第57話 卓上コンロ
「ちょ、ちょっとこちらへお掛けに成ってお待ちください。直ちに社長へ取り次ぎますから!」
店員は入り口横に設置されたソファーへ二人を座らせると、巻紙を持って奥へ早足で入って行った。
程無くして戻って来て、二人を奥へ案内してくれた。
「本当にご無礼を致しました。私、当店の支配人を務めておりますエイベルと申します。会長のお知り合いとはつゆ知らず失礼な態度を取ってしまい、大変申し訳ございませんでした」
「大丈夫、とても丁寧な対応でしたよ、気にしないでください。約束も無しにこんな格好で来ちゃった私達が悪いのですから」
「そう言って頂けて心より安堵しております」
エイベルさんは、奥の従業員用の階段を上り二人を三階の社長室へと案内した。
ドアをノックすると中から返事が有り、秘書らしき女性がドアを開けた。
エイベルさんはその女性へ二人を連れて来た事を告げ、一礼して引き返して行った。
「アキラさんとユウキさんですね。私は秘書のアデーラです。社長がお待ちかねです。どうぞ」
めっちゃ丁寧に豪華な部屋へ案内されてしまい、二人は落ち着かない様子だ。
部屋へ入ると、奥の窓を背に配置された大きな社長机の向こうから小柄な年配の女性が立ち上がり、にこやかに二人を豪華そうなソファーへ案内してくれた。
「私はビベラン。あんた達、あのお母さんの友達なんだって? 嬉しそうに手紙に書いて来てたわー」
「あのう、会長って?」
「うちの母の事よ? 私達子供達ネットワークで商業組合作っててね、母はそこの商会長なの。結構この国でも大きな商会なのよ」
「そんな事一言も聞いていなくて、お店も小さな雑貨屋だったし」
「うん、あそこはね母が最初に商売を始めた一号店なの。初心を忘れない様にとか何とか言って、あの店は大きくしないのよね」
「ええー!?」
「あんの狸ババァー!!」
赤の他人にそんなセリフを言われたら、苦労して自分等子供達を育ててくれた実の母を侮辱されて激怒する所なのだけど、ビベランは大笑いした。
「あははは! 違いない! 本当に狸ババアだわ!」
膝をペチペチ叩きながら大笑いをしている。
「手紙に書いてあったんだけどさ、あなた達イスカ国、あ、あなた達が来た国ね、そこで卸しの商売してるって書いてあったんだけど、本当なの?」
「ええ、自分の国とこっちの国を行き来して商社、えーと、旅商人やってます。今度こちらの国でも商売出来ればなと思って来たんです」
「手紙にあった、下着? とかいうのと、ブロブ避け粉っていうのが物凄く売れているそうね」
「お陰様で、お婆さんにキラー商品って言われてます」
「ねえ、うちにも何か良い商品無いかしら? 他店と差別化出来る様な」
「レストランで売れそうな商品かー…… 調味料やスパイスかなぁ?」
「調理器具とか? 卓上コンロとかは?」
「それ、大衆食堂っぽいよ。ここ高級レストランだよ?」
「卓上コンロって?」
「テーブルの上で加熱調理をしながら食べられる器具なんだけど、どちらかというと大衆向けの食堂で使う様な物かなーって」
「うーん、うち、大衆向け食事処も経営しているから、ちょっと話聞かせて貰えないかしら」
「良いですよ」
ビベランさんは、顎に手を当ててちょっと考え事をしながら言った。
「じゃあ、閉店後に相談したいから食事でもしながら話を聞かせて。日が落ちた頃にまた来てくれる? 裏口から来て。通す様に言っとくから」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二人はレストランの横の路地へはいり、そこに拡張空間を設置した。
そして、そこからロデムへ繋げ、下着や消石灰等の仕入れをしてから最初の国であるイスカ国、初めてこの国の名前を知ったのだが、その拡張空間を出て、そこに在るポイントからゲートを開いて日本へ移動する。
何故このポイントに出たのかと言うと、ここの巨大ホームセンターで仕入れをしたいから。
ホームセンター最寄り駅である伊豆ヶ崎駅へ出るポイントなのだ。
「ほらね、ここ未だ使うでしょう?」
「確かに」
「でも二十分歩くんだけどね」
「着いたらホームセンターにドア作りましょう」
「そうだね」
坂道を二十分たっぷり歩いてホームセンターへ到着。
直ぐに建物の横へ回り、人目の届かなそうな一角を見付けて拡張空間をセットする。
「ここでゲート開いたら向こうの町のどの辺に出るのかしら?」
マップをあちらの世界表示にして現在位置を確認すると、なんとそこは狸獣人のお婆さんの店の裏路地から一本入った辺りだった。
