第86話 ワーシュ

 兵士が馬を飛ばして生贄を拠出した国へ確認に行き、戻って来たのだ。


 「報告します! 生贄の儀式は滞り無く実行され、龍神様は巣へ戻り、他で被害が出たという話も無いという事です」

 「ふうむ、そうか。ではあの者達はただ山で迷った旅人という事で良いだろう。釈放しろ!」


 という訳で四人は釈放された。

 牢から追い出される時に、牢番に女ならもっと身綺麗にしておけよと、そっと耳打ちされた。

 ユウキは泣きそうに成った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「あの獣臭い少女は何だったんだろうな? 我々とは人種が違う様に見えたが、龍神様はもう人を喰らう事は無いと言っていた」

 「単に山の中で文明も知らずに暮らしていた、頭の少々おかしい奴だっただけでは?」

 「それにしては最初、あの生贄の夫婦を庇うそぶりを見せていただろう。知性を感じたんだが、言う事が荒唐無稽過ぎてなあ」

 「まあ、そんなに気に留める必要も無い程度の無宿者ですよ、どうせ」


 ユウキ達を取り調べていた兵士の詰め所では、ユウキ達が去った後にそんな会話がされていた。

 本当に龍神が人を食べ無く成ったのかどうかが判明するのは二週間後と成る。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「さてと、あなた達はこれからどうするの?」

 「はい、こちらの国で仕事を探そうと思っています」

 「そうだね、元の村では暮らし辛そうだし、それがいいかも」

 「色々お世話に成りました。あなた達は命の恩人です」

 「いやいや、私達ドラゴン見たかっただけだし」

 「それでは、私達はここらへんで失礼します」


 夫婦は町の中心方向へ歩いて行った。

 ユウキとアキラは、もう少し町を観光したりこちらの食事を楽しんだりしてから帰ろうと、市場が在ると聞いた辺りへ行ってみる事にした。

 こちらは害獣があまり居ないみたいで、農業と漁業が盛んな様だ。

 市場も農作物と海産物が多い。

 これは食べ物も期待出来そうだと近場で目に付いたレストランへ入ろうとしたら、そこの店員に止められてしまった。


 「浮浪者の方は入れませんよ。ここは食事処なんですから!」

 「浮浪者じゃないよ! 旅人だよ! お金なら持ってるよ!」


 店員は怪訝な顔でユウキをジロジロ見た。


 「例えそうでも臭いがキツイ人は無理です。食事中に悪臭を振り撒かれるのは営業妨害ですよ!」

 「ユウキ、諦めよう。俺が屋台で何か買って来てあげるよ」


 アキラが近くの屋台で、何かの肉の串焼きを二本買って来てくれた。

 近くの石積みの花壇の縁に座ってその串焼きを食べながら、ユウキはしくしく泣いている。


 「しくしく…… 串焼き美味しい。しくしく……」

 「風呂で洗ったのに臭いって落ちないもんなんだな。帰ったらデオドラントシャンプーと石鹸で丸洗いしてやるからな」

 「うん、海の幸食べたかったな。しくしく……」


 食べ物屋街は顔をしかめる人が多いので、二人は場所を移動する事にした。

 通りで擦れ違う人も何だか少し嫌な顔をしている様な気がして、ユウキは人と距離を取って歩こうとしている様だ。

 アキラは通りを歩く人達を観察していた。


 「こちらも人種は西洋人っぽい人が多いね。獣人もちらほら見える。エルフみたいな人は見かけないなぁ」


 町の広場に出たら、そこには立派な龍神の像が祀られていた。

 その前で数人の子供が遊んでいる。

 二人が龍神の像を眺めていたら、遊んでいた子供達が臭い臭いと言ってユウキから逃げて行く。


 「しくしくしく……」

 「こ、子供は臭覚が敏感だから」


 アキラが必死にユウキを慰めていたら、一人の獣人の子供が近寄って来た。


 「お姉ちゃん、龍神様の臭いに似てる」

 「あ、分かるの? これ、竜の唾液の臭いなんだ。全然取れなくて。臭いでしょう? ごめんね」

 「やっぱり! 祭壇の所の臭いに似てるんだ!」

 「分かる人も居るんだな」

 「その臭いは魔物避けに成るってウチのお父ちゃんが言ってたー」

 「そうなんだ、お父ちゃん物知りだね」


 アキラは今の子供のセリフに違和感を覚えた。

 魔物避けって事は、魔物を知っているという事だ。

 しかし、ここの土地で生まれ育ったのならば、ドラゴンが棲み付いているお陰で他の魔物を見る事は無いだろう。

 親は他の土地から移り住んで来た人なのだろうか?


