第179話 奴隷商人

 「では、はく手術オペレーション開始」


 周回して来るはくをズームアップし、様子を眺めるが、特におかしな感じはしない。気のせいか、若干光り方が弱い様な気がするだけだ。


 『では、皮を薄く剥いて行きましょう』

 「料理番組か!」


 どうやらはくは、玉葱の様に薄く層状の構造に成っているらしく、表面だけがつるんと剥けた。

 そうすると、何だか表面がフラクタルノイズでも掛けた様にまだらの模様が見えて来た。


 「これは?」

 『一番外側の表面は、完全に呪いに塗り潰されてしまっていたからね』

 「一枚剥いたところで塗り潰された部分とそうで無い所で差が生まれて、模様に成って見えているわけか……」

 『この感じだと、もう一枚剥いちゃった方が……』

 「ちょっと待って、出来るだけ無事な所は残してあげたいから、慎重に侵されている部分だけを…… ぎゃあっ!!」

 『あー、拡大して見ちゃったか』


 アキラが急に悲鳴を上げたものだから、ユウキが心配して声を掛けて来た。


 「どうしたの?」

 「は、蓮コラ……」

 『だから、拡大する前に剥いちゃおうと思ったのに』

 「うわ、うっわ! 鳥肌が止まらない! 直視出来ない!」


 アキラの腕や首筋にブツブツと鳥肌が立ち、冷や汗をかいている。


 「アキラ、辛そうだよ、代わろうか?」

 「いや、大丈夫…… 多分」


 その後『うわっ!』とか『ぎゃー!!』とか時々悲鳴を上げながら、アキラは何とかオペをやり遂げた。

 はくのサイズは元から見て二回り程小さく成ってしまったが、それでもまだ人間の物よりは大きい。これがどういう所に影響が出るのかは良く分からない。おそらくだが、寿命が若干短くなるとか、体力や免疫機能が弱るとか、そんな所かも知れない。


 少女のオペを終え、アキラがそっと体を引くと、少女は静かに瞬きをした。その眼はアキラの方をしっかりと見据え、瞳には意志の力が宿っている様に見える。

 そして、いきなりガバッとアキラに抱き着き、大声で泣きだした。


 「うああああん、うああああー! ごわがった、ごわがっだよぅー!!」


 聞くと、体の自由が利かない状態の時でも時々意識が戻る事があり、頭に靄が掛かった様に思考が安定せずに言われるが儘に何と無く動いてしまっていたらしい。

 時々そうやって意識が鮮明に成って来る事があるのだが、そのタイミングであのシャーマンの男が不味い薬を持って来て飲ませるのだと言う。その薬を飲むと、再び意識が遠退いて行く。それを何度も繰り返していたのだそうだ。

 薬は飲みたくないのに自分の意思ではどうにもならず、言われるが儘に飲み干してしまう。そうして意識はまた混濁して行く。それを何度も繰り返し、とてつもない恐怖に心が壊れてしまいそうに成っていたという。


 そこへ現れたのがアキラだった。アキラは何かをして頭の中の靄を取り除いてくれた。そうして、一所懸命に自分の治療をしてくれているのが分かった。自分の意思を伝えようと頑張って魂を明滅させてみるのだが、それが伝わったのかどうかは分からない。そして、相変わらず体の自由は戻らない。アキラは不器用ながらもずっと自分の事を励ましてくれていたのが魂で感じられていた。


 「そんなん惚れてまうやろー! 子種を寄越せ!」


 少女はアキラを押し倒し、強引にキスをし、馬乗りに成ってズボンのベルトへ手を掛けようとしたが、ベルトの仕組みが良く分からず、手間取っている内にユウキとスーザンに取り押さえられてしまった。


 「何なの!? ダークエルフの女って皆こんななの!?」

 「あ、ああ、こいつはまだ大人しい方かもしれん……」


 アキラはヤバいと思った。肉食系にも程がある。


 「マジかよ。治療止めようかな」

 「たのむよー!!」


 少女だけでは無く男達にも泣きつかれた。ウザイ事この上無い。


 「でもアキラ、バリア発動してなかったよね」

 「う……」


 そう、ユウキとアキラのバリアは、本人達が嫌だと感じたら発動する仕組みに成ってい

る。それが無かったという事は……

 ユウキがジトーッとした目でアキラを見た。アキラの目は泳いでいた。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 一人治療に成功してコツを掴んだのか、二人目、三人目と段々スピードアップしながら、二時間程度でその場の八人の女達は全員治療を完了する事が出来た。

