第160話 出産

 そんなこんなで忙しく過ごしている間に、遂にユウキの出産の時が来てしまった。


 「ミライちゃん、外界デビューだよ」

 『うん、楽しみ』


 ミライとトワは、二か月違いなのだけどロデムが取り上げてくれるというので、どうせならという事で一緒に出産する事に成った。

 なんか、四次元側からスルッと取り出せるらしい。産みの苦しみとは何ぞやという感じである。


 「という事は、ロデムって人体を内側からも見る事が出来るって事だよね? 何だか興味深いな」

 『あーあ、あたしはもうちょっとここでゆっくりしていたかったな』

 「ごめんね、トワちゃん。あっちの世界であきらが双子を出産したという事にする為には仕方が無かったんだ」

 『まあ、良いけどね、早くパパとママとロデムの顔も見たいし』


 結局マディという呼び方は定着しなかった様だ。ここにもE電が有った。

 ロデムはちょっと寂しそう。

 立会人として、花子お婆ちゃんことホダカお爺ちゃんにも来てもらった。

 『昔はお産婆さんが家に来て、座敷で出産したもんじゃよ』と言っていた。

 出産経験は無いけれどお産婆さんの手伝いに立ち会う事は何度も有った様で、あの辺の家にはお婆ちゃんが取り上げた子が何人も住んで居るそうだ。

 今では全員立派な大人だそうだが、親子で取り上げた家も有ると言っていた。

 

 今回この機会に腕が鳴ると言い、沢山のタオルを山の様に持ち込んで来ている

 でも多分出番は無い様な気がする。

 ユウキとアキラは、薄いピンクの手術着の様な貫頭衣に身を包み、ロデムに手を引かれて広場の真ん中の少し小高い丘の様に成っている場所へ歩いて行く。

 ホダカおじいちゃんの、坂道に足を取られて転んだら大変だよという言葉を余所に、三人はずんずんと進んで行く。その後ろからホダカお爺ちゃんがハラハラしながら付いていくというかたちだ。


