第162話 情熱熱中異世界大陸紀行

 「と、いうわけで、外国の異世界へ行ってみようと思うんだ」

 「そうね、お腹も軽く成った事だし、良いリハビリに成るかも」

 『 …… 』


 ロデムの懸念を尻目に優輝とあきらは呑気にそんな話をしている。

 実際問題、外国にはロデムでも防ぐ事が出来ないような危険が有るというのだろうか?

 ロデムは一体何を心配しているのだろうか。


 「一応行ける可能性の有る外国は、スイスとアメリカとイギリスの三つ」

 「ロデムがアメリカ大陸には国らしきものが無いと言っていたから、スイスかイギリスの二択ね」

 「どっちにしようか?」

 「イギリスは日本と同じ島だし、やっぱり大陸じゃない?」

 「そうだよね!」


 ロデムを抜きにして話はどんどん進んでいる。

 ロデムは赤ん坊二人をあやしながら、しっかり二人の会話には聞き耳を立てていた。


 『やっぱり大陸の方に行くのか? あまりお勧めはしないんだけどな』

 「そうなの? どうして?」

 『優輝達何回も危ない目に遭っているじゃないか、心配なんだよ』

 「そんなの、バリアーが有るし、ロデムがいれば安全だろう?」

 『そりゃあそうだけどさ、ボクだって万能じゃないんだよ?』


 ほぼ万能なロデムがそこまで言うからには何か有るのかもしれない。

 しかし優輝達はロデムのそんな杞憂など全く気が付かない様だった。

 何故ならロデムは優輝とあきらにとって、全幅の信頼と安心を与えてくれる存在なのだから。ロデムが傍に居てなお危険な状態なんて想像も出来ないのだろう。


 「あっ、いけない。赤ちゃんにミルクをあげなくちゃ」


 あきらがミルクの時間なのを急に思い出した様だ。

 見ると、赤ん坊はロデムの腕の中で二人で静かに遊んでいた。

 ロデムが赤ん坊をあやしている時には、二人の赤ん坊はとても静かだ。

 ユウキやあきらがおっぱいをあげている時にはすごくお喋りなのに不思議だ。

 そう思って近づいて見ると、赤ん坊を抱えたロデムの両手の指が赤ん坊の片方の手と液体がくっつくみたいに融合している。

 更にその部分を良く見てみると、透明な融合部分の中を液体が流れている様だ。

 普通の人間だったら悲鳴を上げそうな場面なのだが、優輝もあきらもそんなのは慣れたもので、別に驚きはしない。


 「それって、直接栄養素を送り込んでいるの?」

 『うん、酸素も送っているし、二酸化炭素や老廃物も回収しているよ』

 「つまり、肺も胃腸も肝臓も腎臓も、もしかしたら心臓も要らない感じ?」

 『うん、まあ…… そうだね』

 「凄いわね。他人の消化器系も循環器系も肩代わり出来ちゃうなんて」

 「どんな怪我も病気も怖くないわね」


 ロデムに対する信頼感が鰻登りである。

 何かもう、ロデムさえ居れば脳だけでも生きて行ける感じだ。

 いや、魂さえ有れば脳も要らないのかも知れない。

 なまじ肉体が有るばかりに肉体の本能や生理反応に引っ張られて人格が歪むのだ。


 『ああもう、ロデムだーい好き!』

 『ボクもロデムだーい好き!』

 『ありがとう』

 「なんかちょっと焼けるわね」

 『あきらママも大好きだよ』

 「いいわよそんな取って付けた様に言わなくても」


 ふたりのおっぱい不味い発言がまだ尾を引いている様だ。


 「いいかい二人とも、人を比べる様な発言はダメだよ」

 『ごめんなさい』

 『ごめんなさい』

 「『嫌い』という強い言葉はもちろんダメだけど、『好き』でも『誰かより誰かの方が好き』と言うのももちろんダメだ。わかるね?」

 『人の人格を比較してはならないという事だね。了解だよ』

 『アイ・コンプリート』

 『それを言われると、ボクもちょっと怪しいんだよね……』


 ロデムも反省していた。

 ロデムもまた人間の感情を学んでいる最中なのだ。

 人間誰しも正の感情も有れば負の感情も持っているのはあたりまえだが、そのどちら側へも偏ってはならないという。中々に、考えれば考える程奥の深い様な浅い様な考え方だ。


 負の感情に偏るのは良くないと言うのは分かるけど、正の感情に偏るのも駄目なのだろうか?

