第138話 渡米

 近隣諸国は技術移転しろだの共同研究させろだの言って来る。

 アメリカさんは、一度我が国へ招待したいとか研究員の交換留学をさせたいとかしつこく言って来る。


 「すべてお断りだ! とは言いたい所なんだが……」

 「何よ、そういうのから守ってくれる為の神管なんじゃないの?」

 「まあな、技術移転だの共同研究だの勝手な事を言って来るのはガン無視なんだが、アメさんは同盟国で日本の防衛にも関わって来るだろう? 外務省の方ではずっと断って来ているんだが、政府ルートやら民間ルートやら、あいつらあらゆる方法を使って来やがる」

 「あらそんなの、F-22と交換よって言ってやれば?」

 「お、いいな。原潜と空母も付けてもらうか?」

 「そっちは持て余すでしょ」

 「まあな」

 「まあ、冗談はさておき、私行っても良いわよ?」

 「おいおい冗談だろ?」

 「こそこそ嗅ぎまわられるよりも、実際に行ってやればあちらさんも満足するでしょう? ついでに日本と繋ぐ空間通路を取り付けて来るわ」

 「そうか、外務省もちょこっと行って来て欲しい様なんだが、ギリギリまで引き延ばした挙句、仕方無しに行くというていでいくか……」


 しかし、この時あきらは事態を楽観視し過ぎていたかも知れない。いや、あきらだけでは無く麻野ですら甘く見ていたのかも知れない。

 日本だけがこの様な超技術を保有している事を快く思わない国は、同盟国とそれ以外問わず少なからず在るし、過激な手段に出る国も在るのだという事を。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 行くと決まったら、お腹が目立って来る前にサクッと行ってしまおうという事で、一週間後に出発する事に成った。

 渡米メンバーは、あきらの他にSP6名、外務省職員と現政府関係者が十数名、神管からは三浦が同行する。

 異世界堂本舗からはロデムをあきらの秘書という事で同行させようとしたのだけど、ロデムには国籍が無いのでポスポートが取れないので断念した。

 『ボクなら一緒に飛行機に乗って行かなくても何時でも傍で見ているし、距離も時間も関係無く移動出来るから、いざという時には直ぐにあきらの傍へ駆けつけるよ』なのだそうだ。

 四次元領域から見ると、三次元世界の地球なんてほんの狭い面積でしか無いのだろう。


 羽田から政府専用機で一路アメリカへ。

 フライト時間は十三時間も掛かるので、離陸早々あきらは飽き始めた。

 飛行機の中では食事時間を除いて寝てるか本を読んでいるか、ぼーっと映画を見ているか、ぼーっと落語かなんか聞いているか、とにかくやる事が無い。

 ここに空間通路張り付けて、一旦家へ帰っていて良いかと聞くと、ダメだと言われた。


 「何でよ? 到着した頃に戻ればいいでしょう?」

 「いやもう、他の人も我慢しているのに、一人だけズルいし」


 だそうだ。豪華で快適な空の旅じゃないんかい! とあきらは思った。

 というか、ドアを張り付けた空っぽの飛行機だけを飛ばして、向こうの空港に着いたら空間通路を使って皆が移動すれば、燃料費も節約出来たのにと、飛んでから思い付いたので今更感はあるのだが、今度からはそうしようと思った。


 「ね、そうすれば移動に十三時間も無駄にしないで済むし、その間に他の仕事も出来るのよ」

 「旅の醍醐味もへったくれも無いな」


 そんな話を当然の様に言うあきらを三浦は呆れ顔で見ていた。

 しかし、ビジネスマンは航空運賃の倍を出すから使わせて欲しいと言う人はきっと沢山居るだろうし、旅行目的なら時間を掛けてゆっくり移動したいと言う人も居るだろう。

 今後はそういう棲み分けに成って行くのかも知れない。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ワシントン・ダレス国際空港へ到着すると、現地の屈強な体格のSPに出迎えられた。

 日本人のSP達と比べると、大人と子供位の体格差がある。

 あきらを中心に日本のSPが取り囲み、その周囲を現地のSPが取り巻くと言う、大統領でもこんなに厳重に守られないだろうという布陣だ。

 そして、真っ黒な政府専用車に分乗して、それぞれ別の方向へ走って行ってしまった。

 多分、敵の目を(敵って誰だ?)分散させる目的だろうとあきらは思った。

 あきら達は、ワシントンDCに在る、とある高級ホテルへと連れて行かれ、ある一室へと案内された。

 そこは、大きなパーティーでも開けそうな大広間だった。


 「エントランスからここへ来るまでに一般客は一人も見ませんでした」

 「多分、ホテル全体を貸し切りにしているのでしょう」

 「えー、そこまでする?」


 ソファーへ腰かけ、三浦と外務省のお役人とあきらがひそひそ話をしていると、正面の扉から数人の男女が入って来た。


 「ようこそ合衆国へ。我々は貴方を歓迎致します」

 「こちらこそよろしく」


 あちらのスーツを着た若い女性職員があきらに向って流暢な日本語でそう言った。

 その女性は、二十代後半か三十代前半位の歳に見えた。白人なので日本人より年上に見えるというのを差し引いて見ると、多分野木と同じ位の歳なのかも知れない。


 二人は握手を交わし、彼女は応接セットの向かい側のソファーに腰を掛けた。

 彼女の後ろ側にも五人のSPらしき男達が立って居る。

 あきらは、何でこんな物々しい感じの警備をしているのか、何を警戒してこの様な態勢を取っているのかがちょっと気に成った。

 あきらは壁の方を見て、その他のエネルギーを目視確認したところ、部屋のドアの外の廊下や隣の部屋にも数人の銃を持った人物が立って居るのが分かった。

 盗聴器や隠しカメラの様な物はそこら中に有った。というのも、SPがマイクもボディカメラも標準装備なので、それらを全部無効化したら逆に面倒臭い事に成りそうなので、それ以外の壁や天井、テーブル等に仕掛けられている物を全部無効化した。


