第136話 大野弘和

 一週間後、優輝のスマホに大野弘和おおのひろかずからそろそろ帰ろうかと思っていると電話が掛かって来た。

 迎えに行くと、大野親子もベンツのSクラスに乗っている。

 あきらは、対抗心を燃やして来たなと、その時に思ったのだが、どうやらお別れのその時まで一緒に居たいので、ゲートを開く場所まで息子を送らせて欲しいという事らしかった。


 まあそれもそうだなと思い、例の心霊スポット迄ベンツ二台で連なって向かった。

 ゲートを開くポイントの前で車を降り、大野親子は別れを惜しむようにハグをしあっている。

 そして、車の後部座席とトランクから何やら大荷物を取り出し、折り畳み式の台車の上へ乗せた。た。


 「台車かー。向こうの世界には無いから便利そう」

 「そうなんです。この際、向こうに色々持って行って売って見ようかなって」

 「それ、俺達既にそういう商売しているんですよ。見た所、結構お値段が張りそうな高級食器が有るみたいだけど、向こうの方が文明レベルが低いので、こちらで高価な品物は、向こうでは思った程の値が付かないので元が取れない可能性が有りますよ」

 「あっ、そうかー…… 貴族や王族にしか売れないか」

 「献上して、コネクションを作るには良いお宝ですね」

 「成る程ねー」

 「こっちで百均とかで手に入れた品物が、向こうでは数万円クラスで売れるのでそういう物の方が利益率は高いですよ」

 「おお、そうだったかー! もっと早く知っていればなー。失敗した―!」


 大野さんは、ちょっと悔しそうだった。

 こちらで百万円で買った品物が、向こうでも百万円でしか売れないとなると、輸送費の分だけ赤字と成ってしまう。

 仮にそれが二百万円で売れたとしても大量に、そして継続的には売れないだろう。

 それだったら、こちらで百円で買った物を向こうで一万円で百個売った方が、遥かに利益率は高い。

 この異世界商売では、高い物をより高く売るよりも、安く仕入れて高く売る方が効率が良いのだ。


 「まあまあ、色々試行錯誤してみると良いですよ。今度来た時また違う物を仕入れてみれば良いんだし」

 「今度って…… また連れて来て貰えるんですか!?」


 大野親子は、今生の別れみたいな積りで色々高価なお土産を用意していたらしい。

 それに、あきらが宇宙旅行が二十億円以上だとか脅かしたものだから、その話をご両親から聞いた大野弘和おおのひろかずさんも渡航は一回だけだと思っていた様だ。


 「条件は、うちの所属している商会の代表と会って欲しいんだ。多分提携の話を持ち掛けられると思うんだけどね」

 「ほんとに!? それだけでいいんですか!?」

 「うん、その方が連絡も取り易くなって良いでしょう?」

 「は、はいっ! ぜひっ!」


 大野親子は見るからにホッとした様な感じで脱力した。

 親御さんの方は家屋敷を売る積りだった様だし、息子さんの方は商会の貯えを全部吐き出すつもりでいたそうだ。


 「じゃあ親父、この辺のウェッジウッドのカップや皿は持って帰ってくれ。言われてみれば、百均の白い皿や器の方が売れそうに思えるわ」

 「う、うむ、そうだな。今度来た時用にそういった物も沢山仕入れておくよ」

 「向こうで不足している物、向こうの世界に有ったら便利だろうなと思う様な物を考えてみると良いと思いますよ」

 「有難う御座います。勉強に成ります」


 大野弘和おおのひろかずさんは荷物を三分の一に減らし、ご両親にまた来るねと言い残してゲートを潜った。

 異世界でオーノ・ヒロミへ変わった弘和ひろかずさんは、今度はユニセックス物のスウェットを着ているので、どこがきついとか緩いとかいう事も無かった様だ。


 「あ、それから言い忘れてたんだけど、スマホ、使えますよ」

 「ええっ!? マジですか!」


 オーノ・ヒロミさんは、自分のスマホを取り出し、母親の番号へ掛けてみた。


 「…… 呼び出し音は鳴るけど、繋がらないですよ?」

 「あれ? おかしいな。私とアキラは何時も電話でやり取りしているんだけどな」

 「もしかしたら、それもユウキの異世界ゲート能力と関係有るのかもね」

 「そうなのかな? 私の能力で繋がってたのかー…… なんかごめんね、期待させちゃって」

 「いや、大丈夫です。また今度両親に会う時に土産話が沢山出来ますから」


 ヒロミさんは、ちょっと残念そうな顔をしたけれど、笑顔でそう答えてくれた。


