第181話 レッツ拷問

 日も暮れ、星明りしか無い闇の中に松明が一つ、二つと現れた。全部で五つ、松明を持った男達が、シャーマンの元へ近づいて来た。


 「おせーじゃねーか」

 「村の連中が全員山を下りるのを確認していただけだ」

 「見ろよ、手が擦り傷だらけだ」

 「仕方ねーだろ、連中の葬儀の仕方がこんなのだったんだからよ」


 男達の口調は粗野で下品だ。どうやらシャーマンと松明を持った男達は仲間の様だ。


 「それより今度はどんな良い女なんだ? 早く見せろよ」

 「慌てるな、まずは石を退かさないと棺の蓋が開かないだろう」

 「何でこんなに石を乗せちまうんだよ、めんどくせーな!」


 男達はずかずかと土足で棺の上に乗り、足で石を蹴って落とし始めた。死者に対する尊厳も何も無い。もっとも、棺の中に入っている女は、薬で仮死状態にされているだけで死んではいないわけだが……

 上に載っていた石を全部退かし、男達は棺の前後に分かれて蓋に手を掛け、掛け声を合わせて一気に蓋を横へ放り投げた。

 棺の中には死装束を身に纏い、胸の上で両腕を交差させた姿勢で若い女が横たわっていた。


 「ほう? ダークエルフじゃねえな」

 「人間の旅人だ。村の者じゃねぇよ」

 「ここらじゃ見ねえ肌の色だが、随分と遠くからやって来た様だ。旅の終着点がこんな所とは夢にも思っていなかっただろうがな。ヒヒヒ」


 棺の中を覗き込んだ男が下卑た笑い声を上げた。


 「ヒヒヒ……」

 「なんだ? 真似すんじゃねえよ」

 「俺じゃねえ」

 「じゃあお前達か?」

 「俺達でもねえ」

 「じゃあ……」


 男達は棺の中を再び覗き込んだ。


 「ヒヒヒヒヒヒヒヒ……」

 「ぎゃあー!!」


 棺の中の女は、口角を上げ、歯を剥き出しにして笑っていた。そして、目をカッと見開くと、特撮でよく見る逆再生の様に直立の姿勢のままスッと立ち上がり、空中へ浮かび上がった。


 「ぎゃあああああ!!」

 「お、おまっ! なんなんだこれは…… あ! あいつ逃げやがった!」


 周囲を見回すと、シャーマンがいつの間にか居ない。シャーマンは男達が棺を開けた時には既に逃げていたのだった。

 そうして気が付くと、男達はダークエルフ達に取り囲まれてしまっていた。


 「な、何故だ! 山を下りて行くのはちゃんと確認したぞ!?」


 男達は、ダークエルフの集団の中にシャーマンが居る事に気が付いた。


 「て、てめえ! 裏切りやがったな!?」

 「悪いな、俺も我が身が可愛いもんでな」


 これはユウキが考えた罠だったのだ。

 棺の中に入っていたのはユウキだった。シャーマンの男とは罪を問わない代わりに協力を取り付けたのだ。所謂、アメリカの警察がやる様な司法取引と言うやつである。

 ユウキは、予め岩場の陰に拡張空間のドアを設置し、通路を山の麓と繋いでいた。ダークエルフ達は、一旦山を下りたと見せかけて、空間通路を通り戻って来ていたのだ。


 五人の男達は、騙されたと知って頭に血が上っていたが、いざ戦闘になると自覚した途端、目つきは鋭く成り素早く戦闘態勢に入った。

 だが、既に武器を構えているダークエルフの方が動きは絶対に早い。男達が懐へ手を伸ばそうとした瞬間、吹き矢が首に突き立った。それは、例の麻痺毒の塗られた吹き矢だった。五人の男達は一瞬で昏倒してしまったのだった。


 実際問題今ここで戦闘になったとして、多少は戦闘経験が有ったとしても奴隷を運ぶ役をしていただけの男達より、毎日魔物との生死を掛けた戦いをして暮らしていたダークエルフ達では、どちらの方が強いかは火を見るよりも明らかだろう。

 最前列の男達が槍を相手の方へ突き出し、槍の穂先に注意を引き付けて置いて、槍の中に混じった長い吹き矢筒から至近距離で矢を放つのだ。避けられる訳が無い。

 暗闇の中で自分達に突き出されているのが槍なのか吹き矢筒なのか、男達には咄嗟には見分けは付かなかった事だろう。ご丁寧に筒の先端にも尖った飾りが付いていたのだから。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 男達が目を覚ましたのは、以前にシャーマンの男が拷問されていた河原の刑罰場だった。

 全員足首と、両手も後ろ手に縛られ、立ったまま首に二本の縄を掛けられ、その縄はピンと張って両脇それぞれ1m程の距離に打ち込まれた、男達の身長程の高さの杭の上へ括り付けられている。

