第218話 本家

 道隆おじさんは、そんなとんでもない大物が、田舎のただの農家の座敷に居る事が信じられない様子だった。


 「ところで、あたしに聞きたい事が有って来たんじゃなかったのかい?」

 「あ、そうだった! お婆ちゃん、実はお寺の過去帳に名前のある、神田たえという人について知りたいんだけど」

 「たえさんかい? かなり昔の人だろ? ああ、思い出したよ。本家の大婆様から聞いた話だと、当時は珍しい異人さんのお嫁さんがご先祖さんに居たんだよって聞いた覚えがあるよ」

 「その人どこから来た人か聞いてない?」

 「そうさねー、なにぶん遠い昔の話じゃからのう…… たえさんがどうかしたのかい?」

 「実は、こちらのデクスターさんの知っている人かも知れないんだ。お寺で過去帳見せてもらう事出来ないかな?」

 「へえ、そうなのかい? そりゃあ一肌脱がなければならないねぇ」

 「御婆様の服は、脱がなくてもイイですよー」

 「協力してくれるって意味だよ」


 自分の家のご先祖様を知っているという外人さんが来たら、それは嬉しいものかもしれない。進んで協力しようという気にもなるというものだ。


 優輝は家の前庭に出て、ストレージから車を出した。

 前庭と言ってもここは農家さんなので、母屋の前にはある程度の広さの広場があるのだ。その広場を囲む様に農機具小屋とかトラクターや農作業車を入れるガレージなんかが建っている。そういえば、花子お婆ちゃんの家も大体似た様な作りだった。

 優輝は表の道路へ出るのに都合の良い場所へ、レクサスLFAを出した。なんとその価格は3,750万円、世界500台限定のスーパーカーなのだ。優輝達にとっては何て事も無いいつもの行動だったのだが、それを初めて見たおばさん一家は仰天してしまった。いや、車の価格の方ではない。普通の人はこの車が幾らするかなんて大抵は知らないだろう。それよりも、何も無い空間から急に自動車が出て来た事に驚いたのだ。尤も、車の価格を聞けばさらに驚いたのだろうけれど。


 「まーたそういう車買う―。それ2人乗りじゃないのよ!」

 「女にはこの車のロマンがわからないのだ」

 「はいはい、そうですかー」


大勢で移動するのに2人乗りの車を出してどうするんだとあきらに怒られたのだが、優輝はどうしてもこの車に乗りたいらしい。仕方無いのであきらは、自分のスマホのストレージからベンツ・マイバッハを取り出した。

 実はあきらは、優輝がレクサスLFAを買ったのを知って、ベンツをSクラスから最高級グレードのマイバッハへ買い替えたのだった。価格も勿論レクサスLFAよりかなり高い。優輝の車が一戸建ての家を買えそうな値段なら、あきらの車は高級タワーマンションの最上階が買えてしまいそうな値段なのだから。彼女も意外と負けず嫌いな性格の様だ。


 「私のモデルXはー?」

 「あー、ごめん、あれは案の定シャーシが歪んじゃってたので廃車にした」

 「えー、そんなぁー」


 デクスターはガッカリした顔をした。その後ろでアリエスが胸を撫で下ろしていた。

 優輝の運転するレクサスLFAの方には助手席に道案内としてお婆さんを乗せた。あきらはマイバッハの助手席にお爺さんと後部座席にデクスター夫婦を乗せて、優輝の後を付いて走った。伯母さん夫婦はこの高級車に乗りたそうな顔をしていたが、あと定員が1名分しか余裕が無い為、仕方無くおじさんの農作業で使う軽トラで後ろをついて来てもらう事になった。

 そんな超高級車へ野良着のまま乗せられてしまったお爺さんとお婆さんは、緊張しまくりの様子だった。


 「 …… 」

 「ぷっ」


 田舎の畦道を超高級車が、ノロノロと進んで行く。優輝は颯爽と車を飛ばしたかった様だが、イメージが違った様だ。あきらは後ろを付いて行きながら、優輝の気持ちが伝わって来て吹き出してしまった。お婆さんを道案内の為に助手席に乗せているのだからスピードを出せないのは当然だった。


