第3話 異世界の考察

 「成程成程、平行世界の解釈をもうちょっとこう何とかしたいと」

 「まあ、そんなとこです」


 あきらは、ちょっと考える仕草をしてから独り言の様に話し出した。頭の中で考えをぐるぐる回しながら纏め、アウトプットする時の彼女の癖の様なものだ。


 「例えば、ここと同じ空間に重なる別の世界があるとして…… それはこの世界の固有振動数の違いによって通常はお互いに干渉することが出来ない状態なの」

 「固有振動数、ですか?」

 「そう、同じ場所に振動数の異なる原子が無数に存在しているのよ。そして、同じ世界の住人、いやこの世界の物質を構成する全ての原子は、全て同じ周波数で振動している。同じ振動をしている同士だからこそ、触る事が出来るし見る事も出来るの。例えば、同じスピードで同じ方向へランニングしている人同士は相対的に止まって見えるでしょう? お互いに会話も出来るし触れ合う事も出来る。だけど、速度が違ったり別の方向へ走っている人とは会話は出来ない。この場合の会話とは、相互に干渉出来るかどうかという意味よ」

 「それが原子同士で起こっているわけか。なる程、この世界は偶々たまたま同じ振動数の原子同士で組み上がっていて、違う振動数を持つ原子もまた、同じ場所でそれ同士の別の世界を組み上げているという訳か」


 「とまあ、こんな理屈でどうかしら?」

 「流石はリケジョ先輩! 凄いです!」

 「SFを描く身としては、どんな屁理屈もお手の物よ!」

 「屁理屈、なんだ……」

 「それっぽければいいのよ、気にしない気にしない」


 優輝はあくまでも漫画の設定という事で意見を聞いたのだが、あきらが意外と真面目に考えてくれたので結構話が弾んでしまった。

 屁理屈だろうと何だろうと、この不思議な現象を科学的にそれっぽく説明し、優輝自身が納得出来ればそれで良かったのかもしれない。

 そして、あきらと話をするのは楽しい事だった。


 「でも、同じ場所に異なった世界分の原子が詰まっていたら、ぎゅうぎゅうに成っちゃいませんか?」

 「ぷっ! ぎゅぎゅうに、か」


 あきらは優輝の子供っぽい表現にちょっと吹いた。可愛いと思ってしまった。


 「あのね、原子っていうのは皆が理解し易い様に人が便宜的に考えたモデルでしかないのよ。実際に有るのはエネルギーなんだけど、そうね、水が沸騰している水面みたいに、エネルギーが揺らめいている陰影を見ているに過ぎないの」

 「じゃあ、原子は実在しないんですか?」

 「あると言えばあるし、無いと言えば無いし…… そうだ、空中にホログラムを投影すると、映像はそこに確かに有るけど、何も無いとも言えるわね。そんな感じの説明でどうかしら?」

 「う~ん、解った様な解らない様な」


 「原子モデルで説明するなら、原子のサイズって、原子核をバスケットボールの大きさ位に例えるとすると100m先にパチンコ玉位の電子が回ってる位のイメージなのよ。中身スッカスカなの。実際は電磁力で満たされている訳なんだけどね」

