第180話 特定外来生物

 何を聞いても黙秘を貫いていた男が反応を示した。

 男はシマッタと思ったのか、直ぐに視線を地面へ落とし、表情を読まれない様にうつむいてしまった。

 アキラの方を見ると、指でOKマークを出している。

 そう、アキラに掛かれば相手が嘘を吐いているのかどうか等、脳のエネルギーの流れから丸見えなのだ。しかも、嘘発見器ポリグラフと違うのは、対象者が返事をする必要も無いという事だ。質問に対して余計な思考の乱れがあれば、即座に見抜かれてしまう。ただ、現段階では嘘を吐いているのかどうかしか分からないのだが、その精度は100%だ。

 ユウキが質問者となり、アキラが嘘を見抜く。過去何度となくやって来たコンビ技なのだった。


 「あなたは近くの国の人?」 ( NO )

 「あなたは海の向こうから来た?」 ( YES )


 ユウキとアキラは顔を見合わせた。どうも嫌な予感がする。ユウキはその疑問をぶつけてみた。


 「オロはあなたが連れてきた?」 (……NO……)

 「うーん、質問を変える。オロはあなたの仲間が連れて来た?」 ( YES )


 「やっぱりか!」

 「ちょっと、どういう事?」


ユウキの推測は当たっていた様だ。ユウキとアキラが何をしているのかが分からないスーザンは、その事をユウキに聞いてみた。


 「オロは生物兵器だという事だよ」

 「えっ? どういう事なの?」

 「兵器と言っても人工的に作られたものでは無くて、多分他の地域で猛威を振るっていた野生動物を持ち込んだだけなんだろうけど、特定外来種みたいに、天敵の居ない所に他の地域の生物を持ち込むと爆発的に増えて既存の生態系を破壊しまくる」


 アメリカでは日本から持ち込まれた葛が公園の樹木や建物を全部を飲み込んでしまったり、キラービーを駆逐するためにスズメバチを持ち込んだらもっとヤバい事になってしまったりという事例がある。

 日本でいえばアメリカザリガニ、オオヒキガエル、ブラックバス、ブルーギル、上海蟹なんかがそれ。元の地域では食物連鎖の輪の中に組み込まれていて、きちんと天敵も居て増え過ぎない様に成っていたものが、他の地域に持ち込むと、天敵は居ないわエサは豊富だわとなって、際限無く増えてしまう。それどころか、その地域に元々あった生態系のシステムを破壊し尽くす。元の世界ではただただ弱弱しい、狩られる側の生き物だったものが異世界では無双しまくるライトノベルみたいな事に成ってしまうのだ。


 「なろう系って特定外来生物の話だったのかよ……」


 ここで問題なのは、何の目的が有ってオロを持ち込んだのかという事だ。

 ユウキが最初に言った、奴隷商人という言葉が気に成る。


 「ユウキ、何かに気が付いたのかい?」

 「うん、感染したオロの進行を抑える薬を何故か知っている事。定期的に何かの薬も追加で飲ませていたらしい事。そして、死亡した女達はどうしたのか?」


 スーザンの疑問にユウキは自説を語り出した。


 「そうか、本来ならオロに感染して死亡したのなら、新たなオロに成ってしまうはず」

 「でも、そんな話は聞かない」

 「多分ね、進行を抑えつつ生き人形の様にして生き永らえさせる方法があるんだ」

 「ちょっとまて!」


 その話を傍で聞いていた男達が会話に割って入って来た。


 「死んだと思っていた女達は実は死んでいないという事なのか?」

 「そう、多分ね…… 憶測なんだけど、死んだという事にされて他国へ売られている可能性がある」

 「なんだと!!」


 その話を聞いた男達は、シャーマンの男を絞め殺すのではという勢いで掴み掛って行った。


 「まあまあ、話を聞けなくなるから抑えて。憶測だって言ったでしょ! で、女達はどうしたの?」

 「あ、ああ……」


 シャーマンの男は、観念したのかぽつぽつと喋り出した。ここで逆らったら本当に命は無いと悟ったのだろう。

 ユウキは、シャーマンの男が傷め付けられるのを、わざと少しの間傍観し、絶妙のタイミングで止めたのだ。男は自分の生殺与奪の権を握っているのはこの少女だと錯覚し、意地を張るだけ損だと観念して話し出したという訳だ。


 男の話はこうだ。

 オロは海の向こう側の大陸で一時期猛威を振るっていた害獣で、そこに住む人間達は皆怯えて暮らしていた。しかし、長い年月の間に人間の知恵はこの恐るべき害獣を克服する術を見つけたのだった。

