第134話 大野夫妻

 御崎桜はスマホを取り出すと、何かを検索し始めた。

 そして、ある動画を老夫婦へ見せた。

 動画のタイトルは、『異世界堂本舗(何でも切れちゃう魔法のミスリルナイフを販売してます)』。異世界堂本舗が最初に撮った、ナイフの販促動画だ。

 大野夫婦は、その動画を観て、最初はトリックかCGを使ったネタ動画だろうと思ったという。

 しかし、彼女がその動画を見せた理由は、ナイフの真偽では無かった。そこに出演している司会の女の子なのだ。

 彼女は、また別の動画を検索して再生した。

 異世界堂本舗販促動画第四弾!『ドラゴンズピーのピーって何?』だ。

 司会の男性と後ろで踊っている女性を指差し、『私はこの二人に助けられた』と力説する。


 大野夫婦は、最初こんな訳の分からない話をする女の子にちょっと不信感を抱いた。

 自分達から訪ねて行っておいて失礼な物言いだとは思うが、こんなちょっと頭がおかいとしか思えない様な事を真顔で言う女の子の話を信じても良いのだろうかと疑念が沸き起こったと言う。

 まさか、自分から失踪しておいて、気まぐれでまた戻って来ただけの単なる遅れて来た中二病の子供なだけなのでは?

 しかし、彼女の目には知性の光が宿っているし、話し方もしっかりしている。その言葉も論理が破綻している訳では無い。騙そうとして来る人の話特有の、本能の隅っこにちょっと引っかかる様な違和感も不快感も感じない。とても作り話をしている様には思えなかった。


 何より、息子の手紙に書かれた内容と符合する部分が多いのだ。

 その時、大野夫妻はどんな些細な手がかりでも見逃しては成らないと言う気持ちから、彼女の話を信じてみようと、たとえ騙されたとしても良いじゃないかと思う様な心境に成っていたそうだ。

 寧ろ、こんな一見荒唐無稽に見える話の中にこそ真実が紛れているのかも知れない。

 正攻法で十何年も探し続けても一向に手掛かりが掴めなかったのだ、いっそ視点を変えて、この娘の話を信じてそれに掛けてみようと心は決まった。


 調べてみると、異世界堂本舗は実在する会社だという事が分かった。

 この事実はかなり衝撃的だった。まさかジョークビデオだとばかり思っていたのだから。


 そこから御崎桜みさきさくらの行動は早かった。

 異世界堂本舗の公式サイトから会社の法人番号、そしてその番号から会社の所在地を調べ、大野夫妻を連れてアポ無しで本社に乗り込んで来たのだ。

 その本社の所在地はというと、東京都ではあるのだが、都下の田舎の広い畑のど真ん中に在る、農家さんの隣に建つ本当に小さなRC造の家と言ったら良いのか、小屋と言ったら良いのか判断に困る建物だった。


 確かに異世界堂本舗には社屋ビルの様な物は無い。

 趣味の延長みたいな単なる自営業でしか無かったからだ。

 今でも会社らしい活動をしているのは花子お婆ちゃんの農業部門だけであり、優輝は個人営業活動をしているだけだし、あきらは主にFUMASフューマスの研究所で研究をしている毎日なので、設立当初から会社形式ではあったものの、単に法人登録しただけであり、三人しか居ないし社員も居ない為、会社の社屋という物を持つ必要も予定も無かったのだ。


 その家は、贔屓目に見てもお隣の農家さんの庭に有る納屋の方がまだ大きく見える建物だった。

 しかし、その外観を見た感じ、何処からの攻撃を想定しているのかと突っ込みたくなる様な厳重なセキュリティに守られているのだ。


 御崎桜みさきさくらが玄関のインターホンのスイッチを押すと、直ぐに扉が開いた。

 出て来た若い女性は、この会社の役員の一人だと名乗った。『まあ、本社と言ってもここは自宅なんだけどね』と玄関を開けてくれた女性はそう言った。

 その女性は、御崎桜みさきさくらが訪ねて来た事に少し驚いている様子だった。


 その日は偶々、あきらは自宅でコーヒーでも飲もうかなと思い、家に戻って来ていたので、運良く御崎桜みさきさくらと大野夫妻に出会う事が出来たのだった。

 あきらは、珍しく玄関のインターホンが鳴ったので出てみると、なんだか見覚えのある顔が映ったので、玄関を開けて居間へ通し、異世界に居るユウキに電話を掛けたという訳だ。


