第84話 狩場

 ユウキのバリアが消える。

 アキラは拡張空間のセットを諦め、慌ててユウキに覆いかぶさって守ろうとした。


 アキラのバリアは反射して来ないので、ドラゴンの攻撃は余計に激しさを増した。

 アキラの庇い切れない、ユウキの手足に傷が増えて行く。

 今火炎のブレスでも吐かれたら、ユウキもそのお腹の子も守り切れない。


 「ロデム! 何とか成らない!? また体を操って良いから!」

 『ごめんアキラ、アキラの意識がある間はそれは出来ないんだ』

 「そんな!」


 暫く攻撃を耐えていたのだが、遂にアキラのスマホもバッテリー減少の警告音が鳴り始めた。

 アキラのバリアも長く持ちそうに無い。


 その時、アキラの恐れていた攻撃が来ようとしていた。

 ドラゴンが大きく口を開け、ブレスを吐こうという体勢を取ったのだ。

 アキラは、二人共が火炎に包み込まれ、自分はバリアで守られているのにユウキだけが自分の手の中で焼かれて行く姿を想像して恐怖した。


 そして、無慈悲にドラゴンは豪火炎のブレスを吐き出した。


 アキラはもう駄目だと目をつぶり、腕の中のユウキをぎゅっと抱きしめた。

 しかし、いつまで待ってもブレスが届く気配が無い。

 そっと目を開けると、大きなバリアが二人を包み込み、ドラゴンの火炎ブレスを防いでいた。

 そのまま反射率がどんどん上がり、ドラゴンは自分の吐いたブレスの何十倍もの火炎が跳ね返って来てその身を焼いた。

 そのあまりもの衝撃で後ろへ押し返され、背後の崖へ激しく倒れ込んでしまった。


 『ママ、危なかったね』


 何処からともなく声がする。


 「誰? ロデムなの?」

 『いや、違う。驚くべき事だよ……』

 『ボクはママのお腹の中に居るよ。眠くなっちゃった。またね』


 お腹の中の胎児が守ってくれたのだろうか?