 治療が完了して自分の意思で動ける様に成るとダークエルフの女達は決まってアキラに襲い掛かって来る。

 治療で精神を擦り減らしている所に身の危険もあるとなったら、流石に人より体力があるとはいえアキラも疲れを隠せない様子だ。


 「今日はもうこの辺で勘弁して。今度来た時に他の人を治療するから」

 「次はいつ来てくれるんだ?」

 「その前に、オロを退治したいんだよね。今日はそのために来たわけだし」


 男達はそれぞれが顔を見合わせて難しい顔をしている。オロを退治すると言ったのか? あれは退治出来るものなのだろうか? と。

 1匹2匹なら倒すことは可能なのだが、倒したところでまた増えて戻ってくる。オロに感染した動物を取り込み、それがまた新たなオロとして徘徊する様になる。動物が居る限り、際限無く増え続けるのだ。根絶する事など到底出来ない様に思える。


 「なんか聞いた感じだとゾンビみたいなものに思えるね」

 「噛み付かなくても増える所がヤバいね」

 「ここの女達は症状が進行していなかった様に見えたけど?」

 「それなんだ。俺達があのシャーマンを名乗る人間を信じ切っていた理由は」


 どうやら、あの薬はオロの進行を本当に止める効果は有ったのかも知れない。肉体の方を操作して魂魄の方に間接的に影響を与えるという事は、全く無い訳では無い。現世の悪行が魂を汚すと言われる様に、無い話ではないのだ。あの、ユウ国の関所村に居たあいつの様に。ただし、遠くに置いたパソコンのキーを長い棒を使ってタイプするかの如く、不確実で効果も薄い様ではあるのだが……

 そして、あのタールの様な薬での治療では、副作用で脳へのダメージが大きく、結果的に生き人形の様に成ってしまう訳だが。


 あの男は、何故その様な薬の製法を知っていたのか、そもそも奴は何処から来たのだろう?

 ユウキ達は、シャーマンの男が監禁されている牢へ案内してもらって、男に事情を聞く事にした。

 一旦洞窟を出て地上へ降り、別の洞窟の有る所まで行ってまた崖を登る、移動するだけで非常に面倒臭いのだが、外敵の侵入を防ぐには仕方が無いらしい。

 そこで、ユウキは拡張空間で洞窟同士を繋げてしまおうと考えた。だが、初回は実際に行かなければならない。


 「崖をこんないつ切れるか分からないツタのロープで登ったり降りたりするなんて、信じられないんだけどー」


 高所恐怖症のアキラがぼやくので、ユウキがサッと崖を飛び降り、牢の在る洞窟の崖をジャンプで飛び上がり、ドアを設置した。アキラ達は空間通路を使ってやって来た。

 ダークエルフ達は、その魔法の様な技術にびっくりしていた。

 そして、何よりあのユウキという少女の身体能力だ。5m以上もある崖を跳躍で飛び降りたり飛び上がったりしている。人間とはこんなに凄いものなのかと。


 ユウキ達は、シャーマンの男が囚われているという牢へ行ってみたのだが、男はそこには居なかった。牢番へ聞くと、今別の場所で尋問の最中だと言う。

 そこは何処かと聞くと、外の渓谷の下流に在る石の河原だそうだ。アキラは結局崖降りなければならないのかとガッカリした。


 「しかたないなぁ」

 「うわっ!」


 ユウキはそう言うと、アキラをひょいっとお姫様抱っこした。


 「何?」

 「いや、ちょっと恥ずかしいな…… あ、ちょっとまって! うそでしょ!? ぎゃー!!」


 ユウキはアキラをお姫様抱っこしたまま崖から飛び降りた。アキラは、ユウキの首に絞め殺すのではないかと思う程の力で抱き付き、絶叫していた。その後ろからスーザンは浮上術で悠々と追って来ている。

 ダークエルフの男達は、ユウキの信じられない程の身体能力に目を丸くしていたが、その後ろを慌てて追いかけて行った。


 渓谷の、と言っても枯れ沢なのだが、下流方向に少し行くと、漬物石位の大きさの丸石がごろごろとした河原に成っていて、どうやらそこが刑罰場の様だ。

 シャーマンを騙った人間の男は、縛り上げられた上に地面に打ち込まれた杭に繋がれ、頭から水を掛けられて全身びしょ濡れに成っていた。この寒い地域で水を掛けられるのは、かなり堪えるだろう。男の体は、やはり色を塗っていたらしく所々剥げて地肌が見えている。白人の男らしく、髪もブロンドだった。


 「あ、あの、もう降ろしてくれない? 大の男が女の子にお姫様抱っこされているのが恥ずかしいんだけど……」

 「おっと、ごめんね」


 アキラを地面に降ろし、拷問を担当していた者に何か重要な情報を吐いたか聞いてみたが、首を横に振るだけだった。

 ユウキは、拷問担当に許可を得て、直接男に話を聞いてみる事にした。


 「ねえ、おじさん。何でこんな事をしたの?」

 「 …… 」


 男は口を開かない。それではという事で、ユウキは自分の考えをぶつけてみる事にした。


 「おじさん、奴隷商人でしょう」

 「 ! 」


 男は吃驚した様な顔をして、ユウキを見つめ返した。

 

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