第216話 我は求め訴えたり

 この日、異世界堂本舗の動画チャンネルが久しぶりに更新された。

 動画のタイトルは、『エロイムエッサイム回れ地獄の魔法瓶、携帯コンテナ』

 軽快な音楽と共に、異世界堂本舗のロゴとウィッチクラフト社のロゴが並んで表示される。


 「はぁーい! みんなー! 久しぶりー! ユウキお姉さんだよぉー!」

 「うっわ、ぶりぶりやん。良く恥ずかしくないなー」

 「いやもー勘弁して。顔から火が出るくらい恥ずかしいんだから」

 「ちょっと聞いた? 人間は顔から火を出す魔法が使えるそうですよ、みなさん」


 ユウキとアリエルの軽快な掛け合いから、商品の紹介に入る。もちろん、ユウキとアリエルのセリフもアキラの演出である。


 「本日紹介するのは―! 携帯コンテナー!」


 ユウキはタブレットサイズの小さな黒い板を持ってカメラの方へ突き出した。エフェクトで虹色の集中線が商品の周りに現れ、ドラえもんが道具を取り出す時の様な効果音SEが流れる。

 このタブレットは、表面はマットな仕上げのただの黒い板の様にしか見えない。そこへユウキが掌を当てると、赤い魔法陣の模様が浮かび上がり、女性の機械音声で掌紋認証が完了した事を告げる。

 ユウキがタブレットを地面へ置くと、四隅に取り付けられているレーザーポインターが起動し、周囲に直径1.2mの赤い魔法陣を描く。


 「ここからは音声入力操作でーす。いい? 『エロイムエッサイム エロイムエッサイム 我は求め訴えたり! タマハリサムハララビオロス エロイムエッサイムダギソロモン 我が聖なる要求に応えよ! コンテナー リフトアーップ!』」

 『声紋認証確認しました。コンテナ、リフトアップ』


 ユウキは右手の人差し指を立て、呪文を唱えた。


 「そのエロなんとかいう性なる要求って何なの? エロいお姉さん」

 「実際に音声コマンドとして認識されるのは、リフトアップ/リフトダウンの部分です。その他に、コンテナの開けオープン閉めクローズも音声で操作出来ます」

 「急に真面目になんなよ、真面目か!」


 どうやら、掌紋と声紋の二段階認証となっている様だ。

 機械音声が答えると、魔法陣の色が赤から青に変わり、回転を始めた。そして、垂直に光が立ち昇ると、魔法陣の直径と同じサイズの黒いメタリックな円筒形の物体がするすると上がって来る。

 180cmの高さまで上がると上昇は止まり、優輝の『オープン』の声と共に正面に縦の光のラインが走り、そこから左右に割れて円周に沿って180度スライドして開口部が口を開けた。

 

 「すごい! 住めそう!」

 「住めます。お父さんの小さな書斎としても活用可能。安全対策の為、中からは誰でも開ける事が出来ます。また、中には緊急通報ボタンが設置され、セーフルームとしてもお使い頂けます。万が一中に閉じ込められ、ボタンが押された場合はセンターへ直ちに繋がり、位置を特定して救助が向かいます」

 「収納可能重量は2トン。コンテナの魔法陣下への完全格納時の重さは、タブレットの重さのみの400g。扉が開いた状態での格納は出来ません」

 「そしてー! 気になるお値段はー! おいくら万円なんでしょうか?」

 「ドルルルルルルル、ジャーン! 750万円ー!!」

 「くぅー! たっかいなー! ポルシェが買えちゃうぜ」

 「ご購入はいつもの様に、概要欄からどうぞ」


 久しぶりの更新とあって、瞬く間に話題はSNSへと拡散して行った。動画の閲覧数はなんと1000万回越えとなる。

 いつもの様に、コメント欄には質問が書き込まれる。


 Q: あのエルフのおねーさんは本物ですか?

 A: 勿論本物のエルフです。決してCGでも特殊メイクでもありません。


 Q: えーと、後ろで皆が踊っているのは、ハレ晴レユカイで合ってますよね?

 A: 大正解です。正解が早すぎるので次からは難易度を上げます。


 Q: 魔法瓶って何?

 A: え? 知らないの? ジェネレーションギャップで凹みました。


 Q: コンテナの容積はどのくらいですか?

 A: 計算してみてください。直径1.2mで高さ1.8mの円柱で、壁は2.5mm厚の特殊アルミナ系セラミックです。


 Q: 掌紋と声紋の二段階認証の理由は?

 A: もちろん、他人に開けられない為です。貴重品も仕舞って置けますよ。ただし、タブレットごと盗まれたら元も子もありませんが、そこは手提げ金庫の存在理由と同程度と考えてください。


 Q; タブレットはタブレット端末としても使えますか?

 A: もちろん使えます。林檎仕様です。


 Q: 無駄にハイテクで値段が高くなっていませんか?

