第164話 黒い獣
男達は、顔面蒼白に成っていた。
「まってくれ! たのむ」
リーダーらしき男は、アキラ達に通じる様にと大きな声でゆっくりとハッキリした言葉で懇願した。
もちろん、彼らの話す異国の言葉など通じはしないのだが、何かを必死に訴えかけて来ているという事は伝わるだろうと、かすかな望みを掛けての事だ。
そして、それが功を奏した。きちんとした言語を話してくれたおかげで、スマホが正確に意味を捉え、翻訳してくれたのだ。
そのおかげでアキラ達三人は立ち止まり、男の方を振り返った。
「なんだ、ちゃんとした言葉を話せるんじゃないの。最初からそうしなさいよね。だけど、話し合いもせずにいきなり攻撃して来たのはそっちなんだからね、罰は受けてもらうけど」
スーザンの対応は辛辣だけど、多分こういう状況では正しいのだろうなとユウキは思った。
そうこうしているうちに、最初に毒矢を受けてひっくり返っていた男が意識を取り戻した。
どうやらあの毒は、致死性ではなく単なる麻痺毒だった様だ。
まあ、考えてみれば、女を寄越せと言って置きながら殺してしまっては元も子も無い。一時的に麻痺させて連れ去るつもりだったのだろう。男の方は殺されてたかも知れないが……
麻痺から覚めた男は、ふらふらと立ち上がろうとして尻餅を突いてしまった。
「お前ら何やってんだ? 寝っ転がえりやがって」
「馬鹿お前! この三人に逆らうな、同じようにされるぞ!」
「なんだと!?」
尻餅を突いて座り込んでいた男は、段々と意識がはっきりして来た様で、アキラ達三人を見据えると、徐々に顔色を青くした。
「何でそんな事に成ってんだよ!? 一体こいつ等に何をされた!?」
「馬鹿、逆らうなって! 何か俺達の知らない術を使われて、手も足も全く動かせなくされちまった。このまま放置されたら俺達は確実に死ぬぞ!」
「嘘だろ……」
そしてもう一度アキラ達の方を見ると、更に顔色を青くして腰が抜けた様にその場で手足をばたばた動かすだけだった。
「こ、こんな所で放置されたら、俺達食われちまう、食われちまうよ!」
「だからお前、俺たちに代わって謝れ! 謝って許してもらえ!」
「何で俺が…… ちくしょう!!」
男はいきなり地面に額を叩き付けて謝り出した。
額が割れ、流れ出た血で顔面が真っ赤である。ユウキは破傷風に罹るんじゃないかとちょっと心配になった。
「変則的な土下座?」
「なんか、土下座最強説って聞いた事あるよ。これ以上の謝罪は存在しないから、これをされたら負け、みたいな?」
「確か最上級の謝罪だから、それを蹴って責めたら逆にこちらが加害者に成る、みたいなことだっけ?」
「無視して立ち去れば?」
「それをすると、周囲の目はこちらが被害者なのに酷い奴のレッテルを貼り、攻守が逆転してしまうのよ。土下座とは、攻撃性を備えた守りの究極形態なの」
「なんだよそれ、日本人は分からないな」
そんな呑気な会話をしている内に、男はガンガン頭を地面に叩き付け続け、しまいにはそのまま脳震盪で気絶してしまった。
「こんな迷惑な謝罪ってある?」
「もう、本当面倒臭いわ」
アキラは気絶した男を仰向けに寝かせると、額の傷口を修復してやった。
周囲に倒れていた男達は、驚嘆の声を上げた。
「あなたの魔法って凄いんだな」
スーザンも驚嘆していた。
「だから、これは魔法じゃないんだって」
アキラは、それをいちいち否定するのも面倒臭いなとは思っていた。
だが、これをどう説明すれば良いのかは皆目見当が付かない。
もう、何か不思議な能力で同じ現象を起こせるなら、それは一括りに魔法と呼んで良いのではないかと思い始めていた。
「何だその神通力は!?」
「もう好きに呼んで!」
周囲の男達がそれを神通力と呼ぶ。神に通じる力だと。
アキラは、もう念力でも妖力でも神通力でも魔法でも何でも良い気がしてきた。
どうせ使用者以外から見ればどれも似たようなものだ。敢えていちいち訂正する必要も無いだろう。細かい奴だなと思われるのが落ちなのだから。
取り敢えず全員の武装は解除し利き腕以外は動く様にしてあげて、彼等の村だか町だかへ案内させる事にした。
いきなり襲って来る様な連中の集落へノコノコ付いて行って大丈夫なのかという懸念は有るのだが、まあどうせ彼らにバリアは突破出来やしない。歓迎されない様なら立ち去るだけだ。
