第161話 苗字が無い!

 『胸もユウキママの方が少し大きくて好き』

 「嘘でしょー!?」


 永遠とわのその言葉に、今は優輝は男だが何だか少し勝った様な気分がして嬉しかった。

 一方あきらは、何だか分からないプライドが傷ついたみたいで落ち込んでいた。


 「でも! 男の時のあそこは私の方が大きい!」

 「……あきら、下品だぞ」

 『あきらママ、最低』

 「永遠とわちゃんまで!」

 『あきらママ、ドンマイ』

 『あきら、少し落ち着こうか』


 あきらは気が動転してとち狂ったのか変な事を口走ってしまった。

 優輝に注意され、永遠とわに最低呼ばわりされ、未来みらいには慰められ、ロデムにはたしなめられてしまった。


 「私、もう立ち直れないかも知れない」

 「まあまあ、胸の大きさなんて授乳期の一時的なものなんだから気にするなって」


 もうそんな段階の話では無い様な気もするが、優輝は一応慰めてみた。

 あきらは赤ん坊をロデムに預け、ソファーに突っ伏して泣いた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「どうしたんだ? お前酷い顔だぞ」


 子供が生まれた報告に神管を訪れたのだが、あきらの顔色を見た麻野に開口一番にそう言われてしまった。


 「聞かないで! 女のプライドの問題なの」


 あきらは顔を背けてそう言った。


 「お、おう、そうか。ところで何時生まれたんだ?」

 「一昨日おとといです」

 「一昨日!? いちいち驚くのも面倒臭く成って来たな。まあいい、子供達の名前は?」

 『未来みらいよ』

 『永遠とわだよ』

 「喋れるのかよ!」

 『喋っては居ないでしょ。聴覚神経に直接信号を送ってるのよ』

 『そういう意味で言った訳では無いでしょ。もう言語能力があるのかという問いかけだよ、未来みらい

 『今の問いはどちらの意味にも取れると思うんだけど?』

 「なあ、いつもこんな感じなのか?」


 未来みらい永遠とわが言い争いを始めてしまった。

 麻野は唖然として優輝に問いかけた。


 「うん、胎児の内から既に大人並みの思考能力は持っていたんだけど、外に出て来てから良く喋る様に成ったかな。001みたいにすぐ寝ちゃうんだけどね」


 001ゼロゼロワンと言うのは勿論、とあるサイボーグ赤ちゃんの事である。

 そして、胎児の内からとは言ったが、実は受精卵の時からだった。


 「まあ、外界の情報をどんどん吸収して脳が発達する大事な時期だからな。言語能力は脳の活性化に良いからどんどん喋らせてやれ」

 『あら、おじさん理解あるじゃない』

 『ボクの好きな大人リストに入れてあげる』

 「そりゃどうも、光栄な事で」


 未来みらい永遠とわは、胎児どころか受精卵の内から喋っていたので、脳は関係無いのかも知れないとは思ったのだが優輝は黙っていた。

 おそらく知性は脳では無くアカシックレコードから魂経由で引き出されているのだろう。


 「それじゃあ、前からの打ち合わせ通りにあきらが産んだ双子という登録で良いんだな?」

 「それでお願いします」

 「称号は作るか?」

 「称号とは?」

 「お前等、苗字無いだろう? だけど、外国と仕事するなら何かそれに相当するものが有った方が都合が良いかと思ったんだが」

 「ちょっと待って、苗字が無いってどういう事ですか? 神田じゃないの?」

 「私は仕事では久堂くどうと名乗っているけど」

 「そのどちらでもないぞ。神には苗字なんて無いからな」

 「「ええー!!」」


 二人共吃驚びっくりした。

 結婚の時の手続きから今回の戸籍に関する事の何もかもを麻野にまかせっきりだったとはいえ、まさか苗字無しになっていたなんて思っても見なかったのだから。


 「正確に言えば戸籍も無いぞ。神として登録してあると言っただろう?」


 神には苗字も無いし、当然だが戸籍も存在しない。ただ名前が有るだけだ。何故なら唯一にして無二の存在なのだから。

 それは、日本の皇族も同じだ。

 苗字とは一族を他の一族と区別する為の記号でしかないのだから。


 「驚いたな、まさか俺達苗字が無くなってたなんて」

 「ええ、びっくりだわ」

 「そのままだと仕事をする上で都合が悪いだろうから、苗字に相当する称号を何か考えようかと言っているんだ」

 「何か考えるって言ったってなあ……」

 「ねえ……」

 「よし! じゃあおまえら二人の苗字から一字取って、『神堂』でどうだ?」

 「どうだって言われても、そんな安直な」

 「構わんだろ。どうせ史上初な事だし、今後も有るとは思えん。歴史の出発点だ」

