第166話 魂魄

 『ウイルスも毒物も検出されない。バイタルサインも異常無しだ』

 「どういう事? やはり脳にダメージを負っているという事なの?」

 『脳をスキャンしてみる』


 ロデムは脳を内側から原子レベルまで調べ上げる。


 『脳機能にも異常は無し…… いや、シナプス間のアセチルコリン放出濃度に多少の偏りは認められるが…… 異常と言う程では無い様だ』

 「脳の機能は正常なのね? 連中が言うには、恐怖や不安を増大させて心を破壊する呪詛だと言っていたけど」

 『素人見解だね。脳機能の低下でその様に見えたのかもしれない』

 「逆にあいつらの治療で脳が破壊されてたわけか」

 『そう。脳も身体機能も体細胞組織も全く異常が無いとすると、あと考えられるのは魂魄こんぱくの方か……』

 「あり得ると思う。呪詛だと言っていたから、脳や体などへの物理的なダメージでは無い気がする」

 『魂への攻撃アタックだとすると、ボクやアキラにも影響が出る筈だから、恐らくははくの方だろう』


 魂魄こんぱくは、『こん』と『はく』の二つのエネルギーの合わさったものだ。

 こんは勿論たましいの事で、精神に関するエネルギーの事。

 はくは身体に関するエネルギーの事を指す。

 ユウキはこのはくにダメージを負ったと考えられる。


 ユウキとアキラとロデムは、魂の一部を共有している存在なのだが、はくに関してはそれぞれが独自に保有している状態に成っているのだ。

 魂はエネルギー体としては生物界一の大きさを誇るが、はくの方はというとかなり貧弱なものなのだ。

 そもそもが人間の生物体としての強度は、同程度のサイズの他の動物と比べた場合、ほぼ最弱と言っても良い。

 言うなれば、魂の方にゲームでいうところのステ全振りみたいな状態に成っていて、残りの僅かなポイントがはくの方に割り当てられ、必要最小限な状態に成ってしまっている。

 人間とは色々な意味で歪な生物だと言わざるを得ない。

 だから、はくのエネルギーサイズも、その体を維持出来る最低限の大きさとなり、ここを攻撃されるとかなり危うい。人間最大の弱点と言えるだろう。


 「何故はくを小さくしてしまってるのかしら? 人間の設計者にクレームを入れたいわ」

 「やっぱり、限られたリソースで魂を最大化するにはそうするしかなかったんじゃないのかな?」

 「何を作るにしても、あっちを立てればこっちが立たず、大なり小なり何処かを犠牲にするしかなくなるのよね。それは神様といえど同じって事なのかなぁ」


 スーザンとアキラがそんな会話を交わしている横では、ロデムが必死にユウキの治療に当たっている。

 ユウキのはくを覗いたロデムは、鳥肌が立つ様なおぞましさに戦慄した。

 それは最初は、真っ白なエネルギー体の表面に真っ黒な砂をまぶした様な、フラクタル模様みたいに見えた。

 近寄って良く見てみると、その一粒一粒は真っ黒な穴というか斑点で、その中で何か虫の幼虫の様な物がうごめいている。私達の知っている物で例えると、『蓮コラ』が近いだろう。