しかし、武装解除された男達は急にビクビクし出してしまい、その場から動こうとしない。銘々が何かを訴える様に勝手に喋り出してしまい、聞き取れない。
辛うじて聞き取れた内容は、オロがどうしたとか、このままじゃ恐ろしくて動けないだとか言っている様だ。
言葉の中に出て来た『オロ』という単語は、こちらの言語に無い概念の様で、翻訳出来ない様だった。
話す人によって発音にブレがある。『オロ』だったり『アォロ』だったり『ホロゥ』だったりしている。何かの名詞なのか形容詞なのかも良く分からない。言語のサンプルが少な過ぎて、兎に角翻訳精度が低いのだ。
何か聞いていると、声帯を震わせた声以外の音も言語の一部に成っている様で、歯の隙間を通る息の音とか、舌で上顎を鳴らす所謂舌鼓みたいな音が単語の一部に成って居たりしている。かなり独特な言語の様だ。
そう言えば、昔『ミラクル・ワールド ブッシュマン(コイサンマン)』という映画が有って、主人公の男がそんな話し方をしていたのを覚えている。
そんな言語でも幾らかサンプルが揃えば段々と翻訳精度が上がって来るのがロデム御謹製の翻訳機能の凄い所だ。
どうやらその『オロ』とかいうのは名詞で、恐ろしいという形容詞でもある様だ。
その正体は何かと言うと、そういう怪物が居るのだという。
彼らはその見張りで、オロが出たら焚火の狼煙で集落へ知らせる役目だったそうだ。
「早く! 早く麻痺を解いてくれ! 全滅しちまう!!」
何にそんなに怯えているのだろうか。
周囲を見回してみても、怪物の姿など何も見えないというのに。
「怪物なんて何処にも見えないじゃない。小鳥の鳴き声がのどかだわー」
「ば、馬鹿! そいつがオロだ! 耳を塞げ!」
男達は首に巻いていた布を鼻の上まで引き上げて顔の下半分を隠し、全員が襟元から紐で下げていた耳栓をすると、フードを深く被った。
「あ、それ、フードの紐かも思ってた」
男達の緊張感とは裏腹に、ユウキがそんな呑気な事を言う。
男達はぼーっと突っ立っている三人を無視して各々が自分の武器を取り、草むらに身を伏せた。
ユウキ達三人も、そのまま突っ立っているのも馬鹿みたいなので、男達に習ってその場に伏せはしなかったが屈んで見せた。
暫くすると、男達が向く視線の先に黒い塊が見え始めた。何かの獣の様で、先程迄鳥の鳴き声だと思っていた声の主は、その獣の様だと分かって来た。
「オロロロロロロロ……アォロロロロロロ……」
成る程、オロというのはあの獣の鳴き声から付けられた名前の様だ。
獣の名前でもあり、『恐怖』とか『恐怖の』という意味の単語でも有る様だった。
その獣が近づいて来るに連れて鳴き声も大きく聞こえて来る。
スーザンとアキラのリストウォッチが心拍数の変化を捉え、絶対障壁と呼ばれるエネルギーバリアを自動的に張られた。
その鳴き声には何かの魔法に類する攻撃が含まれているのか、バリアの表面でバチバチと何かが弾ける様子が見える。
ユウキのスマホには絶対障壁はまだ実験段階だったのと、ロデムのバリアの下位互換位にしか思っていなかったので、搭載されていなかった。
「うっ…… 頭が!」
ユウキが耳を押さえて顔をしかめた。
オロの鳴き声には、何か呪いの類の毒が含まれているのかも知れない。
アキラは、スマホを操作して絶対障壁を一旦解除し、ユウキを抱き寄せてもう一度バリアを張り直した。
「一瞬バリアを解除しただけなのに、酷い頭痛がする」
「あなた達のバリアで防げない攻撃が有るなんて……」
ロデムのバリアで防げるのは、音の周波数とか大きさとか衝撃波の様な物理的な攻撃だけで、呪詛の様な物に対しては想定の範囲外だったのだ。
長く呪詛に当てられていたユウキは意識が朦朧としているようだった。
吹き矢を構えていた男が、吹き矢を吹いた。
麻痺毒が塗られた矢は正確に獣の喉元へ命中し、倒れはしなかったが少しして鳴き声が止んだ。喉の筋肉か声帯が麻痺して鳴く事が出来なくなったのだろう。
山刀を持った男が素早く獣へ走り、一刀の元に獣の首を切り落とした。
真っ黒な獣は、大して血を流す事も無くその場に倒れ、動かなく成った。
近付いてその姿を確かめようとしたスーザンとアキラを獣の首を落した男は手でこちらへ来るなと制止し、腰に下げた容器から油を獣の身体に振り撒いてそれに火を点けた。
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