第135話 オーノ・ヒロミ

 「さあさあ、俺達はこれからザオへ行くので戸締りするから皆出てって!」


 アキラはパンパンと手を叩きながらそう言った。

 皆もっと砂金を拾いたがって居たのだが、ブーブー言いながらも両手に小石大の砂金を大事そうに持ってそれぞれのホームへ帰って行った。


 サマンサの庭とロデム空間の間の門は、誰でも通れる様にしていたのだが、ユウキの提案で呼び鈴鳴らして許可した場合だけサマンサとアリエルのみ通れる様に変更し、それ以外は入れない様に制限を掛けて置く事にした。

 きっと、アリエルの持ち帰った砂金を見て、勝手に侵入して来るやからが居る筈だから。


 「ビベランの方はどうしようかな。拒否するのも可哀想な気もするし、でもそうすると中で今まで通りにイチャイチャ出来ないし……」

 「こっちのドアも呼び鈴付けよう。『親しき仲にも礼儀あり』だよ」

 「そうだね、この空間自体が家みたいな物なんだから、その通りだね」


 という事で、ビベランが入って来る方のドアにも呼び鈴と許可制のロックを掛けて置く事になった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ザオ国へ渡った三人は、早速オーノ商会へ行って見た。

 女将さんのオーノ・ヒロミさんは、もう手紙が着いたのかと驚いていた。

 返事が戻って来る迄にはまだ十日以上は掛かると思っていたらしい。


 「さて本題。あなたのご両親をこちらへお連れするのは、ちょっと危険だと思うんですよ。だから、あなたが日本へ一時的に里帰りするという方法はどうかな?」

 「えっ? えっ!? うちの親、元気でしたか!?」

 「オーノさんはまだ四十代でしょう? 日本人の寿命はそんなに短くないよ」

 「確かにその通りなんだけど、二十年も会っていないと心配しちゃうものなのよね。でも、ホッとしたわ」


 オーノ・ヒロミは両親がまだ生きているのか心配していたが、無事元気に居る事が分かって心底安堵した様だった。


 「それで、どうします? 帰省します?」

 「します! お願いします!」


 即決だった。そりゃあそれ以外の選択肢は無いだろう。

 このチャンスを逃したら、二度と両親に会える保証は無いのだから。

 しかし、いざ帰省すると成ったら、やはり準備期間は必要だ。

 その間の店の営業も仕入れも集金も、何もかも任せる人を手配しなければ成らないのだから。

 オーノ・ヒロミには、十日後にまた呼びに来るという事を告げ、三人は一旦帰る事にした。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 十日後、再びオーノ商会を尋ねると、店の前で大きな荷物を持ったオーノ・ヒロミが待ち遠しそうに待っていた。