 そのまま視線を彼女に戻すと、何やら普通の人間よりも幾らか魂のエネルギー値が大きい様に見える。

 それから、彼女の着けているピアスにも大きなエネルギーの光が見えている。


 「私の名前はディディー・デクスターと言います。国防総省からの依頼であなたに会いに来ました。多分、あなたと同類かも知れません」

 「私は久堂玲くどうあきらです。同類、とは?」

 「ここでは隠し事をせずに話していただいても大丈夫です」

 「と、言われましても……」


 彼女の真意が良く分からない。あきらの事を、無限電源装置インフィニティリアクターや拡張空間通路の製作者という以外に何かを知っている様な口ぶりなのだ。


 「信用を得る為に、まず私の方の秘密をお話ししますね。実は私、魔女なんです」

 「えっ? 魔女? サマンサみたいな?」

 「あっ、そうそう! サマンサみたいな魔女です!」


 あきらはうっかり知り合いの異世界のサマンサの事を口走ってしまったのだが、デクスターは60年代に放送されたアメリカのドラマ、『奥さまは魔女』の主人公の事だと勘違いしたのだった。どちらもおっちょこちょいな魔女なので、認識は左程食い違ってはいない様だったが。


 「魔法使えるんですか?」

 「魔法、使えますよ。とはいえ、今使って見せられる様な魔法ってあまり無いんですよね…… あ、そうだ、これなんかどうかな?」


 デクスターは、スッと立ち上がってソファー横のちょっと広いスペースの所まで行くと、声で命令を発した。


 「変身術、戦闘服へ」

 【Rogerロジャー 変身術起動】


 デクスターの命令に、何処からともなく機会音声の様な声が聞こえて来た。

 しかし、あきらの目にはデクスターの両耳のピアスが一段と光り輝くのが丸見えだったので、特に驚きは無かった。

 察するに、彼女の言う魔法と言うのは、彼女自身が使っているのでは無く、命令を音声入力する事によってあのピアス自体が魔法を行使する様だ。

 あの魔法を発動する装置はとても興味深い。多分、使用者以外の命令は聞かない様に声紋か何かで識別しているのかも知れない。


 魔法はプリセットで幾つか入っているのだろうか? それとも使用者のイメージで自由に現象を起こせるのだろうか? あれを量産出来れば、かなりの利益が見込めそうな気がする。


 デクスターの命令により、彼女の着ているグレーのスーツが流体の様に溶けて形を変え、全身を覆うレザーの様な質感のピッタリとした戦闘服へと変化した。


 「どうです? 手品みたいで面白いでしょう?」

 「そ、そうですね」


 あきらはそれがどういう仕組みでそう成っているのかが気に成り、魔法式、つまりエネルギーの干渉縞がどの様な形に出ているのかをじっと観察していた。

 デクスターは更に別の命令を発した。


 「浮上術」

 【Rogerロジャー 浮上術起動】


 すると今度はデクスターの身体がスゥっと浮かび上がり、2m位の高さを平行に移動してテーブルの上を通り、ソファーの反対側の位置へ降り立った。


 「どうですか?」

 「凄い! 私には出来ない事ばかりです!」


 デクスターはちょっと得意げだ。

 あきらは、出来ないとは言ったが、今の魔法の魔法式というか干渉縞模様を記憶したので、多分もう出来るとは思うのだけど、それは言わなかった。


 「じゃあ、最後にもう一つ。軍事機密にも関わる様な気もするとっておきの魔法を……」

 「ちょっと、デクスターさん!」

 「大丈夫よ、多分同等の魔法はあちらさんも持っている筈だから」


 アメリカ側の同行して来た役人が止めようとしたのだが、デクスターはそれを無視して魔法を見せる様だ。


 「久堂くどうさん、ちょっとこちらへ来てそこへ立って居て貰えます?」

 「ええ、良いですよ」


 デクスターはあきらを手招きし、自分の2m位前に立たせると、軽くウインクをした。ちょっとお茶目な性格なのかも知れない。


 「絶対障壁、オン!」

  【Rogerロジャー 絶対障壁起動】


 すると、デクスターの周囲にお椀を伏せたような形でバリアが発生した。

 薄い半透明の殻というかホログラムの様な見た目をしている。

 あきらが傍に寄って触れてみると、固い物に触れている感触が有る。

 拳で軽く叩いてみると、叩いた部分がより鮮明に光って見える。

 全体が六角形のタイルで出来ているというか、ハチの巣のハニカム構造の様にも見える。


 「これって、どの位の強度が有るんですか?」

 「戦車の徹甲弾でも抜けないと思うわ」

 「破ってみても良いですか?」

 「出来る物ならどうぞ」


 デクスターは自信満々の様だ。

 あきらは、スマホを取り出して自分のバリアの反射率を50000%に引き上げた。


 「じゃあ、行きますよー!」


 あきらは右手の人差し指で、渾身の力を込めて突いた。


 ガンッ!! ガシャーン!!


 デクスターのバリアは砕け散った。

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