第20話 土地を買いたい

 一旦元の世界へ戻った二人は、土地を探し始めた。

 しかし、最初の懸念どおり、一坪だけで売りに出されている土地なんてなかなか見つからない。

 よく、『一坪いくら』などという言葉を耳にする事はあるのだけど、実際に一坪だけ売っているケースは無いのだ。

 土地を持っているオーナーだって、五十坪の土地から一坪だけ切り売りするなんて事はしない。一坪だけ売って、不格好な形に成った四十九坪を他に売る位なら、四角い五十坪をそのままの方が価値が有ると思うからだ。買う方だって、自分の買った土地の片隅に一坪だけ他人の土地が在るなんて気持ち悪いだろう。


 しかし、考え方を変えれば意外と無くは無いのだ。

 一坪に拘らないのであれば、激安物件というのは意外と沢山在る。

 所謂、事故物件や瑕疵物件というものだ。

 事故物件は説明するまでも無いと思う。

 瑕疵物件の方は、例えば2mの接道を有しない旗竿地、これは道路に土地の一部が最低2m以上接していなければ建物を建築してはならないという法律が有る為に、買い手の付かない土地の事だ。他人の家の裏側に在って、道路に出るまでに人一人がどうにか通れる程度の出口しかないという、真上から見ると細い旗竿と旗の様な形に見えるためにそう呼ばれる。


 他にも道路も通っていない様な山の中の土地、酔狂な人間が崖や斜面に建ててしまった家、台風で必ず水没するといった様な物理的な瑕疵物件。

 先に言ったかつて事件事故のあった事故物件や墓地、葬祭場、焼却場といった人の死を思わせる何かに隣接している為に買い手が付かない心理的瑕疵物件。

 市街化調整区域や再建築不可物件等の法的瑕疵物件等。

 道路等の区画整理で変な形で取り残されてしまった、かつて広い土地の一部だったもの。

 こういった訳アリ不動産と呼ばれるものである。


 中でも、利用価値も無く、手放したくても売れないのに税金だけ毎年取られてしまうという、所有しているだけでマイナスの資産と成っている、所謂 “負動産”という物に目を付けた。

 所有者は、一刻も早く手放したいと思っているので、土地全部で数万円だったり、下手するとゼロ円で良いから引き取ってくれという土地さえ在る。

 あきらと優輝は、そういった土地に目を付けた。


 「この近くにも在るのかな?」

 「それがね、意外とそこら中に在るのよ」


 自治体の登記を調べると、意外と身近な所に在ったりする。

 二人は、その内のロデムポイントに最も近い物件を見に行く事にした。

 優輝は、その土地を見て唖然とした。


 「これはまた…… 道路までは階段の極小旗竿地、ですね。あばら家付き」

 「これね、建物撤去しちゃうと再建築不可に成るのよ。だから、元の家を残しておいてリフォームするの。柱一本でも残っていれば、ほぼ建て直しでもリフォームって言い張れるのよ」

