第85話 ロプロス

 ユウキのスマホのバッテリーが切れてしまっているので、アキラはまずドラゴンの巣穴の地面に縦横20m程の拡張空間部屋を作り、ドアを魔法陣の図柄のスキンにした。

 そして、一人でロデムの元へ戻ったアキラが、そちらでの出口の場所を決める。

 最初は、ロデム横の広場にしようと思ったのだけど、そこは環境の良いキャンプ地なので、少し走った所に在るもう一つの広場に決めた。

 そう、以前に豪角熊が倒れていた広場だ。

 豪角熊が、ブロブを食ってしまって苦しんで暴れ回って木々や下草をなぎ倒しまくったので、そこは都合の良いちょっとした広場に成っていた。

 アキラはそこの地面に拡張部屋と魔法陣のスキンを張り付けた入り口を作り、高千穂峰のドラゴンの巣の部屋と連結した。


 「こっち、オッケーだよー!」

 「了解!」


 少し待つと、魔法陣の図案が光り、地面の下からドラゴンとユウキが現れた。


 「うーん、なかなかそれっぽい演出でカッコいい!」

 『ココガお前達ノ住ム森ナノカ?』

 『そうだよ、ボクのお膝元だよ。よろしくね』

 『ヒイッ!』


 まだロデムがちょっと怖いみたいだ。


 「ここにはゴブリンと豪角熊とイノシシみたいなのとブロブが居る事は分かってる。人間以外で食べられそうな獣が居たら、試してみて」

 『分カッタヨ。チョット一回リシテ来ル』


 ドラゴンは、翼を広げるとふわりと空中に飛び立って行った。

 しかし、ものの十分もしない内に戻って来た。

 その両足には、黒い大きな塊を掴んでいる。

 それをドスンと地面に落とすと、ふわりとその上に降り立った。


 『ゲェップ! ココハ獲物ノ多イ良イ狩場ダネ』

 「もう食って来たのか。早食いだな」

 『コイツハ固クテ不味ソウダッタカラオ前達ニオ土産ダ』


 豪角熊だった。それもこの前の物よりも随分と大きい。

 ユウキはドラゴンに礼を言ってそれをストレージへ仕舞った。


 「何を食べて来たの?」

 『緑色ノ人ッポイヤツ』

 「それがゴブリンだよ。人より繁殖力が強いらしいから、定期的に間引いてくれると有難い」

 『巣ノ近クデハ見ナイヤツバッカリダカラ楽シイ』


 あっちではドラゴンが棲み付いているせいで他の害獣は他所へ逃げて行ってしまっている。

 人間だけがその環境に上手く入り込んで共棲生活をしていたのだ。

 だから、向こうからドラゴンを移住させてしまうと、逆に不具合が発生してしまうかも知れない。

 巣は向こうのままで、狩場だけを他へ用意してやれば丁度良い感じに納まる気がする。


 ここ一か所をドラゴンの狩場にすると、魔物は他へ行ってしまって生態系が狂うかもしれないので、毎回場所は変えた方が良いだろう。


 「ところでさ、あなた名前はなんて言うの?」

 『ソンナモノハ無イゾ』

 「そうなの? いつまでもドラゴンって呼んでいるのもなんだしなー……」

 「じゃあ、ロプロスで!」

 「えー、いくらなんでもそれは……」

 『イイゾ、好キナ様ニ呼ベ』

 「了承を得ました。ハイ決まり!」

 「マジか…… 本人が良いなら、まあ良いか」


 どうやらドラゴンは個体数が極端に少ない上に数百年に一頭程度しか出産しないので、お互いを識別する名前は特に持っていない様だった。

 『おい』とか『おまえ』とかで事足りてしまっていたらしい。


 考えてみれば、人間だって家族内では『ねえ』とか『あなた』とか、または『父さん』『母さん』『兄ちゃん』『姉ちゃん』みたいな一般名詞で呼び合って、名前で呼ぶ事は殆ど無いのではないだろうか?

