第168話 プロト収穫祭
「わぁーすごい! 一面の金の絨毯!」
ノグリ農園の麦畑の収穫時期である。
田んぼの方は、田植えが終わって水温の調節とかをやっている。
今は丁度6月中頃の気候だ。
ユウキは花子お婆ちゃんや御崎桜を定期的にこちらの世界へ送迎していたのだが、ユウキ自身はというと、出産とか色々有ったので二人を送るだけで農場の方へはあまり顔を出していなかったのだ。
今日、改めて農場に顔を出してみて、この広大な麦畑にびっくりしたという訳だ。
「後何か月かすれば、今度は水田の方の金の絨毯を拝めるよ」
ホダカお爺ちゃんはニコニコしながらそう言う。ミサキ君も、自慢げに胸を張っている。
オーノ商会から借りて来た男衆も、最初はヒョロかった面々が、今では筋骨隆々なマッチョと化している。
畑仕事でそんな事に成るのかと驚いたのだが、ミバルお婆さんに相当しごかれたらしい。
ノグリも心なしか精悍な顔つきに成っている。
この畑の状態を見るに、ノグリは相当真面目に働いていた様だ。
最初に会った時は不真面目なヤンキーかと思っていたのだが、どうやら農作業は性に合っていたみたいで、ミバルお婆さんに尻を叩かれなくても自主的に毎日やって来ては雑草取りや水やりなんかをしていたらしい。
「よーし! お前等! 刈り入れだ!」
ノグリの号令で、ミバルお婆さんの子供の内の男全員と、オーノ商会から増員してもらった手伝い、それからユウ国で日雇い募集を掛けて雇った臨時のスタッフ総勢30人余りで一列に並び、畑の端から一直線に麦を刈って行く。
こっちの世界には便利な農業機械等は無いので、人海戦術なのだ。
ここの農場は、ホダカお爺ちゃんのアイデアで、というかそういうやり方があるそうなのだけど、麦と大豆を交互に一直線に植えてあるので、一人当たりおよそ幅1.2m、長さ80m程度の帯状の領域を一人ずつが担当して刈って行く。
大量の鎌の発注は、いつものドゥーリン親方の所の鍛冶屋だ。他にも鍬だの鋤だのの農具も発注している。結構な額に成ったと思うが、麦の収入を考慮して先行投資したらしい。
ミバル婆さんとビベランはこういう事には金を惜しまないのだと言っていた。
こちらの世界の鎌は、日本の物とは形が違い、半円形の細長い刃が付いているシックルというやつで、旧ソ連の国旗に描かれている鎚と鎌の図案のやつに形がそっくりだ。
流石に農機具の鎌にまではミスリルは使われていないが、もし使われていたらユウキやアキラが使った場合、全部が消滅しかねないので、極普通の鋼の刃が付いた物だ。
「よーし、競争だよ!」
「女子供に負けるわけねーだろ!」
ユウキとアキラとホダカお爺ちゃんも一緒にやると言い出した。
ユウキの競争だの掛け声に、ノグリは鼻で笑っている。
ホダカお爺ちゃんもやると聞いて、ミバルお婆さんも一緒に隣でやろうとしたのだが、やった事の無いお年寄りでは腰を痛めるのがオチなので、子供達皆に止められていた。
ミバルお婆さんの号令で競争がスタートした。
僅か数分でノグリやワーシュはおろかミバルお婆さんに鍛えられたマッチョ軍団も全て顔を青くする事に成る。
異常に速いのだ。ユウキが、では無くホダカお爺ちゃんが。
勿論、ユウキやアキラだって十分に速いのだが、こればかりは力ではどうにも成らない。
ホダカお爺ちゃんも何回も異世界間を行き来して十分に体力が増加はしているとは言えユウキ達には敵わない筈なのだが、やはり長年農業に従事して来た経験と体に染み付いた技術が物を言った様だ。
端まで刈り取ると、次の区画へ移動してそこも刈って行く。
こうして次へ次へと刈り取って行き、ほぼ一日で麦の収穫は全部終わった。
慣れない中腰作業で、ユウキも含め全員が大の字で畑の中に寝転んでしまっていた。刈り入れが全て終わった後に立って居たのはホダカお爺ちゃんだけだった。
麦の収穫時期は意外と短く、日本では梅雨と重なる時期に成るため、収穫は素早く、そして収穫後は速やかに乾燥させなければ成らない。
