第165話 秘密の集落

 「それ以上近づくな、感染する」

 「感染? 病気なの?」

 「分からん。こいつは10年位前から突然現れた怪物で、海の向こうから渡って来たと言われている」


 男達の説明によると、近隣に在った村の幾つもが全滅したそうだ。

 オロの声を聞くと、精神がやられ取り込まれると言う。

 特に女はこの精神攻撃に弱いらしく、年齢に関係無く多くの女が犠牲になったらしい。

 おかげで男達の集落では女不足が深刻な状態なのだそうだ。


 「ああ、だから最初に女を置いて行けとか言っていたのか」

 「その女を置いて行ってくれれば対価に砂金と水と食料をやる。女は村で大切に扱うぞ」

 「それは有難いなあ…… なんて言う訳無いだろ! 俺の嫁だ!」

 「嫁? 独り占めしているのか? そんな贅沢は許されないぞ。女は皆の共有財産だ」

 「共有財産だって?」

 「ああ、皆の子を産んでもらう。外から来た血は貴重だ。大切に扱うぞ」

 「ば、馬鹿言うな! また地べたに寝っ転がりたいか!」

 「何をそんなに怒っているんだ? 相場の二倍でどうだ?」


 どうも我々とは常識も価値観も違う様で、話が全く通じない。

 男達には悪気は全然感じないのだ。こちらが何故怒っているのかが分からないらしい。

 自分達の提案が何故受け入れられないのか、本気で不思議に思っている様子だった。


 しかし、どうも肝心のユウキの様子がおかしい。

 酒に酔ったみたいにフラフラしているのだ。


 「ユウキ大丈夫? もうあの声は聞こえないのに……」

 「一旦帰って医者に見せた方が良いんじゃないか?」

 「それは駄目だ! 早くうちの村へ連れて行って呪いを解呪しないと手遅れに成るぞ」

 「ユウキが欲しくて適当な事を言っているんじゃないだろうな?」

 「本当だ、あの声は人の精神の弱い部分に作用して、不安を何十倍にも増幅する作用があるのだ。その結果、人の心は破壊されてオロに取り込まれ、その一部とされてしまう」


 心を破壊されて取り込まれ、その一部とされる。

 そう言えば、男達は食われると言っていたのを思い出した。

 肉食獣の様に物理的に捕食されると思っていたのだが、そうではないのだろうか?


 「あなた達の村へ行けば、治療法があるんだな? この期に及んで嘘でしたは許されないぞ!」

 「あ、ああ、保証する。村で呪いは解く事が出来る。急ぐぞ!」


 先に立って走る男達をアキラはユウキを背負い、同じ速度で追い駆ける事の出来る自分に驚いていた。

 確かにロデムが言っていた様に、アキラの体力は何倍にも上昇している様だった。


 小一時間も走っただろうか、景色は両側を断崖絶壁に囲まれた渓谷の中に入っていた。

 水の流れていない枯れ沢で、地面は砂地だが両岸の少し高くなった所から反対岸へ吊り橋が掛かっている。多分、雨の多く降る時期になると水が流れるのだろう。今は雨が降らない時期の様で、川底はからからに乾いた砂地に成っている。