 「法の抜け道って感じですね。更地にしちゃうと全く売れなく成っちゃうわけか、ふーん」


 アクセスが階段だけっていうのがちょっと不便に思えるけど、優輝とあきら達の用途を考えると問題は全く無い。


 「あんた達、こんな所に興味あるのかい!?」


 驚いた様にそう言うのは、地主のお婆さんだ。

 不動産仲介業者が相手にしない物件なので、市役所からの連絡で来た地主が立ち会って居るのだ。

 本当にこんな所を買いたいという人なんて居る訳無いと思っていたので、何故か買おうとしている若い二人を見て、思わず声を掛けてしまったのだ。


 「まだ決めてはいないのですが、アパートでは手狭なので、防音とセキュリティを強化した研究室を作ろうかと思っているんです」

 「研究室? 何か危ない細菌とか放射能とか出されると困るんだがねぇ」

 「いえ、私は理学部なのでそういう物は扱っていません。書斎みたいなものですよ」

 「ふーん?……」


 地主のお婆さんは、完全には信用していないみたいで、少し訝しんでいる様子だ。

 しかし、お婆さんはあきらの顔を良く見て何かを思い出した様だ。


 「あれっ? あんた確か、鷲の台コーポ201号室の学生さんじゃないかい?」

 「え? ええ、そうですけど……」

 「あそこもあたしの経営するアパートだよ。綺麗な人なんで何処かで見覚えのあるお嬢さんだなと思ったら、そうだろぉ!」

 「あら、そうなのですか、いつもお世話に成っております」


 お婆さんは段々と思い出して来たらしく、少し興奮気味に話し出した。


 「あんた、ちょっと前のテレビニュースにも出てたろ! そうだそうだ! 間違いない! だからセキュリティかぁ、そうかぁ!」


 優輝は、ちょっとこちらの言った購入理由が穴だらけに思えていたのだが、お婆さんが勝手に納得してくれたのでそれで良しとしようと思った。

 二人はこれ以上余計な事を言ってボロが出ない様にお婆さんの勝手に作り上げたストーリーに乗っかる事にした。


 「ええ、毎日の様に不審者がアパートの周囲をうろついているし、もう怖くて怖くて……」


 あきらは、そっと涙を流して見せた。

 優輝は女の人の涙って狡いなとちょっと思った。


 「そうかそうか、大変な思いをしたんじゃろなぁ。よし、じゃあな、こんな所よりもっと良い物件が在るから任せんしゃい」

 「そうなのですが、場所はこの近辺が望ましいんですよ。えーと、あそこに農家さんのお宅が見えますか? その近くがコンビニエントフォーウォーキンなフィジカルのエネルギー的に最も平衡が保たれるストラテジーポイントなんですよ」

 「何か、ルー大柴みたいになってるぞ」

 「そうかそうか、よく意味は分からなかったけど、あの辺が良いんじゃな?」


 お婆さんはポカンとしていたが、何かあきらの言葉に熱を感じたのか、勝手に納得してくれた。


 「ええ、そうなんですよ」

 「あ、ちなみに、あの農家の家はあたしンちじゃ」

 「「ええっ!」」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 三人は例の農家の横の路地へやって来た。


 「この辺りから左程遠くない場所で良い所を探していたんです」

 「ふむ、何のエネルギーだか素人のあたしにゃなんの事やらさっぱりなんじゃが、学者さんがそう言うならそうなんじゃろうなぁ。取り敢えず五十坪もあれば良いかね?」

 「あの、あまり予算も無いんですが」

 「心配要らんよ。その道の反対側の草地な、そこもうちの土地なんじゃが、三角地な上公道に面しておらんから売れんのよ。畑にするしか無いんじゃが、今この家には私一人でのう、管理しきれんからあんたが使ってくれるなら有難いよ」

 「公道に面していないって、この路地は違うんですか?」

 「ああそこもあたしンちの私道じゃ」

 「でもそれじゃ買っても建物建てられないのでは?」

 「そんなもん、幾らでも抜け道あるわい。うちの別宅か物置として建てるじゃろ? 完成した後に土地ごと切り売りにした事にすればええ」

 「ええ、そんなんで良いのかな。本当にそれが可能なら是非譲って欲しいのですが、お値段は……」

 「ただでも良いよ」

 「いえいえ、とんでもない、そんな訳には」

 「あたしは一人じゃから、隣に信用出来る誰かが住んでくれると嬉しいんよ。じゃあ、坪一円で」

 「いやいや、じゃあ、この辺りは坪二十万位だそうなので、五十坪で一千万円でどうですか?」

 「高すぎるじゃろう、売れない土地なのに。あたしはもうお金も要らんのよ」

 「では、金額は後で相談しましょう。それで良いですか?」

 「ええよ、じゃあ商談成立で。後日書類は作らせるからな」


 土地の売買をこんな調子で決めてしまって良いのかと思うけど、お婆さんが良いと言うならそれで良いだろうという事に成った。

 お婆さんは、ご主人にも先立たれ、子供も出来なかったので、天涯孤独の身なんだそうだ。

 お婆さんが居なくなった後は、財産はあまり会った事も無い遠い親戚の所へ行く事に成るらしい。そういう農家さんは他にも居るんだろうなと優輝は思った。


 早速次の日から設計に入り、決まり次第工事に入る事が決まった。

 頑丈な鉄筋コンクリート造の二階建て、開口部は二重サッシに電動シャッター。玄関は鍵穴無しの電子錠。防犯カメラ付きのさながら要塞の様な作りに成っている。


 「あれー? 最初の予定とは随分かけ離れちゃってないですか?」

 「うん、私的には安い土地にプレハブ物置みたいなのを置いて、その中を空間拡張してゲートも設置するというプランだったのだけど、何でこんな事に成っちゃったのかしらねー」


 どうも周囲に隠し事をしたまま何かをやろうとすると、計画通りには行き難い様だ。

 ゴールドの売買もそうだなぁと二人は思った。


 「そうだ、ゴールドを売りにいかないと」

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