とはいえ外で天日で乾燥なんてチンタラやっていたら何時雨が降り出すか分かったものじゃ無いので、ここは拡張空間で作った乾燥部屋へ大急ぎで運び込む。
乾燥部屋は、畑の隅に建てられた農機具小屋の側面の外壁に、大きな木製のガレージの扉風に設置されている。
そこを開けて中を見れば、明らかに小屋のサイズとはかけ離れた空間に成っているのだが、へとへとに疲れた皆にはそんな事には気が付かない様だった。
「麦がこんなに大量に収穫されたのって、初めて見たよ。多分、いや絶対に世界初なんじゃないかな」
ビベランが驚いていた。
世界初は大げさかもしれないが、この辺りで知る限り初めてなのは間違い無いだろう。
「さあ、寝っ転がっている暇は無いよ! 今夜は夜通しパーティーだからね! 肉もじゃんじゃん持って来るよ!」
ビベランは労いのつもりのパーティーだと言ったのだけど、これが今後毎年恒例の収穫祭として定着して行く事に成る。
ビベランが肉と言ったのは、例のユウキが持って来た豪角熊の肉だ。
あの後解体出来る刃物をドゥーリン親方の工房へ発注し、大型獣の解体経験の有る猟師を雇い、解体後もその肉を美味しく食べる為に長い時間を掛けて研究を重ねていたそうだ。
畑の隅に建てられた、農機具小屋を装った空間通路からアサ国のシェフが次々と大きな肉のブロックや酒樽を運び出し、肉を切り分けて即席で作られたバーベキューコンロに乗せて行く。
大量に出た麦藁は、何か工芸品を作ったり縄にしたりと用途もありそうだが、あまりにも量が多すぎるので半分以上は焚火やコンロの火種に使われている。
日が暮れ、刈り入れが済んで出来た畑の真ん中の広場で、赤々と燃える焚火は良い雰囲気だ。
「うまっ! これが豪角熊の肉だと!?」
「そうだよ。あの硬い肉をここまでにするのに苦労したよ」
「食べると体が温まるよ!」
料理人達は、肉を叩いてみたりある種のキノコやフルーツの果汁、玉ねぎや蜂蜜に長時間付け込んだりして、肉を柔らかくするあらゆる方法を試していたそうだ。
「ふうん…… だったら、アレもお願いしようかな?」
「ん? あれって?」
「これなんだけど」
ユウキは焚火の前に北海道で母性ドンから貰った豪角羆をストレージからドーンと取り出した。
それは、豪角熊とは比較に成らない位の大きさで、我々の知っている動物のサイズで言えばアフリカゾウ位の大きさが有りそうだ。
豪角熊の何倍も有るその巨体に、今迄肉食ったり酒を飲んだりして陽気に騒いでいた全員が、時が止まったかの様に動きを止めた。
「「「「「な、何じゃこりゃー!!!」」」」」
全員が叫んだ。
爪の長さなど、60cm程もあるのだ。加工しなくてもそのまま刀剣として使えそうだ。
豪角熊でさえ一頭丸ごとで幾らするのか見当も付かなかったのに、その何倍も巨大な上位種を丸々一頭なんて、一体どれだけの値が付くのか想像も出来ない。
「破産する! 破産してしまうわー!!」
「買い取れなんて言って無いよ。収穫祭へのプレゼントだよ」
「あなたねえ、借りばかり際限無く増やされて、私達の負債が一体どれだけ膨らんでいると思ってるの!?」
「無料なのに負債っておかしくない?」
「両売人としての矜持がそれを許さないのよー!!」
面倒臭いな、商売人の矜持。
「でも、私達が持っててもしょうがないし、こんなに美味しいお肉にしてくれるなら有難いんだけどな」
「……まあ、料理を褒められて悪い気はしないわね。有難く頂くけど、また解体出来る人を集めなければ成らないから、その時連絡するわ。それまで仕舞って置いてくれない?」
「了解」
ユウキは豪角羆を再びストレージへ格納した。
確かにこんな象みたいに大きな獣を『はい』って渡されても、動かす事も出来ないしこんな畑の真ん中で解体する訳にもいかないし、困ってしまうのは間違いない。
次は解体作業員を三倍集めて再び連絡をしてくれるというので、それまで持っておくことになったのだった。
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