第220話 久堂テレーサ

 「そんな事より、家系図よ! そのためにお客様をお連れしたんだから!」

 「おお、すまんすまん ……ニヤニヤ」

 「そうね、確か道場の押し入れだったかしら ……ニヤニヤ」

 「もうっ!」


 流石のあきらも実家では親御さんにとってはまだまだ子供扱いの様だ。


 家系図は道場の納戸なんどに仕舞ってあるというので、皆で道場へ移動した。

 道場の建物は、母屋とは別棟で更に古い建物の様だった。築年数を聞くと、200年以上らしい。


 「ワァーオ! 合衆国と同じ位古いのデスねー」


 デクスターは建物のあまりの古さに驚いていたが、白川郷の民家で古い物は300年位らしいし、富岡にある旧茂木家住宅は築500年程度、神戸にある日本最古の民家で重要文化財の箱木家住宅に至っては、箱木千年家と呼ばれる位古く、建てられたのが806年なので築年数は1200年にもなる。

 この道場の様に200年程度のものは探せば日本国中ゴロゴロあるのだが、ここは手入れが行き届いているので殆ど傷みは見当たらない。


 あきらの母親は、道場の奥にある引き戸を開けると、ごそごそと中を漁り出した。やがて、一つの巻物と紐で綴じられた紺色の表紙の冊子を数冊持って出て来た。


 「系図は菩提寺にもあるんだけど、うちにも写しを保管してあるのよ」


 自身のルーツを確認し子孫に残す為に、家系図を作成する人は結構居るらしい。きっと久堂家もそうなのだろう。装丁はかなり立派な物になっている。

 あきらは巻物を受け取ると、止めてある紐を解き道場の床に置いてコロコロと転がした。


 「大体360年位前、うちから神田家に嫁いだ『たえ』という女性を探しているの」

 「異人さんのたえさんかい?」

 「お父さん、知ってるの?」

 「ああ、ちょっと待てよ」


 父親は、冊子の束の中から一冊を取り出し、パラパラとめくり出した。


 「あったぞ、ここに詳しく書いて有る。えーと、長崎の出島に来ていたオランダ商船に乗って来た貿易商の娘で、過酷な長旅で両親を失い、身寄りの無かったのをうちの御先祖が養女として引き取ったとある」

 「容姿はわかる?」

 「銀髪で青い目桜色の肌と、ある…… その後に当時蘭学を学びに来ていた神田家の次男が見初め、嫁として連れ帰ったそうだ。あれ? 神田家って優輝君の?」

 「そうなのよ、私も初めて知って驚いているの」

 「神田家の方の記録では、夫と死別して出戻ったそうなんだけど」

 「うーん、そういう事は書かれていないな」

 「どういう事だ? 実家へは戻らなかったのかな?」

 「または、道中で何かあって亡くなってしまい、実家まで辿り着けなかったか……」

 「うーん……」


 たえの消息はそこで途絶えてしまった。


 「それか、この国での役割は終えて、他の国へ飛んだか、ね」


 いきなりそんなとんでもない事を言い出したデクスターを皆が見た。しかし、彼女は冗談を言ったという風でもない。真顔で平然とそんな事を言ったのだ。彼女は何を知っているというのだろうか。



 「私は元々……」



 デクスターはそう言いかけて口をつぐんだ。一般人の居るこんな場所で言う事ではないと判断したのだろう。暫くの沈黙の後、彼女は再び系図へ視線を落とし、あるものを見つけてそこを指差した。


