第167話 ロデムがやらかした

 優輝は、泣きじゃくる未来みらいなだめようと、一旦哺乳瓶をテーブルの上に置こうとした。

 すると、耐熱ガラスの哺乳瓶がいきなり砕け散ってしまった。

 哺乳瓶の中のミルクが飛び散り、テーブルの上からカーペットの上に滴り落ちる。


 「ちょっと! 手大丈夫?」

 「あ、ああ、何とも無いけど、そこら辺ビチャビチャだよ。あーあ……」


 あきらは慌てて雑巾を取りに洗面所へ走り、バケツと雑巾を持って戻って来た。

 優輝は一旦未来みらいをベビーベッドへ寝かせ、あきらと一緒にミルクの染み込んだカーペットを拭いたりテーブルの上のガラスの破片を片付けたりした。


 「おかしいなー、そんなに勢い良く置いたつもりは無いんだけどな」

 「ヒビでも入っていたのかしら?」

 「まだ細かい破片が残っているかも知れないから、掃除機持って来る」


 優輝は掃除機の仕舞ってある玄関脇の収納へ走った。

 ガラスは1mm程度の破片でも刺さると痛いし血が出るし、まして赤ちゃんがハイハイしたり歩き回ったりするスペースではどんな小さな破片でも危ないからだ。

 優輝は収納の扉のドアノブを握り、勢い良く引いた。


 「あれっ?」


 扉が開かない。

 『何故だ?』と一瞬思ったのだが、良く見ると扉にドアノブが付いていない。

 『あれ? 元から付いていなかったっけ? 何時から壊れていたんだっけ? いや、今確かに開けようとしてドアノブを掴んだよな?』と、一瞬頭の中で問答をしてから自分の右手を見ると、握り潰されたドアノブが握られていた。

 それはまるで、粘土でも握ったみたいにくっきりと指の痕の付いたステンレススチールの塊だった。


 「何だこれは! 何んなんだこの力は!」

 「あー、言ったね」

 「徐々に力が付いて来たならわかるけど、ここ数日でいきなりこんなん成ったら絶対言ってまうやん!」

 「何で似非関西弁なのよ。ねえロデム、これってあの呪いと関係有るの?」

 『いや、多分ボクがやらかした』

 「「えー!?」」


 ロデムの話によると、優輝のはくを調べている時にちょっとおかしな事に気が付いたそうなのだ。

 というのは、人間の魂魄こんぱくの比率を見た時に、こんのサイズに比べてはくがあまりにも小さ過ぎるというのだ。

 最初は、限られたリソースを振り分けるのに、魂を最大化させるにはこの比率に成らざるを得ないのだと思っていたのだが、優輝やあきらの魂は既に常人の十数倍もの大きさに成っているというのに、はくのサイズは昔と殆ど変わっていない様に見えるという。

 どういうことなのかと能々よくよく調べてみると、どうやら人間のはくにはリミッターが掛けられている様だと気が付いたそうだ。

 誰が掛けたのかと言われれば、それは人間を創造した神様というものが居るならば、きっと神様の仕業なのだろう。どんな理由が有るのかは神のみぞ知るという訳だ。


 「それで、リミッター外しちゃったの?」

 『うん…… ちょこっとだけ……』

 「ちょこっとだけ?」

 『ごめんなさい、全部です』

 「なんてこったい!」


 でも、今のところパワーが増した程度で体に害は出ていないので良いじゃないかと優輝は思った。


 「あきらの方は? あきらはくもいじってたよね?」

 『あきらの方はー…… ちょこっとだけ』

 「ちょこっとだけ?」

 『本当本当。まずいのかなーと思って半分位で止めといた』

 「止めといたって、あなたねぇ……」

 『大丈夫だよ、何か変な事に成ったら後で直すから』

 「なんかもう、ロデムってそんな性格だったっけ? どんどん人間っぽく成ってくな」

 「しかも、適当な人間っぽくね」

 『そうなのかなぁ? でも、影響を受けているとしたら、キミ達からだからね』

 「それを言われると、二の句が告げられません」


 確かにロデムは他の人間とはあまり接触が無いのだから、一番に影響を受けているのは優輝とあきら以外には居ないのだ。大体は優輝の影響を強く受けている様に見える。

 家族は皆似て来るものだが、ちゃんとロデムも家族の一員なのだ。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「俺は、あまり人間の範疇を逸脱してくれるなと言ったよな?」


