第217話 長野のおばあちゃんち再び

 「そもそも、何で地面を押して浮かぼうって発想なんだ?」

 「さあ? この魔法を編み出した人が、そう作ったとしか」

 「それは誰? ディディー達の魔法って誰が作ったの?」

 「シェスティン・セイラー様。前にこの世界の魔法の監視者が居るって言ったのを覚えているかしら? 私の会社の先代CEOで、我がメタワイズ社とマギアテクニカ社の創設者よ」

 「何かアメリカ人っぽく無い名前ね」

 「多分偽名なんじゃないかしら。私も良く知らないのよ。クリスティナ・トルステンセンとか、キマリリ・テカクヮイサとか、カンダ・タエとか。国によって幾つか使い分けているらしいわ」

 「カンダ・タエ? 日本人名かな? 俺の旧姓と同じじゃん、何か親近感湧くなぁ。あれっ? 神田たえ……」

 「どうしたの?」

 「なんか、お寺の過去帳でそんな名前を見た様な? まあ、ありふれた名前だからなー……」


 確かに『神田』という姓も『たえ』という名もそれ程珍しいものでは無い。おそらく同姓同名の人物は日本国中に沢山居た事だろう。しかし……


 「多分だけど、同じ人物の可能性が高いわ」

 「いや待って、過去帳って、死んだ人の名前と戒名が書いて有る物だよ? しかも、ひい爺さんのそのまたひいひいひい位昔の人なんだから」

 「前に言ったかしら? シェスティン・セイラー様は、本当か嘘か二千年以上生きているそうよ」

 「まさかー、ねぇ……」


 優輝はそうは言ったが、何千年も生きているエルフを知っているし、何万年も生きているロデムも知っている。というか、優輝自身も寿命は数千年に伸びているらしいので一概に否定はし難い。というか、本人に会わない事には判断が出来ない。

 もしもその人が本当に優輝の御先祖様なのだとしたら、優輝の能力にも何らかの説明が付きそうな気もするのだが、どうなのだろうか。


 「じゃあさ、その過去帳とやらを見に行って見ましょうよ」


 デクスターの提案で、長野の祖母の家を再度訪れる事になった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 長野の優輝の祖母の家。


 「私はドライブがしたかったのに!」

 「「「運転させねーよ!」」」


 デクスターの訴えに、優輝、あきら、アリエスの三人の言葉が重なった。

 日本の道路で暴走されたら堪ったもんじゃない。優輝の祖母の家には一回来た事が有るので、空間扉は設置済みなのだ。自宅から一瞬でやって来たのだったが、ドライブが出来ると思っていたデクスターは、たいそうガッカリした様子だった。


 「おじさんおばさん、優輝ですー!」


 玄関の引き戸をガラガラと遠慮なく開けて、優輝は家の中に向って大きな声で呼んだ。


 「あらあ、あらあらあら、優輝ちゃんじゃないの! どうしたの、急に」

 「大勢でいきなり押しかけて来てしまってすみません。お婆ちゃんにちょっと聞きたい事が有って」

 「まあまあまあ、立ち話もなんだから入りなさいな」


 おばさんは優輝の母の姉で、夫婦で祖父母と同居して家業の農家を継いでいる。つまりおじさんはマスオさん状態なわけだ。

 座敷へ通された優輝達は、既に結婚後に挨拶済みなので、デクスターとアリエスが畏まって挨拶をしている。畳部屋に正座というのはどうにも慣れない様で、しきりにもじもじしている。


 「ハジメマーシテー。ワタシハ、DD・デクスター イイマス」

 「ボクは、アリエスです」

 「これはこれはご丁寧に。ワタシハー、優輝の伯母の明子デェス」

 「お、俺は、明子のハズバンドの道隆デス」


 どうして外人の前では日本人もカタコトになってしまうのだろうか?

 そして、何故デクスターよりもアリエスの方が発音が綺麗なのだろうか? どうやらエルフは言語能力に優れているらしい。

 祖父母もおばさん夫婦も、外人さんはまだしも初めて見るエルフに落ち着かない様子だ。

 ちなみにデクスターの喋る日本語は、実際には片言だ。普段は英語で喋っていて、それを優輝達の持っているスマホがリアルタイム翻訳をして伝えてくれている。翻訳時には、相手の声質そのままで変換翻訳してくれるので、まるで本人が日本語を喋っているかの様に物凄くリアルなのだ。これに成れてしまっているので、生声を聞くと逆に違和感がある位だ。今は異世界堂本舗の技術は小出しにしている段階なので、翻訳アプリは使っていない。

 初対面の伯母さんやお婆さん達を緊張させないために、アメリカのVIPだという事は隠して、ごく普通の外人さんとして接してもらっている。エルフの事は、隠しきれていない訳だが……


