第163話 未必の故意

 「えっと、これ異世界へ移動したの?」

 「したよ。市街地の方を見てごらん」

 「あっ、本当だ! 建物が無くなってる!」


 山肌側を見ると全く変化が無い様に見えるのだが、振り返って街の方向を見ると、今迄見えていた建物が全部消えて森と成っていた。


 「うーん、でもここから半径100km圏内には国らしきコロニーは無いかなぁ」

 「一応異世界側からもここへ来れる様にそこの岩肌にドアを設置しておきましょう」

 「やっぱり海側へ行かないと無いのかな?」

 「一番近い海はイタリアのジェノヴァ、フランスのニース、カンヌ、マルセイユのどちらへ行くのでも直線距離で300km位あるかな」

 「イタリアは山脈越えかー……」

 「どうする? 一旦元の世界へ戻って飛行機か車で移動する?」

 「うーん…… それは今度来た時にしましょう。今日はこの辺りを広範囲に調査したいわ」


 デクスターことスーザンは、ちょっと考える仕草をしてそう言った。

 また来るのが当然とでも言う様な口ぶりだった。

 スーザンは、魔法のピアスへ命令し、男物のバトルスーツへ衣装替えした。


 「どっちに行く?」

 「そうねぇ……アルプス越えはしんどそうだから、丁度国境近いからフランス側へ抜けちゃいましょう」

 「てゆーか、岩壁まで来た時点でここはフランスなんだけどね」

 「マジか」


 三人は左手に絶壁を見ながら森の中を南西方向へ下って行く事にした。

 暫く歩いて行くと、木々も疎らに成った平地に出た。


 「やばい、こんな所に別荘作って住みたい!」


 スーザンがそんな事を言い出した。


 「モンスターが居なければね」

 「そっか、あ、でもあなた達モンスター除け販売してなかった?」

 「こっちの連中に効けば良いけど、未知なのが居るかも知れないよ?」

 「そ、そうか」


 しかし、見渡す限りの草原に木々がまばらに生え、かなりロケーションは良い。

 この辺一帯を自分の物と宣言して自由にしてしまっても、誰からも文句は出無さそうだ。


 まさにその考えこそが、ユウキが始めて異世界へ来た時の考え方だった。

 異世界の広大な土地を自分だけの物にして自由に暮らしたい。当初はそんな考えが発端だったなとユウキは興奮気味に話すスーザンを見て、あの頃の自分を思い出していた。


 ユウキは遠くを見回していると、森の中から一筋の煙が立ち昇っているのが見えた。


 「あれっ?」

 「どうしたの? ユウキ」

 「ほらあそこ、煙じゃない?」


 アキラとスーザンがユウキの指差す方向を見つめると、確かに森の木々の間から煙らしき物が真っすぐ一本立ち昇っていた。


 「山火事?」

 「いや、火事の煙の様子とは違うでしょ。まるで、狼煙みたいな?」

 「狼煙!?」


 そう、つまりそこには人が居るかも知れないという事だった。

 三人はそこへ行って見る事にした。

 その場所は、遠くから見ると森の中の様に見えていたのだけれど、近付くにつれ疎らに生えた木々が重なって見えて森の様に見えていただけで、そこは最初に煙を見つけた場所と同じ様な草原の中だった。

 そして、煙の発生源は焚火の様だった。


 「どう見ても人為的な焚火よね、これ」

 「そうだね、風除けに石も積んであるし、ここに人が居たのは間違いなさそうだ」


 火は消えていたが、そこへ手をかざしてみるとまだ暖かかった。


 「さっきまで誰かがここに居たんだ」


 オークやオーガは見た事は無いが、ゴブリンは少なくとも火を扱える程には知能が高くは無かった様に思える。

 やはり火を扱えるのは、ドワーフやエルフ、人間または獣人の様な人族だけだろう。

 しかし、周囲を見回してみてもそれらしき人影は全く見えない。

 三人が近づくのを察知して、素早く火を消して逃げたのだろう。


 その時、焚火跡を見ながら屈み込んでいたユウキの頭に何かがコツンと当たって落ちた。

 その細長い串の様な物を拾い上げてみると、何かベタベタしたタールの様な物が手に付いた。


 「なんだこれ?」

 「ああそれ、毒矢じゃないかな? 吹き矢の」

 「そうなの? 吹き矢ならそれ程遠くない場所に居るのかな?」

 「そこの草むらに二人、あっちの方には三人隠れているね」

 「あ、人体のエネルギーを見るの忘れてたわ」

 「実は俺も」


 ユウキもアキラも生物体のエネルギーを見る事が出来る目を持っている。

 本来なら人が隠れている事など直ぐに察知出来る筈なのだが、ここの所使う機会があまり無かったので、うっかりしていた様だ。

 それを思い出して能々見回してみると、先程も言った様に人が隠れているのが見えたという訳だ。

 大陸側は危険だから十分注意する様にとロデムから再三言われていたし、初見の場所へ行く時には細心の注意をしなければ成らないと散々思い知った筈なのに、ロデム御謹製のバリアが有る安心感からなのか、気が緩みっぱなしなのだ。

