第59話 拡張空間農園

 次の日、あきらは日本政府のお役人と大型永久電池エターナルバッテリー制作の打ち合わせに某大手重工業メーカーへ行ってしまった。

 何でも、その担当者は話の分かる人で、中を開けたら自動的に内部を破壊する仕組みをノリノリで考案してくれているらしい。


 「バッテリーの制作の打ち合わせじゃ無いんかい!」


 優輝が突っ込んだのだが、電力を発生する部分に関してはあきらしか作れないし、仕組みの解析も難しいとあってはその他の部分で協力するしかないと言う事で、メーカーにはお願いをしてあるそうだ。

 バッテリーのそれっぽいガワと内部のトラップ、目眩まし用のフェイク部品や特殊素材のパーツをしこたま仕込んだ一号機が完成したというので、最後の仕上げとしてその装置の端子から電力を取り出せる様にあきらが手を加える為に出かけて行ったのだ。


 残された優輝は花子お婆さんの家でお煎餅を食べながらお茶を飲んでいた。


 「あきらちゃんが居ないと退屈かい?」

 「そういう訳でも無いんですが、面倒な仕事を全部あきらにさせてしまっているので、なんだか申し訳無いというか何というか……」

 「そうなのかい? 優輝君も良くやってると思うが」

 「そうだ! お婆ちゃん、何処か体の具合の悪い所とか無い?」

 「悪い所はみんなあんた等に治して貰っちゃったよぉ」

 「そうですか…… じゃあ、他に何か困った事とか無いですか?」

 「んー…… とは言っても、本業の農業で少し困ってる程度かねぇ、優輝君に言っても仕方が無い事なんじゃが」

 「農業でですかー。俺はその方面は全くの素人だしなー。でも、愚痴位聞けますよ?」

 「まあ、有り勝ちなんじゃが、普通に天候不順のせいで今年は不作なんじゃよ。こればっかりは神さんでも無い限りどうにもならん事じゃ」


 優輝は少し考えてみた。

 あれ? これって、拡張空間で何とか成るんじゃないのか? と。

 試しに拡張空間内部で農業が出来るのかどうかを確認して見なければ成らない。

 入り口を何処にしようかなと考えたのだが、試しなのでどこでも良いやという事で、庭の納屋の壁に作ってみる。


 「この納屋の壁に入り口を作ります」


 二人でつっかけサンダルを履いて、庭に出る。

 優輝が農機具や肥料なんかを仕舞ってある納屋の外壁を指差してそう言った。

 優輝はスマホを取り出し、何やら操作をし始めた。


 「一体全体何が始まるんじゃ?」

 「まあ、見ててください」


 優輝がスマホを操作する度に、納屋の壁に四角く穴が開き、次に扉が出現した。


 「おお! なんじゃいこれは!?」

 「中に入れますよ」


 お婆さんの入出許可をチェックし、手を引いて扉の中へ入る。


 「おおお! なんじゃいこれは!」


 驚きすぎて同じセリフしか出て来ない様だ。


 「取り敢えずこの中で農業が出来るのか試しなので、畑一反程度の面積で良いですか? 確か、300坪でしたよね、て事はメートルに直すと…… 凡そ31m四方ってとこかな?」


 更にスマホでパラメータを操作し、部屋の大きさを変える。天井の高さも同じ31000mmに設定。

 更にスキンで床を土に、壁には一面の小麦畑と青空、天井も青空に設定。

 壁には誤って衝突しない様に下から1m程の高さに木の柵の柄を、天井一面をライトにして明るさを60%、四方の壁の発光をそれぞれ8%環境光アンビエントを8%に設定した。


 「これで大体外と同じ様な環境に成ったんじゃないかな」

 「でもよう、地面がカッチカチじゃよ?」

 「そうか、質感の変更は、と、あ、出来ますね。じゃあ、地面の下1mの深さまで土の質感を、と」


 地面が土っぽい質感に変化した。

 しかしお婆さんは、しゃがんで土を握り首を横に振った。


 「この土じゃぁ駄目だ。農業には向かないよ」

 「そうですか、なかなか難しいな」


 土はまるで砂の様に均一な粒子でいかにも人工物っぽいのだ。

 水気が無いので握ってもサラサラと指の間から零れ落ちる。

 一見しただけで植物の生育に必要な栄養素が全然無いのが分かる。

 それと、一番の問題はこの空間内には植物の生育に必要不可欠な水が無い。


 「あそうだ! ヘイ、ロデム!」

 『ご用件をどうぞ』

 「あのね、拡張空間の中で植物を育てられる?」

 『鉢植えやプランター等、育てるだけなら可能です』

 「おや、お話が出来るのかい? 便利だね」

 『こんにちは、穂高花子ほだかはなこ、さん。ボクの名前はロデム、です』

 「おやおや、これはご丁寧に。可愛いねぇ」

 『どうもありがとう。穂高花子ほだかはなこさんも可愛いです』

 「あらやだよ、お世辞なんて言っちゃって」


 とか言いつつ何か嬉しそう。


 「水を何とかできないかな?」

 『降雨機能は有りますよ』


 タイマーを設定して好きな時間に好きな量の雨を降らせる事が出来る様だ。


 「余分な水の排水は?」

 『一度降った水を回収して再び降らせる循環型にする事も可能ですし、地面や壁から吸収させて空間外へ排水する事も可能です』

 「永久に水が溜まる仕組みじゃなくて良かったよ」

 「水が有るなら何とかなるかも知れないよ」


 水でそれが出来るなら、換気も当然出来ているのだろう。

 今まで何の気も無しに出入りしていたけど、窒息なんてした事は無かったのだから。

 プロパティを開いてみると、環境設定の項目でかなり細かく内部環境を弄れる様に成っていた。

 デフォルトで外界と同じに成る様に成っているのだ。


 換気という項目は無いが、大気の組成という項目が有り、どうやら外の空気や水を入れたり出したりしているのでは無く、内部で酸素や窒素等を生成して循環させ、一定に保つ様に成っているらしい。