 ドラえもんでのび太のママが『のび太さん』と呼んでいるのを聞いて、子供の頃に軽いカルチャーショックを覚えたのを記憶している。


 食事を終えたロプロスは高千穂峰に在る巣に戻って行った。

 どうやら体温維持をするのに火山の近くが都合が良いらしい。

 人間を食べない事を約束させ、今度はGPSタグを持たせたあの夫婦を追う事にした。


 「地図アプリで見ると、どうやら南方面へ逃げた様ね」

 「どうも山を越えようとしているみたいだ。急ごう!」


 姶良市から鹿児島市方面へ抜けるには、今でこそ海沿いに道路が通っているが、本来は山の崖が湾迄迫っていて、人が歩ける道等は無いのだ。

 山の中を強行突破するか、川沿いを北西方向へ上って行ってぐるりと山を迂回するかしなければ成らない。

 夫婦はどうやら最短ルートを通ろうとして、山越えを選択した様だ。


 「ヤバいな、俺達の体力じゃ現地人に追い付ける気がしない」


 以前にユウ国でノグリの奥さんに川からの水運びをやらされた時に、あまりもの体力の違いに愕然とした覚えがある。

 整備もされていない山の中を追いかけても彼等には追い付けないだろう。


 一旦日本側へ戻って、レンタカーで鹿児島市内へ先回りして、向こう側で待ち伏せようという事に成った。

 そこで、姶良市で宿泊していたホテルに戻ろうと思ったのだが、ホテルの部屋に出口を作るのを忘れていた。

 幾つ設置しても構わないのだから、移動先に全部設置すれば良いのだが、何と無く勿体無い様な気がして一々設置はしていなかったのだ。

 それに、あまり無駄に数だけ増やすと管理し切れない気がしてたのだ。しかし、それがアダに成った。


 「いや、旧館の壁にも確か作ったわ」

 「そうだったっけ。じゃあ、一旦日本側へ戻って……」


 ロプロスの巣の所には一応設置はしてあるのだが、そこは山の上の火山の噴火口跡だ。

 登山道も整備されていない山から素人が下山するなど自殺行為だろう。


 一旦日本へ戻ろうとイヤホンを取り出して、ユウキがふと思い出した。


 「そう言えば、あの祭壇の近くの岩にも拡張空間作ってた!」

 「そういえば!」


 懸念通り、記憶頼りだと確かに管理し切れていない様だ。

 スマホのマップに、設置した場所にピンを刺して置かないと、段々訳が分からなくなりそうだ。


 危なかった、それを思い出さなければまたあの不快音を聞かなければ成らない所だったとユウキはホッとした。

 巣の下の空間と祭壇の空間を繋げ、そこから出てスマホの地図を日本側表示に切り替え、ホテルの建物の物陰辺りに移動してゲートを開く。


 「うーん、どっちにしろこの不快音からは逃げられない」

 「そう言えば、音無しでゲート開けるのか実験してなかったわね?」

 「今度暇な時に、と思っていると必ず忘れるよね」


 でも、既に時間は0時を回ってしまっているので、玄関は閉められてしまっていた。

 仕方無いので再び物陰に戻り、一旦自宅へ戻る事にした。


 自宅で一晩を過ごし、もう一度ホテルへ移動して、フロントで昨晩戻らなかった事を謝ってチェックアウトする事を告げると、残り日数の差額を返金してくれた。

 ストレージからレンタカーを出し、アキラの運転で鹿児島市方面へ出発する。


 「あのさ、車買わない? ストレージへ格納して置けば、どこでも乗れる様に成るし、毎回レンタカーを借りるより良いでしょう」

 「それもそうね。いっそ、資産に成る様な超高い高級外車買っちゃう?」

 「じゃあ、ランボルギーニウラカン!」

 「男の子ってそういうの好きよね。でも社用車だから」

 「じゃあ、アストンマーティン・ヴァンキッシュとか」

 「うーん、私はスポーツタイプより、ベンツのSクラスがいいなぁ……」


 世の中のお金持ちが何故高級車を何台もコレクションするのか。

 一つは、ステータスという理由もある。

 車は社用車として経費で落ちるので、どうせなら超高級車を買ってしまおうと言う事だ。見栄や所有欲、承認欲求等色々満足する。

 しかし、実はもっと実利的な理由が有る。

 車はどんな高級外車でも減価償却で6年で法律上の価値がゼロ円に成るという事。

 何故、価値がゼロ円に成ると良いのか?

 それは、価値がゼロ円ならば、税金が掛からないからだ。

 そして、法律上価値がゼロ円に成った車でも、高級外車ならさほど値崩れせずに数千万円で売れるから。

 車によっては新車で買った時よりもプレミアが付いてより高額で売れる場合も有る。

 つまり、税金の掛からない資産として保有して置けるのだ。これを含み資産と言う。

 不動産等では所有している限り恒常的に税金の支払い義務が有るが、こういった減価償却で比較的短期間に価値をゼロにする事が出来る物は、資産として持って置くのにとても都合が良い。