 「この、久堂テレーサというのは?」

 「こっちは明治時代頃ですね。この時代でも国際結婚は珍しいと思います」

 「この人もしかしたら……」

 「ちょっと待って、まさか同一人物だというの? たえの生きていた時代から200年は離れているのよ?」

 「この人なら確か写真が残っていますよ。ほらあった、写真は白黒だけど、裏に久堂テレーサ、銀髪碧眼と書かれています」


 その写真を見たデクスターは目を見開いた。そして自身のスマホを取り出し、保存してあったある写真を探し出し、スマホの画面を優輝達の方へ向けた。


 「えっ、これって……」


 その写真は何かのパーティーの時に写した、前CEOのシェスティン・セイラーとその秘書時代のデクスターのツーショット写真だった。


 「確かに似ている。二人で写っている方は、結構お年を召しているけど銀髪碧眼は同じ。この白黒写真の人がそのまま歳を取った感じに見えるわ」

 「そんな馬鹿な。娘さんとかお孫さんとかじゃないのかい?」


 あきらとデクスターが真顔でそんな会話をしているものだから、父親はつい口を挟んでしまったのだった。


 「えっ? え、ええ、そうよ勿論」

 「だろう? 同一人物みたいな言い方だったから、俺はてっきり……」

 「御免なさい、紛らわしかったわ。こちらのデクスターさんの会社の前のCEOが、たえさんと関係があるんじゃないかって調べていたんだけど、思わぬ収穫だったわ」

 「でもうちに保管してある文書もんじょを調べても、たえさんとテレーサさんとの繋がりは分からないんだよなぁ」

 「そうね…… これ、写真に撮らせてもらっても良いデスか?」


 デクスターは、許可を貰って系図とテレーサの写真をスマホのカメラで撮影した。


 「さて、用件は済んだ様だしあきら、一つ手合わせしないか?」


 折角道場まで来た事だしと、母親が系図を仕舞いに行っている間に父親があきらに声を掛けた。丁度外人さんも居るし、久堂流真影術の知名度アップのために技を披露したいらしい。


 「ちょっと時間を貰っても良いかい? 優輝君、デクスターさんと……」

 「アリエスです」

 「アリエスさん」

 「私、日本のブドーというものに興味が有ります。是非見学させて下さい」


 という事で、全員道着を貸してもらい、着替えて道場の隅っこの方へ正座させられた。久堂流の道着は、紺色の上着と黒の袴でちょっとカッコイイ。

 最初はあきらが手合わせをするそうだ。二人は道場の真ん中辺りで少し距離を取って相対し、静かに構えに入る。

 武術の達人も相手のちょっとした筋肉の動きや目線から、未来を予測して先手を打つ事が可能なのだそうだ。

 しかし優輝は、こりゃああきらの圧勝だろうなと思った。何故なら、あきらの目には相手の神経系を流れる信号が丸見えだし、四次元的に身体のバランスも把握出来る。何より時間経過を無視して遡ったり加速したり遅くしたりして認識する事も可能なのだ。そして、優輝程ではないにしろ、今のあきらの身体能力も既に常人の域を遥かに超えている。

 あきらの場合は、予測しなくても相手が本当に動き出してから、普通に見て先手を打つことが出来てしまう。こんなチート能力を持っていて負ける訳が無い。


 ……と思っていたら、あっさりと勝負が付いた。あきらが一瞬で負けてしまったのだ。


 「うそでしょ!」


 戻って来たあきらに、わざと負けたのかと聞いてみたが、首を横に振った。あきらも最初は今の自分なら楽勝だと思っていたそうだ。しかしそうは問屋が卸さなかった。経験と勘による達人の先読みが、リアル先読みに勝ってしまったそうなのだ。

 そういえば、ノグリ農場での麦の刈り取り合戦でユウキはホダカお爺ちゃんに手も足も出なかったのを思い出した。柔よく剛を制すという言葉も有る様に、極めた技術は単純な力の差を凌駕するのだろう。


 「次は優輝君、こちらへ」

 「あきら、仇を討って来るからな」

 「頑張って!」


 義父は何だかちょっと楽しそうだ。何だかんだ色々あって、愛娘まなむすめの結婚相手とはちゃんと話した事が無い。しかしそこは武の道を歩む者、男は拳で語り合う派なのかも知れない。

 先程あきらが立っていた位置へ今度は優輝が立ち、見様見真似で構える。


 「優輝君は素人だから、勿論怪我をしない程度には手加減するから、優輝君は思いっきりかかって来て良いぞ」

 「はい、胸をお借りします!」


 優輝もあきら程では無いが、同様の目を持っている。しかし、身体能力の方が優輝の方が何倍も上なのだ。大人しく負ける気は無い。

 見た所、久堂流のこの武術は、合気道と空手の両方の特徴を持っている様だ。静と動、サブミッションと打撃系の両方を使うなんて、これはもうはっきり言って殺しの技だろう。スポーツ化した『道』では無く古来からの殺人『術』な時点で危険な技も含んでいるのだろうなとは感じる。柔道と柔術、剣道と剣術の違いの様な物だ。


 優輝は、さっきのあきらの時と同じ様に組んで、バランスを崩さない様に少し足を開いて膝を少し曲げ重心を落とす。こうすれば、優輝の力なら普通の人間が押しても引いても動かすことは出来ないだろうと考えた。

 義父は少し意外そうな顔をしたが、そういう相手のバランスを崩す技も当然有る様で、最初は押したり引いたりしていたのだが、優輝がびくともしない事を確認すると、急に素早い動きで足刀をくるぶし目掛けて放って来た。足を引っ掛けて足払いをするではなく、踝を狙って関節を破壊する勢いで足刀を叩き込もうとしてきたのだ。

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