 そんなノロノロ走行で、とうにか本家に到着した。

 家の前に見た事も無い高級車が2台も止まったので、何事かと家の中から家人が出て来た。


 「あらあら、きくえさん!? あら、優輝ちゃんじゃない!」


 車から降りて来たお婆さんと優輝を見て、本家の従伯母いとこおばにあたる豊子さんが叫んだ。


 「なあんだ優輝君かぁ、どこのお偉いさんが来たのかとヤキモキしちまったよ」


 その声を聞いて安心したのか、家の中からぞろぞろと家人が出て来た。話を聞くと、見た事も無い様な高級車がゆっくりとこちらへ向けて走って来るのを見たご近所さんが、一足先に知らせに来ていた様だった。そして、まさか用事はうちじゃないよなと思って玄関に隠れて扉の隙間から覗いていたら、その車はうちの前へ停車し、中から見知った顔が出て来たので、お嫁さんが様子見に出て来たという事らしい。

 長女の伯祖母おおおば、つまり長女である、優輝のお婆さんの姉が、神田家の本家を継いでいて、その娘の豊子おばさん夫婦と同居しているという事で、家族構成は優輝のお婆さんの家と全く同じだ。

 その豊子さんの旦那さんの方はどうしたのかというと、畑に出ていて今家の中に居たのは豊子さんとそのご両親の三人だけだった様だ。

 本家だ伯祖母おおおばだというと、いかにも長老然としたどっしりと構えた貫禄の有る人物を想像するかも知れないが、神田家の人達は極普通の農家さんで、全然威張った感じがしない。寧ろご近所に良く居るおじいちゃんおばあちゃんだった。


 「義兄にいさん」

 「おお、健司君も来て居たのか、こりゃあ一体何事なんだい?」

 「ハロー! アイム、ディディー・デクスターいいマース。ハジメマシテ」

 「僕はアリエスといいます」

 「は、はぅどぅーどぅどぅー! ……」


 伯祖父おおおじは、行き成り出て来た外人さんに驚いてあがってしまい、訳の分からない英語を喋ってしまった。

 

 「さあさあ、立ち話も何ですから、おあがりください」


 冷静な豊子さんの案内で、家の中のお座敷へ通された。

 本家の屋敷は、百年以上続く元庄屋で、伯祖母おおおばの先代までは地元の名士だったのだが、今はそんな時代でも無く成り、普通のちょっと大きなお屋敷の農家さんって感じだ。とはいえ、今でもこの地域ではそれなりに発言権はある様だが。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ああ確か婆ちゃんに聞いた事が有るなぁ…… 銀髪の色の白い異人さんで、それはそれは美しい人だったとか」


 伯祖母おおおばの祖母ともなれば、優輝の高祖母こうそぼにあたる人で、優輝から数えて四代前の人だ。


 話は逸れるが、ここは優輝の母の実家の本家なのに優輝と同じ神田姓なのには理由が有る。まあ、簡単に言えば、代々当主は女が継ぐ習わしで、その夫が全員婿養子なのだ。何故だか理由は知らないが、神田家はというか、優輝に連なる傍系神田家だけが女系らしいのだ。

 昔は多産だったので、女の子が生まれればそれを当主として代々婿養子を取って来たという事だった。しかし、優輝の母の代で男の子の優輝しか生まれなかったので、こちらの系統は途絶えてしまった。伯母の明子おばさんの方に期待するしかない。

 というか、どちらにしろ優輝は神祇として姓を失ってしまったので、どちらにしてもこちらの神田家は優輝で終わりだった訳だが。


 本家の伯祖母おおおば様でもそれ以上の情報は出なさそうなので、本家の許可をもらい、お寺の過去帳を見せてもらいに行く事になった。豊子おばさんのレンジローバーに本家の三人が乗り、その後を優輝の運転するレクサスLFA、あきらのベンツ・マイバッハ、最後に道隆おじさんと明子おばさんの乗る軽トラが続き、ぞろぞろとお寺さんまでやって来た。


 「こちらの住職なら詳しい話が聞けるはずよ」

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