 しかし、未だ胎児と呼べる程には育っていない。大きさも1mmにも満たない位で、卵子が卵割を繰り返している段階でしか無いのだ。

 それが意思を持ってユウキを助けてくれた。

 ロデムにとってさえ、驚くべき事実だった様だ。


 『これは驚愕の事実だよ。ボク達の子供はとんでもない才能を持って生まれて来るのかも知れない』


 ユウキはお腹の子に話しかけているが、もう返事は帰って来なかった。再び深い眠りに付いた様だった。

 ユウキも体のあちらこちらに怪我をしてしまった。

 アキラが庇っていてくれたおかげで大きな怪我は無いが、早く帰って治療したい。

 アキラは、先程作りかけていた拡張空間の扉を完成させ、その中へ入ろうとした時、後ろから声を掛けられた。


 『オ前ラ、何ナンダ』


 二人は何処から声が聞こえるのか分からず、辺りをキョロキョロと見回した。

 先ほどまで怒り狂って暴れていたドラゴンは、ようやく落ち着いた様で、半身を起こしこちらを見つめている。


 『何デ食エナインダ!?』

 「「うお! 喋った!!」」


 ドラゴンが喋った。

 声の主はドラゴンだった。

 確かに人間よりも知能の高い生物らしいけど、まさか人間の言葉を喋るとは思わなかったので、二人はびっくりした。

 しかしそれは、人間の言葉では無くて、ドラゴンの言葉をスマホが日本語に翻訳しているだけなのだと分かった。

 ドラゴンの口の大きさや口蓋の形で人間と同じ発音発声をするのは不可能だろうと思う。

 ドラゴンは、ドラゴンの言葉で喋っているのだ。


 「何だよ、意思疎通出来るなら、最初から話そうよ!」

 「対話出来るなら、無益な争いをしなくても済んだろ?」

 『食料ト何ヲ話ス事ガ有ルノダ?』

 「だから、人間を食うなって話だよ!」

 『何故? 我々竜族ハ昔カラ人間ヲ食ッテイル』

 「でも、人間を食うっていうのはいけない事だよ」

 『ナゼ? 人間モ、他ノ動物ヲ、食ッテイルダロウ』


 言われてみればその通りだった。人間は色々な動物の肉を食う。

 食物連鎖の頂点に位置する人間は、他の生物を食って生活しているのだ。

 もしも、人間がドラゴンより強ければ、ドラゴンも狩って食べていたかも知れない。

 この世界ではドラゴンは人間より上位に位置しているから、人間を食べているに過ぎないのだ。

 ごく普通で当たり前の自然の摂理だ。

 それを、人間は他の動物のどれを食っても良いけれど、ドラゴンは駄目だと言うのは傲慢ではないのか。


 猫はネズミを食うし、クジラはオキアミを食う、芋虫は葉っぱを食い、ジャイアントパンダは笹を食って、アリクイは蟻を食う。それぞれその動物特有の捕食対象が有るのだ。

 ドラゴンは人間が主な捕食対象なだけだった。


 屠畜場で牛は恐怖を感じ涙を流すと言うが、人間はそれに慈悲を掛けたりしない。

 動物愛護センターで保健所から移送されて来た犬は、一定期間引き取り手が見つからなければ処分されるが、犬は自分が殺される事を悟り、恐怖の表情を浮かべるという。

 しかし、人間はそれを憐れんで処分を止めるかと言えば、そうはしない。


 人間は人間以外の生物の生殺与奪の権を握っていると思っている。人間以外の生物全てを人間以下だと思っているからだ。

 しかし、食う為に殺すのであれば、それは自然の摂理なのだ。自然界に認められ、許された行為なのだ。

 感情とは乖離した概念の様に思えるが、人間がこの地球に生まれる遥か前からずっとそのことわりでこの星の生物は成り立って来た。

 それを駄目だと言われれば、困ってしまう。

 何故人間だけがそのことわりに疑問を持ってしまったのだろうか?


 ドラゴンだって自然の摂理に従ってただ普通に食事をしているだけなのにだ。

 そこに善悪は無いのだ。

 人間がこれを勝手に悪と決めつければ、お互いに戦争をするしか無い。

 戦争をしたところで、人間はどうやってもドラゴンには敵わないのだから、この近隣の国々は大昔に話し合って持ち回りで生贄を差し出す事にしたのだろう。

 つまり、この土地ではドラゴンを頂点とした特殊なバランスで生態系が形成されているのだ。


 ここで疑問なのだが、この地に住む人間は何故ここを捨てて他へ移り住まないのだろうか?

 それは謎だが、それを甘受しても捨てがたい、何かしらのメリットもあるのだろう。

 例えば、ドラゴンが居るせいで他の害獣が寄り付かないとか。ドラゴン以外の危険が無いおかげで、森の恵みを享受出来るとか、農作物が荒らされずに比較的豊かに暮らせているとかだ。

 現にドラゴンの捕食対象に成らない小型の動物は、隠れる事によって難を逃れる事が出来る為、この土地を逃げ出す事無く棲み付いている。

 人間はそれを狩って生活する事が出来る。


 考えてみれば、現代の日本だって活火山の麓に住んだり、地震や津波の頻発する地域に住んだり、大雨の度に氾濫する川の近くの地域に住んだり、常に崖崩れの心配のある山の麓に住んだり、人里離れた山の中に住んだり、遥か遠くの離島に住んだりしている。

 それは、先祖伝来の地だからという以外の理由が有るのだろうか?

 そもそも、その先祖は何故そこに住み着いたのだろう? 何らかのメリットが無ければ好き好んで住むには過酷過ぎるのではないのか?

 津波が数百年に一度来るけど漁場がとても豊かだとか、川が氾濫するけどそのおかげで土地がとても肥沃だとか、きっと危険と引き換えにしても、それに目を瞑れる程の何らかの大きなメリットが有るのだろう。

 若しくは、災害の発生するスパンが数百年間隔と長い事を知っていて、自分の生きている内には起こらないだろうと思っているのか、そこへ棲み付いた初代はその災害が発生する予兆を察知する事が出来、安全に逃げられる術を持っていたのか、そのどちらか。

 その場合、何も知らない子孫が困る事に成る訳だが。


 思考実験だが、日本では交通事故による年間死亡者数は大体4,000人程度なのだが、神か何かの超常的存在が現れて、毎年その千分の一の4人だけを生贄として差し出せば交通事故では死ななくしてあげようと言ったとしたら、人間はどうするだろう?