 「お店に着いて早々申し訳無いんだけど、報酬の話させてもらっていい?」

 「えーと、そちらの商会の会長さんと会うのでしたっけ。良いですよ」

 「正確には会長じゃなくて代表なんだけどね。じゃあ呼ぶよ」


 ユウキは店の壁に拡張空間へのドアを設置し、『ちょっと待ってて』と言い残してその中へ消えて行った。

 一分程待つと、そのドアからビベランと一緒に出て来た。


 「あらここがザオのオーノ商会なのかしら?」

 「そうだよ。こちらがオーノ商会のオーノ・ヒロミさん」

 「あら、無理言っちゃって御免なさいね。私はアサのミバル商会のビベランと言います」

 「オーノ商会のオーノ・ヒロミです。さあ、中へお入りください」


 ヒロミさんは、ビベランを店の中へ招き入れた。

 ユウキ達の仕事はここまでで終了だ。


 「じゃあ、私達はこれで帰るので後は宜しくお願いします」

 「あら、帰っちゃうのー?」

 「帰ってしまうのですか?」

 「うん、お二人を引き合わせる事で私達の報酬はもう頂きましたから、後はお二人で御商談をお進め下さい」

 「分かったわ。どうも有難うねー」

 「お世話に成りました」


 これでミバル商会の勢力範囲は、日本での北海道の位置に在るエルフ王国、東北の位置に在るセンギ国とザオ国、そして九州の位置に在るカグ国まで繋がり、所謂『北は北海道から南は九州まで』という事に成った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 花子お婆ちゃんの畑の敷地から車道を挟んで反対側の位置に耕作放棄地と成った土地が在る。

 そこには元々、花子お婆ちゃんが趣味でポポーとかパッションフルーツやプルーンなんかの木を植えていたのだが、今では幅30m高さ4mのシリコンの塊の巨大な壁が出来ている。これは、ロデムが土中のケイ素を集めて作った物だ。

 その壁の正面には、大きなシャッター(拡張空間への入り口なので、そういう見た目のスキン)が付いていて、拡張空間農園の搬出口と成っている。


 その搬出口の隣には、何やら大きな透明の立方体が置いてある。

 これもロデムが作った物で、一辺が約3mのガラスの様な透明の物体だった。

 その材質は、透明アルミニウムだ。

 アルミニウムも、地球上で三番目に多い元素なので、ロデムが試しに作ってみたそうだ。

 アルミが透明に成るなんてにわかには信じがたいかも知れないが、ルビーやサファイヤといったコランダムだって主成分はアルミニウムなのだ。


 透明アルミニウムと言えば、1986年公開の映画『スタートレックIV』で、その名前が出て来たので知っている人も居るだろう。

 実はこれ、SF映画の中の作り話では無くて、現実に完成されているのだ。

 ガラスよりも強く、透明度も高い。


 日本とアメリカの大学でそれぞれ開発に成功しているのだが、二つは成分が少し違う様だ。

 日本では東京大学がアルミナと酸化タンタルで、アメリカでは酸窒化アルミニウムのセラミックなのだそうだ。

 既にこれを使ったカメラレンズを発売すると発表しているメーカーもあるし、これを使えば防弾ガラスの厚みを四分の一に薄くする事が出来ると言われている。

 透明アルミニウムと言っても化合物なので、厳密に言えば金属のアルミニウムとは全然違うのかも知れないが、映画に因んで透明アルミニウムと呼ばれている様だ。


 閑話休題


 その透明の物体の正面にもコンビニの入り口みたいな扉が付いている。

 実はこれは、離島からの社員の出入口なのだ。

 中には駅の自動改札みたいなゲートが設置されていて、社員に配られたスマホをかざす事によって開く事が出来る。

 拡張空間農場の入り口にもゲートが設置されており、そこを通過する事で社員の勤退を管理する仕組みに成っている。


 農場内部からは、フルーツを車で搬出が出来る出口の他、契約スーパーやデパート、ショッピングモール等へ直接届けられる様に、特別に空間通路を設置させて貰っている。

 これは、社員の食事の為にフードコートや買い物の為に商店を使わせてもらう為という理由もある。


 お昼の時間に成ると、皆楽しそうに何処へ食べに行こうかと出かけて行く光景が見られる様に成った。

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