 まず、オロに感染する仕組みを突き止め、その防御方法を編み出した。

 運悪くオロに感染してしまった者は、精神を破壊され尽くし肉体も衰弱して死に至り、そのまま放置すれば新たなオロとして被害を及ぼす存在に成ってしまうのだが、ある植物の樹液を煮詰めたタールを飲ませる事により、その進行を抑えられる事が発見された。

 オロの呪詛攻撃は、魂魄こんぱくの内のはくに対する攻撃なので、薬または外科的治療で完全に治す事など不可能なのだが、脳の働きを著しく鈍らせる事によって進行の速度を遅く出来る事が発見されたのだった。

 また、その薬を見つける過程の副産物で、強力な麻痺毒、幻覚作用や覚醒作用、または脳機能の一部の働きを抑える薬など、精神に作用する薬等も発見され、その国の薬学は飛躍的に発展して行った。


 やがてその国は、オロを完全に制御し、他国を侵略する為の生物兵器として使う事を思い付く。

 敵国の国力を限界まで落とし、資源を奪い、捉えた住民は奴隷として使役する。

 他国の国力を落す方法として、敵地へオロを解き放ち、国内を混乱に陥れる。次に感染者の治療法、オロとの戦い方を知る、神職または魔術師、呪術医、呪術師シャーマンという立場でその国へ入り込む。これは、対象国の文明レベルで使い分けていた様だ。

 そして、最終的にはその国の土地もろとも併呑してしまうのだ。

 相手の国は、侵略攻撃を受けている事に気が付きもしない内に弱らされ、弱り切った所に助けてくれる親切な第三国として突如現れ、気が付けば乗っ取られているというわけだ。


 「何という事だ……」

 「俺達は侵略されかかっていたのか」


 ダークエルフ達の怒りは元シャーマンの男へ向いた。

 次々に拳で男の顔を殴っていく。男の顔は、醜くはれ上がり、目の血管が切れたのか、白目の部分が真っ赤になってしまった。頭もどこかが切れたのか、髪の中から血が汗の様に顔を伝い、上半身を染めている。


 「待って待って! まだ聞き出したい事があるから殺さないで!」

 「ちくしょう! 聞けば聞く程ハラワタが煮えくり返る話だ。俺達が何をしたっていうんだ!」


 ユウキとアキラが必死に止めるので、男達は怒り冷めやらぬという感じでフーフー荒い息を吐きながらも手を止めてくれた。唯一治療の出来る、恩人のアキラの言う事には逆らえないといった所だろう。


 「それで、死んだ事にされた女達はどこへやったの?」

 「それなら墓地のある山だ」


 墓地が在るのは、ここの居留地からずっと南にある山脈の中らしい。

 オロは、寒さが苦手らしく、極寒の冬には姿を現さないそうだ。だから、寒い山の上の墓地へ埋葬すれば、万が一オロに成ってしまっても他へ被害を及ぼす事は無いだろうとの判断だった。


 「取り敢えずそこへ行ってみよう。私の予想が正しければそこに女達は埋葬されていないはず」

 「どういう事だ?」

 「それはね……」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 山道を数人の男達が列を成して登って来る。先頭にシャーマン、その後ろに棺を担いだ数人の男、そしてその後ろから村人達が皆沈痛な面持ちで列を作って付いて来ている。葬送の行列だ。

 山脈の高山地帯に入り、気温はぐんと下がって寒くなって来た。辺り一面、雪と氷で白く成り、雪も降り始める。そんな中を行列は進んで行く。

 先頭を行くシャーマンは、山の少し開けた場所に出ると、一行を止めた。

 どうやらここが墓地の様だ。

 所々にケルン(石を積み上げたもの)が見えるが、これは道しるべなんかじゃなくて墓らしい。パッと見だけでも数十はある。

 棺を担いでいた者達が、平らな場所に棺を下ろし、引き返して行った。弔いに来た村の者達も、順番に棺に触れ、もと来た道を引き返して行く。

 最後に残ったシャーマンは、一人で棺の回りに石を積み上げて行く。

 祈りながら一抱えもある石を持って来ては積んで行く。

 村人が誰も居なくなった場所で、一人黙々と石を積み上げて行く。

 これが彼等の葬送の儀式なのだ。最後を見送るのは神に最も近い存在であるシャーマンただ一人。石積みの儀式は誰も見てはいけない。シャーマンはその場に一人残り、数日掛けて棺が見えなくなるまで石を積み上げる。


 村人達全員が山を下り、日も落ちて辺りが真っ暗に成った頃、シャーマンは手を止めた。


 

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