 毎年4,000人の死者を受け入れるか、4人の生贄を差し出すのか。

 多分日本では自らの手で命の選別をするのを嫌うので前者を選ぶと思われるが、世界の他の国では後者を選ぶ所も有るかも知れない。


 こちらの世界のこの島では、後者を選択したのだろう。

 一殺多生の考え方は、ミクロで見れば倫理観や愛情等でとてもじゃないが受け入れられない筈なのだが、村を納める統治者にはマクロの視点が要求される。マクロ視点で言えば、全体の犠牲が最も少なくなる方法を選択せざるを得ないのだ。


 「まあそれはいいや。何で急に会話する気に成ったの?」

 『食エナイ食事ヲ寄越サレテ、最初ハ腹ガ立ッタガ、痛イノデ冷静ニ成ッタ』

 「話し合いの余地が有るって事?」

 『ソウダ』


 まあ、普通に痛いのは嫌だよね。善も正義も真実も痛みの前では消え失せり、だもんね。

 ドラゴンがただの本能だけの生き物じゃない様なので、話し合いで解決する事に成った。


 『オ前ラハ何ナノダ? 人デハ無イノカ? オ前等ノ背後ニ、トンデモナイ奴ノ存在ヲ感ジル』

 「私達別に何もバックに付いてないよ?」

 「ひょっとして、ロデムの事を言ってるんじゃないのかな?」

 『ソレダ! ソイツダ! 曾祖父ニ、聞イタ事ガ有ル。恐ロシイ存在ダト! 決シテ逆ラッテハ成ラナイト』

 『こんにちは、ドラゴンさん』

 『ヒイッ!』


 ロデムの声を聞いた途端、酷い怯え様だ。

 ロデム優しいのに。何を怯えているんだろう?


 「何をそんなに怯える必要があるの?」

 『ドラゴンさんは、ボクの知っている個体では無いよね?』

 『ソウダ! 曾祖父が言ッテイタ。アンナ恐怖ハ二度ト御免ダ。絶対二関ワッテハナラナイト』

 「ロデム、一体何をやらかしたの?」

 『昔過ぎて覚えてないよ。ちょっと一緒に遊んだだけの様な気がする」

 『アノ獰猛デ強カッタ曾祖父ガ、奴カラ逃ゲル為二、死二物狂イデ戦ッタソウダ。ダガ何一ツ攻撃ハ効カナカッタト言ッテイタ。今ノオ前達ノ様ニ』

 「そうなの?」

 『何か火とか吹いてた様な……』

 「ロデムって、火に強いんだね」

 「本家のバリアで何でも防ぐでしょ。さっきみたいに」

 『バリアというか、次元境界面だからね。下層階位に住んで居る者には突破出来ないかも。知的生命体と普通に触れ合いたかったんだ。昔はね、加減が分からなかった。曾お爺ちゃんを怖がらせちゃって御免ね』

 『エッ? 謝ルノ? 怖イ奴ジャナイノ?』

 「ロデムは怖くないよ」

 『ボクは怖くないよ』

 「でも、軽く村一つ全滅させたよね。話に聞いただけだけど」

 『ヒイイ!』

 「アキラ! もう! 怖がらせないの!」


 あの時ユウキもアキラもロデムが怒りまくって無茶苦茶したのを直接は見ていない。

 後からノグリの奥さんに話を聞いて知っただけなのだ。


 その後、ドラゴンと話し合って、人はもう食べないと約束させようとしたのだけど、食性なのでどうも難しいのだとか。


 「難しいな」

 「ねえ、本当に人しか食べられないの? 人っぽいのとかは?」

 『人ッポイノトハ?』

 「例えば、ゴブリンとか、オークとか、オグルとか、そういうやつ」

 『ンー…… ドレモ聞イタ事無イナ』

 「こっちには居ないのかな?」

 「てゆーか、ゴブリン以外存在確認して無いんだけど」

 『居るよ。オグルって角生えた大きな奴だよね? ボクの居る場所から反対側の海沿いに結構広範囲に生息してた。オークは豚っぽいやつ? 確か北側の山岳地帯に居たと思った。西の方には頭が牛みたいな奴が居たかな。ゴブリンは満遍無くそこら中に居たと思うけど、そっちの火山島の方には居ないのかも』


 うーん、西に牛で東は豚って、肉じゃがが関西では牛肉、関東では豚肉みたいなものか? 覚え易くて良いけど。


 「じゃあさ、試してみようよ。パンダはリンゴだって食うし、アリクイだってペースト状の物なら高齢猫用のキャットフードやドッグフードや蜂蜜やヨーグルトだって食べるそうじゃん? 結局、他の物を食べられない訳じゃ無くて、好きか嫌いかの問題なんでしょう?」

 「うん、ユウキがアリクイに関してだけ妙に思い入れが有るのは分かった。つまりそういう事よね。試してみましょう」

 『試スノハ良イガ、ドウヤッテ?』

 「まあ、私達に任せて!」


 「あ、その前に傷治させて」


 ユウキは何時の間にか自分で自分の体を修復してしまっていた様だ。

 ドラゴンの身体もバリアの反射で結構ズタズタに成っていたけれど、ユウキとアキラの治療で見た目の大きな傷はほぼ治す事が出来た。

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