 A: そこなんですよねー、アメリカでの販売も視野に入れているので、安全性を考えて機能を追加して行くとこんなんなっちゃいました。


 最後の質問の、無駄にハイテクという部分についてなのだが、優輝は当初空気バネと油圧ダンパーでの手動での跳ね上げ式を考えていたのだが、重量物を入れた場合に持ち上がらなかったりまたは勢い良く下がって挟まれてしまったりという事故が懸念される事から、何かが当たった時には即座に止まる様なセンサー付きの電動リフト方式に変更になったそうなのだ。コンテナが四角柱では無く円柱に成ってしまった理由は、電動リフトにした場合のモーターやレールや配線ワイヤを通すための隙間が四隅に必要だったからとデクスターに説明されていた。

 レーザー魔法陣は完全にお遊びなのだが、コンテナを取り出す際に必要な床面積を、視覚的に分かり易く測る為に必要だと説明された。


 この『携帯コンテナ』の出現は、流通業界を震撼させた。自転車やバイク、または徒歩でも軽トラック程度のおよそ2トンの水や食料が運べるのだ。物流企業からは、もっと大型の鉄道コンテナサイズや海上輸送コンテナクラスの大きな物を作れないかと問い合わせが殺到した。

 しかしこれはウィッチクラフト社の生産能力次第なので、異世界堂本舗としてのコメントは差し控えている。というか、それを作ってしまうと、戦争の兵器運搬に使われるのが目に見えているので、おそらくは作らないだろう。まあその辺はデクスターのウィッチクラフト社の方に丸投げだし、もし作ろうと成っても拡張空間という核心の部分が異世界堂本舗頼りなので勝手な事は出来ないのだから心配は無いが。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「ちょっと聞いて! 売上凄い事になってるわよ!」


 デクスターがかなり興奮してやって来た。

 日本でもそこそこ売り上げているのだが、アメリカでは群を抜いているらしい。


 「マーケティング手法の違いかしら?」


 異世界堂本舗のやり方は、どうも金持ちオタク狙いというか、基本こんな物買う奴はそんなには居ないだろうという感覚がどこかに有るのだと思う。売り方も宣伝方法もかなりチープだ。

 それに引き換え、アメリカではテレビCMをバンバン打って、しかも高級車ばりのシックでゴージャスなイメージ戦略で宣伝をしている。主な顧客は富裕層と企業に絞っているのだそうだ。


 「じゃあ、その資金を元手に空飛ぶ自動車の開発に取り掛かろうじゃないか」

 「それって、車体に浮上術素子を取り付けようって事でしょう? 推進はどうするの?」

 「浮上術だけだとどの位のスピードが出るんだっけ?」

 「大体、50から60km位かしらね」

 「おっそ! そんなもんだっけ。まだ飛行船の方が速いな」


 浮上術の推進方法は、上昇のベクトルを斜めに傾ける事で行われている。こうする事で、上向きの力は上方向と横方向ヘ分割される。ヘリコプターの前進方法と基本的には同じなのだ。このせいで操作がとても難しくなってしまっているのだった。飛行機の様に浮上と前進の仕組みを分けられれば楽なのだが……


 「でもさ、自動車と違って真っすぐ目的地まで飛んで行けるんだから速いと思うよ」

 「でもさー、60kmは無いでしょ。折角空飛ぶのに」

 「そうねー…… じゃあさ、浮上術素子を浮上用と推進用の二つ付けたら?」

 「それがねー……」


 今度はデクスターが困った顔をした。彼女が言うには、どうもこの浮上術という魔法は、地面を何らかの力(所謂魔法的な何か)で押して浮かび上がる魔法で、横方向へ向けてしまうと押す物が無いので進まないのだそうだ。後ろに山とか壁みたいな物が在れば、それを押して進む事は可能なのだが、その進む距離は精々200mから300m程度と短く、その速度もあまり出ないというので、根本的に別の解決策を考えなければならない。


 「だったらドローンみたいにマルチコプター方式で……」

 「それじゃ―面白く無いんだよなー」


 あきらが永久電池があるのだから、今世間で研究されているみたいに、人の乗れるマルチコプター方式で行けば良いじゃないかと言おうとしたら、優輝がそれでは面白く無いと却下してしまった。

 まあ、確かにそれでは面白く無いというのは分かる。既存のマルチコプターでは、人の乗る部分に対してのプロペラ締める面積が大き過ぎるし、車体の周囲で高速回転しているプロペラが幾つもあるなんて危険極まりない。そもそも、騒音が大きく突風を起こして砂塵を巻き上げるなんて、迷惑過ぎて家の駐車場から飛び立てないではないか。優輝はそこが嫌なのだ。最も改良したい点はそこなのだ。

 人の乗るスペースを少し拡大した程度のサイズで、車体のどこを触っても安全で、音も無く浮上し、最低100km/h程度の速度は出て欲しい。ちょっと今のままでは空飛ぶ車の構想は頓挫しそうだ。

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