 宮内庁病院で産後の健康診断と二人の研究の為のフューマスでの身体能力測定と精密検査を受けた優輝とあきらに、診断結果を見た麻野がそう言った。

 まだあきらの方はギリギリ人間と言えなくも無いが、優輝の方はかなりヤバい数値を叩き出している。


 「垂直飛び6mに、握力1tって、何だこりゃ。お前もう人間辞めたのか?」

 「辞めたつもりは無いんだけどな。死に掛けて生還したらこう成った」

 「お前等はサイヤ人か! まあ、こう成ってしまったものはもう仕方が無い。何でそうなったのか、聞かせてくれ」


 優輝は異世界ではくへの攻撃を受け、死に掛けたのを治療した際にはくに掛けられていた成長リミッターが外れた事を、ロデムの事は伏せてかいつまんで麻野に話した。


 「それって大丈夫なのか? リミッターと言うが、何らかの理由で掛けられていたセーフティだったんじゃないのか?」

 「確かにその可能性は有るわね。人間の骨や筋肉の強度を超えない様に成っていたのかも知れないのだけど、今の所骨が砕けたり筋肉が断裂したりしている様子は無いのよね」

 「どうなってんだ、お前の身体は? 精密検査の結果が出るのはまだ先なんだが、ちょっとでも異変が有ったら直ぐに知らせろよ」

 「分かりました」


 自宅へ戻った二人は、顔を見合わせてしまった。


 「俺に少しでも変な兆候が見えたら直ぐに教えてくれ。自分じゃ分からない所も有るかも知れないし」

 「分かったわ。今の所ちょっと陽気になった位な感じかしら」

 「それだけなら良いんだけどな」


 優輝はロデムに預けていた未来みらい永遠とわの元へ駆け寄り、抱き上げようとしてその手を止めた。


 「どうしたの?」

 「恐い…… 誤って潰してしまいそうで…… 俺はただ遊びたいだけなのに」

 「力を持て余した悲しき獣じゃないんだから。はいこれ!」


 あきらが投げた物を優輝は反射的にキャッチした。

 それはゆで卵だった。

 ストレージの中は、時間が停止している訳ではないのだけど、好きな時間へアクセスして取り出す事が出来る様に成っている。格納した直後の時間へアクセスして取り出せば、実質時間経過は無いも同然なのだ。

 それを知ったあきらは、思いつく限りの料理や食材を片っ端からストレージの中へ詰め込んでいる。

 今優輝へ投げたゆで卵もその内の一つだ。


 「これが何?」

 「むいて」

 「ん? 良いけど…… はいこれ」


 優輝は言われた通りに、綺麗にゆで卵の殻をむいた。


 「永遠とわに食べさせるの?」

 「ちゃんと力をコントロール出来てるじゃない」


 優輝はあきらの意図を理解した。

 優輝が短期間で急に身に着けてしまった、強力な力をコントロール出来ていないのではないかと心配しているのを見て、咄嗟に出来ている事を分かり易く体感させる事で理解させたのだ。

 あきらは、昔読んだSF小説の『宇宙の戦士』で、パワードスーツの訓練で卵を掴むというのが有ったのを思い出し、優輝にそれをやらせたのだった。


 「うん、段々慣れて来てるかも。大丈夫そうだ」


 優輝は、ベビーベッドから未来みらいを抱き上げ、高い高いをしてみせた。


 「それで、リベンジはいつ行く?」

 「慌てないの。優輝の体の変化が落ち着くまでもう少し様子を見ましょうよ」

 「んー、まあ、そうか」


 優輝のはくのリミッターは解除されてしまっている。このまま際限無くパワーアップして行くのか、それともある程度の所で成長は横這いに成るのか、それとも止まるのかが全く分からない。それをもう少し観察してからでも遅くは無いだろう。

 もしも何か不都合な事態が起こる様なら再びロデムにリミッターを掛け直して貰えば良いし、何も問題が無いなら何処迄どこまでパワーアップ出来るのか確かめるのも良いかも知れない。



 

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