 今時、ネットで有名に成った会社がただのマンションの一室だったり、住宅街の小さな一軒家だったりというのはそう珍しい話ではない。

 大野夫妻は、きっと今流行りのクラウドファンディングか何かで立ち上げた、ベンチャー企業とかなんだろうなとその時は思ったそうだ。


 しかし、玄関を入り居間へ通されると、この会社の異常さが嫌でも思い知らされてしまった。

 広いのだ。この居間の空間が異常な程広い。外から見た家の外観サイズからは信じられない程の広さが有るのだ。

 それは、気のせい所で済む様な広さでは無かった。

 なんと、その通された居間というのは、ちょっと大きめのホテル、例えば帝国ホテルのロビー位の広さが有った。

 外から見たあの家が、一体何軒入ってしまうのだろうという広さなのだ。

 『中に入って見たら意外と広いね』にも限度が有るだろうと突っ込みたく成る程広い。

 家の居間にこの広さって必要ある? いや無い。(反語)


 部屋の壁の一面には、映画館のスクリーンの様に巨大なプロジェクターが設置されており、席を勧められたソファーは、部屋の床面から一段下がった大きな円形の穴みたいな感じで、その外周の円弧に沿って特注の革張りのソファーが設えられている。

 つまり、背もたれの上部が床の面と同じ高さに成っている、良く映画とかで見るそのデザインは掃除し難いよね的な超お金持ちの家のリビングみたいな形に成っていた。


 あきらがちょっとお茶を淹れて来るというので、ソファーに腰を掛けて待っていると、彼女が部屋を出て直ぐにワゴンを押して人数分のティーカップとお茶菓子を持って入って来た。

 まるで今日客が来るのが分かっていて、予め用意してあったのかと思う様な早さだった。


 実は、あきらが部屋を出て直ぐに内部の時間を止め、ゆっくりとお茶の用意をして再度入室する際に再び時間を動かしただけなのだが、中に居る人間にとっては、出て行って直ぐに入って来た様にしか見えなかったという訳だ。

 あきらは別に悪戯心で驚かそうした訳でも異世界堂本舗の技術力を誇示する意図が有った訳でも無くて、顔には出さなかったのだが、急の来客に慌ててしまって、お茶の用意をする時間をお待たせするのも悪いかなと思ってそうしただけだったのだが、それが結果的にまるで手品でもしたみたいに成ってしまっただけなのだ。


 「こりゃあ一体……」


 老夫婦は酷く驚き、委縮してしまった。

 あきらは、客一人一人の前へティーカップを置き、その脇に人数分のお茶菓子の入った小さなバスケットを置いた。

 御崎桜みさきさくらは、お茶菓子がゴディバのチョコレートだったので素直に喜んでいたのだが、大野夫妻はティーカップを手に取ってカタカタと震えてしまっていた。

 それはマイセンの超高級なティーカップだったからだ。

 実は、大野夫妻は高級輸入雑貨の販売業を営んでおり、そのティーカップのセットは六人分で数百万円はするという代物だという事に気が付いたからなのだった。

 「ようこそ、異世界堂本舗へ。あなたはあの時の女子高生ね?」

 「はい、そうです! あの時に助けて頂いた御崎桜みさきさくらと申します!」


 御崎桜みさきさくらと名乗ったあの時の女子高生は、あの時のおどおどした雰囲気はすっかり消え、ハキハキとした返事で答えた。

 お茶菓子が美味しくて、気分も上々の様だ。

 しかし逆に、目に入るソファーや家具等の調度品や食器等の値段が分かってしまう大野夫婦には、緊張するなと言う方が無理な空間だった。


 「ところで、大野さんのご両親は何処迄事情を知っているのかしら?」

 「はい、未だに半信半疑ではあるのですが、息子の手紙を読む限り、異世界で事業に成功し、結婚もして子供も生まれている。もう日本へ帰る気持ちは無いし、現実に帰る方法も無いので、自分の事は自分勝手な息子が外国へでも行って、現地で結婚して居付いてしまったとでも思って忘れてくれ…… とだけ」


 性別が変わってしまっているという事は特に説明はしていない様だ。

 あまり情報過多にしても理解が追い付かないと思ってなのか、単に恥ずかしいと思ってなのか、敢えて伏せているのかも知れない。

 あきらは、御崎桜みさきさくらをチョイチョイと手招きし、小声で訪ねた。


 「向こうへ行くと性別が変わるという事は言っていないのね?」

 「あ、言っちゃいました」

 「言っちゃったんかーい!」


 思わず漫才のツッコミみたいに手の甲で御崎桜みさきさくらの肩をポンと叩いた。

 桜はその時、『あ、この人って年相応の普通のお茶目な女の人なんだな』と思ったそうだ。


 「あ、マズかったですか?」

 「いや、別に秘密って訳でも無いんだけど、大野さんは恥ずかしいと思って伏せてた可能性もあるから……」

 「そ、そうですよね! 軽率でした、御免なさい!」

 「いやまー、謝る必要も無いわよ。事情を知らないご両親が余計に混乱するんじゃないかなと心配しただけ。逆に知ってるなら話が早いわ」


 御崎桜みさきさくらを席に戻し、再び本題に戻る。


 「まあ、全て事情をご存じならば話し易くて都合が良いです。単刀直入にお伺いしますが、私達に何を望みますか?」

 「はい、まだ全てを素直に受け入れられてはいないのですが、もし出来るならば私達を息子に会わせて頂きたい、と」

 「そうですねー…… 弘和さんの気持ち次第という所も有るので、即答は出来ないのですが……」

 「一目で良いのです! 私達を息子の所へ連れて行ってはくれませんか? もし、お金が必要というのなら、家や土地を売ってでも絶対に工面して見せます!」


 ここであきらは少し渋い顔をし、優輝は困った様な顔をした。


 「その発言は頂けません。お金で解決出来ると思われるのは心外です。例えばですよ、今宇宙へ行くのに掛かる費用は二十億円以上と言われていますが、異世界へ行くのは宇宙より簡単だと思いますか?」