 「おーい! ご飯だぞー!」

 「あっ! お父ちゃんだ!」


 獣人の子は、お昼ご飯に迎えに来た父親の元へ走って行った。


 「じゃあ、またねー!」

 「またねー、か。俺達旅人なんだけどな」

 「あの人もミバル婆さんと同じ狸獣人だったね」

 「この世界って狸の獣人は多めなのかな?」


 「おい! ちょっと待ってくれ、あんた!」


 他へ行こうと歩きかけた後ろから急に声を掛けられた。


 「あんた今、ミバルって言わなかったか?」


 今の子供の父親の狸獣人だった。

 獣人は耳が良いとは聞いていたが、あの距離で会話が聞こえるとは驚いた。


 「い、今言っていた狸獣人のミバルって、サク国のミバルかい?」

 「いや、イスカ国のミバル婆さんの事だよ。良く有る名前なのかな?」

 「そうか、いや、呼び止めて済まなかった」


 男は酷くがっかりした様子で後ろを向いた。

 ユウキとアキラも後ろを向いて、そうだ、お土産を買って帰ろうと思い付いた。


 「ビベランとラコンさんと末っ子の二人にも何か買って行ってやろう」

 「ノグリの分も買う?」

 「省いたら可哀そうじゃん。うふふ」


 「ちょっと待ったー!!」

 「「え?」」


 今の男が体をプルプル震わせながら口をパクパクさせている。


 「おっ、おまっ! それっ……」


 何か興奮しすぎて言葉が出て来ない様だ。


 「うちへ寄って行ってくれ! そうだ、昼飯まだだろう? うちで食って行け!」


 有無を言わさず男の家へ連れて行かれてしまった。

 男の話によると、その名前は自分の親兄弟で間違い無いという。

 男の奥さんは、狐の獣人なのだろうか、凄い美人だった。

 そして、食事は待望の海の幸と山の幸の両方をふんだんに使った、とても美味しい料理だった。


 「母さん達が移住してたとはなぁ。イスカ国だっけ?」

 「そうそう。ラコンさんもイスカで道具屋やってる。ビベランはアサ国で貴族相手の大きなレストランを経営しているよ」

 「そっかー。皆元気にやってるんだなー。申し遅れた、俺は九番目の生まれでワーシュって言います。国へ帰った時には、俺は元気にやってると伝えて下さい」

 「あれっ? 九番目と言ったら、確か幼い頃に徴兵されたとか言う?」

 「そうっ! それです! 母さん、そんな事まで話してたのか―」

 「お父さんと一緒に徴兵されたと聞いてますけど、お父さんの消息はご存じなんですか?」

 「親父はー…… 戦死しました。俺等徴兵された獣人なんて使い捨ての駒みたいなもんで、危険な前線へ危険な前線へと次々と送り込まれる内、親父とは離れ離れに成り、風の噂で戦死したと聞かされました。俺はと言うと、部隊ごと他国へ売られたり、負け戦に援軍に行かされたり、全滅しかけて最前線で置き去りにされたりね。酷い扱いだったなー」

 「今はもう軍隊には?」

 「置き去りにされた時点でもう軍でも戦死扱いですよ。運良く生き延びたので、逃げて逃げてこんな所まで流れて来ちまいました。今ではこいつと所帯を持って、ガキも生まれやした」


 何だか幸せそうだ。

 軍隊での経験を活かし、山で狩猟の仕事をしているそうだ。

 大型の害獣は居ないけれど、小型の獣はドラゴンの餌とは成り難い為に結構居るらしい。

 というか逆に小型の獣を捕食する獣が居ない為に増え放題で、ワーシュみたいな狩人が適当に間引かないと色々と不都合なんだとか。


 「皆に会いたいですか?」

 「もちろん! だけど、遥か遠くの国だからなぁ……」

 「まかせて」


 アキラは部屋の中を見回すと、空きの有る壁を見付け、そこに拡張空間を設置した。


 「こりゃあいったい……」

 「付いて来て、奥さんと子供も」


 アキラは、イスカ国のミバルお婆さんの雑貨屋へ通路を接続した。

 ミバルお婆さんの家へのドアをノックして開けると、皆丁度食事が終わった所だった様だ。


 「おや、ユウキとアキラかい、何か食べてくかい?」

 「あ、皆揃ってるね、丁度良い。お客を連れて来たんだ」

 「母さん……」


 ミバル婆さんは、ユウキの後ろに立って居る男に気が付き、固まってしまって中々声が出ない様だ。


 「お、おまえ…… ワーシュかい!?」


 やっと声を絞り出した。

 同時に食卓に着いていた全員が立ち上がった。


 「お、おまえ! 生きていたのなら、何で今迄連絡を寄越さなかったんだい!」


 ミバルお婆さんは、すぐさま駆け寄り、ぎゅっとワーシュを抱きしめた。

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