 夫と子供達も見送りに一緒に待っている。


 「お待たせ。じゃあ行こうか」

 「はい、宜しくお願いします!」

 「……」


 しかし、出発しようとしたら、急にしゅんとした表情に成ってしまった。


 「どうしたの?」

 「あの、こんな姿の私を両親は私だと分かってくれるでしょうか……」

 「あ、言い忘れていたのだけど、向こうへ渡ると性別がまた変わるの。男物の服が有るなら、着替えて来て下さい」

 「えっ? そうなんですか!? す、直ぐに!」


 オーノ・ヒロミは、慌てて店の中へ走って行くと、暫くしてTシャツとGパン姿に成って戻って来た。

 御崎桜みさきさくらみたいに、やはりこの世界に来た時に着ていた服は大事に取って置いた様だ。


 「またこの服を着る事が出来る日が来るなんて、夢の様です」

 「二十年前のGパンが穿けるなんて、体型変わって無いの?」

 「実は、ボタン留まりません。帰りはスウェットにします」


 お腹の前で組んでいた手をパッと除けてズボンの前を見せてくれた。

 ボタンは留まっていないし、チャックも全開でした。

 やはり子供を二人も産んでいると成ると、相当努力しないと体型は維持出来ないのだろう。


 「じゃあ、出発―!」


 夫と子供達に見送られ、手荷物で前を隠しながらそそくさと町の外へ出ると、御崎桜みさきさくらを送った時と同じ場所でゲートを開き、日本側へ移動した。

 そして、そこでベンツを出して乗り込む。

 性別が戻っても、流石に二十代の時に穿いていたGパンに四十代の身体を捻じ込むのは無理だった様で、直ぐに車の中へ隠れてしまった。


 「すごいですねー。ベンツのSクラスだなんて」

 「うん、俺達は向こうとこっちの世界を行き来して商売をしているんだ。名刺渡しておきますね」

 「異世界堂本舗ですか」

 「ちょっと道が途中なので、御崎桜みさきさくらさんに会って行きますか?向こうの世界での名前はミサキ君なんだけど」

 「え!? あ、そうか、彼も地元ですもんね。というか、彼女か。性別が元に戻るんですものね」

 「可愛らしい女子高生ですよ」


 優輝は何処かへ電話を掛けた。

 あきらは、最寄りの駅へベンツを停め、暫く待っていると通りの向こう側から走って来る女子高生を見つけた。


 「御崎みさきさーん、こっちこっち!」


 窓を開けて手を振り呼ぶと、彼女の方もこちらを見つけ、走り寄って来た。


 「オーノさんと連絡着いたんですか?」

 「うん、今後ろに乗ってるよ。さあ、乗って乗って」

 「えっ、そうなんだ!」


 ベンツの後部座席はスモークガラスだったので、分からなかった様だ。

 御崎桜みさきさくらは、後部座席に乗り込むと、そこに四十代位のラフな格好の男性が乗っている事に気が付いた。


 「あ、そうか、性別が変わるんでしたね」

 「オーノ・ヒロミこと大野弘和おおのひろかずです」

 「私はミサキこと御崎桜みさきさくらです」


 なんだかお見合いみたいに緊張している様だ。

 逆の性別では何回も会っているのに、性別が反転するとやはり慣れないのか緊張してしまう様だ。

 しかし、少しの間話をすると、向こうに居た時の感覚が戻って来たのか、フランクに話し始めた。

 その間に、優輝は大野夫妻に電話を掛け、今から連れて行く事を連絡する。

 電話の向こう側では夫妻はとても驚いている様だった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 大野さんの実家へ近づくと、ご両親は待ちきれないのか家の外の通りに出て待っていた。

 両親の姿を見た大野弘和おおのひろかずさんは、車を停めてもらい、ドアを開けて飛び出すと、両親の元へ走り寄った。


 「父さん! 母さん!」

 「弘和ひろかず!」


 大野親子三人は、道路で人目もはばからず抱き合い泣いた。

 両手を放したので、Gパンがストンと落ちた。

 感動的なシーンで有るはずなのに、優輝とあきら御崎桜みさきさくらの三人は、同時にプッと噴き出した。


 優輝達は、親子の久しぶりの再会に積もる話もあるだろうと、荷物を置いて立ち去ろうとしたのだが、強く引き止められてしまった。

 再開の場に立ち会うと、いつも同じ様な事に成ってしまうなあと優輝は思った。

 じゃあ、ちょっとだけという事で、お邪魔する事にした。

 そして、いつもの様に車を降りてストレージに格納したら、ご両親にびっくりされてしまった。


 「あ、いけない。いつもの癖で」

 「まあ、良いんじゃない? もう秘密にしなくたって」

 「もうちょっと会社の知名度上げてからの方が良い気もするけど、仕方無いわ」

 あきらは驚いているご両親の方に向って人差し指を口に当て、内緒というジェスチャーをしてウインクをした。


 「さあさ、何にも無い所ですが、ゆっくりくつろいで下さい」

 「「「おじゃましまーす!」」」


 家を外から見た感じでも庭は広いし家も大きいし、結構な資産家のお宅という感じがしていたが、通されたお座敷もかなりの広さだった。

 和室なので、床の間の掛け軸や茶器とか、さりげなく飾ってある花器とか、結構値の張る代物に見える。

 部屋のど真ん中に置かれた大きな座卓も、周囲の輪郭がグニャグニャ曲がった、木のそのままの形を利用したやつで、楽に百万越えの代物だ。


 「ヤバい、お金持ちの家、緊張する」

 「きゃはは! なーに言ってんですかー! 優輝さん達の家の方が凄かったじゃないですかー」


 御崎桜みさきさくらは、自分達の方が凄いお金持ちなのに他所のお金持ちのお宅で緊張している優輝が面白過ぎた様だった。

 優輝は女子高生に背中をバンバン叩かれて顔真っ赤である。

 女子高生らしい無遠慮さというか、場の空気の読め無ささというか、馴れ馴れしさというか、あきらは、『この子、馬鹿なのかな? 馬鹿なんでしょう?』と心の中で呟いた。


 優輝とあきら御崎桜みさきさくらは、その日は御馳走攻めに合って帰宅する事に成った。


 「あ、そうだ。帰る時には連絡下さい。迎えに来ますから」

 「分かりました」


 大野弘和おおのひろかずを実家に置いて、優輝とあきら御崎桜みさきさくらの三人は、あきらがストレージから出したベンツに乗り込んだ。


 「大野さんの家があんなにお金持ちだなんて、びっくりしましたね」

 「ほんとほんと、うちなんて成金だもんなー。本物の金持ちの家はやっぱり格式高いわ」

 「まあ、センスは徐々に磨いて行きましょう。私達はまだ若いんだし」


 その後、御崎桜みさきさくらを実家まで送り届け、優輝とあきらは東京の自宅へと帰った。

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