 その言葉に大野夫妻は青く成った。

 とてもじゃないが、土地家屋を売却した程度で賄える費用では無い。

 甘く考え過ぎていた。大野夫妻は絶望し、テーブルに両手を着いて頭を着け、涙を流した。


 実の所、優輝に取っては二人位連れて行く程度の事は造作も無い。お金だって掛かりはしない。

 あきらがそんな事を言った真意は、二人に異世界渡航を諦めさせる目的だったからだ。

 というのも、異世界はこちらとは五百年程度は文明格差のある世界であり、人権を保護される法律だって整備されてはいないし、人の命の重さも軽い。危険な害獣だって沢山居るし、何より一番危険なのは人間なのだ。

 平和ボケした日本人をそんな所へ気軽に連れて行けば、どんな不測の事態に巻き込まれるか分かったものでは無いし、ユウキ達が必ず守ってやれる保証も無い。

 気軽に連れて行ってしまいました、案の定事故りました、ごめんちゃいテヘペロという事では済まないのだ。

 とはいえ、代案も思い浮かばない、どうしたものかと考えていると、優輝がとある巻紙を取り出した。


 「まあ、そんな落ち込む事も有りませんよ。実はこれ、ついさっき俺の所へ届いた、オーノ・ヒロミさんからの手紙なんです」


 羊皮紙の手紙は、異世界の文字で書かれているので夫妻にはもちろん読めない。実はあきらと優輝にも読めないのだが、スマホのカメラを向ければARで自動翻訳された文字が表示されるのだ。


 それによると、ミサキ君(御崎桜)が日本に帰ってから暫くして、自分にも望郷の念がふつふつと沸き起こって来てしまったらしい。

 持って行ってもらった手紙には、こちらで骨を埋める覚悟は既に出来ており、帰る積りは無いと書いてしまったのだが、どうも今更ながらホームシックに掛かってしまい、日常生活もままならなく成って来てしまった。

 自分がこちらの世界で蓄えた全財産をなげうっても構わない。

 どうか一目両親に会わせて欲しいと綴られていた。


 「親子ですね、同時に同じ事を考えていた様です。気持ちが繋がっているんですよ」

 「うあああああ、弘和ぅー!」


 奥さんの方がとうとう泣き伏してしまった。


 「俺がもう一度行って会って来ます。少し時間を下さい」


 優輝は、大野夫妻と御崎桜みさきさくらと連絡先を交換し、一旦帰って貰う事にした。


 「どうぞ宜しくお願いいたします」

 「はい、近日中に必ずご連絡します。ご心配でしょうが、ほんの少しの間お待ち下さい」


 御崎桜みさきさくらと大野夫妻は、心配と期待の入り混じった様な複雑な気持ちだったのだろう、何度も振り返り、願う様に何度も頭を下げて帰って行った。


 「さて、もう一度ザオへ行って見ますか」

 「そうね、私も行くわ。優輝だけじゃ心配だもの」

 『ボクも居るんだけどな』

 「もちろん、ロデムの事は何よりも信頼しているわ。私が行きたいの」

 「そうだね、一緒に行こう」


 玄関ホールから三人は異世界へゲートで移動し、ロデム空間へ入ると、すっぽんぽんの三人が一所懸命に砂金を拾っている現場に出くわした。


 「なーにやってるの、あなた達」

 「きゃあっ! 男!」

 「こっち見ないで! あっち向いてて!」


 アキラは『ハイハイ』と言いながら後ろを向いた。

 その隙に三人は小川から出て、慌てて服を着た。


 「もう良いですかー?」

 「まだっ! もうちょっと待って!」

 「はい、良いです」


 OKが出たのでアキラはあきれた顔をしながら振り向いた。


 「欲の皮つっぱらかせ過ぎでしょう」

 「だ、だってさ、今日だけだって言われたから、まだ今日の内だしー」

 「ビベランもアリエルもお金持ちでしょうに」

 「うん、何か途中から楽しくなって来ちゃって」


 本当に必死なのは、サマンサ一人だった様だ。


 「商談は済んだの?」

 「ええ、エルフの国の御用商人にして貰ったわ。ガンガン稼ぐわよー!」


 ほんと凄いなこの人、とユウキは思った。

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