 つまり、どういう状況かと言うと、その場に立って居るだけなら何も問題は無い。だが、その場から動こうとしたり座ろうとしたりすると首が締まるという仕掛けだ。しかも、両足は縛られたうえ、足元は丸石がゴロゴロとした河原でとても不安定なのだ。立って居るだけでバランスを取るために無駄な体力を使う。

 男達は、座る事も横に成って眠る事も、杭にもたれ掛かって休む事も出来ない。昼は直射日光に晒され、夜は極寒の暗闇の中で一睡も出来ずにずっと同じ場所に立ち続けなければならないのだ。


 「あー、喉が渇いたなー」

 「俺達いつまでこの状態で居れば良いんだ?」

 「このまま干物にされて殺されるのか?」

 「いや、これは拷問だ。俺達が音を上げて自白するのを待ってやがんだ。それまでは殺されねーよ」


 昔の日本には、水牢という拷問が有った。

 腰位の高さに水の張られた牢屋へ罪人を閉じ込めるのだ。

 座れば溺れる。横に成って眠る事など到底出来やしない。しかも、冷たい水は体温と共に体力を奪い、糞尿垂れ流しの水は不衛生でいつ病気になってもおかしくはない。残酷な拷問として知られている。

 拷問官からしてみれば、罪人を切ったり叩いたりしなくても、そこへ放り込んでおくだけで勝手に音を上げる。実にお手軽だ。


 この奴隷商人達の受けている拷問もそれに近い。水こそ無いが、昼の照り付ける太陽と夜の極寒の寒さは容赦無く男達の体力を奪い、喉の渇きと睡魔にいつまで抗えるのだろうか。

 放置して置くだけで、情報を自ら話すか死を選ぶかの選択は全て罪人側に丸投げなのだ。

 国へ忠誠を尽くした軍人ならば自ら死を選ぶ事も考えられるが、はたしてこんな小悪党どもにそれ程の根性はあるのだろうか?


 「すまない、俺はもう無理だ。喋るぜ」

 「お、おまえ! 裏切るのか!」

 「悪いな、俺ももう無理だ」

 「お前等!」

 「死ぬまで頑張る積りなのか? 俺は御免だ」


 一日経ち、二日目の日中に、脱落者が出始めた。

 飲まず食わず、特に水を飲まないで生きていられる時間は、約三日と言われている。山で捕らえられる前にいつ水を飲んだのかは知らないが、そろそろ限界に来ているはずだ。

 降参を告げた二人は直ぐに縄を解かれ、その場で水を与えられた。美味そうに水を飲む元仲間のその姿を横目で見ている残った男達三人の意志は揺らぐ。


 「最後に残った奴はこの場に放置で死刑だそうです」


 見張りのぼやけた顔のダークエルフの男が雑談でもする様にそんな事を告げた。

 三人は一瞬目を合わせ、慌てて叫んだ。


 「俺も降参する! 喋るから水をくれ!」

 「俺もだ!」

 「俺も喋る!」


 我先にそう叫んだ。

 しかし、見張りは困った様な顔をした。


 「えー? 三人共降参しちゃうんですかー? 最後の一人は死刑だって言われていたのにな…… じゃあ、あなたとあなたは解放」

 「まあて! 待て待て! 人の命に関わる選択をそんな簡単に決めるんじゃない!」


 外された男は焦った。ここで食い下がらなければ死刑確定だ。こんな事なら直ぐに降参しておけば良かったと後悔した。


 「じゃあ、あなたとあなたで……」

 「待てー!! 何でそんな簡単に変えるんだよ! 一度決めただろう!? それに何で隣のこいつは確定なんだよ!」

 「いや、この人は一番先に声上げたから。だから、もう一人はあなたかあなたのどちらか」

 「だったら、リーダーの俺を生かせ! 重要な情報を知ってるぞ!」

 「あ! ずりーな! こんな時にリーダー風吹かせやがってよう。あ、まて! 確かこいつは喋るとも降参するとも宣言していないぞ!?」

 「なっ!?」


 確かに、リーダーと名乗る男は、『俺もだ』としか言っていない。


 「だろ!? 『俺もだ』は無効だ!」

 「てめぇ! 命惜しさに他人を売るとは、恥を知れ! 卑怯者!」

 「卑怯なのはどっちだ!? こんな時に恥もへったくれもねーわ!」


 最後の二人が醜い争いを始めてしまった。

 ダークエルフの見張りの男は、困ってしまった。


 「困ったな―。一人死刑って言われてるんだよなー」

 「おまっ! 馬鹿なのか? 話になんねー!」


 そこへユウキ、アキラ、スーザンの三人がやって来た。


 「おーい! お前等良い所へ来た。ちょっとこの頭の足りない男に言ってやってくれ!」

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