 もちろん、売った時に税金は発生するのだが、会社が資金繰りに困った時にこれを売却すればお金に戻す事が出来るという訳だ。

 会社経営者達が、減価償却の終わった超高級車を何台も保有しているのは、こういった理由なのだ。


 そんな雑談をしながら車を走らせていると、尚古集成館へ到着した。

 尚古集成館は国の重要文化財であり、島津家の敷地にある仙厳園の一部と共に世界遺産に登録されている。

 地元の人は、仙厳園を磯庭園と呼ぶ人も多い。

 ちなみに、この磯庭園の一角に猫神神社が在る。


 尚古集成館の辺りから内陸側への道を入り、少し北方向へ戻って山から夫婦が出て来るのを待つ事にした。

 GPSの反応を元に、夫婦の移動位置を追い、車で行ける所ギリギリまで進む。

 人家が途切れ、あまり人が見られなくなる所を探し、車を停めた。


 そこで車をストレージへ格納し、辺りを見回して人が居ない事を確認して、マップを限界まで拡大する。

 GPSタグのポイントが徐々に近づき、ユウキ達と重なり、通り過ぎたタイミングでゲートを開き異世界側へ移動した。

 夫婦の背後から声を掛けると、二人は振り返りユウキ達の姿を認めた途端、幽霊でも見たかの様にギョッとした顔をした。


 「やあ、おつかれー!」

 「あんたら! 無事だったのか!?」

 「あなたてっきり食べられちゃったと思ってたのよ!?」


 ドラゴンに食われたはずのユウキを見て二人は驚いている。

 確かにドラゴンが一飲みにする所を見たからだ。

 妻の方はユウキに駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。


 「口の中に入れて運ばれただけだった」

 「あ、ホントだ、何か臭い」


 妻はユウキを突き放した。


 「えっ? マジ? ちゃんと風呂に入って洗ったのにな」

 「洗っても臭いは中々取れないよね。一旦自然乾燥させちゃったから髪に臭いが染み込んじゃってるのかも」

 「マジかー。ショックなんだけど」

 「そう言えばホテルをチェックアウトする時にカウンターのお兄さん、変な顔してたわ」

 「分かったよ、もう立ち直れないよ。女の子に臭いは禁句だよ」

 「臭いに馴れて気に成らなくなってたけど、動物園というか牧場の様な独特の臭いがするよ」

 「うん、もう分かったから」

 「あ、あと、ラクダに唾を吹きかけられた時の臭い」

 「もうやめて」


 アキラの容赦の無い畳賭けにユウキはメンタルをガリガリ削られて行く。


 「あれー、おかしいなー、何で涙が出るんだろう。この旅行って、私のメンタルケアの目的じゃ無かったのかな……」

 「ごめんごめん、ついおもしろ…… いや、調子に乗りました。御免なさい」


 そんなふざけていたら、何時の間にか周囲を武器を持った人間に取り囲まれている事に気が付いた。

 一瞬、山賊かと思ったのだが、統率されている様に見えるし、身形みなりを見ても皆揃った武器と防具を身に着けている。正規の兵士の様だ。


 「お前達、儀式から逃げて来たな?」

 「しかし、人数は二人の筈だ。四人居るぞ? どういう事だ」

 「あ、はーい! 生贄は私達です!」

 「いや、あんた達!」

 「駄目よ!」


 ユウキがアキラの腕にしがみ付き、生贄は自分達だと名乗ったのだが、夫婦がそれを否定してしまった為に兵士達の長は困り、全員を自分達の所属する国へ連行する事にした。

 生贄の儀式の頃に成ると時々逃げ出す者が居て、その者達は決まってこの山を越えて逃げて来るので、直ぐそこに関所の村が在るのだとか。

 そして、昨日はその儀式の日であり、見張っていた所にこの四人が現れたという訳だ。

 関所の村はユウ国にも在ったが、こちらはちゃんと統率の取れた兵士が守っていて、ちゃんと機能している様だ。


 「まあ、事情は戻ってから聞くとしよう」


 ユウキ達四人は、兵隊達の所属する町へ連れて行かれ、取り調べを受ける事に成った。

 そこで判明した事は、この周辺には四つの国が有り、周辺の村も含めれば合計八つの集落があるのだという。

 ドラゴンの住む山の東側、北側、西側にも同程度の規模の国が在り、持ち回りで生贄を捧げる事になっているそうだ。

 ドラゴンは、二週間に一人程度の食事で満足する様なので、一つの国当たりでは年に一人二人程度の拠出、集落単位で言えば年に一回って来るかどうかという事なのだという。

 今回はくじで偶々結婚したばかりの仲の良い夫婦の妻が当たってしまい、夫は離れ離れに成りたくないと言うので止むを得ず今回は二人だったという事だ。


 四人は、男女別にそれぞれ牢に監禁され、一人ずつ事情を聴取されている。

 女だからと言って特に変な事をされる訳でも無く、あの村とは違って至って紳士的な対応だ。


 そして、監禁生活四日目に成ると、牢番に急に釈放を言い渡された。

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