 日本人の平和ボケ体質は、ちょっとやそっと危険な目に遭った位では矯正はされないのかも知れない。


 隠れていた男達は、気付かれた事を察知すると茂みから出て来た。

 皆獣の毛皮の防寒着を着て僅かに見える肌には入れ墨が入っているのが見えている。

 そして手に山刀を持つ者、弓を構えている者や身長程の長さの有る吹矢筒を持っている者も居た。

 男達は三人を取り囲み、武器を三人の方へ向けて突き出し、大声で威嚇して来る。

 威嚇の声は特に意味の有る言葉では無い様で、スマホはその音声を翻訳してくれなかった。


 「非常に原始的で野蛮だわ」

 「言葉は通じないのかな?」

 「多分、荷物と女を置いて立ち去れと言っている」

 「聞き取れるの?」

 「いや、よくある定番のセリフだから」

 「「 …… 」」


 多分と言ったのは、スマホが上手く翻訳してくれないからなのだが、所々訳される単語を繋ぎ合わせると、多分その様な意味の事を言っているんじゃないかな? という程度には理解出来た。

 一つの単語の中に無駄な音と言うか情報と言うか雑音が多く含まれていて、翻訳の精度が著しく低いのだ。

 ユウキは手に持っていた吹き矢を正面に居る男へ投げ付けた。

 するとその矢が頬の辺りの皮膚が露出している部分に当たり、地面へ落ちた。

 刺さりはしなかったのだが、矢が横向きに当たったので頬に横一文字に黒い線が付いた。

 矢の先端の串の様な部分にべったりと塗られていた、タールの様な毒液が付着したのだ。


 男は茫然と地面に落ちた矢を見つめていたが、急に我に返ったかの様に慌て出した。

 必死に袖口で頬に付いた毒液を拭き取ろうとするのだが、やがて男は泡を吹いて仰向けに倒れてしまった。

 周囲の男たちはざわついた。何故あの女は最初に矢を受けたのに何とも無いんだ? 何故あの毒矢を素手で掴んでいたんだ? と。


 「ああ、皮膚からも吸収されるタイプの毒なのね」


 たしか、世の中にはモウドクフキヤガエルだったかコバルトヤドクガエルだかで、自然界最強の毒であるバトラコトキシンを分泌するものが居る。僅か体長3~4cm程度の小さなカエルなのだが、こんな小さなカエルに像もイチコロだし人間が素手で触るのも危ないそうだ。


 「じゃあ、私が無力化しちゃっていいかな?」

 「まって、アメリカ人の無力化って大怪我させるって意味じゃないの?」

 「そうだけど? 殺しはしないけど反撃出来ない程度には、いてこまします」

 「わた…… 俺が怪我させない様に無力化するから」

 「そんなの気にする必要無いのに。向こうは殺そうとしてきているんだから」


 確かにスーザンの言う事は正しいのかも知れない。

 だけど、アキラもユウキも人体が修復不可能な程破壊された様や大量の出血の様子等見たいとは思わないのだ。

 二人共、スプラッタ映画は苦手だった。


 アキラは、人差し指を前へ突き出すと、くるりと一回転した。

 すると、五人の男達はまるで糸の切れたマリオネットの様に崩れ落ちた。


 「うあああああ……」


 男達は悲鳴を上げた。

 自分達に今何が起こったのか分からなかったのだ。

 四肢に急に力が入らなくなり、その場に落下した。

 そう、あたかも両脚が急に無く成ってしまったのかと思う程に、胴体が地面に落下したという表現が適切だと感じた。


 「ま、待ってくれ!」


 男達のリーダーらしき山刀を持った男が、やっと意味の有る言葉を吐いた。

 アキラ達三人が、男達をそのままにして立ち去ろうとしたからだ。

 考えてみれば、こんな残酷な仕打ちは無いだろう。

 まだスーザンがやろうとしていた様に大けがをさせられた方がマシだったかも知れない。

 何故なら、全く身動きが出来ない状態にされて、野生動物の出る草原に放置されるのだ。

 生きたまま肉食獣に内臓を食われても逃げる事も出来ない。

 日本の刑法なら未必の故意に問われても仕方の無い行動だ。

 例え手足を吹き飛ばされ、取り返しの付かない怪我をさせられたとしても、耐えがたい苦痛を与えられたとしても、こんな所に放置されるよりはマシだと男たちは思った。

 アキラは、怪我や血を見たくないというだけで、最も残酷な罰を与えようとしていたのだった。

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