 こんな所に集落が在るのかと思って少し視線を上げると、岩壁の途中の地面から4m位の高さに横に長い亀裂の様な洞窟が幾つも在るのが分かった。


 男達はその一番大きな亀裂の前まで来ると、指笛を鳴らした。すると、亀裂の端から縄梯子がするすると降りて来た。

 先に上がった男達が下を見下ろし、上がって来いと手招きするので、アキラはどうしようかと考えた挙句、ユウキをスーザンへ託し、浮上術で上がってもらう事にした。

 アキラは高所恐怖症なのだが、一人でびくびくしながら縄梯子を何とかよじ登る事が出来た。たった4m程度の高さなのだが、恐いものは怖いのだ。

 例えスーザンといえどユウキを他の男に触らせるのは嫌だったが、背に腹は代えられぬとはこの事だ。崖の上に登らなければユウキの治療は出来無いのだ。

 何とか必死の思いで崖を登ったアキラは、スーザンにお姫様抱っこされているユウキを、スーザンにお礼も言わず直ぐに取り戻した。


 「何だか不思議な洞窟だな」

 「地下の空洞が崖面で露出した感じか? 大昔にガス溜まりだったとか」

 「そんな感じだよね。地層に沿って横に開いている感じだし。そのおかげで平らな居住空間が作られているわけか」


 結構巨大な空間らしく、村が一個丸ごと入ってしまう位の空間と成っている。

 道理で衛星画像では集落が見つけられないわけだ。


 男に言われた場所にユウキを横に寝かせて暫く待つと、顔中にカラフルな模様を施した、アフリカか東南アジアのシャーマンみたいな男が現れた。

 他の男達は皆フードを被っていたので気が付かなかったのだが、上半身裸のシャーマンは褐色な肌に耳が尖っていた。


 「えっ? ダークエルフ!?」


 スーザンが叫んだ。

 周囲で見守っていた男達も次々とフードを脱ぎ、尖った耳を見せた。


 「その呼び名は好きじゃねぇ」


 彼らが言うには、白いエルフに対してダークと言われている訳で、比較するんじゃねえと言いたいのだろう。

 この時アキラもスーザンも同じ事を思っていた。

 ダークエルフと言えば、性的に奔放な種族として我々の世界では知られている。こっちのダークエルフがどうだかは知らないが……


 『男ばっかりのエロフなんて誰得だよ!』と。


 シャーマンは、手に持った器に何やらどす黒い液体を入れて持って来た。


 「ちょっと待って、それをどうするつもりなの?」

 「飲ませる」

 「それを飲ませればユウキは治るの?」

 「完全には回復しないが、命は助かる。この薬と私の房中術で命は永らえるだろう」

 「やっぱりエロフだこいつら」

 「ダメじゃん! ちょっとその薬見せて!」

 「あ! こら!」


 アキラはシャーマンから器を強引にひったくり、スマホで電話を掛けた。

 掛けた相手はロデムだ。


 「もしもしロデム、この液体の成分を分析できる?」

 『出来るよ。指突っ込んでみて』

 「えー…… 大丈夫なのこの液体? ドロッとしてて気持ち悪いんだけど。ネバ引いてるし」

 『大丈夫だよ。舐めてみてもらっても良いよ』

 「……いえ、指でいいです。うひゃぁ!」


 アキラは人差し指を器の液体の中にチョンと付けてみた。指を離すと納豆みたいに糸を引いている。思わず変な声が出た。


 『何かの植物のアルカロイドだね。何種類かがブレンドしてあるみたいだ。大雑把な説明をすると、興奮剤と鎮静剤が時間差で交互に効くように成っている』

 「飲ませても大丈夫な物なの?」

 『駄目だね。一応脳にパルス状に信号を与えて喝を入れるみたいな処方なんだけど、副作用が出る。大脳の思考を司る部分が破壊されて、感情の無いロボットみたいにはいはいと言う事を聞くだけの人形にされてしまうよ』

 「ちょっとロデム? 俺にそれを舐めろとか言いませんでした?」

 『指に付いたのをちょっと舐める位なら影響は無いよ。より正確に成分分析出来たんだ』

 「でもこれを飲ませないと命が危ないんじゃ……」

 『大丈夫だよ、ボクが治せる。直ぐに連れて来て』

 「それを早く言ってよ!」


 アキラ達が帰り支度を始めたのを見て、シャーマンと男達は慌てた。


 「待ちなさい! この娘の命は要らないのか? 時間が無いんだぞ!」

 「要るに決まっているでしょう! ここへ来た時間こそ無駄だったよ!」


 アキラは洞窟の壁に扉を作り、ユウキを背負って行こうとするのをシャーマンと周囲の男達は必死に引き留めようとする。


 「頼む! その娘を置いて行ってくれ! 大事に使うから」

 「もう! 使うとか言っている時点でおかしい事を言っていると気付け!」


 とんでもない事を言うエロフ達にアキラは一喝すると、扉の中へ入って行った。その後をスーザンも続いて入るが、シャーマンや男達は入れないので悔しそうにドアを叩いている。入出権限を与えられていない人間は入ることが出来ないのだから当たり前なのだが。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「ロデム! ユウキの意識が戻らないの」

 『分かってる。そこへ寝かせて』


 ロデムポイントへ戻ったアキラはロデムにそう告げたが、当たり前の事だがロデムは既に事情を知っている。アキラも結構慌てているのだ。

 ユウキをロデムの言う場所へ寝かせると、ロデムの身体は液体状へ変化してユウキの身体を包み込んだ。

 体の毛穴から汗腺、皮膚常在菌やウイルスに至るまで、ミクロのレベルで詳細に分析し、以前との差異を入念に調べ上げる。

 この場にはスーザンも居るのだが、ロデムの能力を秘密にしている余裕は無かった。

 ロデムもそんな些細な問題を気にしている余裕など無かったに違いない。


 「ちょっと、この人、人間じゃないの?」

 「今は何も聞かないで。お願いだから」

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