第58話 拡張空間通路

 「あんた達、裏通りに人目が無いからって、所かまわずイチャ付いてるんじゃ無いよ」

 「してません! 躓いて転んだだけです!」


 店の裏で悲鳴が聞こえて顔を出したお婆さんにからかわれてしまった。


 「それで、アサ国へは明日行く事にしたのかい?」


 アサ国というのが東に在る国の正式名称なのだろう。


 「あ、それならもう行って来ました」

 「嘘をお言い!」

 「本当ですって、ビベランさんのお食事処へも行って来ましたよ」

 「マジかい! あれから何時間も経っていないというのに?」


 お婆さんは辺りをキョロキョロと見回して、二人を中へ入れると扉を閉めた。


 「あんた達、そういう移動の魔法が使えるのかい?」

 「ええ、まあ……」

 「あまり大っぴらに魔法使うんじゃ無いってこの前教えただろうが!」

 「でも、ここと東の国は安全だって聞いて」

 「それでも! どこでどう伝わって狙われるか分かったもんじゃ無いんだからね! 心配させないでおくれ」


 お婆さんは二人をぎゅっと抱きしめた。

 ああ、この人は本当はとても優しい人なんだなと、二人は思った。


 「その、なぁ、その魔法であたしもアサ国へ連れて行って貰う事って出来るのかい? 久し振りに娘に会ってみたいんだが」

 「お安い御用ですよ。この後店が閉まったら一緒に食事をする約束をしているんです。ご一緒にどうですか?」

 「良いのか! 是非連れて行ってくれ! 娘の作る食事は美味いんじゃよ」

 「そうと決まれば早速」


 ユウキはスマホを取り出し、裏口ドアの横にもう一つ扉を追加した。


 「お婆さんに通行許可を、と」

 「さあ、行きましょう」


 ユウキがお婆さんの手を引いて扉を潜ると、グレー一色の何も無いただの四角い部屋になっていた。その対面にユウキは再び扉を作りそこを潜り抜けると、そこはビベランのお食事処の横の路地だった。


