第60話 時間を弄れるらしい

 「ちょっとぉー! 何二人してこそこそやってるのかと思ったら!」


 永久電池エターナルバッテリーの起動実験は無事成功。引き続き耐久試験を行う事に成り、三時頃にはあきらは一旦家へ帰れる様に成った。

 スマホのアプリで優輝の居る場所を確認すると、花子お婆ちゃんの家の辺りにずっと居るみたいだ。

 最初は、ロデムの所にずっと居るのかと思っていたのだが、拡大して見るとロデムからは数メートル離れた位置に留まっているのが分かる。

 日本の地図表示にしてみると、そこは隣の穂高さんの家の敷地内なのだ。


 一体何をやっているのかと見てみれば、納屋からトマトだのレタスだのをどんどん運び出してはトラックに山積みにしている。

 あれ? お婆ちゃんってトマトやレタスは作ってたっけ? と疑問に思い見ていると、どうやら納屋の扉の中から大量に運び出している様だ。

 二人がその扉の中へ消えたので、納屋の近くに寄って確かめてみる。


 「あれ? この納屋ってこんな所に扉在ったかしら?」


 しかしそれは直ぐに拡張空間への入り口だと気が付く。

 薄い壁だし、農機の入り口側から内側を覗いても、壁の裏側には扉は無いのだから。

 あきらはその扉のノブに手を掛けて入ろうとするのだが、開ける事が出来ない。入室権限が与えられていないのだ。


 「甘いわね、私抜きで何かをやろうとしたって、そうはいかないんですからね!」


 あきらはスマホを取り出すと、この拡張空間の入室権限の項目に自分を追加し、チェックを入れる。

 そして、中へ入り、最初のセリフと成る。


 中ではトマトやレタスの箱詰め作業に忙しそうに働く二人の姿が有った。

 あきらは、二人に聞きたい事が山程有った。


 「はい! ちょっと二人共作業の手を留めてこっちへ来てくださーい!」


 あきらはパンパンと手を叩くと、大きな声でそう言った。

 作業に夢中に成っていた二人はやっとあきらが居る事に気付き、手を留めてあきらの元へやって来た。


 「あきら、仕事はもう終わったの?」

 「あきらちゃん、お疲れ様、ここらでちょっと休憩を挟もうかねぇ」


 三人は母屋の縁側へ行き、花子お婆さんが麦茶と羊羹を出してくれた。


 「で? 何やってたの二人で」

 「え? 収穫だけど」


 聞きたい事は沢山有ったのに、口から出た言葉がこれで、帰って来た返事はこれだ。

 見りゃ分かるだろ的な返事をされて、ちょっとあきらは苛立った。


 「そんなのは見りゃ分かるんですー! 私が聞きたいのは、あそこは何で何がどうして収穫作業なんてしてるんですかという事ですー!」

 「あそこは拡張空間で、トマトとレタスを育てて収穫していたんだけど?」

 「そんなのは分かってます! もー! 何時の間に何で私抜きで二人で楽しそうに仕事してたのかって聞いてるの!」

 『ボクも居るから三人だよ』

 「そういう事を聞いてるんじゃないってばもー!」


 三人は何であきらが怒っているのか分からない様子だが、とにかく成り行きを説明する事にした。

 最初は、あきらが仕事で出かけてしまって優輝が退屈していて、お茶を飲みながら花子お婆ちゃんが今年は天候不順で凶作でねえなんて雑談していた所から始まった。


 「ふむふむ、それで?」

 「拡張空間なら天候に左右されずに安定して作物の栽培が出来るんじゃないかって事に成って」

 「それで、拡張空間を作って農業を始めたと? ちょっと待って、おかしいじゃない!」

 「ん? 変な所有ったかな?」

 「あたしゃあんた達と出会ってから全部がおかしいから、どこがどうって言って貰わなきゃ分かんないよ」


 優輝には日常過ぎて盲点に成っている、花子お婆ちゃんには全部が異常過ぎて変な部分の見分けが付かない。まるで間違い探しをしている様だ。


 「本当は私に隠れてずっと前から二人でこっそりやってたんでしょう!」

 「嫌だよう、不倫してたみたいに言わないでおくれ」

 『ボクも居るから三人だよ』

 「ややこしく成るからロデムは黙ってて!」

 『はい……』


 「本当だってば、あきらが出かけて行ってから考えたんだから」

 「じゃあどうしてこんな収穫祭りに成ってるの? トマトやレタスって、こんな半日やそこらで育つものでしたっけ?」