「あ、ここ都合良くない?」
「ほんとだ!」
お婆さんの店の在る位置まで移動してみると、そこはホームセンターの造園なんかの砂利やコンクリートブロック等を販売している屋外コーナーへの出口付近だった。
あまり人が来ないコーナーへの通用口なので、ゲートを開くにも拡張空間を設置するにも都合が良いかも知れない。
拡張空間は建物横にも設置してしまったが、別に設置個数制限が有る訳では無いので、ここにも設置してしまおう。
ただし、名前を付けて管理しておかないと後で何処へ通じるドアなのか分からなく成りそうなので、『ホームセンター外』と『ホームセンター中』としておこう。
『ホームセンター中』は、うっかり休業日や閉店後等に使わない様に気を付けなければ危険かもしれない。
「ここからは手分けして買い回ろう。俺は園芸用品の所へ行くから、
「分かったわ」
優輝が向かった園芸用品コーナーで買うのは勿論消石灰だ。消石灰はいくらでも需要が有る。
念の為、掃除用具コーナーで重曹も大量に買って置く。これもアルカリ性の薬品で、アルカリ性は弱いのだが、酸性の薬品を廃棄する時に中和するのに使われたりする。万が一消石灰が足りなくなった時に代用するのに使えるかもしれない。
刃物コーナーで一万円位の包丁数点とセラミック砥石、電化製品のコーナーでカセットコンロ、と思ったのだけど、その近くに電熱線の電気コンロやIH卓上コンロを見付けたのでそちらをカートへ入れる。
電気コンロは千五百円から二千数百円程度、IHは五、六千円てとこだ。電気コンロは安いけどチープな感じがする。IHは高いけど、向こうの人にとっては謎の魔道具っぽいし良いかも知れない。
ただし、電気コンロは鍋の形状を問わないのに比べ、IHは火力は強いとはいえ底の平らな鉄鍋じゃないと駄目だ。
向こうへ両方持って行って、プレゼンして見ようと思う。
何故コンロを電化製品にしたのかと言うと、カセットボンベを異世界に供給するのが面倒だから。
電気なら
ボンベで商売も出来そうだが、一々補充に行って空ボンベを回収するっていうのも面倒臭いと思ってしまったのだった。
出来れば売り切り商品にしたいというのが二人の共通意見だった。
粗方目ぼしい商品を選び終わる頃には、ホームセンターの大型カートの上下のスペースは山盛りに成ってしまっていた。
清算を済ませ、出口へ向かうとそこには優輝と同様に大荷物を大型カートに山盛り積んだ
二人は建物の横へ回り、人目が無いのを確認すると、壁の拡張空間に荷物を放り込む。
優輝が二台のカートを返しに行って来る間、
優輝が戻って来て一緒に荷解きも終わり、それぞれのストレージに担当物資を格納し終わると、次は異世界だ。
「じゃあ、ゲートへ……」
「ちょっと待って、ここで二つのコンロをパパっと改造しちゃうから」
念のためにその上から絶縁テープを巻いて、
プレゼン用に見せるだけなので、やっつけ仕事だ。売れたら本格的に改造する。
一連の改造に掛かった時間は一つ三分、両方で六分程度しか掛かっていない。
「すげえ」
「慣れたもんですよ」
男の優輝が舌を撒く程の手際だった。
普通、女性が『テレビの繋ぎ方が分からなーい』とか言って、男が『しょうがないなぁ』とか言って部屋に上がる口実にするもんだろう。
女性でここまで電気工事が上手い人って、女子力はかなり低そう。だけどそこに痺れる憧れる。
日が落ちるまでにはまだ少し時間が有るので、一旦お婆さんの店へ行って納品して来ようという事に成った。
「うわっ!」
「きゃっ!」
お婆さんの店の裏口付近の位置でゲートを開き、出ようとしたら二人して躓いて転んでしまった。
ゲートの向こうとこっちで段差が少しあるみたいだった。
大体十数センチ程度、日本側が低い。
そう言えば、向こうとこっちの高低差を確認するのを怠っていた。
大型の店舗を建てる際には、地面を平らに整地するのが普通だ。その際に、元の地形よりも若干削られていたのだろう。
でも、いきなり『いしのなかにいる!』状態には成らない事が分かったのは良かった。
移動先が低い場合は落ちる、逆に高い場合はぶつかるのだ。
移動先が全部土の中とか岩の中だったりした場合はいきなりその中へ転移してしまうのではなく、壁みたいになってゲートを通り抜ける事が出来ないという状態に成るのだろう。
それが知れた事は成果だった。
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