 宇宙船や原子力潜水艦なんかの密閉空間内の内部を一定の環境に保つ仕組みと似た様な物なのだろう。

 病原菌やウイルス、毒ガスや害虫といったものが侵入してこないのは良いかも知れない。

 入出許可という項目が存在しているのは、人間だけでは無く許可した物以外はウイルスも原子も全部入れないという事だったのだ。

 ただ、蜜蜂とかは別に持ち込まないと、受粉には困ると思われる。規模が小さいので人の手でやっても良いかも知れないけどね。


 花子お婆さんによると、植物の生育に必ずしも土や太陽光は必要無いのだそうだ。

 野菜工場といって、コンテナを利用した植物プラントがあり、トマトやレタスといった野菜を栽培する装置が存在する。

 土は、植物にとって根を張り体を支えると共に栄養素を吸収する為に必要な物である半面、根を伸ばす障害物でもあり、ストレスの一つとも成っているのだという。

 そして光は、生育に必要な波長は大体決まっていて、全波長を含む太陽光で無くとも構わないという。逆に強すぎる紫外線は細胞にダメージを与えたりする。


 なので植物プラントでは光は植物に必要な波長のみを出すLEDランプを使用し、土は使わず水を通すスポンジの様な素材だったりフィルムだったりから必要な養分を吸収させ、根にストレスを与えない様な仕組みに成っていたりする。

 体を支える支持体は空中に張り巡らされたネットとかフレーム等に任せ、重量を支える任務から解放された根は、栄養素を吸い上げる事だけに集中出来るので、通常の何倍もの収穫が出来る様に成るのだそうだ。


 花子お婆さんの農業知識とロデムの知恵と優輝の労働力によって、午後には土を使わないトマトプラントとレタスプラントの野菜工場プロトタイプが完成した。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「こちらが大型永久電池エターナルバッテリー試作一号です」


 あきらは、某重工業インダストリーの工場へ来ていた。

 工場の敷地内に新たに造られた、窓の無い小さなコンクリート製の四角い小屋は、周囲を10m四方程の金属柵で囲われている。上には黄色のパトランプが回っていた。

 建物の上を見ると、変電所で良く見かける様な、碍子がいしが何重にも重ねられた鉄塔と電線に囲まれている。

 柵の内部へ入り、建物の分厚そうな金属扉を係の者がカードと掌紋認証で開くと、部屋の照明を点ける。

 照明に照らされた部屋の中央には、四角い台座の上に角の取れた四角い黒い箱が置かれていた。


 大型とはいえ、サイズは一辺が60cm程の立方体だ。

 それが頑丈そうなコンクリートの台の上に固定されている。

 固定は、台座から伸びた太いアンカーボルトに金属のフレームで固定され、三重にナット締めされた上にご丁寧に溶接されていた。


 黒い箱の表面の材質は、金属なのか粘土な?のか、それすらあきらには分からなかった

 一面とその反対側の面に直径20cm程もある巨大な電極端子が付いていて、天井から下がった高圧電線用の太い電線が接続されている。


 「本当にこんな構造で良いんですか? 発電用の仕組みなんて何一つ入って無いのに」

 「大丈夫だそうです。ただ、電圧に耐える構造にさえ成っていればと」


 設計担当とお役人が会話している。

 制作側も何が何だか分からずに作らされているとはいえ、何か技術的に盗める物は無いかと仕様書とにらめっこしていたのだが、どうやらそれが不可能だと悟り、言われた通りの物を作っただけだった。

 まるで麻袋に砂を詰めて針金を挿し、ここから電気が出て来ますよと言われているに等しい構造なのだ。

 ただ、自衛隊の艦船や潜水艦に搭載された時、鹵獲された場合に備えて分解不可能な構造、もしも何とかして開けられたとしても理解不可能な構造と目眩ましの材質、開ければわざとぐちゃぐちゃに壊れる仕組み、酸素と反応して燃える素材、液体が回って腐食する部品等、トラップ満載の箱なのだ。

 ただし、超高電圧に耐えうる構造というのだけは特に念を押されている。


 「もっと小さくても良かったのに」

 「これ以上小さくすると、電極間で放電してしまう恐れが有るんですよ」

 「出力はどの位欲しいんでしたっけ? 200万kw位有れば良いかしら?」

 「えっ? あ、はい、試作品ですので、100万kwでお願いします。実証実験が成功しましたら順次高出力化したいと…… ひょっとして、上限って無いんですか?」

 「無いわよ。落雷並みの10億ボルト常時出力だって可能よ」

 「あ、そ、そうですか。これは試験用という事で当初の仕様通り100万kwでお願いします」

 「了解」


 あきらは皆を下がらせ箱の横に立つと、箱を凝視して指で空中に左から右へ線を引く様な仕草をした。

 すると、壁に設置されたデジタルメーターに明かりが灯り100万kwの数値を表示し、刻々と稼働状況を記録し始めた。


 よく、真夏の電力消費量が原発一基分増えたとか減ったとか言われる事がある。

 これは東京ドーム何杯分みたいな目安なのだが、原発一基分というのは概ね100万kwの電力を差すそうだ。

 つまり、この黒い箱からは原発一基分の直流電流が放出されている事に成る。

 役人も技師もその場に居た皆が驚きの表情を隠せなかった。


 「全く信じられない事だ……」


 誰かがそう呟いた。

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