 「ねえねえ、エルフって、あの物語に出て来る種族のエルフ? あの耳は本物なの?」


 おばさんは、優輝の耳元で小声でそう聞いた。


 「本物ですよ」


 アリエスはにっこりとほほ笑んだ。エルフはかなり耳が良い様で、内緒話を聞かれてしまったおばさんは、ばつが悪そうにしている。


 「あ、そうだ! 優輝君、ちょっと見てくれないか?」


 おじさんは隣の部屋へ行って、ミスリルナイフと瓦の欠片を持って戻って来た。


 「いいかい、見ててくれよ」


 そう言うと、ナイフを瓦の欠片へ当て、スッと引くと瓦は刃の軌跡通りの位置で綺麗に切断された。


 「どうだい! 結構練習したんだぜ。前に来た時に、器用さが関係あるみたいな事を言っていただろう?」

 「驚きました。エネルギーラインが出来つつありますよ。一体どんな練習をしたんです?」


 器用さとはあの時言ったのだが、具体的にどういう神経をどう鍛えれば良いのかは優輝にも分かってはいなかった。一体どういう練習をすればナイフを扱う神経というかエネルギーラインが育つのかは見当も付かない。


 「どんなっていうか、女達にだけ出来て俺に出来ないのが悔しくてさ、俺も出来る俺も出来ると念じながら毎日こいつを切ってただけなんだが」

 「はえー、驚きました。ちょっとおじさん、右腕見せて」


 涓滴岩を穿つとは言うが、それを実践して本当に成し遂げてしまうとは。優輝がおじさんの右腕を見てみると、うっすらだがラインが出来て来ているのが見えた。

 優輝は、おじさんの右手と自分の右手を握手する様に握り、左手でおじさんの耳のあたりから首、肩、腕から手の甲へとシュッと一本線を引くように指を走らせた。


 「うおっ!」


 道隆おじさんは吃驚した様な大きな声を上げたので、皆何事が起ったのかと注目した。


 「多分これで今後は上手に扱える様になりますよ。あとこれ、おじさん専用にもう一本プレゼントします」


 優輝はストレージから取り出したミスリルナイフをおじさんの前の座卓の上へコトリと置いた。


 「マジか! 本当に良いのかい? これ、凄く高いんだろう?」

 「良いですよ、前回来た時にお世話に成ったし」

 「やった! 凄く嬉しいよ! ありがとう!」


 道隆おじさんは子供の様に喜んでいた。


 「わしは出来る様にならんのか?」


 その様子を見ていたお爺さんが、悔しそうに一言呟いた。


 「お爺ちゃんゴメン、ちょっとでも出来ていればそれを伸ばす事は出来るんだけど、全く出来ない人を出来る様にする事は無理なんだ」

 「そうかー、がっかりだなー。これでうちの中で出来ないのはわしだけじゃー」


 お爺さんはひどく落ち込んだ様子だった。

 優輝としても出来る様にしてあげたいのはやまやまなのだが、1を10にする事は比較的容易いのだが、0を1にするというのはかなり難しいのだった。

 そのやり取りを傍で見ていたデクスターは、お爺さんが気の毒になり口を開いた。


 「ちょっといいデスカー? お爺さんにはこれを差し上げマース」

 「えっ、それあげちゃうの? 大丈夫?」

 「お爺さんだけ可哀想デース。私はお爺ちゃんっ子だったのデー、見過ごせマセーン」

 「へえ、ディディーがお爺ちゃん子だったとはね」


 デクスターがお爺さんに差し出したのは、『カーゴプレート』だ。日本の物とは呼び名が違う。日本での名称は『携帯コンテナ』である。

 その箱は、重厚感のあるメタリックな黒で、蓋を開けると厚紙の蓋と取扱説明書があり、それを持ち上げるとプラスチックの保持材の窪みに嵌ったビニールに包まれたA5サイズのタブレット端末があった。

 それを興味深げに見ていた道隆おじさんの目の色が変わった。


 「こ、これってもしかして、携帯コンテナか?」

 「はい、アメリカではー、カーゴプレート言いマース。日本での商品名が、携帯コンテナー」


 どうやらおじさんは異世界堂本舗の動画チャンネルを観て知っていた様だ。

 カーゴプレートはアメリカ仕様なので取説は英語なのだが、動画を観ていてくれたのなら使い方は敢えて説明しなくても分かるだろう。『設定』で、表示言語を日本語に切り替える事も出来るのだから。


 「俺のアイデアをこちらのデクスターさんの会社で商品化してくれたんだ」

 「えっ? デクスターさんって……」

 「マギアテクニカとウィッチクラフト社のCEOだよ」

 「うわあああああ!!」


 道隆おじさんは腰を抜かした。

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