 そこは、以前にロデムが黒い球体の影でしか無かった頃に居た場所だった。

 ホダカお爺ちゃんは、その三人の後を両手に一杯のフカフカの柔らかいタオルを抱えて追い掛けて行く。


 丘の頂上へ着くとロデムは振り返り、身体を液体化させるとアキラとユウキの二人を包み込む。

 球形の液体の中に二人は無重力状態の様に浮かび、手を繋いでそっと目を閉じた。

 液体中だが、液体呼吸リクイド・ブリージングで二人には十分な酸素が供給されている。勿論、二酸化炭素は排出されている。


 「ロデムちゃんや、私は何をしたら良いのかの?」

 『今赤ちゃんを渡すから受け取って』


 ホダカお爺ちゃんの問いに、何処からともなくロデムの声が聞こえた。

 お爺ちゃんが心配そうに見守っていると、最初にユウキのお腹の辺りが光り出した。

 その光は徐々に強くなって行き、視界が真っ白に成ったかと思ったら、ホダカお爺ちゃんの目の前に水球に包まれた赤ん坊が現れた。

 水球は、ユウキとアキラを包む大きな水球と繋がっており、ホダカお爺ちゃんが手を差し伸べるとその手の中に赤ん坊をそっと下ろして外れ、大きな水球へと戻って行く。


 ホダカお爺ちゃんは、その赤ん坊を大事そうに抱えると、赤ん坊は直ぐに大声で泣きだした。


 「おやおや、元気な男の子だねぇ、よしよし」


 寒く無い様にフカフカのタオルで包んで濡れた顔を拭いてあげていると、今度はアキラのお腹の辺りが輝き、もう一人の赤ん坊がまた差し出された。

 ホダカお爺ちゃんは慌てて複数枚のタオルを下に敷いてその上に赤ん坊を卸すと、もう一人の赤ん坊を受け取り、同じ様にタオルで包んで顔を拭いてあげる。

 こちらの赤ん坊も直ぐに大きな声で泣いた。


 「こっちは女の子だね。男の子がミライちゃんで、女の子がトワちゃんだね」

 『今はね。向こうへ行けば性別は逆に成るから、男の子だとか女の子だとかは意味無いよ』


 頭の中に声が響いた。


 「今の声はトワちゃんかい?」

 『そうよ。まだ口腔内と声帯が未発達で声が出せないの』

 「こんな小っちゃい内に生まれちゃって、あたしゃ心配だよ」

 『仕様が無いでしょ。なんか大人の事情でこんな事に成っちゃったんだから』


 トワはちょっと不満が有る様ではあった。


 「ロデムちゃんや、本当にこんなに早く生まれてしまって大丈夫なのかい?」

 『うん、ギリギリ未熟児という訳では無いよ。体重は2500gでギリギリだけど、バイタルサインは全て良好だよ』 


 ロデムは再び人の姿と成り、水球の中から出て来たユウキとアキラにタオルで包んだ赤ん坊を渡すと、全員で小川の所まで歩いて降りて来た。

 ロデムは小川の水温をぬるいお風呂位の温度まで上げてくれたので、皆で湯の中へ入りゆっくり温まった。


 『ママ、おっぱい』

 「えっ、生まれたばかりでもう?」

 『うん、臍帯からのエネルギー供給が途絶したので、自分の消化器官を使って栄養を補給する必要があるんだ。早く頂戴』

 「お、おう」


 ユウキは胸元をはだけると、ミライの口へ乳首を含ませた。

 ミライは元気良くおっぱいを飲みだした。


 『私も! お腹空いたー!』

 「はいはい、トワちゃんもね…… って、あ! 向こうの世界へ行かないとおっぱい出ない!」

 『そんなぁー! 殺生な』

 「何だかこの子達の言葉遣いは子供っぽくないねぇ」

 『トワちゃん、おいで』


 ユウキが手招きすると、トワはアキラの手を離れ、空中に浮かび上がってふわふわとユウキの方へ飛んで行き、ユウキの左手の方へ収まった。


 「ごめんね、アキラ。私があげちゃってもいい?」

 「仕方無いね。ユウキ、お願い」


 ユウキは赤ん坊を両手に抱え、同時に二人におっぱいをあげ始めた。


 「二刀流、なんちゃって」


 ユウキはニコニコしながら幸せそうにそう言った。

 アキラはそんなユウキがいとおしくて堪らなかった。


 「まったくもう、あたしゃもう驚く気持ちもどっかへ飛んで行っちまったよ」


 ホダカお爺ちゃんはヤレヤレという風で、既に驚く事も諦めた様だった。


 「本当は産後の肥立ちの為に暫くは養生して欲しいところなんだがねぇ……」

 『それなら痛みによる体力の損耗は無いし、体組織の損傷による出血も無い。栄養状態も良好でバイタルサインも……」

 「はいはい、みんな凄過ぎてそれ以上の説明は要らないよ」

 

 ホダカお爺ちゃんは、既に説明も必要無いと言わんばかりだ。

 その様子にユウキとアキラとロデムは顔を見合わせ笑った。そして、一日だけはこちらで養生する事にした。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「今度は私がおっぱいをあげる番ね」


 日本へ戻って来たあきらは、嬉しそうに二刀流をしている。


 「あきら、両腕きつくない? 俺の時は水の中だったから」

 「大丈夫よ、こう見えても結構力付いたみたい」

 『力が付いているのは本当だよ。あきらで同年代女性の平均の5倍位、優輝は8倍位は身体能力が上がっているよ』

 「「えっ!? そうなの?」」


 二人は驚いてロデムの方を見た。


 『自覚無かった?』


 二人は無言で頷いた。

 想像なのだが、女性の5倍程度の力だと卵やマグカップを握り潰す程では無いし、漫画みたいにドアノブを壊して『何だこの力は!』みたいな事には成らないのではないかと思う。

 というのも物を持つ時は、持った物体からの重さや硬さというフィードバックに応じた力を出す様に自動的に脳が制御している訳で、そのおかげで誰でも卵を潰さない様に持つ事が出来ている。

 これは力が強かろうが弱かろうが変わらない。

 ロボットの手が卵を掴む事に成功したのは、その物体表面から受ける圧力のフィードバックを元に力を加減制御する技術が出来たからなのだ。

 そうでなければ身体を鍛えて握力や腕力が強く成った人は力を制御出来ずに物を壊しまくってしまうだろう。

 鍛えて力が増した時の様に、あきら達も徐々に力が増えて来た訳で、本人達はそれに気付かなかったとしても不思議ではないのかも知れない。


 「おっぱいを沢山飲んで、元気に育つのよ」

 『でも、ユウキママのおっぱいの方が美味しい』


 優しく両腕の中の赤ちゃんに声を掛けたあきらに、未来みらいは非情な返答を返した。

 その一言で一瞬、場の空気が凍り付いた様な気がした。


 「ちょっと未来みらいちゃん!?」

 『永遠とわもそんな気がする』

 「と、永遠とわまで酷い!」


 あきらは自分のお腹を痛めた(痛めたとは言っていない)子にまでそんな事を言われ、泣きそうだ。


 「うーん、おっぱいの味って、体調にもよるんじゃない?」

 『ここの所忙しそうだったからね、疲労物質やストレス物質は血液を通して母乳にも出てしまうのかも知れないね』

 「私、仕事辞める! 子供に嫌われたくない!」


 あきらは取り乱してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る