 「つまり、幾らでも重なって存在出来る位のスペースはあるって事ですか」

 「まあ、そんな感じかな」



 気が付けば3時間はあっという間に過ぎていた。

 優輝は、スマホで時間を確認すると、立ち上がってリュックを担いだ。


 「そろそろ終電の時間になるので、このへんで御暇おいとまします」

 「本当に終電で行くんだ? 何処へ行くのかは教えて貰えないんだよね? 帰ってきたら土産話聞かせてね」

 「ええ、無事に帰って来れたら真っ先に報告しますよ」


 あきらは、本気なのかしらとは思ったが、好奇心を駆り立てられはするがそこを根掘り葉掘り追及するほど野暮では無かった。

 何か面白そうな事をしようとしているなという勘は働いたが、その話は次回にという事で優輝を送り出した。



 優輝は駅のホームの昨日と同じ場所へ立つと、途中のコンビニで買ってきた缶ビールを開け、半分程を飲み干した。出来るだけ昨日と同じ条件に揃えるためだ。


 酒に弱いのですぐにほろ酔い気分になってしまった。そして、終電が入ってくる。



 停車するブレーキの音が鳴り響いたと思ったら、優輝は昨日と同じ森の中に立っていた。




 「…… よっしゃ!」


 少しの間の後、優輝は声に出してガッツポーズをした。

 間違い無くゲートが開き、異世界へ移動したのだと確信する。

 周囲を見回すと、駅のホームも電車も消え、目視出来る範囲には人工物に見える物体は何も無い。手付かずの原生林が広がるばかりだ。


 林と森の違いとは何か、農林水産省の区分けでは人工的に作られたか自然に出来たかの違い。

 では、原生林とは? 林と付いているが、これは森なのだ。しかも、森は森でも一度も人の手が入っていない森。

 ここにある樹木はどれも太く巨大だ。まるで屋久島の縄文杉みたいに太く、それ以上に高い。ごつごつした感じの樹木がそこら中に乱立している。

 自分が小人に成ってしまったかの様な錯覚を覚える。

 少し恐怖を感じる程の威容を見せているのだ。しかし同時に冒険心もワクワクとさせる。


 優輝は、早速リュックをその場に下ろし、中から黄色い布とロープを取り出し、それを直ぐ側の木と木の間に張って布を縛り付けた。ゲートの位置を示すためだ。

 探検を始めたが夢中になりすぎて出口が分からなくなりました、じゃシャレに成らない。


 富士の樹海に面白半分に入って行って遭難しましたなんて愚は起こすつもりはない。

 探索は十分慎重に、だ。

 実際問題、優輝の行動が慎重なのかどうかと言うと、突っ込み所満載な訳だが、本人は至って真面目なのだ。


 まず、夜中の森の中を歩き回る程愚かな行為は無い。

 明るくなるまでこの場所で野営をするつもりだ。一晩や二晩の徹夜は慣れている。

 まずは拠点を作る事にしよう。

 