 「だったら尚更、元号を決めた時みたいに厳かにして欲しかったわ」

 「そんな予算掛けられるか。そんな事をしてたら決まる迄に一年以上掛かるぞ?」

 「それは嫌かも」

 「神堂は既に既存の苗字が有りそうだよな」

 「ちょっと待って」


 あきらはスマホで検索して調べてみた。


 「有るわよ、神堂」

 「駄目じゃん」

 「んなもん、直感でぱぱっと考えれば良いんだよ、フィーリングだよフィーリング! もう面倒臭いからお前等自分で考えろ」

 「丸投げされた」

 「適当ね、もうっ!」

 「どっちにしろ、非公式非公開なんだから密室で決めるしかないんだよ。つまり、いまここでぱぱっと決めてしまっても問題は無いんだ」

 「神だと持ち上げる割には扱いがぞんざいなのよね」

 「俺達の事も『おまえ』とか『おまえら』だしな」

 「何だ? 敬語使って平伏でもして欲しいのか?」

 「いや、今まで通りで良いです。すみませんでした」


 とはいえ、優輝達も全く思い付かなかったので、頭に『御』の字を付けて『御神堂みかみどう』に決まった。これはあくまでも苗字や姓ではなく、称号である。


 「今から私達は、『御神堂玲みかみどうあきら』と『御神堂優輝みかみどうゆうき』というわけね」

 『あたしは『御神堂未来みかみどうみらいね』』

 『ボクは『御神堂永遠みかみどうとわ』』

 「よし、それで登録させてもらう。もう変更出来ないからな」


 麻野はそれをメモし、野木を呼んでそれを渡した。


 「それにしてもお前等、出産直後から普通に動き回れるのかよ。どんどん人間離れして行くな」

 「だって俺達神様なんでしょう?」

 「それはそうなんだが、あまり人間の範疇を逸脱してくれるなよ」

 「善処します」

 『ボク達、人間のスペックに合わせて生活をしなければ成らないの?』

 『面倒臭いわね』

 「お前達の父さんも母さんも自重しているとは言い難いがな……」


 確かに優輝もあきらも能力を自重しているとは言い難い。

 『大いなる力には大きな責任が伴う』とか、メリケンさんの蜘蛛男のおじさんが言っていたけれど、二人共そんなに責任感が有る方ではない。

 悪い事や人が困る事に使わなければ良いじゃないか程度の認識だ。

 つまり、平均的日本人の平均的価値観と常識を持っている、普通の日本人なのだ。

 その点に関しては、人間のというか日本人の範疇を逸脱してはいない。


 社会奉仕しようが私利私欲に走ろうが、その時々の気分次第というスタンスだ。

 人に迷惑さえ掛けなければ良い。

 国際情勢では、ある勢力への優遇はある勢力への不利益となる場面が多々有るだろうが、そこまで考えると問題が複雑に成り過ぎて面倒臭い。だから単純にその時の好き嫌いでしか考えていない。

 結果、不利益を被った勢力から攻撃されるとしたら、普通にスルーするかやり返すだけだ。何故なら、自分を攻撃してくる相手は自分にとってイコール悪でしかないのだから。


 ただし、人に優しく、モラルを持って、例え争ったとしてもやっていい事と悪い事が有る、なんていうルールは同じコミュニティに所属している人間同士に留めて置いた方が無難だとういのは、優輝もあきらも既に嫌と言う程身に染みている。

 あいつは敵だから何をしても良い、あいつは余所者だから、あいつは仲間じゃないから、と急に残忍に成る人間を嫌と言う程見て来た。


 日本人は割とそういう所が無頓着で、悪く言えば平和ボケで、外国で知らない人間と仲良く成り過ぎて酷い目に遭わされる事が儘有る様だ。まあその場合、仲良く成ったと思っていたのは日本人側だけで向こうは何らかの目的が有って近づいて来ただけなのだろうが。


 その点メリケンさんは逆に見知らぬ者同士でも結構フランクに話しかけて来てくれる人は多い印象なのだが、何かを聞かれて聞き取れなくて一歩近づこうとすると、『もう結構だ、それ以上近づかないでくれ』みたいな事を言って来る人が結構居た。

 私のパーソナルエリアの中に入って来てくれるな、みたいな事を言う。

 つまり、話しかけた相手が悪人かも知れない、急に攻撃してくるかもしれないという危険性を何時も頭の片隅に置いているという事なのだろう。


 優輝もあきらも、外国の、ましてその異世界側へ行こうとするなら、注意してし過ぎる事は無いだろう。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「という訳で、外国側の異世界へ行って見ようかなと思う」

 「そうね、ディディーも言ってたし」


 ロデムは、ああついに来たなと思った。

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