなり私のアパートへ来たじゃないのよ!」


 最初に顔を出した女性は、お手伝いさんだったみたいで、直ぐに母親を呼んで来てくれた。あきらも家族と話す時にはかなりくだけた口調になる。


 「お客さんを連れて来たの」

 「あらあら優輝君、いらっしゃい。うふふ……」


 何だか義母の優輝を見る目が生暖かい。


 「さあさあ、皆さんこんな所で立ち話もなんですから、中へ入ってくださいまし」

 「お邪魔シマース」

 「お邪魔します」


 優輝達は全員、母屋の広い座敷へ通された。

 優輝の本家の家は豪農らしいお屋敷だったが、こちらは武家のお屋敷らしく、ちょっと雰囲気が違って見える。大きな床の間があり、真ん中にある床柱は節の多いゴツゴツした、値段の高そうな太い柱があしらわれている。床の間の横には円窓があり、たしか庭の景色を見る額縁窓だとかなんとか聞いた事が有る。その様な物が付けられている理由は、もちろん立派な庭を眺めるためであり、円窓を通さなくても座敷の縁側から見える庭の景色は見事と言うしかない。外人組のデクスターとアリエスはしきりに感心しまくっていた。特にエルフのアリエスは、自然と調和した和風建築がいたく気に入った様だった。


 「やあやあ優輝君久しぶりだなぁ。それで今日は何の用事なんだい? ふふ……」


 何だろう? 義父も外人さんとエルフが居るのにそれをそっちのけで、何だか優輝の方をチラチラ見ながらニヤニヤしている。


 「なによ、お父さんもお母さんも気持ち悪いわねー」

 「いやなにね、異世界堂本舗の動画を偶々見つけてね、お母さんと一緒に観させてもらったよ」


 優輝は顔から火が出た。よりによってあれを見られたとは。義実家とはいえ家族に見られるのが一番恥ずかしいというのに。


 「いやー、異世界で性別が変わるというのは聞いてたんだがね、あの可愛い娘は優輝君なんだろう?」

 「性別が変わるって事話しましたっけ?」

 「SNSで話題だったぞ」

 「マジか、ネットの世界で隠し事は出来ない」


 どうも御崎桜の結婚式で、女子高生達が動画や写真をアップしていたらしい。


 「優輝君、女の子の時はあんな感じなのね。衣装もアイドルみたいで可愛かったわ」

 「あ、あれは! あきらの演出で! 衣装もあきらの私物なんですよ!」

 「へえ、あきらは東京ではああいう服装をしているのかい?」

 「ちょっ、優輝!? 急に何を言い出すの!?」


 優輝の暴露にあきらも動揺のあまり顔が真っ赤である。クールな才女で通しているあきらが酔っぱらった勢いで買ってしまったという、ぶりっ子ファッションだというのは親には絶対に知られたくない秘密であった。デクスターは、そんな二人の様子を見てニヤニヤしている。

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