 「「『ああ!』」」


 二人はポンと手を叩いた。声は三人だけどね。

 三人は合点が行った様だ。


 「拡張空間のね、この機能は俺も知らなかったんだけど、ロデムが隠し機能が有るよって教えてくれたんだ。百聞は一見に如かず」


 三人は外に出て、拡張農場の前に立った。

 優輝はあきらに中へ入らない様に伝え、アプリに表示されているジョグダイアルを右に回した。

 すると、中のトマトの木は成長を続け、実は緑から赤へ変わり、熟れてボトボトと落ちて行く。


 「あああ、勿体無い」

 「大丈夫」


 今度はダイアルを左に回すと逆回しの映像を見ている様に、地面に落ちた実は飛び上がり、木にくっついて赤い瑞々しい状態から緑へと変わり、小さく成って行く。

 ダイアルは中央の位置で中の時間がゼロ、つまり停止する。右に寄せる程中の時間は進みは早く成って行き、逆に左に動かすと逆回りに時間は遡る様に成っている。

 デフォルトでは右に三時あたりに成っていて、その位置が外と中の時間が等速に成る。


 「プロパティを開いて詳しい設定にチェックを入れるんだ。そうすると、コントロールパネルにタイムラインの項目が追加されて……」

 「拡張空間の中の時間を弄れるって訳なのね? 進めたり巻き戻したり、止めたりも?」

 『出来るよ』

 「ただし、自分が中に居る時にやると歳取ったり若返ったりしてしまう」

 「良いね!」

 「だけど、記憶や経験やスキルなんかも巻き戻るよ」

 「駄目ね」


 永遠に若いままで居られるかと思ったら、巻き戻した分の記憶が無く成るなら駄目だ。

 だけど、生鮮野菜や肉とか魚なんかを入れて、ずっと保存して置けるのは良いかも知れない。


 『でもその機能はストレージと被るよ』

 「確かに」

 『時間はうっかり触ると危ないから隠し機能にしておいたんだ』

 「ビームではやらかしたのに、こっちには気が回ったのね」

 『面目無い』

 「ロデムちゃんを叱らないでやっておくれ。良い子なんだから」

 『穂高花子ほだかはなこさん、大好き』

 「あたしもだよ、ロデムちゃん」

 「別に怒ってなんかいないわよ。私もロデム大好きよ」

 「ボクも女の姿のあきらも大好きだよ』

 「俺も俺も!」

 『男の姿の優輝も大好きだよ』

 「私も」

 「あたしも」

 「照れる」


 「それで、作物の成長を早回しにして収穫しまくっていた所に私が帰って来たって訳ね」

 「その通り」


 やっとあきらの機嫌も直ったみたいなので、今度は三人で収穫箱詰め作業を再開した。


 「お婆ちゃん、これは農協へ卸すの?」

 「いんや、あたしはこの野菜は作っていない事に成っているからね、道の駅に置いて貰おうと思っているよ」

 「道の駅かー、良いね!」

 「おっといけない、急がないと受付時間が!」


 三人は急いで箱詰め作業を完了すると、軽トラに積んでお婆ちゃんの運転で道の駅へ向かった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 三人一緒の写真を撮り、シールにプリントアウトして、生産者シールとして箱にペタペタ貼り、商品を並べる作業を手伝い、帰宅したのは深夜に成ってからだった。

 優輝とあきらはアパートの前で降ろして貰い、花子お婆ちゃんはそのまま運転して自宅へと帰って行った。


 「さあてと、部屋に入る前に」


 例によって、盗聴器などが仕掛けられていないかを確認してから部屋の鍵を開ける。

 もう反社さんもマスコミさんも内調さんも片が付いたので、今更仕掛けられるとは思わないのだが、念の為だ。


 「そういえば、俺が仕掛けたやつはどう成っているかな? 何か写っているかな?」


 優輝が仕掛けて置いたカメラの映像を確認すると、何回かピンポンが鳴らされた後、急に玄関ドアが開いた。


 「ちょっとこれ、ピッキングで開けた感じじゃ無かったわ。合鍵かしら?」

 「うん、それっぽい開き方だったよね」


 入って来たのは、やはりというか案の定、あの医学部のあいつだった。

 しかも一人じゃない、二人だ。

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