 優輝は、サバイバルナイフを取り出すと下草を刈り始めた。

 身長程もある下草が生い茂っていて、ある程度の空間を確保しないと火も焚けないからだ。

 植生は元居た世界とあまり変わらない様に見える。そこそこ固い草の茎がサバイバルナイフの刃を弾く。


 「くそ、固いな。サバイバルナイフじゃ全然刃が立たないぞ」


 とはいえ、笹の様に茎が固く密集して生える植物はこの辺りには生えていない様なので、なんとかサバイバルナイフでも時間をかければ刈り取る事は出来た。

 小一時間もすると、ある程度の空間を確保出来たので、折りたたみ椅子を取り出してそこへ腰掛け一息付けた。


 「明るくなるまで何してようかな。とりあえずコーヒーでも淹れるか」


 優輝はリュックからアルコールストーブを取り出し、シェラカップにペットボトルの水を注ぎ、湯を沸かし始めた。

 アルコールストーブというのは、ストーブと名前が付いていても暖房器具ではない。燃料用アルコールを入れて、ちょっと湯を沸かす程度の事が出来る、簡易バーナーの事だ。

 暫くすると湯が沸いたので、インスタントコーヒーの粉を入れて飲む。

 空気の澄んだ山の中で、暑くも寒くも無く、束縛する物は何も無い。誰の土地でも無い、自分だけの空間を満喫する。


 「ふう、落ち着くなー」


 カップ一杯のコーヒーを飲み干すと、これから何をしようか考える。

 明け方まではまだ時間がありそうなので、スマホを出して時間を確認する。


 「まだ日を跨いだばかりなんだよなぁ。明るくなるまであと5時間はかかりそう」


 手持無沙汰なので、スマホのゲームでもしようかと思ったのだが、モバイルバッテリーを持って来るのを忘れたので、節約の為にゲームは諦める事にした。


 「ていうか、あ、あれっ!?」


 そのままスマホをポケットに仕舞おうとして、ある重大な事に気が付いた。


 「スマホが繋がってる!?」


 そう、ここが異世界ならスマホは圏外に成っている筈である。

 だけど、ちゃんとアンテナが立って繋がっているのだ。


 「どういう事だよこれ!」


 ニュースサイトも見る事が出来るし、動画サイトも閲覧出来ている。

 地図アプリの位置情報を確認してみると、今駅のホームに居る事に成っている。GPSもちゃんと機能しているのだ。


 「まさか、電話も繋がるのか?」


 あきらに電話をかけてみようと電話帳を開きかけたのだが、それはやめた。こんな時間に起こしてしまうのが躊躇われたからだ。

 代わりにサークルで使っているインスタントメッセンジャーアプリでメッセージを残す事にした。


 (あきら先輩、今僕は異世界に来ています。異世界へのゲートを開く事に成功しました。そして、驚く事にスマホが……)

 「あ」


 入力途中でうっかり送信してしまった。

 すると、間髪入れずにあきらから返信が来た。


 (ちょっと神田君、どういう事? 今どこにいるの? 何言ってるの?)


 うっかり入力途中で送信してしまったために、余計な心配をさせてしまったのかもしれない。まるでダイイングメッセージっぽい意味不明な文章だったと反省。

 心配させない様に続きを送る事にする。


 (すみません、途中で送信してしまいました。さっき気が付いて驚いたんですが、こっちでもスマホが使えるんですよ。チャットグループの友達位置情報で確認して貰えますか?)

 (うん、今見ているんだけど、神田君今駅に居るよね?)

 (それがね、居ないんですよ。位置は駅なんですけど、異世界なんです)


 (はあ? ちょっと意味が分からない)


 少し間が開いて、短い返事が返って来た。半信半疑なのか、戸惑っているのだろう。


 (証拠の写真を送ります)


 (んー…… ちょっと待って、この写真を今写したという証明は出来ないでしょう?)


 タラタタタタタタタタンタンタタン、タラタタタタ……♪


 (あ、ちょっとごめんなさい電話)

 「もしもし、神田です」

 「あ、神田君?」

 「こんな時間なんで電話するの躊躇っていたんですけど、ちょっとビデオ通話に切り替えてもらっても良いですか?」

 「いいよ!」


 あきらは半信半疑でビデオ通話に切り替えると、優輝が画面の端に小さく映し出された。暗くて顔がよく見えない。背景も森だと言うが、はっきり言って真っ暗で何も見えない。

 優輝の灯している100均のLEDランタンの明かりは弱々しく、周囲が草地である事はどうにか判別出来るのだけど、背景が森だと言われても小さなスマホの画面からは読み取る事は出来なかった。


 「ちょっと暗くてよく見えないなー」

 「マグライトで照らしても、全体が明るくは成らないんで分かり難いかー。インナーカメラは解像度も低いし明るさの感度も肉眼より暗いから……」

 「そうねー、そうだ! 日が昇ってからもう一度掛けてくれない? 絶対出るから! 講義中でも出るから!」

 「分かりました。それまでもうちょっとこの辺りを調べてみます」

 「ちょっとー、危ない事しないでよ!」

 「わかってますって!」


 真っ暗闇の山の中を歩いて崖から転落したり、水に落ちたりという危険を冒すよりは、明るくなるまでじっとしていた方が安全だろう。

 しかし、ここの拠点を少し広げる位はやっておこうかな、と考えたのがいけなかった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 その頃、あきらは優輝から送られて来た写真を画像編集ソフトで弄っていた。


 「明度を上げて、コントラストを強調して、と…… え? ちょっと、これって!」


 あきらは直ぐにスマホを取り、優輝へ電話を掛けるが、いくら待っても一向に出ない。

 向こう側で何かが起こっているのかも知れないと思うと、気が気では無かった。


 何でこんな初歩的な事に最初に気が付かなかったのだろう?

 何で直ぐに戻って来いと強く言わなかったのだろうと、さっきの自分の対応に苛立ってしまった。


 「神田君、無事でいて」


 あきらは、スマホを両手で包み込むように握り、額に当てて優輝の無事を祈った。

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