第182話 オロの巣

 「えー? そんな事言われても今来たばかりなんだからわからないよ」

 「お前らの方がまともそうだ、解放するなら俺にしろ! お前らの欲しい情報は全部くれてやるぞ」

 「騙されるな! コイツは大した事は知らないぞ! 下っ端なんだから!」


 命が掛かっているのだから、二人とも必死だ。


 「ふうん…… リーダーじゃなくても大体同じ情報は知ってると」

 「そうだぞ!」

 「じゃあ先に解放した三人が居ればあなた達はもう要らないよね。二人とも死刑で」


 繋がれた二人の男達は、顎が外れたのかと思う程大きく口をあんぐりとあけ、愕然とした表情で、膝から崩れ落ちそうに成るのを必死に耐えていた。


 「おまえは…… 悪魔か」


 男の一人はそう力無く呟いた。ここで殺されると半ば諦めかけていたところに生きる望みを見せつけられ、上げておいて落とされれば誰だってそうなるだろう。

 しかし、ユウキの顔は以前より厳しいものとなった。


 「あのね、あなた達はそうされても仕方がない事をしたんだよ。分かってるの?」

 「ああ…… 一思いに殺してくれ……」


 そう言うと、二人は緊張の糸が切れたのか、ガクリと体の力が抜けて首吊り状態と成った。そして、意識は暗闇の中へ落ちて行った。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 男達が目を覚ましたのは、牢の中だった。


 「お、俺は生きているのか?」

 「ああ、あいつら、初めから殺すつもりは無かったんだ」


 そう、生か死かの二択の状況で、心をし折る目的だけの拷問だったのだ。必要だったのは、先に開放された二人であり、それは五人の内の誰でも良かった。運良く生き延びられたという安堵感と、下手な事をすればまたあちらへ逆戻りさせられるかも知れないという恐怖で、逆らう気持ちを失わせ、必要な情報を全て引き出させる。国に忠誠を誓った、訓練された人間でもなければ容易に堕ちるだろう。現に、最初に脱落した二人は意思も弱く、仲間を裏切るというハードルは低い人間なのだから、御し易い事この上無い。


 「これで必要な情報は揃ったし、次はオロを退治しに行きましょうかね」

 「あいつらあのまま一緒の檻に入れて置いて大丈夫なのかな? 喧嘩するんじゃない?」

 「別にしたって構わないさ、仲が悪くなる程こっちには好都合さ」

 「ふうん、ユウキっさ、そういうの考えてる時って生き生きしてるよね」


 ユウキは、牢番に何かを耳打ちして、その場を離れた。

 今度こそオロの退治に出掛けるのだ。

 この侵略者達の対処も必要なのだが、全員捕まえて牢へぶち込んである。捉えられた事はまだ本国には知られていないだろう。なので、憂いは先に解決しておきたい。つまり、オロを退治しておきたいのだ。

 万が一戦争となってしまった場合、戦士の出払ってしまった後の非戦闘員ばかりの村の安全は担保しておきたいからだ。


 「ちょっと待ってくれ。オロを退治に行くなら、俺達に案内させてくれ」


 そう声を掛けてきたのは、最初にユウキに吹き矢を射掛けた男達の集団だった。

 ユウキ達はあからさまに嫌そうな顔をした。


 「頼む! あの時の謝罪をさせてくれ!」

 「あああ、土下座はしなくて良いからね!」


 地面に手を着いて今まさに頭を叩き付けようとした瞬間に止められたものだから、男達は拒否られたと思い、涙目になってしまった。


 「分かったよ! そんな顔するな! まあ、私達じゃオロの生息地もよく分からないから、案内頼むよ」

 「任せてくれ!」


 ダークエルフの戦士5人に先導され、ユウキ、アキラ、スーザンの合計八人は、北東の平原へやって来た。

 ここは、ユウキ達とダークエルフの男達が最初に遭遇したあの場所である。


 「ここであんたらに行き成り攻撃されたんだよなー」


 スーザンがチクリと嫌味を言った。


 「その事に関しては謝罪する。だが、あんたらがオロの巣の方向からやって来るのが悪いんだぜ?」


 なんと、ユウキ達が来た方向にオロの巣が在ると言うのだ。

 だからダークエルフの男達は、その方向から来た三人を警戒した。オロに感染した人間かも知れないから。そして、感染していない可能性よりも感染しているかもしれないリスクの方を取り、隠れて麻痺毒を塗った吹き矢をユウキへ放ったのだ。