 確か仏教では正義に偏った人間は残虐だと言われている。

 自分を正義だと思い込んでいる人間は、他人の些細なミスを許さない。自分の正義に反する考え方は、イコール悪と思い込んでしまうのだ。

 自分が正義なのだから、悪の他人をどんなに痛めつけても構わないと考える。

 漫画に良く居る融通の利かない委員長とか生徒会長みたいな感じだろうか。

 自分の考え方と違う他人の考えを、『そんな意見もあるよね』と寛容に受け入れられる人間に成りたいものだ。


 戦争も正義と正義のぶつかり合いと言われる。

 どちらの側も、自分の正義を押し通そうとして戦っているのだ。

 そして、勝った方が一方的に正義を騙り、負けた方の正義は悪の烙印を押される。


 『食べ物の好き嫌いは良くない』と言われるが、嫌いは分かるが好きもダメなの? とは子供の頃思ったものだ。

 これには二通りの解釈が有る。『好きだ嫌いだ』と食べ物を区別するのが良くないという見方と、『好き』ばかりを食べると栄養が偏るからという見方。

 確かに多くの子供の好きな食べ物といえば、甘い物だったり油っこい物だったりする場合が多いので、嫌いな物でも栄養面から考えてバランス良く食べる必要があるだろう。そうしないと、将来健康を害する事に成ってしまう可能性が高い。

 まあ、何事も真ん中辺に居るのが一番安全だよねという事だ。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「ところで大陸側の異世界へ行く事に成ったんだけど、あなたも行く?」

 「なによ唐突に。行くに決まっているでしょう。ところであなた、痩せた?」

 「痩せたというか、一昨日出産したので身軽に成ったのよ」

 「えっ!? あなた妊娠してたの!?」

 「そうよ、言ってなかったっけ? あ、もしかして、ただのデブだと思ってたでしょう!」

 「え…… 思ってない……」


 デクスターの答えに間が有ったのであきらは怪しんだ。

 デクスターはあきらから視線を外した。


 「でもさ、一昨日出産してもうそんなに元気に動き回れるものなの?」

 「まあ、私達普通じゃ無いらしいので」

 「東洋の神秘ね」

 「じゃあ、いつ行く?」

 「何時でも良いの? なら明日は?」

 「オッケーよ。今からでも良かったのだけど、準備も有るでしょうから明日ね」

 「分かったわ。明日赤ちゃん見せてね」


 外国へ行く話だというのに、ちょっと近所のコンビニにでも行く様な感覚で誘って来るあきらに、何だか自分の常識的な価値観が狂って来るのをデクスターは感じていた。


 「じゃあ、現地時間のお昼前に着く感じで。アメリカとスイスって時差6時間位?」

 「そうね、朝4時起きかー…… 子供の頃のガールスカウト以来だわ。メラトニン用意して置かなくちゃ」

 「ではまた後で」

 「……もう帰って寝よう」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 『じゃあ、ボクは赤ん坊見ながらここで待ってるからね、危なそうなら直ぐに帰って来るんだよ。危なく成ったら直ぐに飛んで行くからね』


 未知の領域へ産まれたばかりの赤ん坊を連れて行く訳には行かないので、ロデムと一緒に拠点でお留守番をしていてもらう事に成った。

 心配性のロデムだけ一足先に異世界側へ渡ってもらい、拠点で待機していてもらう事にした。


 約束の朝10時頃、リビングのドアを開けてデクスターがやって来た。

 異世界へ行くとは思えない、お洒落スーツを着ているので服はそれで良いのかと聞くと、変身術のプリセットに男性用の衣装を幾つか登録して来たそうだ。

 優輝とあきらはというと、なんとか探検隊みたいな衣装と防暑帽ピスヘルメットを被っている。


 スイスへ移動した三人は、スマホで異世界側の地図を表示して慎重にゲートを開くのに適した安全な場所を調べ始めた。


 「知ってる? あのホテルって、世界一高価な部屋が在るのよ。私未だ泊った事無いのよね」

 「私達は泊ったわよ、ロイヤル・ペントハウス・スイート。定員6名なのにベッドルームが12もある意味の分からない部屋」

 「えっ!? そうなの? 凄いわねあなた達」

 「新婚旅行でね。だからスイスに通路が通じている訳だし」

 「ああ、成る程……」


 そんな雑談をしながら異世界の地図を見つつ、ゲートを開く場所のロケハンに勤しむ。

 異世界側とこちら側では地形は同じなのだが、人工物や造成等で元の地形を改変してあると、ゲート移動した際に向こうとこちらで高さが違っていたりして、地面の中だったり落下したりという事が多々ある。

 大体は数十センチ程度なのだが、一回1.7m程落下した事があり、気付かないで落ちるとバリアが有るとはいえ、怪我をする可能性が無いとは言えない。

 なので、市街地からは少し離れて人の手が入っていないであろう山の方へやって来た。


 「よし、この辺りなら良さそうかな?」

 「じゃあ、ゲート開くよ。皆手を繋いで」

 「オッケー!」


 三人は異世界側へ移動した。


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