 勿論、エネルギー体なので穴という表現は適切では無いのだが、何か黒い斑点の様に見える事には違いない。例えて言うなら一番近い物は太陽の黒点かも知れない。

 黒点の部分も光を放ってはいるのだが、エネルギーレベルが周囲よりも低いので相対的に黒く見えるだけなのだ。

 そして、その中で蠢いている物こそが、呪いの正体なのだった。


 ロデムは、その黒く汚染された部分を全て削り取り、外部に取り出した。

 幸い、浸食部分は内部までは侵行しておらず、薄皮一枚を剥く程度で済んだ。

 はくは、一回り小さく成ってしまったが、初期段階で治療出来たのは幸いだった。


 『アキラのはくも見せて。バリアを解いた時に感染した筈だから』


 そう言えば、ユウキを絶対障壁の内部へ入れる為にアキラは自分のバリアを一瞬だけ解除したのだった。

 アキラも水球の中に入って行き、目を閉じる。


 『うん、アキラの方もユウキ程では無いけれど少し感染している。取り除いちゃうね』


 アキラの頭部が光り、小さな光が分離してユウキから取り出した塊と一纏めに成った。

 そして水球が割れ、ユウキとアキラが出て来て、ロデムは再び人の形と成る。


 「おお、何か身体がスッキリした気がする」

 「ねえ、私は?」

 「スーザンは感染して無いから大丈夫だよ」

 「私もスッキリしたいー」

 「じゃあ後で私がマッサージしてあげるよ」

 『それで、この呪いの塊はどうしようか?』

 「構造を分析出来る?」

 『出来るよ、あっ!』


 ロデムは、呪いを固めた塊を掌の上でクルクルと回して弄んでいたのだが、いつの間にか空中を飛んで近付いて来ていたトワが、それをパクっと食べてしまった。


 『あっ!』

 「と、トワちゃん!?」

 「トワ! 吐き出しなさい! 今直ぐ!」


 大人達は大慌てである。

 何とか吐き出させようと試みるのだが、トワは泣きじゃくるばかりだ。


 「ロデム! この子の内側から取り出せない!?」

 『 …… 』


 しかし、ロデムは顎に手を当て、じっとトワを見つめて考え事をしている。

 一刻を争う事態だというのに、何を落ち着いているのだろうか。


 「ロデム?」

 『うん、どうやら大丈夫みたいだよ。音に乗って侵入して来るプログラムみたいだから、触れたり食べたりして感染する事は無いみたいだ。寧ろパパとママがくれた美味しいエネルギーみたいだよ』


 例えば、蛇の毒はタンパク質毒なので、食べてしまったとしても消化されて分解されてしまうので大丈夫、みたいな話なのかも知れない。


 「ええー…… そんな事って有るんだ」

 「体に害は無いのね!?」

 『ベクトルの違うエネルギーってだけで、エネルギーには違い無いからね』

 「マジか……」


見ていると体に変化が起こり、1歳児位の体格にまで急成長して、両脚を地面に着け立ち上がって見せた。


 「まあ!」

 「トワちゃん、体は何とも無いの?」

 『うんまあ健康よあうあーロデムみたいに言うならあーやーあーバイタルサインは全て良好きゃーうーあーうーだーだ

 「言葉はまだまだね」

 『トワだけずるいや。ボクも食べたかったな。ボクの方がお兄ちゃんなのに』


 「あなた達、本当に人間なの?」


 ロデムや赤ちゃんの異常さを改めて目の当たりにしたスーザンはポツリと呟いた。

 確かに改めて言われるとちょっと自信が無い。いや、ユウキとアキラだけはまだギリギリ人間なんじゃないかな。

 とにかく、魂さえ無事なら身体がどんな状態に成ろうとロデムが再構築してくれそうな勢いなので、死と言う概念は超越してしまったのかも知れない。

 そのせいか、危険に対する危機感みたいな部分が随分と希薄に成り、無茶をしがちに成っているのは否めない。


 兎に角今日はもう何かと大変だったので、大陸冒険はお開きにして後日に改めて集まる事にした。

 一番の被害に遭ったユウキは、何故か一番乗り気で直ぐにリベンジしに行きたがっている。今直ぐ行こう行こうと五月蠅い。薬でもやってるんじゃないかと疑いたくなる程ハイな状態だ。

 アキラはちょっとおかしいと感じたのか、直ぐにもう一度行く事には難色を示した。

 そもそも、我が子を放ったらかして冒険に出かけるというのも、冷静に成って考えてみれば褒められた行動では無い。ユウキのテンション高めな状態を見て、図らずも冷静に成った様だ。


 「少し期間を置いて、冷静に成ってからリベンジでも良いんじゃないかと思うよ」

 「えー!? 今乗ってるのにな」

 『ボクもそう思うよ。もうちょっと赤ちゃんと触れ合っていようよ。子供の成長は早いから、一分一秒が貴重で二度と戻らない宝の時間だよ』


 ロデムが珍しく冷静だ。


 『そうそう、子供の成長は早いのよ』

 『トワ、お前が言うなよ』


 ユウキは、皆からの反対を押し切ってまで行動する程ハイに成っていた訳では無いので、渋々ながら皆の言う事に従う事にした。


 しかし、そこから数日後、事件はダイニングで起こった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「よしよし、未来みらいちゃん、沢山飲んで早く大きくなりましょうねー」

 『だったら私にもはくの欠片頂戴よ』

 「うーん、無理言わないでー」


 未来みらいは今、抗議しようにも身動きすら出来ない自分に苛立った様に激しく泣いた。

 ダイニングテーブルで哺乳瓶で授乳していた優輝は、自分もはくが欲しいとぐずる未来みらいに困っていた。


 『姉ちゃん、無理言ったら駄目でしょー』

 『あんたが一人で食べちゃったからでしょー! うわああああん!』

 「永遠とわ、お姉ちゃんを煽らないの!」

 『だって面白いんだもーん』

 「コラ! 永遠とわ!」

 『えっへへー、逃げろー!』


 しかし、永遠とわもようやく立ち上がったばかりで機敏に動ける訳ではない。方向転換しようとして足がもつれ、転んで床に頭をぶつけてしまった。


 『うわああああん! 痛いよー!』

 「あーあ、もうてんやわんやだわ」


あきらはコントでも観ているみたいに大げさに呆れて見せた。

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