勿論、彼等なりの打算も有った訳だが……


 「あっちの方向だと、ジュネーブの辺り?」


 先導の男が指差したのは、ユウキ達の世界で言う所のスイスのジュネーブの方向だ。


 「そのジュネ何とかは知らないが、向こうに湖が在って湿気が必要なオロの生息地にピッタリなんだ」

 「湿気?」


 一見最強の生物に見えても、その生態には意外と弱点があるものだ。オロの場合は、寒さと乾燥に弱いらしい。


 「えー? またあそこまで歩くのー?」

 「あそこの近くにはドアを設置してあるから、空間通路でショートカットしちゃう?」

 「でも、途中で遭遇するかもしれないオロを退治していかないと」

 「うわー、どうしても歩かなくちゃならないのかー」


 アキラとスーザンが弱音を吐くのをユウキが宥めている。

 確かに来る時は結構な距離を歩いて来た。しかも今度は上り坂なのだ。二人が弱音を吐くのも無理は無い。


 「しょうがないなー。じゃあ、二人は村で休んでなよ。現地に着いたら空間通路で迎えに来るから」

 「ダメダメダメ!! とんでもない! こんな男達に一人女の子を預けられる訳が無い!!」


 アキラが猛反対した。


 「気持ちは分からんでもないが、バリアも有るんだし大丈夫じゃない?」

 「いやっ、もうっ、俺の気分的にアウトなんだ!」


 スーザンの言う通り、ユウキの身体能力的にも大丈夫だとは思うけど、屈強なエロ男集団に自分の彼女を預けるのは、どうしても生理的嫌悪感が有るのだろう。なので、ブツクサ文句を垂れながらも地道に森の中を歩いて進んで行く事になってしまった。


 幸いなのかどうなのかは分からないが、湖の近くへ来るまでの道中でオロに遭遇する事は無かった。オロの生態が良く分かっていないのだが、1体ずつしか出歩かないのだろうか? ダークエルフ達に聞いても良く分からないらしい。1体出た後にずーっと来ない時もあるし、立て続けに何体もが襲ってくる事もあるそうだ。気候とか湿度とか、何か他の要因があるのかどうか、そういうのは専門の動物学者が何年も研究してみなくては分からないのかも知れない。


 「行動原理が決まってなくて、それぞれが全くランダムに行動しているのか?」

 「こんな事ならあのシャーマンを連れてくれば良かったね」

 「まあ、今更言ってもしょうがない」


 途中森の中で一拍したのだが、見張り番を決めようとしたところ、その必要は無いと言われた。理由を聞くと、オロは夜中は行動しないのだそうだ。ただ、アキラは男達が信用出来無いのでスーザンと交代でユウキのテントを見張る事にした。そしたら案の定、ダークエルフの一人が闇に紛れて忍んで来たので、アキラは四肢の自由を奪ってその場に朝に成るまで放置していた。

 アキラは、生殖不能にしてやろうかと怒っていた。ユウキは、学生時代の医学部のあいつの事をぼーっと思い出していた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「この辺りから先がオロの生息地だ。音を立てるな」


 先導してくれていたダークエルフ達のリーダーが、小声でそう言った。どうやら音で攻撃して来る生物なので、音の振動には敏感らしいのだ。特に動物の鳴声や人の声には即座に反応して来るらしい。

 ダークエルフ達は耳栓をし、ユウキ達は絶対障壁アプリを起動させた。


 少し進んだ所で先を歩いていたリーダーが、右手で姿勢を低くしろというジェスチャーをした。全員が立ち止まり、姿勢を低くして藪の間から向こうを伺っていると、森の奥の方から鼻をつく悪臭と共に一つの黒い塊が下草の間から姿を現した。

 吹き矢を持った男が藪の隙間から筒を突き出し、フッと息を吹くと、矢は上の方三分の一位の高さの場所へ命中した。吹き矢の男は、即座に第二矢を取り出すと、今度は別の毒瓶に矢の先を浸し、筒に装填した。


 黒い塊を見ていると、なんと横に倒れていた首らしきものが立ち上がり、頭らしき部分に口というか、穴が開いた。


 「オロロ……」


 黒い塊が例の鳴き声を上げようとしたその時、吹き矢の第二射が頭の付け根辺りに命中した。

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