 「お、おお、こりゃ凄い」


 一瞬の内に40kmも離れた隣の国へやって来た事にお婆さんはびっくりしていた。

 ビベランに会ってから帰りにそこへドアを作って置いたのだ。

 裏口へ回り、ドアをノックすると支配人のエイベルさんが顔を出した。


 「お待ちしておりました、アキラ様、ユウキ様、それと…… か、会長!?」

 「エイベルや、何年ぶりかのう。私も来た事を娘に伝えておくれ」

 「は、はい! 直ちに!」


 エイベルさんは奥へ走って行った。

 何時も落ち着いて丁寧な物腰の人なのに、余程慌てたのだろう。

 暫くして、バタバタ階段を駆け下りて来る足音が聞こえた。


 「お母さーん!!」

 「おお、ビベランや、元気にしておったかい?」

 「今日はなんて日なんでしょう。嬉しい事が幾つも起こるわ」

 「この子達のお陰じゃよ。ああ済まんな、手土産を持って来るのを忘れとった」

 「そんな物要らないわ。お母さんが来てくれた事が一番の手土産ですもの!」


 余程長い間会っていなかったのだろう、飛び付いて涙ぐむビベランさんに、お婆さんは母親らしく優しい声を掛けていた。


 「さあさあ、食事の用意がしてありますから、皆で食べましょう!」


 閉店後の店内は貸し切り状態だ。

 大きな丸テーブルに四人は腰を掛け、次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打つ。


 この世界の料理は、大体美味しい。

 特に素人のユウキやアキラが口出しをするべきでは無いだろう。料理人のプライドを傷つける。

 調味料や香辛料、ソース等を提供すればワンランク上の味には成るだろうが、それを使うかどうかは料理人が決める事だ。

 二人にはこれより上手に調理が出来る自信は無かった。

 ただ、一つ改良点があるとすれば、食器類だ。

 器が美しくない。木をくり抜いたプレートなのだ。

 フォークとスプーンも武骨過ぎる。

 この辺はプレゼンの余地が有りそうだ。


 「これが昼間に言っていた、卓上コンロです」


 アキラがテーブルの下で、リュックから取り出す風を装ってストレージから取り出した。


 「うちの子達は魔法を見ても驚かないから普通に出してくれて構わないよ」


 そのサイズの物が二つもリュックに入っていた訳無いだろと言わんばかりにお婆さんは言った。


 「えっ? この子達魔法使えるの?」

 「そうだよ。隠すの下手糞なんで心配なんだよ」

 「へーぇ、道理でお母さんが気に入る訳だわ」


 「え、えーと、本題に入りますね。これが卓上コンロという物です」

 「形が随分と違う様だけど、同じ物なの?」

 「ちょっと加熱の仕組みが違うんですよ。値段も、こちらの平らな方は四倍位します」


 アキラは二つのタイプの特徴とそれぞれのメリットデメリットを説明した。


 「ふうん、鍋の形や銅鍋も使えるならこっちの安い方が良いかなぁ? 大衆食堂ならこれで十分よね。うちの店で使うなら、高級感を出してこっちの上が平らな方かな。で、おいくらなのかしら?」

 「安い方が小金貨一枚、高い方が中一枚です」

 「こんなすごい道具が下着と同じ値段とはねぇ…… あんた達、物の値段の着け方無茶苦茶だよ」

 「えっ? 下着って? もしかして! 今イスカ国の方で話題に成っているアレもこの子達が!?」

 「そうなんだよ、危なっかしいだろ? 行動も商売も」

 「そうなのね、ふうむ……」


 ビベランは少し考え事をしてから口を開いた。


 「これ、両方をそれぞれ十台ずつ、中金貨二十枚で買い取るわ。ただし、あなた達うちの商会に入りなさい。悪い様にはしないわ」

 「え? でも、家族だけの商会なんじゃないの?」

 「良いから良いから、お母さんもその積りだったのよね? 適正価格の値付けとか、税金とか、色々面倒な事を引き受けてあげられるわ。ただし」

 「ただし?」

 「あの下着、私にも分けて頂戴。手に入らないのよ」


 最後の条件は、ユウキにそっと耳打ちされた。

 流石に男のアキラやエイベルさんの居る前では言い難かった様だ。


 その他、香辛料や調味料のサンプルや包丁と砥石、白い磁器の食器やカップ、銀のナイフとフォークなんかもプレゼンした。

 包丁と砥石には料理人が、食器類にはビベランの他お婆さんも興味を示していた。


 「見て見て見て、トマトに良く似たこの野菜は切られた事に気が付いておりません」

 「おおおおおお!」

 「マーフィーかい!」


 厨房のシェフ達からどよめきが巻き起こった。

 食器とナイフとフォークは、全100セットお買い上げ。包丁と砥石もお買い上げ。

 調味料と香辛料は、使い方を研究してみると言うのでサンプルとして無料で置いて来た。

 良い条件で商談が成立したので、握手を交わして帰る段取りと成る。

 そこでビベランに呼び止められた。


 「ねえ、その魔法で私もお母さんの家へ行けたり…… するのかな?」

 「行けますよ。あ、そうだ。社長室に扉作りましょうか?」

 「え、良いの!?」 やった!!」


 三階の社長室へ全員移動して、部屋を見たお婆さんが一言文句を言った。


 「ふん、贅沢な調度だねぇ、勿体無い」

 「この位にしておかないと、商取引の時にハッタリが効かないのよ」

 「まあまあ、親子喧嘩はその位に、今後は直ぐに会えるように成りますからね」


 ビベランが指し示した壁にドアを一つ作ると、中の空間をお婆さんの雑貨屋の空間と連結した。

 扉を潜り、レストランの外壁行きのドアを消す。


 「ああ、そのままでも良かったのに」


 お婆さんはそう言ったが、あそこはアキラとユウキが使う積りなので、お婆さんとビベランの通行許可は取り消させてもらう。

 お婆さんの雑貨屋とビベランの社長室は双方向のみ、『ピア・ツー・ピア』で行き来するのみとする。


 「扉に入れる権限は、商会の人間のみで良い?」

 「そんな事も出来るの? 便利―!」

 「といっても、会った事のある人しか入出権限与えられないんだけど、取り敢えずお婆さん一家と私達とアデーラさんとエイベルさんで良いかな? 後で増やしたくなったら言ってね」

 「了解了解!」

 「うん、関係無い人も通れたら防犯上宜しくないからね」

 「そうね、完璧よ!」

 「金庫とか大事な物をそのグレーの部屋へ入れて置けば、誰にも盗むことは出来ないから良いですよ」

 「そうなんだ、ありがとー!」


 ビベランはピョンピョンしながら喜んでいた。

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